古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第381話

 何という事だ、ユニオンの双竜撃が破られて倒された。神速の連続突きをかわすのではなくて刃先を合わせて武器を壊し更に一撃を入れる、『刺突三連撃』はカルナック流の開祖の技。

 

 突きに特化した武術だが、突きならば長剣よりも槍の方が適している。

 

 だから我が流派の開祖は『カルナック神槍術』を編み出した、『カルナック剣闘技』の亜流。

 

 だがリーンハルト卿のゴーレムは伝え聞く開祖の技を見せてくれた、既に廃れて口伝でしか残っていない、実在したかも疑問視される技を使うゴーレム。

 それを操る少年魔術師殿か……

 

「ユニオン、満足だったか?」

 

 鋭い三連撃に10m近く跳ね飛ばされたユニオンは胸に大穴を開けられて即死だった筈だ、だがその表情は苦悶で歪んでなく晴れ晴れとした笑みを浮かべている。

 人生の最後に満足し悔いがない証拠だ、抱える身体が段々と冷たくなるが悔しいとか悲しいとか言う感情は湧かない。

 

「そうか、俺は羨ましいのか。最後の時を武芸者として最高の敵と戦えたユニオンが羨ましいんだな」

 

 貴族殺しの大罪を犯しても、最高の礼を持って戦って貰えたユニオンを羨んでいる。俺達の為に死んでくれた奴に申し訳無いな、俺も根っからの武芸者と言う事か……

 

 ユニオンを抱えている所にリーンハルト卿が近付いてくる、何故カルナック流の開祖の技を使えるのか色々と聞きたい。

 だが一流派の長としての責任が俺には有る、門下生から罪人を出した事。残りの高弟達の事を託す為にも責任を取る。

 

「見事な戦いでした、ユニオンも満足して逝った事でしょう」

 

「王都を騒がせた賊を倒しただけです、その男の亡骸は警備兵に引き渡して下さい。然るべき手続きを踏む必要が有ります」

 

 ウィドゥ子爵家の連中に引き渡せば晒し首にされる、それを防ぐ為に言葉は悪いが警備兵に引き渡すと配慮してくれたのか。

 最終的には晒し首にされるが、悪戯に亡骸を辱しめる事は無いと言う事だ。何から何まで配慮して貰えるとはな、冒険者ギルド本部の言う通りの人物か……

 

「ご配慮、有り難う御座います。残りの門下生については罪は問わぬ様にお願いいたします、責任は師匠である俺の命で償います」

 

 懐から短剣を取り出す、首を掻き切って命を断ち詫びとさせて貰う。

 

「無駄な事は止めなさい」

 

「無駄ですと?」

 

 武芸者が命を掛けて詫びるのが無駄だと?何故だ、何故無駄と止めるんだ?リーンハルト卿は武芸者の気持ちが分かるのではないのか?

 

「そう、無駄です。貴方が死んだくらいでは『カルナック神槍術道場』の看板に付いた不名誉は消えません、名誉を挽回するなら……エムデン王国の為になる事をするのです」

 

「確かに門下生から大罪人を出してしまった、もう名誉の挽回も汚名の返上も出来ないでしょう。ですから死を持って償うのです」

 

 今更何をやっても無駄だ、俺の代で『カルナック神槍術』の道場は閉鎖だな。後継者も居ない、俺は流派を途絶えさせた最後の間抜けな後継者だ。

 

「リーンハルト卿、奴等は貴族殺しの大罪人を庇ったのです。捕まえて極刑にすべきです」

 

 トレック殿と家臣達が詰め寄って来た、此方も名誉を回復する為に成果が欲しい。だがユニオンはリーンハルト卿に討たれた、だから俺達を捕まえて功績を得るつもりか。

 

「この者達がですか?彼等は大罪人の男を止めようとしていた、だが仲間が罪を犯した事を悔やみ死して償うと言っています。貴殿は僕に罪無き者を捕まえろと言うのか?」

 

 ウィドゥ子爵家の連中の要求を止めてくれるのか、悔しそうなトレック殿を見ればリーンハルト卿に無理強い出来ない。つまり弟子達の安全は守られる。

 ならば俺が責任を取る為に見事に果てて見せよう、抜き身の短刀を振り被り……

 

「メルカッツ殿、無駄死には止めろと言った筈です。本当に罪を償いたい、エムデン王国の為に役立ち汚名を返上したいのなら僕と共にエムデン王国を害する者達と戦う事です。

僕は宮廷魔術師として、エムデン王国を脅かす者達全てとの戦いの最前線に身を置く覚悟が有ります。共に最前線で戦う覚悟が有るならば汚名返上の機会も訪れるでしょう」

 

 貴族殺しの大罪の共犯の罪を国家の為に働いて償えと言うのか?しかも最前線で共に戦えとは何と言う覚悟を持った少年なのだ。

 英雄と称えられた少年と共に戦う機会を俺達に与えられたと言うのか?

