王宮の侍女に収穫したプラムをぶつけられた。躓いた拍子に籠をひっくり返したので、中のプラムがバラ蒔かれたんだ。
これって魔力砲に応用出来ると思う。籠を筒に見立てて、沢山の小さな鉄球を詰め込んで魔力石を爆発させれば、拡散して広範囲に飛び散る。
単発では照準が甘かった魔力砲だが、拡散すれば命中率の悪さは緩和出来る。
「だが飛距離と威力が落ちるのか?試したい、試し撃ちがしたい」
考え事をしていると時の経つのが早い、直ぐに自分の執務室に到着したので、部屋に籠り先程のアイデアを纏める。
前回試しに錬金したのは長さ30cm、直径10mmの穴を開けた肉厚5mmの筒で、射撃のためクロスボゥに組み込み照準しやすくした。
その試験品を空間創造から取り出して机の上に置く。理論的な検証には成功したが課題が多い、命中率が悪いし再装填に時間が掛かる。
これに今回のアイデアを盛り込む、前回は10mmの鉄球だが今回は5mmの鉄球を十個。溶かした蝋燭で固めて筒の中に押し込む。
爆発の力なら固めた蝋など直ぐに溶けて鉄球はバラ蒔かれる筈だ、どれ位の距離で拡散するのかな?
「距離を変えながら標的に何度か打ち込んで、平均値を調べないと分からない。10mmの鉄球は5mmの装甲を凹ませた、なら5mmの鉄球十個ならどうだ?」
今直ぐに試したいが大きな音がするから駄目だ。それに魔力砲の研究はエムデン王国とマゼンダ王国の共同研究っぽい。実際の人員は僕一人だが、資料はマゼンダ王国から貰っている。
やはりリズリット王妃に相談して早く実験場を用意して貰わないと駄目だな。
これ以上は誰かに見られる訳にはいかない、誰にも見られず大きな音を出しても大丈夫な場所は……
「魔法迷宮バンクのボス部屋ならどうだ?見えなければ魔法による爆発音と誤魔化せる、だがイルメラ達には教える事になるよな」
彼女達が秘密を漏らす事は無いが、国家機密を簡単に教えると彼女達を危険に晒す事にもなる。
リズリット王妃に成果を伝えるには、機密を守っていると示す必要が有る。魔法迷宮バンクのボス部屋で実験してましたと教えればイルメラ達も同行してると分かる。
エムデン王国とマゼンダ王国の軍事機密を知った平民を国家がどうするか、考える迄も無い。
「この続きは実験場が出来てからか、焦ると大切な人達が危険に晒される。我慢するしかないな」
錬金したミニチュア試作魔力砲を空間創造に収納する、何れ機会が有ればリズリット王妃に中間報告という形で教えて実験場の準備を頼むか。
これは急がない、急がなければならない事は他に有る。引き出しからレターセットを取り出して御礼状を書く事にする。
「未だ二日か三日は掛かるよな、気分転換に帰りにライラック商会に寄って行くかな」
マテリアル商会の件も相談しなきゃ駄目だし、ベルニー商会とモード商会の会長達とも顔合わせと協力の要請が必要だ。いくらライラックさんに任せているとはいえ、僕が直接会って話さないと真剣さが伝わらない。
ルカ嬢とマーガレット嬢の事もやんわりと釘を刺しておかないと、屋敷の方に奉公に出させて下さいとか言いそうだ。
平民が貴族の妾になる場合、見初めた娘を屋敷へ奉公に上げさせるのが殆どらしい。つまり噂になったリィナの状況も間違いではないんだよな……
『無理強いされた結婚を回避する為に、自分の屋敷へ使用人として招いた』が正解だが、『気に入った美少女を屋敷に使用人として招いた、妾候補なんじゃないか?』と誤解された。
最初の部分が無くなり後ろに予想が付いた。噂話なんて変化していくし、自分の予想を交えて広めれば最初と全く違う話になる事は多い。
今回はザスキア公爵が手を回して噂話を調整したから酷くなってないんだ、比較的好意的な話で纏まっている。やはり得難い女性だ、地盤が固まってない内に敵対すると不味い事になる。
余計な事を考えつつも御礼状は順調に書けている。休憩の時にライラック商会に使いを頼むかな……
◇◇◇◇◇◇
王都で有数の巨大商会と言えども王宮には呼べない。自分で行くか屋敷に呼ぶかだが、今回は自分で行く事にする。
密談も多いのだが、僕本人がライラック商会に出入りする事にも意味が有る。周囲に僕等が親密な関係だと間接的に広める事が出来るから。
