古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第375話

 兄弟で近衛騎士団員を務める兄のスカルフィー・フォン・フェンダーと弟のボームレム・フォン・フェンダー。

 王族であるミュレージュ様の護衛も務めるエリート達だが、その父親と遭遇した。間違い無くバーナム伯爵級の化け物だ、威圧感が半端ないぞ。

 軽く握った掌にじっとりと汗が滲み出る。背中にも嫌な汗が垂れるが、辛うじて顔には汗をかいてない。

 

「俺の威圧を真正面から受けても何ともないとは驚いたな、ミュレージュ様が褒め千切るだけの胆力が有るのか。お初にお目にかかる、近衛騎士団副団長ゲルバルド・カッペル・フォン・フェンダーだ」

 

 近衛騎士団は副団長が一人しかいない、つまり近衛騎士団のNo.2な訳だ。

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、宮廷魔術師第二席の任に就いています」

 

 正式に名乗られたので同様に返す。近衛騎士団員が三人か、凄く豪華なファミリーだ。威圧感に負けたのかライラックさんが崩れ落ちた、直ぐに使用人達が支える。

 悪い事をしたな、多分だが僕に会いに来たのだろう。理由は品定めか見極めか……

 

「ふむ、揺らぎないな。魔術師なんて惰弱な連中だと思ったが全く違うのだな、素直に強者と認めよう」

 

 やはり見極めか、最近王族の方々と接点が多い。ロンメール様やヘルカンプ様、王位継承権上位二人に接点が出来れば普通は警戒するよな。

 しかもリズリット王妃とセラス王女、ミュレージュ王子とは色々と懇意にしているし、王族の方々を警護する近衛騎士団員としては心配か……

 

「肉体的には惰弱でも、精神的な強さと魔力の高さが魔術師本来の姿です。その為の鍛練は欠かしていませんよ」

 

 然り気無くライラックさんの前に移動する。放たれる覇気による威圧感は弱まったが、常人では呼吸をするのも辛いだろう。

 それ程迄に濃密に絡み付く、息子二人は呆れ顔だが止めてはくれないみたいだ。

 

「まさに正論、先程の練兵場での模擬戦の見事さ、配下の連中を諭した時に見せた心構え。見事だ、確かに俺達は国家と王家に忠誠を誓う暴力の化身だからな」

 

 いや暴力の化身じゃなくて単体最強戦力って言葉を飾りましたよ。だが、練兵場の事を見られていたみたいなのに全く感知出来ずに分からなかった。

 あの威圧感と存在感なら見落とす訳はないのだが、気配隠蔽の技術が高いのか?

 

「王国の剣とか盾とか言葉を飾って下さい、暴力の化身だと悪い意味に曲解されます。速やかに敵を殲滅するのが我等の使命。正当な理由が有ってのことで、闇雲に振るう暴力とは違います」

 

 戦争には大義名分が必要不可欠、それが無いのは侵略戦争になってしまう。我等は旧コトプス帝国とは違う、建前だろうが綺麗事だろうが必要な事だ。

 

「ふむ、司令官としても問題無いとライル団長が言っていたな。俺は難しい事が大嫌いで、誰よりも先陣切って敵に飛び込むのが大好きなんだ!

俺達は同じ戦闘狂いの同族なのに、リーンハルト卿は我慢強いのだな」

 

 最悪の誤解を受けた、確かに僕は戦闘大好き民族のバーナム伯爵の派閥のNo.4だが同じじゃないぞ。

 

「否定します!」

 

「そうだろう、我慢強い訳じゃないよな」

 

「違います、同族って所をです!」

 

 この人は近衛騎士団副団長の地位に居ながら先陣切って敵陣に突っ込むタイプだ、副団長なら色々と考えて行動しなければ駄目な筈だぞ。

 余り長く立ち話をしてもライラックさんに悪いし、模擬戦とかの流れも嫌だし切り上げるか……

 

「御用件が無ければ帰りたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

「ああ、引き留めて悪かったな。ライル団長主宰の武闘会には俺も参加する、楽しみにしてるぞ」

 

 え?何を言っているんだ?

