古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第382話

「ようこそ、リーンハルト卿。ハイゼルン砦やウルム王国との戦いの件は聞いてるぞ、中々の活躍ですな」

 

 パンデック殿がフレンドリーに握手を求めながら挨拶をして来た、金貨二十五万枚の取引相手だし友好的にもなるのかな?

 

「有り難う御座います、王命を達成出来て嬉しく思っています」

 

 毎回同じ台詞で応える、しかし閑散とした室内だな……失礼にならない程度に見回すと調度品も最低限しか残されていないのが分かる。

 

「ああ、殺風景で済まない。実は引っ越しの最中でな、今週中には全て終える事が出来るので安心してくれ」

 

「そうですか、先ずは支払いについて済ませても宜しいでしょうか?」

 

 引っ越しの最中なら邪魔は出来ない、早目に目的を済ませるか。

 

「残金ですな、金貨十万枚ですが馬車に積まれているなら運びますぞ」

 

「いえ、持って来ています。お確かめ下さい」

 

 空間創造から白金貨を取り出す、一枚で金貨百枚相当。千枚で金貨十万枚になる、高額取引でしか使わない通貨だがライラック商会で換金しておいた。

 まさか金貨千枚を袋詰めにした物を百袋も積む訳にもいかず、数えるのも大変だから重宝する高額取引専用通貨だ。

 

「ほう?空間創造とはレアなギフトですな。英雄殿はギフトも素晴らしい……十枚の束が百、確かに白金貨千枚を確認しましたぞ。いま証文を用意するので待っていて下さい」

 

 既に用意していたのだろう、先程会った黒髭が見事な執事がトレイに証文を乗せて持って来た。受け取り内容を確認する、問題は無さそうだ。

 

「確認しました、有り難う御座います」

 

「今週中に此方の屋敷の引っ越しを終える、留守居を置いておくので引き継ぎは大丈夫だ。それと隣の屋敷だが先に鍵の束を渡しておく、それと我が家に伝わっている屋敷に関する日記だ」

 

 そう言って古い革表紙の日記一冊と二十本位の鍵を束ねたキーホルダーを机の上に置いた、キーホルダーに刻まれた模様はブレイザー・フォン・アベルタイザーの家紋である『剣と麦穂を持つ勝利と豊穣の女神』だ。

 

「珍しい紋章ですね、確か屋敷のアーチにも同じ物が彫られていました」

 

「ええ、先祖の家紋らしいのですが詳細は知りません。今の家紋はエムデン王国創設の頃らしく、貴族院にも記録が残ってますぞ」

 

 ふむ、滅んだ国の時の家紋から変えたか、他に意味が有るのかは分からない。だがブレイザー・フォン・アベルタイザーと繋がった、やはり彼が関係した屋敷に間違い無い。

 日記を手に取り表面を調べる、固定化の魔法が重ね掛けされている。見た目よりも相当古そうだな……

 

 革表紙にはタイトルも何も書いていない、ページを一枚捲ると古代ルトライン帝国の公式文字で書かれている。エムデン王国の公式文字とは微妙に違うんだ、だが今の時代でも読めない事は無いし僕は問題無く読める。

 

「日記の方も古そうですね、これは古代文字かな?」

 

 古代文字と誤魔化す、ここでルトライン帝国公式文字ですねとか言ったら変だ。本当に公式文字と伝わっているかも知らないし……

 

「ええ、パンデック家の初代の日記です。屋敷の謂れ等が書かれています、参考迄にお渡ししますぞ。初代以降の当主は誰一人あの屋敷には入っていない、いや過去に何人かが挑みましたが全員が亡くなったと聞いています」

 

 前に聞いた曰く付きの理由か、人払いの陣が有るならば防衛措置も施しているだろう。何人かは中に入ったが殺られたって事だな……

 日記の最初のページを読む、筆跡はブレイザーの物だと思う。彼の直筆で書かれているとなれば逃げ延びたのだろう、確かに彼と繋がる物が見れて嬉しくなった。

 内容はルトライン帝国が崩壊したが有力貴族を纏め上げて幾つかの小国に別れたが、連携して周辺諸国と渡り合った事。

 その中で知り合った協力者の娘と政略結婚をして、晩年この地に移り屋敷を構えたか……

 

「日記というよりは自伝的な物に近い、部外者の僕が貰っても宜しいのですか?」

 

 これはパンデック殿の先祖であるブレイザーの記録だ、血縁者が後世に伝えるべき物じゃないのかな?

