古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第372話

「随分と優しいのね、他の宮廷魔術師の配下の団員にまで指導してるの?」

 

 練兵場から執務室に帰る途中で、ザスキア公爵に声を掛けられた。観客席に居たのは知っていた、イーリンと他にも何人か知らない取り巻きも見えたし。

 この模擬戦を見て満足してくれないかな?無理か、表向きには彼女はバーナム伯爵の派閥上位三人との模擬戦を見る事を望んでいる。

 裏はバーナム伯爵の主宰する武闘会への参加と、他にも何か有る筈だ。

 

「カーム殿達はユリエル殿から僕に鍛えて貰えと言われたらしいのです、僕はユリエル殿から聞いていませんが……

セイン殿達は良くやっているのですが、僕は宮廷魔術師として統一されたゴーレム軍団を彼等に運用して欲しいのです」

 

「つまり牡牛や蟹や赤子等の極モノは嫌なのね、確かに強そうには見えないもの。まるで見世物だわ、実際は強くても見た目で損をしている」

 

 クスクスと品良く笑われてしまった。確かにセイン殿のグレイトホーンは許容範囲だが、他の蟹や赤子は……

 

 強い事は強いのだが、確かに見た目で損をしている。やはり規格を統一した人型ゴーレムを覚えさせたい。

 僕のゴーレムポーンを簡略化して見本を作り、模倣させよう。少なくとも接近戦用の剣、中距離戦用の投げ槍、遠距離戦用の弓を覚えさせれば大抵の敵には対処出来る。

 

「そうなんですよね。僕も人の事は言えませんが、個々の力に自信が有るだけに協力とか協調とか考えないんですよ。

ですが、対処出来ない相手にも同じ思考で挑むのは愚か者なのです。彼等は宮廷魔術師団員として、敵を倒す事を重視した思考をしなければならない」

 

 味方で上司との模擬戦だからと言って甘えては駄目なんだ、常に勝つつもりで行動しないとね。そして仲間と協力すれば個人の力より強くなる、ゴーレムの基本運用は数だぞ。

 

「三百体同時運用が可能な貴方だから分かる集団戦の強みね、あの子達でも全員で同じゴーレムを操れば五十体にはなるわ。騎士団の部隊に匹敵する、雑兵なら三百人程度には圧勝出来るわね」

 

「一人レベル15で十体、レベル20で五体が目標です。だが素質は有りますし、一ヶ月の自己鍛練のレベルアップも目を見張る物が有りました。その方向性がアレだったんで矯正したいんです」

 

 歩きながら執務室に向かうが擦れ違う連中の目にはどう見えたかな?

 

 僕とザスキア公爵は仲が良いと考えるだろう、公爵本人と歩きながら話し合うとか普通に有り得ない。

 それが出来る位には関係は良好、悪い相手じゃないし互いにメリットは大きい。だがバーナム伯爵にとっては微妙だから、何かメリットを提示しないと……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一時間待ってから再度練兵場に向かう。今回もザスキア公爵とイーリンは見学の為に観客席に向かった。

 二回目ともなれば観客も集まって来たな、アンドレアル殿とフレイナル殿も配下の宮廷魔術師団員と共に練兵場の端で此方を見ている。

 いや、サリアリス様やリッパー殿まで観客席に居る。これは無様な負け方は出来ないぞ、分かっているよな、セイン殿?

 

「お待たせ、それじゃ始めようか?」

 

 全員覇気に溢れているし気合いは十分だな。先程の負けを気にしてないのは気持ちを切り替えたからだ。連携作戦に自信が有るのかも知れない。

 

「はい、宜しくお願いします」

 

「ふふふ、リベンジね。今回は勝ってジゼルを手に入れるわ!」

 

 カーム殿が何か勘違いしているみたいだ、サラッと勝敗を賭け事みたいにしている。

 

「では僕が勝ったらカーム殿はセイン殿に嫁いで貰いましょう、手加減無しの全力でお相手してあげます」

 

 微笑みながら此方の条件を提示する、この痴女の同性愛者には誰かの嫁にするのが一番周りに迷惑を掛けない良い方法だと思う。

 貴族としても魔術師としても釣り合いは取れている、ジョシー副団長も彼女の嫁ぎ先に悩んでいた。僕からライル団長に取り成しても良い、円満解決だ!

 

「「嫌です!」」

 

 やはり息が合ってるな、口では嫌がるけど気持ちはOKみたいな?

