古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

370 / 1000
第370話

 モリエスティ侯爵夫人と密談して今後の対応を話した。お互いが秘密を抱えている共犯者なのだが、教えられる秘密ではない。

 僕の秘密は敵対するエルフ族とドワーフ族の両方と懇意にしている事、彼女は自身がハーフエルフである事。

 

 僕の場合はレティシアがデオドラ男爵の屋敷に乗り込んで来たのでバレたのだが、何とか落ち着いたのでバレても問題は少ない。だが彼女の場合はバレたら死活問題だ。

 侯爵家の夫人がハーフエルフなど、男尊女卑で貴族第一主義の血統重視の連中からしたら大問題だ。必ず排除すると言い出す連中が現れる。

 彼女は幼少の頃から差別と迫害にあっていた、転機は『神の御言葉』を授かった時から始まった。

 

 知り会えた一番爵位の高い男に嫁ぎ、安全と安心を得た上でサロンを開いた。迫害されていた時の反動で周囲に人を集めたのだろうか?

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 モリエスティ侯爵夫人のサロンには僕達以外にも何人かが呼ばれていたが、知り合いは居ない。彼女と一緒にサロンに戻った時には、モリエスティ侯爵本人がホストとしてアーシャとジゼル嬢の相手をしてくれていた。

 

「愛しの旦那様を独占してごめんなさいね」

 

「誤解を招く言い方は止めて下さいね」

 

 僕とアーシャ達の関係を引っ掻き回したいのか、ニヤニヤと淑女にあるまじき表情をしていやがる。

 

「お二人は随分と砕けた関係みたいですわね?」

 

「少し親密過ぎると思いますわ」

 

 ほら見ろ、アーシャまで疑い始めたぞ。レティシアの事でも誤解させて悲しませたんだ、短期間で浮気疑惑二回目とか勘弁して欲しい。ギラリとモリエスティ侯爵夫人を睨み付ける、遊び過ぎるぞ。

 

「あらあら、可愛い嫉妬かしら?私達は共犯者よ、だから浮気の心配は無いわ」

 

「共犯者、ですか?」

 

 然り気無く近くのテーブルに誘導し、人払いをした。此処で誤解を解かないと後を引くから確実に説得するぞ。彼女に任せるのは問題有りだ、自分で説明する。

 

「今回の出陣に際して、僕には直接的な武力を持つ連中の他に、二人の協力者が居たんです」

 

 共犯者じゃない、協力者だぞ。

 

「先ずはザスキア公爵だ。諜報能力に長けていて、噂話を用いた扇動が上手い。彼女の集めた情報を元に、僕に都合の良い噂を民衆に流した。僕は下級官吏には嫌われているから彼等の周囲にいる平民達を味方に付けた」

 

 嘘は言っていない、実際にその通りだから。違うのは順番だけだ。先に噂を流したんじゃなくて、結果を誇張して広めたんだ。

 

「そして私がサロンを使って貴族連中に噂を広めたのよ。当時は本当に勝てるか分からないから私達が組んでいるのを伏せていたの。でも結果は彼の一人勝ちでしょ、だから今は堂々とサロンに呼べるのよ」

 

 この説明にアーシャは納得した、私達の知らない所でも根回しをしていたのですね!って単純に感心して喜んでいる。だがジゼル嬢は未だ納得していない。

 

「何故、モリエスティ侯爵夫人は旦那様に協力しようとしたのですか?」

 

 ジゼル嬢がモリエスティ侯爵夫人を見詰める視線は真剣だ、ギフトこそ発動させてないが僅かな表情の変化でも嘘を見抜くかもしれない。それ位は出来る有能な娘さんだから……

 

「変わり者、だからかしら。この子は普通とは大分違うわ、相当変な子よね」

 

「それって失礼じゃないですか?僕は変じゃないですよ」

 

「そうですか、分かりました」

 

 え?その満足そうな顔で微笑み合うって何故?アーシャも二人の雰囲気を不思議そうに眺めている。

 

 納得出来ない説得によりジゼル嬢の疑いは晴れた。半分は嘘だが半分は本当という微妙な真実だが仕方無い。モリエスティ侯爵夫人がハーフエルフだと教える訳にはいかないのだから……

 

 これで彼女のサロンのデビューは問題を含みつつ終了、暫くは大丈夫だろう。一ヶ月に一回位のペースで呼ぶと言われたが、次回もアーシャとジゼル嬢を呼ぶ様に頼まれた。

 何気に会話が弾んでいたので気に入ったのだろう。僕は新進気鋭な芸術家に囲まれて辛い時間だったよ。

 だが彼女のサロンに呼ばれる事は貴族にとってステイタスらしく、アーシャとジゼル嬢の評価も上がるので良い事と割り切る事にする。

 