エムデン王国から支給されている黒塗りの高級馬車に乗って貴族街と新貴族街を通り抜ける、商業地区は賑やかで人に溢れている。
だがもう露店で気軽に買い物など出来ない、大量に購入したストックは有るが尽きれば補充は難しい。
出世したのは嬉しいが、生活環境が一変したのは辛い。気楽に焼肉串を食べ歩きなど、バレたら貴族院からお叱りを受ける愚挙らしい。我等、貴族は高貴なる者がって事なんだろう。
暫く商業地区の大通りを進むとライラック商会が見えて来た。正面から入れば迷惑を掛けるので、裏の馬車停めに回して貰う。
だがライラックさん本人と大勢の使用人が店の前で出迎えていたので、先に挨拶をしてから裏に回された。周囲の人達に教えるあざとい行為だが想定の内だ。
窓から顔を出して一言労いの言葉も掛けた、お互いに理解し合っているから成り立つ行動だよな。
「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」
馬車を降りればライラックさん自らが出迎えてくれる、だが後ろに並ぶ使用人は何故か美女と美少女だけだ。その気遣いは不要だ、僕も男だから嬉しくは思うがそれだけだ。
「急に訪ねて申し訳ないです、色々と相談事が有りまして」
にこやかに挨拶を交わす、祝いの品々の買取り等で協力して貰っている。ライラック商会と縁が無ければ大量の祝いの品々の処理に、今以上に四苦八苦していた筈だ。
「それは重要ですね、応接室の方にご案内致します」
立ち話もないので応接室へ向かう、途中の通路に使用人達が控えていて頭を下げられる。妙に多くて見世物になってるみたいだ。これも有名税と思い、諦めて愛想笑いで乗り切る。
「申し訳有りません、英雄であるリーンハルト様を一目でも見ようと集まってしまいました。使用人達には言い聞かせておきます」
応接室に入るとライラックさんが謝ってくれた、だが英雄は喜ぶより問題の方が多い。為政者が自分達の立場が危うくなるから、民衆の支持する英雄を嫌うのは常識だ。
利用出来る内は良いが、危険と感じたら迷い無く排除に動く。過去の自分で実証済みだ……
「英雄は好ましくない呼ばれ方ですね、臣下にとって王命は絶対なのです。それを達成して英雄視されるのは困ります」
謙遜でなく少し困ってると正直に告げておく、此処で有頂天になり自慢するのは馬鹿だ。
「ふむ、それは思慮が足りませんでした、申し訳ありません。リーンハルト様が理想的な臣下としてアウレール王に重用される意味が分かりました」
巷では僕はアウレール王のお気に入りだと言われている、凱旋帰国して民衆の前でアウレール王本人が認めて褒めている。結果も出しているから疑う余地は無い、だから恨まれる事も多い。
ソファーに座り出された紅茶を飲んで気持ちを落ち着ける、今回は思い出の有るローズティーだった。
暫くは雑談と現状の確認と報告、アシュタル達との商談の結果報告を書類を見ながら説明してくれた。
「ふむ、彼女達は中々有能ですね。祝いの品々も、御礼状やお返しの品の手配も含めて利益を出している。新しく拝領したローゼンクロス領を任せても問題無いな……」
アシュタルとナナル、最初は警戒したが雇用出来て良かった。一番最初の家臣だし優遇して正解だ、他に行かれたら大変な損失だったな。
「その、ローゼンクロス領の事ですが……」
敢えて話題を振ったのだが食い付いた、今日立ち寄った本題がローゼンクロス領についてだ。
「ローゼンクロアの街は中規模の港を擁している、他国との貿易が盛んな商業の街です。勿論御用商人のライラックさんに取り仕切って貰いますが、海運業は弱い」
「有り難う御座います、ベルニー商会とモード商会とは下話をして有ります。あとローゼンクロアの街にも出入りの商人が居ますが、宜しいのですか?」
やはり地元の商会が居るよな、商人ギルド絡みとか関係してくるのか?そこ迄は考えていなかったのが本音だが、領主が交代すれば関係者も同じだ。
「僕は構いませんが、何か問題が生じますか?商人ギルド本部絡みとか他の貴族絡みなら対処しますよ」
この言葉にライラックさんは強く頷いた、つまり大きな問題は無く僕の真意を知りたかった?
