古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第356話

 漸く王宮暮らしから解放されて、デオドラ男爵家にやって来た。朝の内に使いを送ったので突然の訪問とか失礼にはならないのだが、大袈裟な出迎えになってしまった。

 屋敷正面の玄関前には左右に並んだ使用人達、入口手前の右側にデオドラ男爵とアーシャにジゼル嬢にルーテシア嬢、左側には本妻殿と側室の方々。その後ろにニールとアルクレイドさんが控えている、アルクレイドさんは領地視察から帰って来てたんだ。

 

「只今戻りました」

 

「リーンハルト殿の活躍はグレッグ達から聞いている、ハイゼルン砦の攻略の他にウルム王国が誇るジウ大将軍を二度も負かせたらしいな。俺が奴と戦った時は引き分けだったんだぜ」

 

 当主であり家長であるからデオドラ男爵が一番最初に対応してくれたが、何故に好戦的な目を向けるのですか?状況説明は周囲への配慮だと思うが、改めて聞くと良くやったな……

 

「ゴーレムの集団運用ですから直接対峙はしていません、戦術として相手の部隊に勝ったのです。個人の武勇とは違いますよ」

 

 本当は最前列で敵を倒していたのだが、事実を知るとアーシャが悲しむんだよ。危ない事はしないと約束していたが、結構危なかったかな?

 

「ほぅ?『神の槍』ゴッドバルドと『千の腕』ピッカーの両将軍を部隊ごと一人で殲滅したのにか?お前は戦争って奴の根本を理解している節が有る。俺には分かるぞ、お前は俺達と同じ人種なんだ」

 

 僕は貴方の興奮状態を分かりたくありませんし、戦闘狂でもありません!

 

 何故に癒しと安らぎを求めて来たのに、殺戮と闘争にまみれた感情を向けられるのですか?

 

「お父様、控えて下さい。リーンハルト様はお疲れなのです」

 

「そうですわ、私達の旦那様には癒しが必要なのです。模擬戦は後日にして下さい」

 

 珍しいな、二人がデオドラ男爵に意見するなんて。何時もは父親を立てるジゼル嬢や、大人しいアーシャが少し非難を込めた目で睨んでいる。

 

「む?そうか、そうだな。焦る必要は無いな、武闘会が楽しみだな」

 

「字が違いませんか?舞踏会ですよね、優雅にダンスを踊る会であり個人の武勇を競う会ではないですよね?」

 

 肩を抱かれてバシバシ叩かれたが、舞踏会じゃなくて武闘会なんて出席しないぞ!

 

 しかし戦闘狂の父親に意見するとはアーシャも強くなったな、最初の頃は居るだけの華と言われた深窓の令嬢で儚かったのに。妻は強しか……

 

「リーンハルト様、積もる話も有るでしょうが先ずは屋敷の中に入りましょう」

 

「そうですわね、応接室の準備が出来る迄は私の部屋に行きましょう」

 

 両方から抱き付いて来たが、淑女の部屋に押し掛けるのは気が引ける。準備も何も来るのを教えてたから用意は出来てるだろ?

 柔らかい二つの何かが腕に当たる為に意識が飛びそうなのを何とか堪える、だがメイドさんや執事達の生暖かい目が辛い。

 

『敵には厳しく強いのに、奥さん達には弱いのですね?』

 

 そう思っているだろう、僕には分かる。間違いじゃ無いけど仕方無いんだ!

 

「敵兵三千人を容赦無く一方的に殲滅するお前が、俺の娘達にはタジタジだな。部屋で二時間位ゆっくりしてろよ、夕食を一緒に食べれば良いからな」

 

「そうですわね、ジゼルさんもアーシャさんもリーンハルト様に可愛がって貰いなさいな」

 

 ちょ、何を妙に具体的な時間を部屋で過ごせ的な事を言わないで下さい、逆に意識してしまいます。

 ニールも睨むな、昼間っからそういう事をするんじゃないからな!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 世間体を考慮し池の畔に設えたテラスでのお茶会にした、側室と本妻予定とは言え未だ式も挙げてない相手と個室に籠るなど不謹慎だ。

 それにニールの泣きそうな顔を見ては仲間外れとか思われても辛い、ルーテシア嬢は早々に別れたがアーシャとジゼル嬢とニールの四人でテーブルを囲む。

 直ぐ側にヒルデガードさんが控えているが、小声でヘタレとか根性無しとか言うな!

