古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第378話

 ザスキア公爵から教えて貰った襲撃者の情報に頭を抱えた、老人は故意にシュターズ殿の馬車を止めた訳では無かった。

 先ずそもそもの原因だがシアン嬢をヘルクレス伯爵の屋敷に送るのが遅くなってしまい馬車を急がせていた、殆んど暴走状態だったそうだ。

 御者が運転を誤り、馬車が露店の商品棚に接触し店主が貴族に絡まれるのを恐れて逃げ出した。

 たまたま近くに居た老人に御者が自分の罪を擦り付けた、曰く老人が飛び出して来たので避けたから露店に衝突したと……

 幸い馬車も馬も目立った傷は無くシュターズ殿も早く馬車を出せと御者を急かしたが、御者は責任転嫁の為に老人をしつこく責めた。

 

 見兼ねた青年が御者の操作ミスを指摘したが、今度はシュターズ殿が自分の家臣の不手際は恥だと御者を急かした。早く無実の罪を認めて謝れば実害無く終わったのかもしれない。

 

「そこに僕が現れた、老人と青年を許せと言ったのだが、そもそもが無実の罪だった訳だ。青年からすれば無実なのに有罪として見逃された訳だ、腹も立つわな……」

 

 上から目線で無実の罪なのに許してやれと言われた訳だな、それは睨むのも理解出来る。

 

「この襲撃者だけど『カルナック神槍術道場』の門下生よ、そして老人とは知り合いだったらしいわ。無駄な正義感とプライドを持ち出して貴族に楯突いた愚か者ね」

 

 カルナック神槍術?剣闘技じゃなくて?

 

「身分違いですから反抗する事は不利でしか無かった、我を通すのは良いが老人を巻き込んだ責任は有る。反抗的な平民にシュターズ殿は切れて制裁を加えた、だが返り討ちにされた。

父親のウィドゥ子爵も襲われて殺された、喉を一突きで殺された御者も当事者だったのか……」

 

 イーリンが渡してくれた報告書を読む、老人の名前はレミアムと言いパン屋で働いていた。家族や親戚は居ない、普通の善良な平民だったみたいだ。

 襲撃者の名前はユニオンといいランクCの冒険者であり『カルナック神槍術道場』の高弟として、冒険者家業の傍らで道場でも師範代として門下生を教えていた。

 既に彼の所属する冒険者パーティの『ナイトパロット(夜のインコ)』は既に拘束されて『カルナック神槍術道場』の門下生達も順次捕まっているのか。

 

「ユニオンは単独行動ですね、所属するパーティから離脱し一人で復讐に動いていると思う。関係者は無実だな、だが拘束しなければ駄目な状況だ」

 

「平民による貴族殺しは重罪よ、親族全員処刑だわ。でも彼も血縁者は居ないから、仲間が疑われて拘束されてるのよね」

 

 レミアムとユニオンはお互いに面識が有った、住まいが近いしユニオンは客としてレミアムが働いていたパン屋を頻繁に利用している。

 

「お互いに親族の居ない寂しい者同士、友好的な関係だったのかも知れませんね。ですが道場の方が問題だ、道場主は門下生を集めて籠城しているのか」

 

「ユニオンを破門にして無関係を装えば良いのに、何故門下生を集めて籠城してまで抵抗するのかしら?馬鹿よね、自ら襲撃者と関係が有りますって認めてる様なものよ」

 

 ザスキア公爵が心底分からないわ的に首を傾げた、確かに無用な罪を認めているみたいだが道場の一門としての連帯感とか仲間意識じゃないかな?

 本人も無関係だと思う門下生も捕まったら拷問という取り調べが待っている、だから道場に集めて籠城したんだろう。少なくとも門下生は守れる、ユニオンは無理だけど……

 

 ウィドゥ子爵家は御家断絶の危機だ、現当主と次男が相次いで平民に殺された。しかも返り討ちと襲撃、油断したと思われても仕方無い厳しい状況だ。

 長男で後継者のトレック殿が家臣を集めて籠城している『カルナック神槍術道場』を取り囲んでいる、だが相手は武芸者の集団で道場主は冒険者ランクBの『豪槍使い』の二つ名を持つメルカッツ。

 齢六十歳だが古参の冒険者として僕も名前は聞いた事が有る、現役を退き若手冒険者の育成に力を入れている。

 

 冒険者ランクBのメルカッツ殿ならウィドゥ子爵家の動きも跳ね退けられるだろう。これは冒険者ギルド本部も動くな、帰りに顔を出すか……

 