 

「親父、狡いぞ。何で俺達は駄目なんだ?」

 

「全く酷い話だ、職権乱用だと思うぞ。ライル団長も迷惑だと思っている筈だ、だから俺達も連れて行け」

 

 三人共だと?いや、何か話を振ると余計な深みに嵌まりそうで危険だ。そのまま返事はせずに帰ろう、戦場(ハイゼルン砦)に居た方が気楽だったとか笑えない冗談だよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何故か僕に模擬戦を申し込む猛者が絶えない、それも魔術師じゃなくて戦士職の連中ばかりだ。ついに近衛騎士団副団長までが申し込んで来た、流石にライル団長の紹介ともなれば断れない。

 息子二人は断れる、招待先で無茶は出来ないだろう。ライル団長の主宰とはいえバーナム伯爵もデオドラ男爵も来る、割り込み三人は自分の戦う番が減るので絶対に揉めるから……

 

 暗い未来を予想しながら帰りの馬車に乗り込む。背中には熱い視線を感じるが、待っていた他の連中もフェンダー副団長の威圧感に負けた。

 惚けている連中を脇目に馬車を走らせる、今夜はイルメラとウィンディアに甘えて癒されよう。

 

 気が付けば馬車の窓から見上げる空は薄暗く、月が輝き始めていた。今夜は上弦の月か……

 

 のんびりと夜空を見上げたのは何時以来だろうか、自分の余裕の無さに呆れるが、生きる為に余裕が無い人達だっている。

 僕だって宮廷内で生き残るために生存競争のど真ん中に居るんだ、失脚すれば良くて降格、悪くて死罪。敵も自分と同格かそれ以上の連中だ、油断は出来ない。

 

 窓から見える露店で働く人達を見る、子供連れも多く王都の治安の良さが窺える。これもアウレール王の治世が素晴らしいからだ。このエムデン王国を守る為にも自分に出来る事をしなければな。

 

「む、揉め事か?」

 

 黒塗りの高級な馬車が道の中程で停まり、御者が誰かと揉めている。いや、一方的に御者が誰かを叱責しているみたいに感じる。

 

 上級貴族と思われる馬車の走りを停めたみたいだ。不味いかも知れない、相手は見えないが御者の態度からして格下か平民、普通の上級貴族なら平民に対しては無礼討ちも許される。

 相手が格下貴族の場合は一旦謝ってから、後日派閥の上位者にお願いして手打ちにするのだが、金が掛かる。だが謝っただけで放置すると後が怖いのが貴族社会だ、僕みたいに敵対するなら追い詰めないと逆襲される。

 

「リーンハルト卿、如何致しましょうか?馬車を退かせますか、相手は家紋から判断するにウィドゥ子爵家の者です」

 

 此処で遠回りする案が出ないのが凄い。御者にすれば乗せてる僕の方が格上だから、退くという選択肢は無いのだろう。しかも御者はエムデン王国に雇われていて、僕に与えられた専属だ。判断的には間違っていない。

 

「向こうは此方に気付いてないみたいだね。だが道の真ん中を塞ぐのは良くない、退いて貰ってくれ」

 

 僕が出ていくのが最短の解決方法だが、同時に最悪でもある。先方が御者に任せているのに此方は上位貴族本人が出張ったでは面子が丸潰れだ。

 高圧的に迫っていたのに、相手を変えたら卑屈に退かなければならないから……

 

「あれ?御者同士も言い合いを始めたぞ、向こうは子爵で僕は伯爵。此処で揉められると僕も面倒に巻き込まれて嫌だぞ」

 

 下手な事はしたくないが、甘い対応だと周囲が騒ぎ出す。困るのが僕の為にと何かして、恩に着せたがるんだよな。後は派閥絡みでも色々と有る、同派閥か中立か敵対かでも違う。

 

 長いな、向こうの御者も引き気味だが止めないのは何故だ。何が有っても退くなと主から強く言われているのか?

 人も集まって来たし巡回の警備兵や騎士団詰所にも連絡が行けば更に揉めるな、仕方無い直接出て行くか……

 

「先に先方が出て来たな、二十歳位の青年貴族に同い年位の淑女だ。どっちがウィドゥ子爵絡みだ?」

 

 ウィドゥ子爵はバセット公爵の派閥に属しているが、派閥への影響力は知らない。そこ迄は調べてないし覚えてない、後でジゼル嬢に相談だな。

 向こうが馬車から降りたのなら此方も降りるしかない。この人だかりの中で話し合いとは、先方の顔を潰さないにはどうするか?

 

「何か揉め事ですか?」

 

 先ずは友好的に話し掛ける。向こうは構えているが、御者を退かせなければ分かっていた結果だぞ。

 詳しく見れば男の方は痩せていて神経質そうな顔をしている、典型的なエムデン王国人と同じ金髪に碧眼。今風らしい髪型にカットしてお洒落な服装、隣の淑女をエスコート中で見栄を張るか……

 

「道を塞いでしまい申し訳有りません、リーンハルト様。私はヘルクレス伯爵の四女でシアンと申します」

 

 男より先に女性の方が名乗って来た、僕は面識が無いが向こうは知っている。しかもヘルクレス伯爵だと?

