古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第376話

 漸く祝いの手紙と品の手配が終わった、明日から四日間の休みだ。その内の一日はローラン公爵家の舞踏会に呼ばれて、二日間はメディア嬢に誘われたお茶会とジュレル子爵の次女であるオレーヌ嬢に誘われたお茶会。

 オレーヌ嬢はアーシャとエロール嬢の友人らしく、無下には断れない。そのお茶会でバイオリンを一曲聞かせる約束もしてしまった。

 ロンメール様に呼ばれた音楽会の予行練習に丁度良いと割り切る、新しく覚えている曲は練習中だが何とか間に合わす事が出来るだろう。

 

「リーンハルト様、親書が二通届きました。ヘルクレス伯爵様とウィドゥ子爵様からです」

 

 ハンナが少し困った顔で親書を二通持って来た。帰り支度を始めた所だから申し訳無く思ったのだろう。

 受け取った親書の送り主は、確かに先日会った商業地区の通りで馬車を止めていた二人の実家だ。ヘルクレス伯爵の四女のシアン嬢と、ウィドゥ子爵の次男のシュターズ殿と絡んだんだよな。

 取り敢えずヘルクレス伯爵の手紙の封を切る、ハンナが退出しないのはバセット公爵の派閥絡みで結果を早く知りたいのか報告の義務が有るのか?

 手触りが良くて高級品と分かるが、飾り気の無い封筒と同じく飾り気の無い便箋、中身を読めば詫び状だが何かした覚えが無い。

 まさか僕の乗る馬車を止めた事に対してじゃないよな、それだと大袈裟過ぎる。

 

 読み進めていけば、ウィドゥ子爵の子息の愚行を責めてシアン嬢との婚約を解消した報告だ。それと娘共々詫びに来るって何だ?

 

「ハンナはこの親書の内容と原因を知ってるのか?」

 

 神妙に控える専属侍女は視線を下げて頭も下げたぞ、つまり原因も手紙の内容も知っているんだな。

 

「二通目のウィドゥ子爵の親書に全てが書いてあります」

 

「ウィドゥ子爵の?」

 

 婚約を解消する程の原因って何だ?いや、大体予想はつくが正解であって欲しく無い。少し急いだせいか綺麗に封が切れなかったが構わない、乱暴に便箋を引き出し読み始める。

 

「馬鹿野郎が!あの場で丸く納めた筈なのに、態々あの老人と若者を探し出して罰しただと!」

 

 罰した、つまり手討ちにしやがった!

 

 僕がアウレール王の対処を引き合いに出して無闇に民衆を害するなって言ったのに、手間隙かけて探し出して殺したのか!

 

 伯爵と子爵、二人の直筆で謝罪の親書を寄越したんだ。相手は平民だから無礼討ちと言えば文句は言えない。だが、だが……

 便箋を握り潰す、ウィドゥ子爵は息子の愚行を詫びて、ヘルクレス伯爵は自分の娘も同行していたからと同じく詫びた、平民との問題に対して僕に頭を下げたんだ。

 貴族社会では最上級の詫びだ、平民二人の無礼討ちに対して当主が頭を下げること自体が異例中の異例。

 

「ハンナ、無礼討ちにされた二人の身元は分かるか?」

 

 声が低くて冷たいのは自覚するが抑えられない、ハンナに罪は無いのに怯えさせている。

 

「その、老人は一人暮らしで家族は居ないそうです。若者は手傷を負いましたが逃げ延びたと聞いています、申し訳ありませんでした」

 

 そう言って深々と頭を下げた、いくら彼女がバセット公爵の派閥の一員とはいえ罪は無いのに……

 

「ハンナが謝る事は無い、貴族社会の常識に照らし合わせれば最上級の詫びだよ」

 

 ああ、向こうも僕の影響力を恐れて最善策を講じて来た。だが馬鹿息子は謹慎しただけだ、婚約破棄などおまけ程度の問題だ。

 

 あの青年、生き延びたのか。あの目は身分差など関係無いと僕等を睨んでいた。このままでは終わらないな、アレは……あの目は復讐者の目だ。

 

「リーンハルト様?」

 

「ハンナ、二人に……いや、何でもない」

 

 言っても無駄だな、そして彼にとっては僕も復讐の対象だろう。一番最初に僕の所に来てくれれば止められる、だがシュターズ殿かシアン嬢に向かったら?