「ウィドゥ子爵の長男殿ではメルカッツ殿には勝てないでしょう、でも聖騎士団か常備軍が動くのは暫く先でしょうね」

 

「ウィドゥ子爵家の面子の為に配慮する訳よね、仇を討たねば貴族院はトレック殿の相続は認めないわ。名誉を挽回しなければ無理ね」

 

 だが幾ら協力したかもしれない『カルナック神槍術道場』を攻めても効果は薄い、襲撃犯を捕まえるか倒さなければ駄目なんだ。

 

 報告書を机の上に置いて溜め息を吐く、状況は思った以上に悪い……

 

「それでリーンハルト様はどうするの?」

 

 プレゼントした『四属性レジストリング』を弄びながら聞いてきたが、本当にどうするかな?

 

「ウィドゥ子爵家には協力しません、ヘルクレス伯爵には礼儀的な対応をして終わりですね。ユニオンが僕を襲ってくれば倒します、『カルナック神槍術道場』も特になにもしません。僕は自分の関係者達に害が及ばない様にしたいだけです」

 

「でも冒険者ランクC程度の男では、リーンハルト様を襲うとは思えないわ。返り討ちにされるのが分かり切ってるもの、だから最後の最後でしょうね」

 

 ヘルクレス伯爵とシアン嬢を害した後、捨て身で襲ってくる?ならば囮として動き回るのは無意味かな、そんなに警戒されてるのかな?

 

「ヘルクレス伯爵にはハンナを通じて面会を申し込みました、僕に会いに来いって事なんですが……危険な状態だし屋敷から出たがらないかも知れませんね。

なら親書で礼状を送って終わりだな、一緒にシアン嬢に『硝子の護身刀』を贈れば良いや」

 

 身の危険が迫った状況で外出を促すのは良くないし、これっきりの関係だから構わないな。

 空間創造から上級魔力石を取り出して両手で包み込む様に持って魔力を込める、刀身の花模様はポピーにするかな。

 

「うん、完成だ。これと礼状を送れば終了、義理は果たせる」

 

「辛辣ね、刀身に刻まれたポピーの花言葉は『激励』つまり僕は無関係だから勝手に解決しろって意味よね?」

 

 思わず言葉に詰まる、流石に女性だし花言葉には詳しいんだな。刀身に込めた裏の意味も分かったのか、しかし机に両肘をついて両の掌で顎を支えて見上げないで下さい。

 年上の淑女が油断した姿を異性に見せては駄目なんだが、ザスキア公爵は僕の保護者か姉気取りなんだろうな。前にミケランジェロ殿からも言われたが、本当みたいだ。

 

「最初から騒動に巻き込まれただけですから、彼等の為には僕は動かない。だがユニオンは……彼は僕の手で倒すのが一番良いと思います」

 

 ウィドゥ子爵家ならまだしもヘルクレス伯爵にまで手を出せばエムデン王国が動く、そうすると冒険者ギルド本部にも迷惑を掛ける事になる。

 彼等は自身の利権を守る為にもランクBのメルカッツ殿を支援するだろう、見捨てる事は冒険者ギルド本部が権力に屈した事になる。

 

「そうね、捕まれば拷問されてから処刑で晒し首。ならば武芸者として格上のリーンハルト様に挑んで負けた方が幸せよね、でもウィドゥ子爵家は断絶よ」

 

「そうですね、仕方無いでしょう。嫌なら早くユニオンを見付けて倒す事です」

 

 僕との約束を反古にした相手の事など知らない、御家断絶の危機でも回避する方法は有るし手助けする必要も感じない。

 

「頑固ね、まぁ当然の報いだから私も賛成。それとは別に正式に依頼するから私も硝子の護身刀が欲しいわ、エムデン王国内でも十本と出回ってないでしょ」

 

「それ位ならプレゼントしま……にゃにお、ふるのでひゅか?」

 

 身をのりだして両頬を引っ張られた、結構痛い。前にジゼル嬢にもやられた事が有るな、あの時は失言したんだっけ?

 

「簡単にプレゼントするとか言わないの!貴方は自分の錬金する物の価値を低く見過ぎているのよ、反省しなさい!」

 

「すみません、でも僕が錬金した物を贈る相手は限られてますから無闇にバラ撒いてはいないのです」

 

 漸く引っ張るのを止めてくれたので痛みの有る頬を擦る、簡単に異性に触れるのは良くないのだが保護者みたいな感じだから良いと思ってるのかな?

