古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第365話

 魔法迷宮バンク九階層攻略は大成功だった。だが予想以上に周りに気を使わせている。立場上仕方ないのだが僕専用の休憩室を、聖騎士団の管理所と冒険者ギルド本部の出張所の隣に作るとは驚いた。

 

 しかも冒険者ギルドは本部職員のクラークさんまで待機させていた。お陰で帰りに冒険者ギルド本部に寄らなくても良くなったのは助かる。

 空いた時間でバルバドス師の屋敷に顔を出す事にして、一旦自分の屋敷に帰ってから僕だけ向かう事にする。

 師弟関係を結んだ相手だからアポイント無しでお邪魔しても失礼にはならない。例の屋敷の件を早めに聞いておきたいんだ。そろそろ貴族街に屋敷を構えないと煩く言われそうだ。

 

 慣れ親しんだ道をバルバドス師の屋敷に向かって馬車を走らせる。この時間なら四時過ぎには到着するだろう。

 馬車の窓から外を見ながらボーッと考える、転生前に僕と苦楽を共にした魔導師団員達の事だ。今回購入希望の屋敷のアーチにはブレイザー・フォン・アベルタイザーの家紋が刻まれていた。

 大貴族の跡取り息子なのに家出同然で魔導師団に入隊希望だと押し掛けて来た変わり者、口が悪いが品が良くて同じ魔導師団員のセッタと口喧嘩が絶えなかった。

 魔導師団のオフクロ的存在のバレッタに仲裁されては不貞腐れて大酒を飲んでいた、だが戦闘になればセッタとコンビを組んで敵を蹂躙していた……

 あれは今風に言えばツンデレって奴だな、兄弟戦士の無駄知識だが間違いないだろう。三百年経ってから理解するとは僕も未熟者だな。

 

 エムデン王国はモア教が正式な国教となっている。周辺諸国も殆ど同じだが、三百年前には多数の神々が信仰されていた。

 特に戦いに携わる者は勝利の女神を信奉する者が多かった。ブレイザーの一族も『剣と麦穂を持つ勝利と豊穣の女神』を信奉し家紋にまでしていた。

 

 幸いだがモア教は他の宗教を迫害していない。友愛を尊ぶモア教の教義に反する行為だからだ。モアの神は人間に神の奇跡たる僧侶魔法をお授けになられた。確かな奇跡は信仰を集める。

 水属性魔術師よりも遥かに高度で効果が高い僧侶魔法は、何故か他の宗教を信奉している人間には使えないんだ。この僧侶魔法はモアの神への信仰心を無くすと使えなくなる。これも奇跡だろうな。

 

「リーンハルト様、バルバドス様のお屋敷に到着致しました」

 

「ん、有り難う」

 

 思い出に耽っていたら目的地に到着していた。窓から顔を見せれば、警備兵が僕を確認出来たので門を開いて左右に整列した。

 

「「「ようこそ、いらっしゃいました。リーンハルト卿」」」

 

 一糸乱れぬ行動だ、良く訓練されていると感心する。

 

「ご苦労様です」

 

 軽く手を上げて労いの言葉を掛ける。警備兵の間を通り抜けて屋敷の玄関前に馬車を停めて貰うと、少し慌てた感じのメルサさんが出迎えてくれた。急な訪問だったし悪い事をしたかな?

 

「メルサさん、バルバドス師は在宅ですか?」

 

「はい、ですが来客中の為に少しお待ちして頂いても宜しいでしょうか?リーンハルト様がいらした場合は、研究室にお通しする様に言われております」

 

 来客か、前もそうだったがタイミングが悪いな。だが今回は待たせて貰おう、研究室に通せって事は魔導書でも読んで時間を潰してくれって気遣いだな。

 つまり来客との話は長くなる、簡単には切り上げられない相手と考えた方が良いだろう。

 

「構わない、案内して下さい」

 

「リーンハルト様、お待たせ致しました。此方へ」

 

 後からナルサさんも慌てて来たが、何をそんなに二人して慌てているんだ?しかも妙に嬉しそうに感じるのは僕の勘違いだろうか?

 案内はナルサさんらしい。彼女は僕の新しい屋敷に来る様に言ったまま一ヶ月近く放置している。早くあの屋敷の今の持ち主、レレント・フォン・パンデック殿と話を進めて引き取りたい。

 古い蔦が生い茂っていて、人避けと人払いの魔方陣が敷かれた古代の屋敷は調べ甲斐が有るだろう。魔術師としては心踊る屋敷なので、早く色々と調査と改造したいんだ。

 

 新しい屋敷に思いを馳せていると研究室に到着していた。ヤバい、何時も思うが意識を飛ばす癖は直さないと危険だな。

 取り敢えずは何事も無かった様にソファーに座る。直ぐにナルサさんが紅茶と焼き菓子を用意してくれて脇に控えてくれるのだが落ち着かない。

 ボーッと窓から庭を見るが、今日は他の弟子達は居ないみたいだな。来客とは誰なのだろう?