 それ以前に僕等の関係者にまで復讐の手を広げたら?傷が癒えた後が問題だな、イルメラ達に注意を促さないと駄目だ。優先順位は僕の大切な人の安全対策だ。

 

「ハンナ」

 

「はっ、はい。何でしょうか?」

 

「ヘルクレス伯爵との面会の調整を頼む、時間は優先的に先方に合わせる。決まったら直ぐに屋敷の方に連絡をしてくれ」

 

 駄目だ、感情が落ち着かない。まだまだ未熟者だな、魔術師として感情のコントロールが出来ないとは情けない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「本気で怒ってたわね、初めて見たけど普段の優しいリーンハルト様と同一人物とは思えないわ」

 

 荒々しく扉を開けて出て行ったリーンハルト様を見送る、珍しく随分余裕が無さそうね。廊下で盗み聞きしていた私に気付かないなんて、相当怒ってるわよ。

 

「ザスキア公爵様、それにロッテ達も……」

 

 初めて隠し切れない怒りを見せてくれた、アレがリーンハルト様のもう一つの荒々しい方の顔ね。しかしバセット公爵の指示かもしれないけど、ハンナは馬鹿な事をしたわね。

 余り拗らせるとリーンハルト様にも被害が行くから少し情けを掛けてあげましょう。

 

「ハンナ、仕えし主に嘘はいけないわよ」

 

「私はリーンハルト様に嘘なんて報告していません!」

 

 あらあら?ハンナは真相を知らないのね、バセット公爵はハンナを信用していないのかしら?

 それとも嘘が吐けないか、リーンハルト様を裏切れずに本当の事を話してしまう、バセット公爵はそんな危険性を感じたのね。

 

「ウィドゥ子爵が息子を謹慎させた、それは嘘よ。態々探し出した平民に返り討ちにされて死んだ、だから謝罪には来れない訳よね」

 

 あの几帳面な子にしては珍しく、執務机の上に親書を出しっ放しにしている、一通は握り潰しているわ。手に取って広げて読めば予想通りに、お馬鹿な息子の事を隠している。

 見栄を張ってリーンハルト様の顔を潰し、無礼討ちに行って返り討ち。貴族としても殿方としても最低で無様よね。

 

「ハンナにロッテ、セシリアにオリビア、良く聞きなさい。何故リーンハルト様が怒っているのか?

確かにリーンハルト様は平民に優しいわ。それを知っているバセット公爵は、折角取り成したのに蒸し返した件を慌てて鎮火しようとして、ヘルクレス伯爵とウィドゥ子爵に頭を下げさせた。それじゃ対処方法は50点よ、分かる?」

 

 事情を知っているイーリンとセシリアは分かったみたいだけど、ロッテとオリビアは分からないみたいね。

 ハンナも必死に考えているけど先任侍女としては失格よ、貴女は今までリーンハルト様の何を見ていたのかしら?

 

「ハンナ、分からないの?」

 

「申し訳有りません、ですが貴族と平民の揉め事で伯爵と子爵に頭を下げさせたのです。最優の対処ではないでしょうか?」

 

 ああ、貴女は未だリーンハルト様の事を理解していない、しようとしていないのかしら?

 

「駄目よ、確かに平民に対してなら対処は及第点よ。これ以上はリーンハルト様も無理は言わないわ、言いたいけど我慢する。あの子は理不尽でも慣例や決まり事には配慮する、無闇に反発はしないわ。

でもリーンハルト様には平民達よりも優先すべき事が有り、彼等はそれを愚弄したわ」

 

 五人の侍女達を順番に見回す、イーリンとセシリアは気付いて頷いたけど、他の三人は未だ分からないみたいね。

 

「あの、その件についてお父様から手紙を貰ったんです。リーンハルト様が平民と揉めているウィドゥ子爵様の御子息を上手く取り成して事なきを得たと……

でもそれはハイゼルン砦の凱旋の時に、アウレール王が飛び出して王の行進を止めた子供を許した事を引き合いにだして諌めた」

 

「つまりリーンハルト様はアウレール王が許した事に倣えと言って止めた相手が、後日約束を破り平民を殺した事を問題にしていると?」

 

 オリビアの言葉をハンナが引き継いだ、それでも70点よ。肝心な所を理解していない、でもオリビアって娘は中々の理解力だわ。

 流石はリーンハルト様が唯一指名して専属侍女に任命しただけの事は有るわね、単なる無所属だから指名した訳じゃないのね。

 