 

「我等を配下に迎え入れてくれるのですか?」

 

「無実を示したい勇気と覚悟の有る者のみ配下に迎えましょう、ですが常に最前線に身を置く事になります。

良く考えて下さい、嫌だと言っても罪には問いません。怖いなら逃げても構わない、僕が欲しいのは国家と国民の為に戦える勇気有る強者達だけです。覚悟が決まれば明日の午前中に屋敷に来なさい」

 

 弱い者、逃げたい者も許すと言う事か。国家と国民の為に最前線で戦う勇気、確かに名誉の回復と汚名の返上には最適な行動だ。

 

「分かりました、覚悟の出来た者のみを集めてお屋敷の方に伺い致します」

 

 深々と頭を下げる、合わせた訳ではないが全員がだ。他の奴等も気持ちは同じみたいだな、皆気持ちが高揚している。今迄は武芸者として自分の為に戦う事しか頭に無かったが、今度は国家と国民の為に戦う。

 

 それは男として、武芸者……いや一人の武人として最高の舞台だ!

 

「戦う事しか知らない馬鹿ばかりだが、まさか国家と国民の為の戦いに最前線の特等席で参加出来るとはな。心が震えるぜ!」

 

「我等も同じ考えです、ですがレベルの低い者や志の低い者は外すべきです」

 

「そうだな、命の危険な場所に身を置くのだ。当然だな、時間も無いし急ぐぞ」

 

 まさか齢六十を越えてから、これ程に楽しい事に出会えるとはな。

 

 呆然とするトレック殿達に一礼をして道場に戻る事にする、既に騒ぎを聞き付けた警備兵達が到着しユニオンの亡骸を運んでいる。

 ああ、事情聴取は受けるのか。だが周囲の観客達の方が詳しいだろう、皆がリーンハルト卿を称えている。

 

 皆が口々に騒ぐ新たな称号は『王国の守護者』とか、その配下として戦う機会を得れたのだ。老骨の身だが、もう一花咲かせる事にするか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自害を止める為にとは言え、咄嗟に家臣に迎えると言ってしまった。だが放っておけばメルカッツ殿は自害し『カルナック神槍術道場』は衰退、門下生達は辛い立場に追い込まれる事になった。

 覚悟を持った強い者だけを雇うと言ったが何人来てくれるか不安だが、冒険者ギルドランクBのメルカッツ殿は雇えそうだ。

 

「元々の原因は自分だし最後まで面倒を見るのも責任の内か、経緯と結果はバセット公爵とヘルクレス伯爵には知らせるか。特にヘルクレス伯爵は外出も控えているし、早く結果を知りたいだろう」

 

 魔術師ギルド本部で部屋とレターセットを借りて親書を書いて送ろう、それも当事者の義務だ。疎遠になるにしても必要な礼節は守る。

 

 襲撃現場から魔術師ギルド本部は近い、昨日の内に使いも出しているから急な訪問でもない。

 レニコーン殿とリネージュさんに丁重に出迎えられて直ぐに応接室に直行、今日の訪問の目的は『王立錬金術研究所』の所員の選抜が終わったからだ。

 かなりの人数が募集に応じて、リネージュさんが厳重な審査を行い三十人が内定した。後は僕が確認して了承すれば、晴れて所員となる。

 因みに彼等の給料は魔術師ギルド本部持ちだが、マジックアイテム作成のノルマは課せられるんだ。

 

 礼儀的な挨拶を交わし早速リストを見せて貰う、名前・性別・年齢・レベル・魔術師ギルドのランク・リネージュさんの所見が書かれている。

 それと大切なのが政治的背景だ、平民から選ぶと条件を付けたが誰が誰と繋がっているか?これが重要なんだ。

 バニシード公爵とマグネグロ殿、ビアレス殿の関係者は問答無用で却下だ。だが魔術師ギルド本部に圧力を掛けて押し込まれた者も数名居るみたいだな。

 

「ん、リプリーも応募してくれたのか。他に知り合いはダヤンにイヤップとアイシャ嬢か、ヘカトンケイルとタイタンだっけ?懐かしいバルバドス塾三羽烏だったかな。

まぁ人型ゴーレム派だし和解したし、能力が有るなら許容範囲だ。未だ会ってないが予定通りマーリカ殿もリストに入っている、リネージュさんの所見では問題無しか……」

 

 バルバドス師とフレネクス男爵との絡みも有るし、会ってないけど許可を出すか。リストの下の方に気になる名前を見付けた、彼女は出来れば不採用の筈だったが?