 

「ナルサ、来客とは誰なのかな?」

 

 メイドとして控える彼女に、本来会話は配慮が足りない行為だ。彼女達は接待で居る訳じゃないのだから。

 だが気になるので敢えて聞いてみる、フィーネ殿のフレネクス男爵絡みだと相続絡みで嫌なんだよな。僕が財産を奪うみたいに思われてるし、実際に魔術師としての相続相手は僕だし。

 

「その、フレネクス男爵様と次男のツルハルス様と五男のペタルタス様です。旦那様との養子縁組の件で連日来られてます」

 

「ふーん、ツルハルス殿にペタルタス殿ね。未だ健康なバルバドス様に対して相続絡みの養子縁組か、フレネクス男爵は焦ってるのかな?」

 

 確かナルサさんを気に入って、手を出そうとしてるのはどっちだっけ?彼女は貞操の危機を感じて僕に助けを求めたんだ。バルバドス師がある意味で娘と言ったからには、僕が守らねばならない。

 フレネクス男爵はニーレンス公爵の派閥の構成員だが、王宮務めではない。領地を経営して財を成している。特に経営不振でもなく健全な状態だ。派閥の力関係では中間位かな。

 子沢山だから息子達の行き先を気に掛けている。長男は跡継ぎ、三男は既に他家に養子に出されている。四男は女癖が悪く浪費癖も有るらしいから、バルバドス師との養子縁組は無理と思ったか……

 

「フィーネ様が少し神経質になりまして、療養の為に御実家に戻られてます。なのでフレネクス男爵様は離別を恐れて養子縁組を急がれているみたいです」

 

 神経質に、つまり精神を病んでいる?躁鬱(そううつ)病も離婚の原因になるな、しかもフィーネ殿にはバルバドス師との子供も居ない。本妻の役目を果たしていないんだ……

 

 それを盾に離縁を申し込まれると慌てたか、しかも魔術師としての財産は僕を相続人に指名して貴族院も認めた。

 エムデン王国としても、元宮廷魔術師のバルバドス師の後継者には同じ属性の僕がなった方が箔が付くと考える。ポッと出の僕が格式ある家の後継者なら、国家的にもメリットが有る。

 魔術師絡みの相続は諦めても金銭的な相続は諦められない。ニーレンス公爵は僕がバルバドス師の後継者になれば自動的に派閥に加入するから反対しない。

 フレネクス男爵はフィーネ殿を責めたのかも知れない。子を成せない本妻など意味が無い。子供が居れば相続問題で揉めなかった、可哀想だが事実だ。

 

 紅茶を一口飲んでから焼き菓子を食べる。甘いクッキーに更に粉砂糖をかけるって凄いな。紅茶用の蜂蜜まで用意されてた、僕は甘党じゃないんだけど……

 

「そうか、フレネクス男爵はニーレンス公爵の派閥構成員だが、派閥トップと仲の良い僕に危機感を感じた訳だな。しかもナルサまで奪われれば余計にかな」

 

「そんな、私なんて……リーンハルト様がペタルタス様と私を取り合うのですね?略奪愛ですよね?」

 

 ふむ、相手は五男のペタルタス殿の方か。情報が殆ど無いけど、どんな人物なんだろうか?

 真っ赤になってクネクネと身体を捩らすナルサさんは可愛いがあざとい。それに取り合ってないし略奪愛でもない。

 だがこうなった女性に正論を言っても無駄だ、不思議なのだが脳内で都合が良い様に変換されるんだよ。だから反論せずにスルーする、それが正解だ。

 

 暫くクネクネする彼女を見ていたが、正気になり冷静になったら恥ずかしくなったのだろう、無言で上目遣いに睨まれた。

 

「リーンハルト様、フレネクス男爵様とツルハルス様、ペタルタス様が御挨拶に伺いたいと申し出ておりますが宜しいでしょうか?」

 

 メルサさんが訪ねて来たのだが訪問先で僕に挨拶とか、バルバドス師の面子とか考えているのか?彼女が伺いに来たのならばバルバドス師は了承している筈だ、だがそれは別問題だよ。

 

「僕はバルバドス様に会いに来てるのです。そのバルバドス様の来客に会うのは僕の一存では無理ですね。バルバドス様の許可が頂けるなら申し出を受けましょう」

 

 来客は館の主の意思に従う、そう返したのでメルサさんが一旦バルバドス師に伺いに行った。多分だがバルバドス師とフレネクス男爵達は一緒に来るだろう、許可を出したなら同席しても問題は無い。

 そして爵位と役職の関係で、来客なのに館の主と先客が僕に会いに研究室に来る事になる。立場が変わると大変だ。

 

「待たせてしまったな、リーンハルト殿」

 

 少し疲れ気味にバルバドス師が研究室に入って来た、後ろの三人がフレネクス男爵親子か。確か王宮主宰の舞踏会の三日目に居たが、挨拶だけで会話は余りしなかったかな?