 

 ヘルクレス伯爵はバセット公爵の派閥でハイゼルン砦の件で被害を受けていた、だが僕は派閥の長のバセット公爵とラデンブルグ侯爵としか話していない。

 彼等を差し置いてヘルクレス伯爵と話せなかったし、時間も無かった。舞踏会でも挨拶すらしなかった。

 

 つまり僕はヘルクレス伯爵の面子を潰した?

 

「お初にお目にかかります、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。道の真ん中で馬車を停めてますが、何か有りましたか?」

 

 御者とウィドゥ子爵の関係者を見る、御者は平伏しウィドゥ子爵の関係者は目を逸らした。

 

「私はウィドゥ子爵の次男のシュターズ。平民が馬車の前に飛び出して来て迷惑している、処罰するつもりだった」

 

 漸く最初の原因に辿り着いた、周囲を見回せば屈み込む老人を庇う青年が此方を窺っている。怪我は無さそうだが顔色が悪い、貴族の不興を買ったからだな。

 何となく理解した。老人が何らかの事で馬車を止めてしまい、青年が庇っている。青年は身形も体格も良い、普段着みたいだが冒険者だろうか?

 

「そうですか、ですが時間を掛け過ぎましたね。大事になれば話は広まります。アウレール王は凱旋の時に、飛び出して馬を止めた子供を許した。

貴方もアウレール王に倣い大いなる慈悲の心で老人を許しては如何でしょう?」

 

 角が立たずに早目に決着する為に、アウレール王の出来事を持ち出した。仕えし王の慈悲を持ち出せば自分は処罰するとは言い辛い、王に倣って許せば面子は守れる。

 アウレール王が慈悲を見せたのに臣下が見せないのは不敬だ、それに馬車を止めた位で処罰はやり過ぎだと思う。

 

「シュターズ様、リーンハルト様の仰(おっしゃ)る通りですわ。貴方の器の大きさを示すべきです」

 

「シアン様……ですがあの老人は馬車を止めて、あの男は庇った挙げ句に我等に反抗したのです」

 

 見栄を張りたい男の心境は理解出来る、だがシュターズ殿はシアン嬢の事ばかりみて僕との事を忘れてないか?

 

「ですが私達はリーンハルト様の馬車の邪魔もしてしまいましたわ、どうなさるの?」

 

「その、しかし」

 

 チラリと僕を見てからシュターズ殿の腕を軽く掴み見上げて囁く様に判断を仰いだ、この場は彼の責任において何とかしろって言ったんだ。

 最初は顔が緩んだが、次に状況を思い出して顔をしかめた。進退窮まったな、見栄を張り続けるかどうか葛藤してるのが分かる。

 

「シアン嬢の言う通り彼等を許してはどうですか?僕も提案をしたので、受け入れてくれるなら問題にはしません」

 

 これ以上の譲歩は無理だぞ、早く飲み込んでくれ!

 

 チラリとシアン嬢を見る、彼女の方が状況を把握しているし伯爵令嬢だ。子爵の子息との付き合いの深さは知らんが立場は上だろう、だから止めてくれ。

 

「シュターズ様、此処は男らしさを見せて下さい」

 

 両手を胸の前で組んで見上げる仕草を仕掛けた、この令嬢ってあざといし強かっぽい。絡むと面倒臭い人種だ、まぁお相手が居るなら大丈夫かな?

 

「そうですか、分かりました。此処はシアン様とリーンハルト卿の顔を立てましょう。おい、お前達。早く立ち去るんだ」

 

 若者が此方を睨んでいる、お前も反抗的になるな。貴族の理不尽に付き合わされた気持ちは分かるが、飲み込んで下がってくれ。

 

「シュターズ殿、シアン嬢、僕はこれで失礼します。早く家に帰りたいので、後はお願いしますね」

 

 若者が老人を連れて下がったのを見届けてから、一言断って馬車に乗り込む。あの二人だが、同じ馬車に乗ってるなら交際中なんだよな?

 伯爵家の四女と子爵家の次男、釣り合いは取れるが政略結婚の線が濃厚だな。だがシュターズ殿の方は乗り気でも、シアン嬢は微妙だった。残念な結果になりそうだけど、政略結婚なんて家の都合でコロコロ変わる。

 シアン嬢も上手くあしらっていたし複数居る婚約者候補かな、自己紹介の時も互いに婚約者とか言ってないし微妙か……

 

「まぁ今回限りだから関係ないか」

 

 早く帰ってイルメラとウィンディアに癒して貰うんだ、僕の天敵のデオドラ男爵と同種の連中と知り合った。立場は向こうが上だし困った事になったぞ。

 


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