古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第377話

「どういう事だ?ハンナの報告では、奴は納得していないぞ」

 

 奴の取り込み方法を模索している途中で、派閥の末端が馬鹿をやりやがった!

 

 商業地区の道で奴の乗った馬車を止めるなど、どんな確率なんだ?しかも平民との揉め事の仲裁までさせておいて反故にする。

 ウィドゥ子爵の馬鹿息子は平民に返り討ちに遭い死んだ、此方の汚名返上の問題も有る。

 

 素面では話せない程、興奮しているのでワインを用意させた。飲まねばやってられるか、馬鹿共が!

 

「どうと言われましても……早急に面会に応じるとの事ですから、此方の誠意が伝わったのではないですかな?」

 

「いくら平民共に優しいと言っても限度が有ります、私は息子を殺された。逃げた男と関係者には相応の報復はします」

 

 ハンナの報告を聞き関係者を呼び付けた、ヘルクレス伯爵とその娘のシアン、それとウィドゥ子爵。

 ウィドゥ子爵の馬鹿息子であるシュターズは平民ごときに返り討ちに遭い切り殺された、貴族の恥さらしめ!

 

 それに報復など知るか、勝手にやれ!

 

「畏れながら言わせて頂きますと、リーンハルト様は確かに平民に優しいお方です。ですが今回の件においては、先の凱旋の時にアウレール王の馬の前に飛び出した子供を許した事に倣えと諭したと聞きます」

 

 ハンナが持ってきた、ザスキアの考えが正しいとは思わない。だが奴はアウレール王に対する忠誠心は本物だ、王命を達成する為に相当の努力をしていた。

 しかも奴は王命を達成するのは当然の事と言い切った、名誉や報酬が思いのままの偉業を達成してもだ。

 

「その、ハンナさんが言いたいのは、リーンハルト様は平民に優しいので蔑ろにされた事を怒っているのではない。

アウレール王が平民の子供を許した事に倣えと諭したのに、後からシュターズ様が一度は許した事を反故にして老人を罰した事を問題にしている、そういう事ですわね?」

 

 何だと?ならば既にどうにもならない状況じゃないか!

 

「そうです。リーンハルト様の忠誠心を考えれば、シュターズ様はアウレール王の国民に対する思いを踏みにじった事になります」

 

 最悪だ、和解を促しても奴の中では我等はアウレール王の思いを汚した事になっている。いや、実際にそう取られても言い訳すら出来ない。

 

「リーンハルト様は凱旋の時に飛び出した子供を庇い、叱責は自分が甘んじて受けると言ったのです。

偉業を達成したのに成果を捨てても良いと言い切った、ですがアウレール王は子供を罰した方が許し難しと不問にしたのです。平民達の間では美談として今も語り継がれているそうですわ」

 

「その思いを引き合いに出して諌めたのに、シュターズ様は反故にしました。リーンハルト様は平民を害した事よりも、アウレール王の思いを汚した事を怒っています」

 

 む、ハンナとシアンの方が奴の考えを正確に読んでいるみたいだな。それなら納得出来る、平民に優しいと言っても限度が有るがアウレール王絡みなら分かる。

 

「それは分かるのだが……」

 

 当事者はその平民に殺されている、詫びは二人の親にさせてしまった。だが意味を取り違えた謝罪だ、平民に対する事と国王に対する事では天と地程も意味が違う。

 

「ザスキア公爵様はリーンハルト様がヘルクレス伯爵に対して礼儀的な対処を早急にしてから疎遠になると言いました。

貴族として平民に対しては最上級のお詫びなので、型通りの挨拶を交わして終了させると。ウィドゥ子爵については……」

 

「完全無視だろうな、奴の母親を暗殺したと言われているアルノルト子爵と同じ扱いか。

ヘルクレスに対しては型通りの礼を交わして後は表面上の付き合いのみに終始するのか、批判すら出来ぬ対応だな」

 

 声高々に我等がアウレール王の思いを愚弄したと言わないだけ配慮されている、これでは俺は奴とヘルクレスとウィドゥの仲を取り持つ事も出来ない。

 表面上とは言え謝罪に対して受け入れて礼儀的対応をしてくる、厄介だな。

 

「ウィドゥ、今迄ご苦労だったな」

 

 もはやこの馬鹿を俺の派閥に居させる意味は無い、切り捨てるか。

 

「バセット公爵様、何を言い出すのですか!」

 

 最早アウレール王を愚弄したとコイツを切って誠意を見せるか、所詮は末端だし息子の不手際の罰で良いな。

 