 

「弟子が師匠の所に御機嫌伺いに来ただけです、一ヶ月以上ご無沙汰でしたので何か変わりは無いかと心配しています」

 

 相手を立てた挨拶にフレネクス男爵と息子達が驚いたみたいだ。元宮廷魔術師のバルバドス師に現役宮廷魔術師第二席で伯爵の僕が下手に出る。

 自分達は相続絡みでバルバドス師を大分責めたのに、気分を害して告げ口されたら困ると思ったか?ソファーを勧める、僕が言わなければ座り辛いって師弟関係なのに身分差って嫌だよな。

 

「先ずはおめでとうと言わせろ。ハイゼルン砦の攻略にジウ大将軍との戦い、王都は連日お前の噂で盛り上がっていたぞ」

 

「有難う御座います、王命を達成出来て安心しています」

 

 社交辞令から入る、面識の無い相手の前では本音や本題は中々話せないんだよな。直ぐに話すと貴族的常識を疑われる、面倒臭いがしきたりって奴だな。

 そしてバルバドス師から紹介されるまでは話を振らない、此方からも話したい相手の場合は紹介して欲しいと話題を振るが今回は違う。

 しかしペタルタス殿と思われる青年は僕の後ろに控えるナルサをじっと見詰めている、妾候補を後から奪ったとか思っているのか?

 

「そうだ、フィーネの実父のフレネクス男爵と息子達だ」

 

 漸く紹介したが宜しくしてくれとも言わなかった。つまり僕に負担は掛けないって配慮してくれたんだ。師匠に言われた事は、弟子は守らねばならない。

 

「舞踏会にて挨拶はさせて貰ったが、リーフセブ・バッカーニ・フォン・フレネクスだ。コイツ等は次男のツルハルスと五男のペタルタスだ」

 

 領地はバッカーニか、確か地方の穀倉地帯だったかな。特産品までは思い浮かばないや。

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです」

 

 言葉使いは荒い、息子二人は華奢だがフレネクス男爵本人は結構鍛えているみたいだ。関わるつもりが無いので余り調べなかったんだ。好き嫌いは良くない、反省だな。

 

「今話題の宮廷魔術師第二席殿と話せる機会が持てるとは僥倖だ」

 

「ナルサに聞きましたが最近頻繁に我が師を訪ねているそうですね。何か問題でも有るのですか?師の心配事は弟子としても心配です」

 

 真面目な顔で聞く、相続の権利を早く養子縁組して確約したいって言えるか?そしてナルサさんを呼び捨てにした時、ペタルタス殿が睨んで来たよ。能力は分からないが自制心が弱いタイプだ、煽れば爆発する。

 

「その、リーンハルト卿は師であるバルバドス殿の資産を狙っていると噂が有る。実際に使用人の引き抜きをしたそうではないか!使用人も貴族の財産、余り良くない事ですぞ」

 

 ペタルタス殿の言葉にバルバドス師もフレネクス男爵もポカンとした。一瞬だが何を言われたか分からなかったのだろう。直ぐに苦虫を纏めて噛み潰した様に顔を歪めた、深呼吸をして言い訳を考えている。

 早く何か言わないと上級貴族に難癖をつけたと取られる、本人は敵愾心丸出しだな。余程ナルサさんに執着してるのか。彼女は可愛いがあざといから勘違いする男が多いのかもしれない。

 だがこの色魔を利用してバルバドス師の負担を減らそう、煽らずに向こうから自爆してくれたから丁度良かったかな。

 

 バルバドス師は未だ先だが養子縁組を認めている、本妻の実家に魔術師絡みの遺産以外は渡すつもりでいるんだ。

 それを早く寄越せ、バルバドス師が娘同然と言ったナルサさんも寄越せと言っている。バルバドス師もフィーネ殿と子供を作れなかった負い目が有り強くは言えない。

 ならば弟子である僕が言うのが良いだろう。思わず微笑んでしまう。恫喝じゃないけど微笑みの裏意味は宣戦布告らしいですよ?

 


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