 

「構いませんよ、あの屋敷の持ち主が持つ様に言い伝えられていた。それに全て読んで内容も知っている、我が先祖は遡ればルトライン帝国に繋がっていた。

だからこそ屋敷には色々な魔法的な施しがしてある、だが現代では調べる事も不可能と思っていた……」

 

 ふむ、パンデック殿の様子からして日記の内容には驚くべき事実も屋敷の秘密も書いてないみたいだな。

 当然だが歴代当主も調べたのだろう、三百年前の叡知が隠されている屋敷だ。だが調べた者は罠に掛かり死んだ、何人も死ねば曰く付きとして恐れられ自然に朽ちるのを見守る事になったのかな?

 

「ご忠告有り難う御座います、安全には注意して調べてみます」

 

「そうですか、何か分かったら教えて頂けると幸いですな。勿論、全ての権利は放棄しますから返せとは言いません」

 

 先祖が調査を諦めた曰く付きの屋敷、現役宮廷魔術師の僕ならもしかしたらって事かな?

 

 その後は礼儀的な挨拶を交わして別れた、パンデック殿としても財政を圧迫していた屋敷を引き取って貰えて嬉しいそうだ。お互いに何も問題無く売買契約を交わせた。

 後は貴族院に申請して引っ越しの準備か、忙しくなるな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 早速曰く付きの屋敷に入る事にする、念の為に魔力障壁は全開にして警戒する。

 門を通り抜けて玄関扉の前に移動する、この屋敷って庭が極端に少ない。通りから門を潜り抜け屋敷まで20m程度しかない、今の貴族の屋敷としては不十分だから公的に住むのは隣の屋敷になるな。

 

 鍵の束には何処の鍵だか分かる様に小さなプレートが付いている、書斎・客室・客室・食堂・応接室・主寝室・書庫・倉庫・工房・十本目で玄関の鍵を見付けた。

 玄関の鍵を錠前に差し込み右回りで回すとガチャリと小さな金属音が聞こえた、ノブを掴んで手前に引くと中から僅かな黴の匂いのする湿った空気が流れて来た……

 

「黴の匂いと湿気か、固定化の魔法を掛けているとはいえ手入れが大変だな」

 

 長年放置していても建て付けは悪くなくスムーズに扉は開いた、一歩中に入るとホールになっている。

 正面に階段が有り二階に通じている、左右には幾つもの扉が見える。外から見た時は三階建てに見えたので、未だ奥に三階に通じる階段が有るんだな。

 

 ホール中央まで歩く、大理石を敷き詰めた床は歩くとカツカツと音が響く。大理石の床に溝を掘り真鍮を埋め込んで大きな家紋が施されている、そんなに家紋が好きだったかな?

 

「いや、僅かだが魔力反応がする。この真鍮で作られた家紋が人払いの陣を構成してるのか……」

 

 右足を真鍮に乗せて魔力を送り込む、真鍮は大理石の下で繋がっているのだろう、送り込んだ魔力が広範囲に広がる。ホール全体から屋敷全体に、だが各階に施されたラインは全て地下に繋がっている。

 

 在り来たりだが人払いの陣や防衛措置の大元は地下に有るんだな、大抵の魔術師は地下室が大好きなんだ。僕も転生前の実験室は地下に作った、それが当時の魔術師のロマンだった。

 

 もう一つのリアルな訳は大規模殲滅魔法で地上に作った構造物は殆ど壊されるから、当時の火属性魔術師の広域殲滅魔法は半端無かった。

 多重魔法障壁を全力で張っても抜かれたんだ、ビッグバンやサンアローは確かに強力な上級呪文だけど、更に強力な魔法も有った。

 

「落雷を発生させるとか竜巻をおこすとか、最悪は流れ星を落とすとか神の技だと思う。広範囲殲滅魔法って本当に街を一つ壊すんだぜ、もはや自然災害と変わらないよな」

 

 高齢の魔術師達で僕が第一線に出る頃には隠居か死亡したらしいが、僕が子供の頃には化け物級の魔術師が確かに実在していたんだ。

 流した魔力を使いラインを辿り上書きしていく、この作業を通じて防衛措置が分かった。あと一歩踏み出せば魔力の矢が大量に射ち出され、更に進むと床全体に雷撃が流れる。

 前後左右から矢を警戒したら足元から電撃を食らう、悪どい罠だよな……

 

 粗方の防衛措置を解除した、ブレイザーは攻撃魔法を得意としていた筈だが拠点防護・強化の魔法を後年に学んだんだな、だが今の僕のレベルで何とか解除出来る。

 

 恐る恐るホールの中央に進む、雷撃が発生しないので大丈夫みたいだ。

 

「先ずは地下室を探すか……」

 

 ホールをぐるりと見回す、調度品も残っているが両脇のチェストはダミーで魔法の矢が飛んで来たし正面の大時計は雷撃の発生装置だ。

 

「雷撃の発生装置?調べれば小型化して携帯出来るかな、此処は宝の山だぞ」

 

 俄然ヤル気が出てきた!