 洗脳された芸術家も半分近く居るが、されてない半分の連中も何と無く変だった。やはり芸術関連の連中は僕等みたいな普通の連中とは感性が違うんだろうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局休みの三日間も色々と忙しく動いた。成果は有ったが疲労も溜まった。何もしないでゴロゴロする完全休養日が欲しいです。

 贅沢な悩みと理解はしている、恩恵に対する対価は労働だから……

 

「「おはようございます、リーンハルト様」」

 

 お出迎えには、全員で出迎える、ハンナとロッテの先任侍女コンビ、イーリン・セシリア・オリビアの若手侍女トリオの三パターンが有る。

 今回は先任侍女の二人だ、既婚者(年上)と未婚者(年下)に分かれているみたいで気を使う。

 

「おはよう、今日の予定は何か有るかい?休み中に何か有ったかな?」

 

「特に有りませんが、リーンハルト様の休み中に届けられた手紙と品物の目録です」

 

 頭を仕事に切り替える、今週も頑張るか。先ずは返信の手紙書きからだな、休み中の追加分も今日一杯頑張れば終わる。息抜きにセイン殿達の鍛練の成果を見せて貰おう。

 本日一通目の手紙の蝋封をペンナイフで丁寧に剥がす、先ずはチャンドラン子爵か。机の引出しから所属派閥早見表を見る。ふむふむ、チャンドラン子爵はローラン公爵の派閥か……

 

 引出しからレターセットを取り出して礼状を書き始める。幾つか基本の型を作り、それに肉付けして書いていく。途中でロッテ達に先方の情報を聞いて手紙に盛り込む。

型通りのお祝いの手紙の返信は楽だ。お茶会や舞踏会のお誘いはやんわりと断り、誕生日等の祝い事には出席するか祝いの品物に手紙を添えて贈る。

 

 面識が無い方々が多いし、バニシード公爵の派閥やマグネグロ殿やビアレス殿の親戚筋も居る。色々と企んでいるだろうから対処も大変だ。

 

「リーンハルト様、居る?」

 

 ノック無しで僕の執務室に入れる唯一の女性が突撃して来た。まだ返信は八通目までしか書いてない、残り二十三通だ。

 

「居ますけどノックはして下さい」

 

 イーリンを従えながら部屋に入って来て、ソファーへ横座りになる。一寸した仕草にも品が有り、様になってるのが悔しい。

 

「久し振りに構って欲しいのよ。凱旋してから忙しかったじゃない、邪魔しちゃ悪いと思って私なりに我慢していたのよ」

 

 確かに世話になっているし、感謝もしている。王宮を離れている間に然り気無く仕事を手伝ってくれたのは侍女達からも聞いている。

 積極的に協力してくれるのは彼女だけなのも事実、他は要請して対価を用意しないと駄目なんだよな。

 

「そうですか、有り難う御座います」

 

 八通目を書き終えて便箋を三つ折りにして封筒にしまう、蝋燭を垂らして家紋の印を押せば終了。九通目の封を切って中身の便箋を取り出す、香を焚き染めているのか……

 

「私が居ても自然体なのね、つまり私が此処に居るのは普通な訳よね?イーリン、お茶を下さいな」

 

「はい、畏まりました」

 

 イーリン、君は仮にも僕の専属侍女だろ?ザスキア公爵が来てる時は他の侍女達は用が無ければ来ないんだよ……

 

「普通と言うか慣れました。留守中に色々と便宜を図ってくれた事には感謝しています」

 

 礼儀として手紙を書くのは止めて頭を下げる、彼女が居なければ仕事は三割増しだったろう。それに公爵本人が入り浸る執務室になど、用が無ければ誰も来ない。だから本当に用事が有る連中しか来れない。

 勿論、ザスキア公爵にも善意だけじゃなく打算も有る。公爵四家で一番友好的なのは彼女だと周囲の連中は思う。お互い色々と恩恵が生まれる。

 

「ねぇ、そろそろ落ち着いたでしょ?ニーレンス公爵達の舞踏会のお誘いの予定も決まったみたいだし」

 

「はい、招待状とかの準備の関係で来週末からです。あと先任侍女二人の実家への食事会もです。周囲は華やかで良いと羨ましがりますが……」

 

「リーンハルト様は舞踏会より武闘会がお好きらしいわね、派閥上位三人からも招待されているんでしょ?」

 