 

「俺は本妻は淑やかで優しく慎み深い女性が良いんです!こんな嬉し恥ずかしい姿の女性は無理だ」

 

「私は殿方に興味は有りませんの。嫌です、嫌なんです。こんな男に嫁いだら毎日説教ですわ!」

 

「それは嬉し楽しい毎日、いや違う!なんて失礼な女だ」

 

 痴話喧嘩か、僕もアーシャと初めて痴話喧嘩をしたけど何か違うな。僕は浮気を誤解されて説得だったんだが、彼等は何だろう?かなり気が合ってると思うんだ、照れ隠しとかかな?

 

「まぁ良いか、始めましょうか?」

 

 全力で勝つ、その上で画一化された量産タイプゴーレムを錬成して貰う。先ずはゴーレム軍団を作る、それから質を上げていけば良い。

 

「待って下さいな、賭けは無しです、無効です」

 

「そうなのか?自信が無いから逃げるのか?」

 

「このお馬鹿さんは!自分と相手の戦力の差を計れないの?無謀を通り越して無能よ」

 

「何だと、お色気女め」

 

 また口喧嘩が始まった。困ったけど婚姻事を強引に勧めるのは駄目だから諦めるか?いや、観客席も痴話喧嘩に対して騒ぎ出したし放置は不味いな。

 

「リーンハルト殿、そろそろ止めた方が良くないでしょうか?」

 

 恐る恐ると言う感じでアルティメットデスキャンサー殿が話し掛けてきた、そんなに怯えないで欲しい。

 

「そうですね、観客席からも見られてますし争い事は不味い、止めましょう」

 

 余り騒ぐと配下の統制も取れないとか、他属性魔術師との軋轢が酷いとか言われそうだな。カーム殿にも困ったものだ、何故にアウレール王からも許しを得た婚姻に難癖を付けられるんだろうか。

 普通なら国王の決定に物申すって事だから不敬罪が適用されても文句は言えない暴挙だぞ、分かってる?

 

「そこ迄にして模擬戦を始めますよ、賭けは無しで構いませんが、もう少し言葉に注意して下さいね」

 

 本当に気を付けて下さい、僕等には敵が多いのですよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今回は正面に向かい合う形じゃなくて、扇状に広がった。カーム殿を含めて仲間の風属性魔術師は八人か……

 全員がゴーレムを錬成する迄は待つ、さもないと勝負にならないから。

 

「行きますよ、リーンハルト殿。クリエイトゴーレム!来たれ、暴虐の暴れ牛よ。グレイトホーンズ」

 

 む、最初の錬成はセイン殿だと?他の連中は呪文の詠唱をしていない。土属性魔術師も応援の風属性魔術師もだ、カーム殿はセイン殿の後ろに控えている。

 

 ふむ、本来ならば此方もゴーレムを錬成し襲わせるのだが、これは模擬戦で僕が上の立場だ。胸を貸す意味でも受け身に回らざるを得ない、様子見だな。

 

 距離は20m、グレイトホーンなら四秒と掛からずに接近して来る筈だ。だが動き出してからでもゴーレムポーンの錬成は間に合う、駄目でも魔法障壁で押さえられる。

 後ろ足で地面を削る様に掻いている、動作も本物に近い。相当観察して研究したんだな……

 

「睨み合うだけでは勝てませんよ、どうしますか?」

 

「凄い自信ですね、それが敗因ですよ」

 

 挑発を挑発で返された。凄く落ち着いているが、何を企んでいるんだ?

 扇状になった連中も徐々にだが広がっている、開いた形状は半円に近い。それに風属性魔術師も同じ様に広がった、連携していると見て良いな。

 

「邪神の落とし子よ、邪気赤子達よ。我が邪悪なる願いを糧に生まれ出でよ!」

 

 おい、先程と呼び出す台詞が違うだろ!邪神とか邪悪なる願いは駄目だから変えるんだ。

 

「深海の闇より生まれし究極の甲殻類の王よ!その威風堂々とした姿で地上の覇者となれ、アルティメットデスキャンサー降臨!」

 

 お前もだ!そのモア教に喧嘩を売る台詞は止めろって、いくらモア教が他の宗教に緩やかでも降臨は神かその眷属や関係者にしか使えないから!

 

 問題児二人がゴーレムを錬成した、三方向から同時に攻める気かな?連携を考えろと言ったし、分かり易いが意識を分散させる事が出来る、悪い手じゃない。

 正面にセイン殿、右側にデスキャンサー殿、左側に邪気赤子殿がゴーレムを錬成した。だが左側の邪気赤子達は移動力が殆ど無く、一方デスキャンサーは横歩きだが早い。

 そろそろ仕掛けて来るかな、多分だが三方向から一斉に攻撃だと思うが他の連中がゴーレムを錬成しないのは何故だ?