 正面の階段の両脇に奥に通じる扉が有る、通常なら食堂とホール、それに調理場や倉庫等の来客対応と使用人の仕事場が有る筈だ。

 だが屋敷の主が秘密の地下室に出入りするのには不適切だ、大抵は執務室や自室または書庫等の一人になれる場所から移動出来る隠し扉や通路が有る。

 階段を上り二階に上がる、先ずは執務室から……

 

「オッと!危なかった、防衛措置は一系統じゃなかったのか?」

 

 階段に足を掛けた瞬間に鋭い刃物が飛び出して来た、魔法障壁で防げたが普通なら足首から先が無くなってたぞ。

 

 階段の踏面に体重を掛けた瞬間に作動した、これは魔力発動の罠とは違う機械式な罠だ。つまり解除方法は何かを操作して止める筈で、その仕掛けは近くに有る。

 周辺を調べると手摺先端の飾り部分に巧妙に隠されたハンドルを見付けた、多分だが解除スイッチだ。

 ハンドルを半回転すると動かなくなった、試しに一段目に足を掛けて体重を乗せる。

 

「ふぅ、玄関から階段を上るまでに三種類の罠が発動した。これは暫くは僕以外は立ち入り禁止だな、エレさんに罠解除を頼むのも危険かも……」

 

 魔法技術とカラクリ技術の二種類併用の罠だから過去の連中が解除不可能だったんだ、人払いの陣の効果で万全の心理状況で解除に挑めないのも失敗する原因だな。

 ブレイザーめ、年を取ったら狡猾になったのか?これは厄介な屋敷だぞ、本腰を入れて調べないと危険だ。

 

「だがイルメラやジゼル嬢に相談したら止められる、隣の屋敷だけで十分だし危険を犯す必要は全く無い。だが知識探究心を刺激される屋敷だ、止められないぞ」

 

 止める訳にはいかない、知的探求心も有るがブレイザーと魔導師団員の後年の生き方を知りたい。

 

「クリエイトゴーレム!ゴーレムキングよ、我が身を覆え」

 

 魔法障壁だけでは防げない攻撃も考えられるので、物理的に防御力をUPさせる。ゆっくりと階段を上り二階に到達、左右どちらか迷うが条件の良い南側に狙いを絞る。

 屋敷の主ならば環境の良い場所に執務室や自室、主寝室を配する筈だ。南側に進むと突き当たり東側に通路が伸びている、左右に扉が合計八ヶ所見える。

 それと突き当たりにも扉が有るので合計九部屋か、結構広い屋敷だな。

 

「クリエイトゴーレム。ゴーレムポーンよ、手前右側の部屋を調べるんだ」

 

 60kgに軽量化したゴーレムポーンを先行させる、発動条件が触る・熱・重さ等分からないので人間に近い条件にしてみた。

 ガチャガチャとノブを回すが扉が開かない、施錠されているのか……

 

 ゴーレムポーンに鍵束を渡し一本ずつ確かめる、三本目で当たり解錠して扉を開ける。中に入らせるが特に問題は無さそうだ。

 用心しながら中に入ると来客用の寝室だった、改めてみると内装は豪華だ。カーテンが閉まっているので薄暗いが、これは直射日光は内装の劣化を早める為だから。

 ゴーレムポーンにカーテンを開けさせると、窓際近くの天井から槍が五本垂直に突き出たぞ!

 

「軽量化したから装甲が薄い、でも楽々貫通したな……」

 

 窓からの侵入も脱出も命懸けだぞ、この客用寝室も何処かに防御装置の解除スイッチが有るのだろう。

 

「参ったな、トラップハウスじゃないか。盗賊ギルド本部に依頼を出せば喜んでくれるかも……」

 

 三百年近く前の罠だ、現代には伝わってない技術も有るだろう。調査・解析して商品化すれば上級貴族の屋敷の防御装置として一財産を築けるぞ。

 だが過去の技術を広める事に抵抗を感じる、知識の独占じゃないが余りにも目立つ行動が多いと余計な警戒を招き敵が増えそうだ。

 

「探査方法を変えるか、一気に制御室を押さえないと無理だ。必ず見落としが発生する」

 

 制御室には防御装置の資料が必ず有る筈だ、じゃないと安心して生活出来ない。その辺の資料にも拘るのが魔術師だから。

 


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