「奴がアウレール王の国民に対する思いで怒るなら俺も同様だ。ウィドゥ子爵よ、息子シュターズの罪を償う事だな、俺の派閥には不敬者は要らぬ」

 

「私を切り捨てるのですか!」

 

「そうだ、今は奴と敵対は出来ぬ。それにアウレール王の思いを愚弄したのはお前の息子だ、我等を巻き込むな。さっさと出て行け!」

 

 聞くに耐えない暴言を吐かれたが、もうどうでも良い奴だから構わない。ウィドゥは終わりだな、奴を受け入れる場所などバニシード位しか居ない。

 だがバニシードは落ち目だし、泥船に乗れる勇気がウィドゥに有るかは分からない。

 

「ウィドゥ子爵とシュターズ殿の件は終わりですが……」

 

「ヘルクレス、奴に会った時に今の話をしろ。詳細を知らされてなかったので誤った対応をしてしまったとな、我等もアウレール王の気持ちを十分理解した、ウィドゥはその事を確りと諭して破門した」

 

「そうですな、シアンが塞ぎ込んでいて詳細を聞けなかった。漸く事実を知らされて後悔していると思わせます、シアンも良いな?」

 

「はい、分かりましたわ。精々泣いて縋ります、反省していると真摯に受け止めている事を伝えます」

 

 ふむ、ヘルクレスの娘は中々使えそうだな。だが奴に色仕掛けは悪手なのは言い聞かせておくか。下手に迫れば薮蛇だ、奴は今の所は珍しいマジックアイテムにしか興味は無い。

 

「ハンナも良いな?全てはウィドゥ子爵とシュターズの所為なのだ、我等は何も知らされていなかった」

 

 何も言わずに深々と頭を下げたか……だがハンナの情報は常に有効だな、何か報いねばならない。リーンハルトの奴もハンナには対応が甘い、自分の側の連中には甘いのだな。

 仲間意識でも芽生えているのか分からんが、精々利用させて貰うか……

 

 

 

 その後、ウィドゥ子爵の乗った馬車はバセット公爵の屋敷から出て直ぐに賊の襲撃に合い、御者と護衛二人を含めて全員が殺された。

 目撃者によれば全身鎧を着込んだ中肉中背の男で、長い槍を使用していたそうだ。脇から突撃し馬車ごと槍で何度も突き刺し、御者は喉を一突きされて即死。

 襲撃犯は扉を開けて中を確認し、更に止めを刺してから立ち去った。

 

 その所業から怨恨の線が濃厚と思われる……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昨夜、貴族街でおきたウィドゥ子爵の殺害事件で王都は朝から大騒ぎとなっている、多分だが生き延びた彼が復讐したんだな。

 貴族街と新貴族街を巡回警備する兵士が屋敷を訪ねて詳細を報告してくれた、直接対応したら偉く感激して色々と情報を教えてくれたので労いの意味も含めて高級ワインを数本渡した。

 幸い酒豪として有名な僕にはアルコール類の贈り物が多い、そんなに飲めないし家では殆ど飲まないので余っている。

 しかし貴族殺害もそうだが王宮近くの貴族街で事件が有った事も問題視されている、ヘルクレス伯爵は早々に屋敷の警備を固めたそうだ。

 

 僕は休みだが王宮へと出仕する事にしたが屋敷に住むイルメラやウィンディア、アシュタルやナナル達全員に『魔法障壁のブレスレット』を渡した、次に奴が狙うのはヘルクレス伯爵とシアン嬢、それと僕だと思うから。

 御者や護衛二人を構わずに殺したのなら他人を巻き込む事に躊躇しないと考えて対応しないと駄目だ、無関係だからとか甘い考えは捨てろ。

 

 出来れば王宮に出仕中に僕を襲って欲しかった、警戒していたが特に不審な感じもなく無事に王宮に到着。やはり復讐の順番的にはヘルクレス伯爵の方が上で僕は三番目かな?

 若干慌ただしい王宮内を歩く、近年王都で貴族が殺害された事は無いので騒ぎが大きくなっているのだろう。無関係な貴族達も万が一の為に防御を固め始めていると廊下で話し合う連中から聞こえた。

 

「あら?お休みなのに出仕したの?」

 

 イーリンを伴い廊下を歩いていたザスキア公爵と出会った、てかイーリンは僕の専属侍女だよね?