 

「あれ?バーレイ男爵本家のシルギ嬢もリストに載ってるけど、もしかして彼女って有能だった?」

 

 直接会った時は普通に感じたが、リネージュさんがリストに押し込む位だから有能だったのか?

 

「申し訳有りません。彼女の場合、バセット公爵から口添えが有りまして落選させられませんでした」

 

 申し訳なさそうに頭を下げたが、公爵家の口添えを無視は出来ない。彼女に責任は無いのだが、バセット公爵も色々と仕掛けてくるよな。

 

「バセット公爵がか、バーレイ本家と縁は有るが疎遠になると教えた筈だが……」

 

 確かにバーレイ男爵本家はバセット公爵の派閥の末端構成員だ、僕との伝手を考えて押し込んだか?

 しかしバセット公爵の派閥の構成員とは揉め事が絶えないな、だが訳も無く拒否する事も出来ない。

 

「能力的には合格ラインか、無闇に敵対するのも下策だし一人位は構わないか。では全員採用で、集まった時にレジストストーンの製作を始めて貰います」

 

 これで『王立錬金術研究所』の方も動き出すだろう、この三十人が創立メンバーだ。

 この先も増やす予定だが、先ずは彼等を一人前に押し上げよう。安定した生産は収入の安定になり力となる、魔術師ギルド本部も総力を上げて協力してくれるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝から一悶着有り昼前には魔術師ギルド本部との打合せを終えた、関係者への親書も書いて送る手配も済ませた。午後は自由行動なので新しい屋敷を見に行く事にした。

 既にバルバドス師が打合せをしてくれて、今週訪ねてくれれば良いと言質を取っている。残金の金貨十万枚も既に用意してあるので早く売買契約を交わし貴族院に報告する。

 

 レレント・フォン・パンデック殿の屋敷は貴族街に有る古い石積みの洋館だ、蔦が絡み合い歴史を感じさせる外観。外周の柵にも細かな彫刻が施されている、御者に頼んで屋敷の前に馬車を停めて貰う。

 

 見上げた正面の屋敷のアーチには、ブレイザー・フォン・アベルタイザーの家紋である『剣と麦穂を持つ勝利と豊穣の女神』が刻まれている。

 

「リーンハルト様、申し訳無いのですが無性に立ち去りたいのです。何故かは分かりませんが、もう我慢が出来ません」

 

 僕は耐えられるが御者は駄目だったみたいだ、『人払いの陣』は三百年近く経った今でも健在か……

 

「隣のレレント・フォン・パンデック殿の屋敷に向かってくれ」

 

「はっ、はい。分かりました」

 

 慌ただしく御者が馬に鞭を打ち移動する、先ずは『人払いの陣』の解除から始めないと使用人達が寄り付かないな。

 しかし家紋を見ると転生前の騒動を思い出すな、ブレイザー・フォン・アベルタイザーは大貴族の跡取り息子なのに突撃入隊した変わり者だった。

 毒舌なのに礼儀作法は完璧、なのに同じ魔導師団員のセッタと醜い口喧嘩が耐えなかった。その癖、戦闘になれば良いコンビだったんだ。

 魔導師団のオフクロ的存在のバレッタに仲裁されては不貞腐れて大酒を飲んで僕に絡んだ、王族で団長の僕に対等な口を聞ける地位も実力も有った。

 

「マリエッタに言わせれば僕も奴も未だ子供だって笑われたっけ……」

 

 懐かしい思い出の詰まった屋敷を正式に手に入れられる、もしかしたらルトライン帝国魔導師団員のその後が分かる手掛かりを見付けられるかもしれないな。

 

 パンデック殿の屋敷の警備兵が正門を開けてくれたので敷地内に入り、良く手入れをされた庭を通り抜けて屋敷の正面玄関に馬車を横付けする。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。我が主人がお待ちしております」

 

「急な訪問で申し訳無いです」

 

 壮年の顎に蓄えた見事な黒ひげの執事が出迎えてくれた、他には若いメイドが四人か。パンデック殿は領地持ちの貴族だが、先祖からの言い伝えにより隣の屋敷が朽ちるのを見届ける義務が有るそうだ。

 だが宮廷魔術師の僕ならば、譲っても良いと言ってくれた。曰く付きの屋敷に住めるなら問題無いとの事だ。

 


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