 

「希望の花は有りますか?確か家紋は一角獣で植物は無かった筈ですから、好きな花でも草木でも何でも大丈夫ですよ」

 

「そう?ならどうしようかしら……ん、そうね、クリムゾンクローバーが良いわ。それを刻んだ護身刀を私に贈る事に意味が有るのよ」

 

 クリムゾンクローバー?知らない品種だな、名前からしてシロツメグサの仲間だと思うけど……

 

「無知ですみません、クリムゾンクローバーは知らないのですが見本か何か有りますか?」

 

「ストロベリーキャンドルとも呼ぶわね、因みに花言葉は『人知れぬ恋』よ」

 

 僕がザスキア公爵に贈る護身刀に『人知れぬ恋』の花言葉を刻む、人知れぬ恋?

 

「いえ、アマリリスにします。今決めました、決定です」

 

 アマリリスの花言葉は『栄光を共に』だ、協力者として中々の例えだと思うんだ。恋とか愛とか危険なキーワードは入れないぞ。

 

「栄光を共に……ね、それはそれで有りよね。私達は良いコンビになれるわ、栄光を共には未来を予測したのね」

 

 曖昧な笑顔で誤魔化しながら空間創造から上級魔力石を取り出して護身刀を錬金する、此方は鞘や柄の装飾にも少し拘ってみた。

 

 仕事は特に無いのでオリビアの手作り焼き菓子を食べながらまったりと過ごす、昼過ぎに王宮を出て少し商業区域を馬車で走るか。

 僕を襲ってくれれば助かるし襲ってくれなければ冒険者ギルド本部に顔をだして状況の確認をするか、彼等がメルカッツ殿に何処まで配慮するか確認しておく必要が有るから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 まったりとザスキア公爵と時事ネタの会話等をして昼前まで過ごした、どうやらオリビアを気に入ったみたいで会話を振る事も何度か有った。

 後半はイーリンも参加して、一寸したお茶会みたいな感じになっていたな。

 

「リーンハルト様、出仕されてたのですね。お屋敷の方にも伺ったのですが御不在だったので……」

 

 ハンナが慌てた様子で執務室に飛び込んで来た、想像するにウィドゥ子爵達の件で動いていたのか?

 

「ああ、貴族街周辺が慌ただしくなったからね。情報収集を兼ねて王宮に来たんだ、ヘルクレス伯爵も危ない時期に屋敷から出るのは嫌だろ?

親書とお礼の品として護身刀を錬金したんだ、悪いが届けてくれないか」

 

 貴族的な礼儀に則った書式で書いた親書形式の礼状に錬金したての護身刀が置いてある執務机を指差す、これで義理は果たしたから終了だ。

 

「親書とお礼の品ですか?これは貴族令嬢の中で人気のリーンハルト様謹製の硝子の護身刀ですわね」

 

 護身刀を手に取って鞘から抜いて刀身を確認したが、微妙な顔をしたな。出来は悪くない筈だが、何か他に……ああ、そうか!

 

「ヘルクレス伯爵とシアンさんも喜ぶでしょうね、襲撃者が彷徨いているけど護身刀が有れば安心よ。後は自分達で何とか出来るでしょ?」

 

 ハンナはバセット公爵の派閥構成員だから、僕がヘルクレス伯爵やウィドゥ子爵と疎遠になる事を感じ取ったんだな。

 だがザスキア公爵が駄目押しした、仮にも専属侍女として仕える主とザスキア公爵に言われたら拒絶は出来ない。

 

「了解致しました、それとリーンハルト様に報告が有ります。

バセット公爵様がウィドゥ子爵を破門しました、理由は無闇に国民を害するなと言われたアウレール王の意思に反したからです。その事について、バセット公爵様もヘルクレス伯爵も真摯に受け止めています」

 

「本人が殺された後に言われてもね、息子共々平民に襲われて殺されたのよ。別の意味でも破門しないと不味いわね、それはウィドゥ子爵が存命中なら良かったけど今話しても死人に口無しよ」

 

「それは、その……」

 

 破門?蜥蜴の尻尾切りだな、しかも当のウィドゥ子爵家は当主も息子も殺されて不名誉な烙印を押された。派閥に居られちゃ困るから切り捨てた、哀れ過ぎてもうどうでも良くなって来た。

 

「ハンナが気にする事は無いよ、別に僕はバセット公爵と敵対はしない」

 

 敵対はしないが懇意にもしない、どうにも彼等とは相性が悪いのか分からないがしっくりこない。他の公爵三家と縁を強めた方が良いだろう。

 


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