「いえ、私共より規模の小さい商会が幾つか有るだけですし、上手く纏めてみせます。海運業についてはベルニー商会とモード商会を抱き込めば大丈夫です」
流石は王都に本店を構える大商会だな、特に問題が無ければ任せれば良い。僕は魔術師だから商才は皆無、適材適所って奴で行こう。
「任せた、アシュタルやナナルにも手伝わせる。場合によっては僕の名代でジゼル様にも出張って貰うよ、彼女達は有能だし人物判定も中々だ」
ジゼル嬢とナナルがセットなら、相手の思考と能力が筒抜けだ。何を考えているか丸分かりだから相手からすれば涙目ものの凶悪さ。
しかもジゼル嬢はアウレール王が認めた僕の本妻予定だから反抗は許されない。だが派遣するなら護衛は十分に用意しないと駄目だ。
ニールと『野に咲く薔薇』の面々、それと冒険者ギルド本部に依頼をするか……
「宜しいのですか?」
「構わない、此方の本気さが分かるだろう。僕は残念ながら宮廷魔術師としての仕事の関係で、長くは王都を離れられない」
「分かりました。此方で調整し、問題が発生した場合のみ奥方様にお願い致します」
奥方様は早いのだが、周囲の認識を再確認出来た。後は彼女達の防御力UPだな、『魔法障壁のブレスレット』と『召喚兵のブレスレット』を強化して渡すか。前者はレベル40迄の攻撃を防御し、後者はレベル35のゴーレムポーン三十体を展開出来る。
各種レジストストーンに、後はニールの装備強化も必要だ。
ライラックさんとの打合せも終了、ローゼンクロス領の代官であるレグルス殿には先に親書を送り説明をしておくか。
根回しは大切だし、近隣領主の二人、ガルネク伯爵とベルリッツ伯爵も彼を高く評価していたから、王都に呼んで直接話を聞くのも良いだろう。
◇◇◇◇◇◇
大分話し込んでしまった為に時刻は既に夕方六時を過ぎてしまった、一時間以上はライラック商会に居た事になる。
つまり穿って考えれば僕がライラック商会に居るって聞いて集まる時間が有った訳で、貴族用の馬車停めに数台の豪華な馬車が……
「こ、これはフェンダー様……本日はどの様な御用件で御座いましょう?」
見送りの為に同行していたライラックさんが下手に出る相手だが、見覚えが無い。
連続三日間の舞踏会でも挨拶は交わしてない筈だ、後ろに居る他の貴族達を抑えて先に話し掛けて来る位だから上級貴族に間違いは無いだろう。
笑顔を浮かべているが威圧感が凄い、鍛え抜かれた肉体はカイゼリンさんを彷彿とさせる。僅かに魔力を感じるが隠蔽はしていない、魔術師になれるだけの魔力が無かったみたいだ。
だが間違い無く強い、ジウ大将軍やバーナム伯爵と同等クラス。エムデン王国にこれだけの化け物が未だ居たとは驚いた。笑顔でこのプレッシャーなら本気で威圧したらどうなるんだ?
「これはリーンハルト卿、偶然ですな」
「はい、ライラック商会は僕の御用商人ですから頻繁に訪れています」
向こうは僕を知っている、だが僕はって……あれ?フェンダー様って事は?
「親父、何を威嚇してるんだ!商人殿は失神寸前だぞ」
「笑いながら本気の覇気だな、俺達でも鳥肌がたったぞ」
「スカルフィー殿にボームレム殿ではないですか!」
スカルフィー・フォン・フェンダーとボームレム・フォン・フェンダーの兄弟、二人共に近衛騎士団員というエリート一族だ。
その父親となれば威圧感も納得だな、だが副団長の筈だから団長は更に化け物な訳だ。
近衛騎士団は王族の警護の要、血筋も力も必要なエリートの集まり。こんな化け物の集まりの家族って凄いよな……