「未だ足りないわ、良く聞きなさい。リーンハルト様はエムデン王国の貴族として、また宮廷魔術師として強い自覚と責任感、それに厚い忠誠心を持っているわ。

ハイゼルン砦の攻略を成功させたり、ジウ大将軍に勝ち続けても王命だからと浮かれもしなかった。それは臣下なら達成して当たり前だと思っているから」

 

「大喜びなどしたら、無理難題を吹っ掛けられて達成したと周囲から思われるからですね。アウレール王が無謀な命令をしたと思われない為に喜びを自制した」

 

「それ程に厚い忠誠心を向けるアウレール王が同じ事をされても許したのに、シュターズ殿は破って老人を無礼討ちにしてしまった。リーンハルト様が早急にヘルクレス伯爵に会いたいと望んだのは?」

 

 オリビアの補足に漸くハンナが気付いたわね、その通りよ。お馬鹿さん達はリーンハルト様の平民思いに対して詫びたけど、本当はアウレール王の国民に対する思いを汚した事を怒っているのよ。

 この勘違いは大きいわよ、対応を間違えたバセット公爵とヘルクレス伯爵、それにウィドゥ子爵とは距離を置くわね。

 あの子は頑固だから、哀れなバセット公爵では関係改善は難しい、余程の事をしなければ表面上の付き合いを徹底する筈よ。

 

「礼儀的な対処を早急にしてから疎遠になるわ、型通りの挨拶を交わして終了ね。ウィドゥ子爵は勿論だけど、ヘルクレス伯爵とバセット公爵にも影響が出るわね」

 

 この言葉にハンナは顔面蒼白だ、来週にはリーンハルト様を夕食に招待してるのに下手したらご破算ね。

 だってバセット公爵の派閥とは距離を置くから、最悪は専属侍女も交代位に考えているのかしら?

 

 でもリーンハルト様はハンナには辛く当たらないわ、あの子の弱点は大切な人に対して過保護になる事よ。

 もし、もしもリーンハルト様の大切にしている誰かが害されるなら……あの子は悩み抜いても大切な人を助ける。忠誠を誓うアウレール王に逆らってもね、それがリーンハルト様の最大の弱点。

 

 大切な人を見捨てられない、女としては最大級に嬉しい事だけど、人としては止めて欲しい。自分を助ける為に何もかも捨てさせるなんて出来ない、嬉しいけど受け入れては駄目な愛情表現なのよ。

 

 ハンナが一礼して執務室を飛び出して行った、直ぐにバセット公爵と相談しないと駄目だから急がないと大変ね。

 

「ザスキア公爵様、宜しかったのですか?」

 

「バセット公爵に情けを掛けた事?良いのよ、もう何をしても結果は変わらないから」

 

 そう、私はバセット公爵達とリーンハルト様の直接的な敵対を避けさせただけ。既に平民の老人を殺した事実は消えない、あの子はアウレール王の思いを踏みにじった彼等を許さない。

 その思いがリーンハルト様の心の中に燻(くすぶ)り続けるのよ、表面上は和解しても潜在的には敵対した。

 

「くすくす、バセット公爵も案外愚か者よね。でもリーンハルト様を軽く見ているから仕方無いのよ、私の幸せの為に沈みなさい。イーリン、手の者を使って噂を流すのよ。

『リーンハルト様がアウレール王の国民を守る気持ちを真摯に受け止めてウィドゥ子爵の息子を諌めたのに、逆恨みして後日老人を探し出して殺した。リーンハルト様は関係者に二度とアウレール王の気持ちを踏みにじるなと怒った』そう広めなさい」

 

 リーンハルト様は既にエムデン王国の宮廷魔術師第二席にして外敵から国を護る『最強の剣』よ、例え敵国が攻めて来ても彼が居れば安心だと思われ始めている。

 アウレール王の信頼も厚く、王と同じく国民を大切にしている事を知らしめるのよ。そして平民達のバセット公爵達への評価は下がる、大した影響力は無いけど後からジワジワくるのよ。

 

「セシリアとロッテは所属の主達に詳細を報告しなさいな、バセット公爵は見切りを付けられたとね。オリビアは私の執務室で少しお話をしましょう」

 

「わ、私ですか?」

 

 この娘は見込みが有るわ、無所属らしいし私の派閥に引き込みましょう。リーンハルト様に近い女共には監視が必要、特にオリビアは彼が専属侍女に指名した逸材。

 あの子は無能を近くに置かないから有能なのでしょう、仲良くすれば五人の内の半数近くが私の側に立つわ。

 

「逃がさないわよ、貴女とはリーンハルト様との件について良く話し合いましょうね」

 


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