 知っていたのか……そうなんだよな、あの戦闘狂達の、舞踏会なのに模擬戦有り自由参加大歓迎の変な武闘会に三回強制参加する。

 本人達は三回共に戦えると思っているのが嫌なのだが、あの派閥では戦わないと言う選択肢がないんだ。

 

「バーナム伯爵の派閥は力こそ全て的な思考を持った方々が殆どですから、最低でも上位三人と一回ずつは模擬戦になりますね」

 

 深々と溜め息を吐く、理由が分かっていて断れないから大変なんだ。

 

「私も行きたいのよ、その楽しそうな武闘会に。駄目かしら?」

 

「駄目って言われてもどうなのかな?バーナム伯爵に伺ってみますが……」

 

 ザスキア公爵がバーナム伯爵の派閥の舞踏会と言う名の武闘会に来る。敵対はしていないが各々が自分の派閥を持つtopだ。

 バーナム伯爵の派閥がザスキア公爵に取り込まれたと周囲が勘違いする可能性は高い、多分だがソレが目的の一部だろう。

 抜け目無い彼女はバレバレの理由を主目的にはしない、他にも理由が有る筈だよな。

 

「リーンハルト様の戦っている所を見たいのよ、直接見たのはバーリンゲン王国の宮廷魔術師第八席殿とだけ。元二席や元六席との模擬戦は見てないのよね」

 

 可愛らしく首を傾げて見られてもですね、色々と問題が考えられる。

 

 僕がバーナム伯爵にザスキア公爵を招待したいと言えば立場と貢献度から断らないと思うが、僕と彼女が親密な関係だと考える筈だ。

 超脳筋武闘派集団のバーナム伯爵派閥が諜報に長けたザスキア公爵の傘下に加わる、お互い不足している部分が解消されるだろう。メリットも有るがデメリットも有る、困ったな。

 

「模擬戦だけなら他でも見せられますが、派閥の関係でバーナム伯爵に相談してみます。流石に僕には決定権が有りませんから」

 

「そうね、楽しみにしてるわ」

 

 輝くばかりの笑顔に一瞬見とれるが、厄介な役目を仰せつかったんだ。バーナム伯爵に相談する事自体が僕がザスキア公爵側に立ったお願いだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その後はザスキア公爵と雑談しながら手紙を書き続けた。無言で書き続けるより捗ったのは気のせいと思いたい。

 午後二時過ぎにノルマを達成出来たので、約束通りに練兵場に向かう。事前に詰所に連絡してあるから練兵場に集合してる筈だ。

 紅茶を飲んで一休みしてから、二時半きっかりに練兵場に向かう。何故かセイン殿達土属性魔術師達の他に、カーム殿と風属性魔術師達も居る。

 

「待たせましたか?」

 

「いえ、時間通りです」

 

「淑女を待たせるのは紳士として失格ですわよ」

 

 何故か痴女に紳士としての心構えを説かれた。納得出来ないのだが、視線を送るのを躊躇う。彼女が装備する『海洋の魔女セイレーンの薄絹』は防御系マジックアイテムだが透け過ぎだ、物理防御は無いが魔力耐性は高い。

 しかし下着が丸見えで彼女の後ろに並ぶ連中は尻を凝視している、視線で穴が空きそうだ。

 

「久し振りですね、カーム殿。淑女を名乗るなら少し隠す努力が必要だと思いますよ」

 

 不思議そうに自分の服を見て底意地の悪い視線を此方に向けて来た。

 

「申し訳有りませんが私に欲情しても応えられないわよ、私の貞操はジゼルに捧げているのだから」

 

「何ですと!リーンハルト殿もカーム殿のけしからん身体を狙っているのですか?」

 

 息の合った連携だが内容は酷い誤解と捏造だ。僕は痴女は好みじゃない、悪いがセイン殿が嫁に貰って下さい。僕は無理だ、無理無理だ、大事だから三回思いました!

 

「息が合ってますね、東洋の諺に有る阿吽の呼吸ってヤツですか?僕には大切な側室も婚約者も居ますから、カーム殿は対象外です。安心して下さいセイン殿」

 

「何故俺が安心しなければならないのですか!」

 

「凄く失礼な言葉を聞きました!何が大切なジゼルですか、彼女は私のモノですわ」

 

 面倒臭い連中だ、セイン殿は一応僕の配下なのに実際はメディア嬢の家臣だから強くは言えない。

 カーム殿については何も言いたくない。堅物のジョシー副団長から何故こんな痴女が生まれたんだ?魔術師としては中々だが性格が破綻している。

 

 もしかしてユリエル殿に彼女の面倒を押し付けられたのって?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。