 

「「「全てを覆え、魔力の霧よ。マジックミスト!」」」

 

 風属性魔術師から仕掛けて来た、『マジックミスト』は『濃霧』と違い魔素を含んだ霧だから魔力探査を妨害する。それを全員で唱える事により濃度を増したか!

 

 僕でも魔力探査に障害が出る濃さだ、最初に相手の目を潰すのは良い作戦だな。だが土属性魔術師は大地の振動も感知出来る、視界を塞いだだけじゃ駄目だぞ。

 

「アルティメットデスキャンサーよ、ダブルスラッシュインパクト!」

 

「邪気赤子達よ、邪気乱舞だ!」

 

 おい!技名が違うぞ、しかも何故に今から攻撃すると分かる様に叫ぶ?先ずは距離を詰めろよ!

 

 確かに声を掛けた二人のゴーレムが突進して来るのが分かる、大地が振動している。いや、グレイトホーンも真っ直ぐ向かって来たぞ。

 目隠しに囮攻撃、本命は正面のセイン殿のグレイトホーンか。ならば……

 

「グレイトホーンよ、その突進力の前には障害物など無意味と知れ。グレイトスタンプ!」

 

 ちょ、本命も攻撃が分かる様に叫んじゃ駄目だろ。最後の詰めが甘かったぞ、改良点は多いが努力は認める。

 

「魔法障壁全開!」

 

「石礫、乱れ射ち!ストーンブリッド!」

 

「硬質な石材の槍よ、ストーンランス!」

 

「風の刃よ、敵を切り裂け!鎌鼬(かまいたち)」

 

「私の前にひれ伏しなさいな、ポイズンダガー!」

 

 残りの土属性魔術師と風属性魔術師の一斉攻撃か、良くやるが僕の魔法障壁は抜けないぞ!

 

 いや、真後ろから更に複数の反応だと?この振動は重量物、つまりゴーレム。錬成してない三人以外の団員が本命で、他は全て囮にしたのか。

 手の内は全て分かった、後は倒してから総評だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 未成年ながら数々の功績を最短で達成する土属性魔術師、初めて会った時は未だ廃嫡される前の新貴族男爵の息子で冒険者だった。

 宮廷魔術師であるアンドレアル様と引退した我が師、バルバドス様との決闘の為、キメラの改良の手伝いに呼ばれたんだ。

 その時に初めて戦ったが完敗だった、あの悔しさは今も忘れない。複数で挑んで負けた、言い訳も許されない程に完璧な負け。

 

 次に会った時はバルバドス様とアンドレアル様の決闘の会場、我が師バルバドス様の勝利を貶したフレイナル様に挑み負けた、また負けた。

 

 その時はリーンハルト様が弟子同士の模擬戦としてフレイナル様と戦ったが圧勝だった。負けたらメディア様にも迷惑が掛かるヤバい状態だったんだ。

 俺は首の皮一枚で命を救われた。宮廷魔術師の息子で属性的に相性の悪い火属性魔術師に、土属性魔術師の彼が圧勝した。その時に四属性で最弱と呼ばれた俺達に、いや俺達の希望と感じてしまった。

 

 その後はドラゴンスレイヤーとなり宮廷魔術師第七席に大抜擢された、もはや実力差など天と地ほども突き放された。

 更に第六席の風属性魔術師のリッパー様、第二席のマグネグロ様と立て続けに勝負を挑み勝ち続ける。

 

 その前に宮廷魔術師団員五十人相手にも圧勝してたな……

 

「もはや勝負を挑むなど馬鹿のする事、だが模擬戦というチャンスが得られた。このチャンスを生かす、仲間達と共に!」

 

 囮二人が技名を叫んだ、その後に俺もグレイトホーンを仕掛ける。二重の囮の後に魔法攻撃による最後の撹乱をして、真後ろに回した残りの連中によるゴーレム一斉攻撃。

 模擬戦でしか使えない距離ならでは、到達迄に十秒も掛からないからこその配置。

 

「これなら一撃位は……馬鹿な、魔法障壁から放出する圧力でマジックミストが吹き飛ばされた。ああ、ゴーレムポーンが既に円陣を組んでいる」

 

 此処まで来たらゴリ押ししかない!

 

「怯むな、一斉攻撃だ!」

 

 だが俺のグレイトホーンズの突撃も、アルティメットデスキャンサーや邪気赤子、真後ろから襲わせた残りの連中のゴーレム達も……

 

「全滅、まるで相手にならない。これがゴーレムマスターの力なのか」

 

 短期間とは言え、カーム殿に頭を下げて協力して貰ったのに負けた。今回も完敗だが悔いは無い、出せる事は全て出し切った。

 

 明日から鍛錬開始だ、俺達は未だ強くなれる筈だ!

 

 


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