 

「おはようございます、ザスキア公爵。貴女も今日は休みですよね?」

 

 宮廷魔術師である僕には賊討伐の命令は来ない、最初は聖騎士団か常駐軍の仕事だ。従来貴族子爵と子息が殺された程度では宮廷魔術師は動けない、軽々しく動ける存在じゃないんだ。

 役職を飛び越して動けば聖騎士団や常駐軍の顔を潰す、だから囮となって動いたのだが襲われなかった。

 

「少し王都が騒がしいでしょ?だから情報を集めていたのよ、知りたい?」

 

 にっこり微笑まれたが、彼女は的確に僕の行動を予測して知りたい情報を集めたんだな、両手を上げて降参の意を表する。

 

「降参します、教えて下さい」

 

「あらあら、リーンハルト様を負かせたのってエムデン王国では私が初めてじゃない?」

 

「バルバドス師やデオドラ男爵、アルクレイドさんには模擬戦で負けてますから四人目です」

 

「貴方の師匠とパトロン関係でしょ、手加減してるのは負けとは言わないのよ」

 

 腕に抱き付かれて僕の執務室に押し込まれた、他の誰かに見られたらヤバいって!勘弁して下さい、本当に勝てない女性だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕は休みでも執務室には交代で専属侍女の誰かが詰めている、何かの時に対応出来る様に無人にはしない、今日の当直はイーリンとオリビアの二人だ。

 だがザスキア公爵を見たオリビアが、明らかに動揺したのは何故だろう?

 

「リーンハルト様?本日はお休みの筈ですが、何か有りましたでしょうか?」

 

「昨夜の襲撃事件が気になってね、様子を見に出て来たんだ。オリビア、紅茶を頼むよ」

 

 一礼して執務室から出て行ったが、やはりザスキア公爵を意識してる。チラリと見たザスキア公爵は良い笑顔を浮かべたが、絶対に何かしたな?

 取り敢えずソファーを勧めて向い合わせに座る、イーリンは僕の後ろに控えた。

 

 最初に新しい防御用マジックアイテムである『四属性レジストリング』を取り出して渡す、これは毒・麻痺・睡眠・混乱を35%の確率で回避する物だ。

 リングって言ってるけど要はブレスレットだ、チェーンじゃなくて輪っか状の金のリングの四方にレジストストーンを配置した。

 効果は高いが装備させる本当の意味は『魔法障壁のブレスレット』を隠す為だ、防御用のマジックアイテムは襲撃者がその存在を知らない時に最大の効果を発揮する。

 

「綺麗な魔法石ね、これは何かしら?」

 

 手に取って色々と調べ始めた、囮用として装飾にも拘った逸品だ。本来なら囮目的で装備させる物じゃないが仕方無い、彼女クラスに装備させるとなると他には『召喚兵のブレスレット』位しかないから。

 

「自作の『四属性レジストリング』です、毒・麻痺・睡眠・混乱を35%の確率で回避します。暫くはそれを見せて『魔法障壁のブレスレット』は隠して下さい、防御用マジックアイテムは存在を知られないから効果が高いのです」

 

「これをダミーとして装備させる気なの?レジストストーンだけでも金貨四千枚以上の価値が有るわよ!」

 

 あれ?珍しく慌てたぞ、冷静沈着で用意周到な彼女でも驚いたのかな?それじゃ『召喚兵のブレスレット』とか渡したらどうなるのか楽しみだぞ。

 

「ザスキア公爵が身に付ける装飾品としては安い部類になりますが、安全の為にお願いします。今回の襲撃犯ですが、ターゲットはウィドゥ子爵とヘルクレス伯爵、それに僕でしょう」

 

「シュターズ坊やは殺したのに親であるウィドゥ子爵も襲った、御者や護衛二人も無差別に殺したから縁者も危険って事かしら?」

 

 僕の心配事もお見通しか、左手首に巻いたリボンの下には『魔法障壁のブレスレット』を嵌めているので右手首に『四属性レジストリング』を嵌めてくれた。

 宝飾品としては見劣りするな、彼女のペンダントは巨大なルビーだが、宝石の値段だけで金貨三万枚以上はするだろう。

 

「ザスキア公爵は僕の一番の協力者です、御自身を大切にして下さい」

 

「駄目、減点よ。僕のザスキア公爵は大切な人だから安全に気を使って下さい、何か有ると僕は……くらいは言って欲しいわね」

 

 む、無理だ。そんな台詞はイルメラにだって……いや、何時も言ってるな。僕ってアレか?実は結構恥ずかしい台詞をポンポン言ってないか?

 

「真っ赤になるなんて純情よね、そんな事では立派な紳士にはなれなくてよ。でも凄く嬉しいわ、有り難う」

 

 恥ずかしがってる時に恥ずかしい台詞を言われた、駄目だ、今の僕は真っ赤になってるな。オリビア、頼むから氷の様な視線を向けないでくれ、浮気とかじゃないんだぞ!

 


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