 

 全員に紅茶とカットされたフルーツが配られた、一口飲んで心を落ち着ける。

 

「何か変わりはなかったかい?僕は一ヶ月王都を離れただけで色々変わったよ」

 

 主に王宮と貴族としての立場と取り巻く環境がね、急激な出世による弊害が出てきている。何とか回避する為に頑張るが、完全に取り除く事は出来ない。もはや苦笑するしかないな……

 

「私達に変わりはないですが、旦那様の噂話を良く聞く様になりましたわ」

 

「主に美談ですが、他にも看過出来ない話も有りますわ」

 

 良くない話か……噂話についてはザスキア公爵に任せきりだからな、対処出来ない話も有るだろう。僕は大量殺戮者で三千人近い敵兵を倒した、伝え方によっては事実だけに否定出来ない。

 

「そうですか、でも気にしない……」

 

「立ち寄る街や村で気に入った可愛い女性を身請けする……リィナさんですか、確かに可愛らしい女性でしたね」

 

「ハイゼルン砦に囚われて酷い扱いを強要されていた女性達を引き取って面倒を見る……バセット公爵に直談判して全員の身柄を譲り受ける、我が家からも修道院に寄付をしておきましたが、全員がリーンハルト様を崇拝してました。

リーンハルト様への恩返しの為になら命すら要らないそうです、助けた命が要らないとは本末転倒ですが気持ちは伝わりました」

 

 言い掛けた言葉を遮られて酷い歪曲した話を聞かされた、しかも自ら確認して裏まで取ってるよ。これって僕の屋敷や修道院に足を運んで、彼女達と直接話したのか?

 

「それは誤解だよ、リィナは望まない婚姻を強要されてたんだ。それに僕と縁が有ると周囲に思われてしまったから、安全の為に面倒事が起こる前に人手不足の屋敷に勤めて貰う事にした。

ハイゼルン砦に囚われていた女性達は保護して修道院に預けた、彼女達は男性に強い恐怖を感じているから男子禁制の修道院に入れるしかなかった」

 

 二人共に優しい笑顔だから大丈夫だよな?浮気なんて欠片もしていないぞ!

 

「分かっていますわ、旦那様は彼女達にとって最善の対応をされました」

 

「貴族の一部の方々は対応が甘いと指摘しています、私達は選ばれた貴種なのだから平民を甘やかすなと……」

 

 あーうん、そうだね。僕もボーディック殿達からも近い事を言われた、選ばれた貴種って言葉が普通に使われる事が嫌になる。それは平民のイルメラが卑しい者って意味だ、ふざけるな!

 

 苛立ちを気付かせない為に視線をカップに移して中身の紅茶を飲み干す、貴族達の選民意識は凄いのを改めて思い知らされた。

 だが簒奪(さんだつ)や革命を起こして王位に就いて、平民の立場向上をするつもりも無い。僕も貴族の特権を甘受する同類なんだ。

 困った顔の二人を見れば彼女達も無闇に平民達を貶める事はしないのは分かる、アウレール王は国民を大切にする方なのでエムデン王国は比較的に平民の地位は高い。

 

「領地を貰った事で領民の事も考える様になった、僕は為政者の末席になった訳だが健全な領地経営をしたいんだ」

 

「私とナナルが代官と配下の者達を見極めますわ、アシュタルの商才も中々ですから領地経営は順調に行えます。勿論、領主であるリーンハルト様の意向を尊重してですわ」

 

「バーナム伯爵とライル団長から派遣される警備兵達も、ニールさんが鍛えています。此方も問題は無いですわ」

 

 えっと、既に家庭内の事を仕切り始めたって事だよな。ニールも何も言わないが頷いている、彼女は元々才能は有ったのだろうが此処で更に開花した。

 デオドラ男爵からもお墨付きを貰える位に武力は上達したんだ、屋敷の警備とジゼル嬢達の守りも問題は無いだろう。

 

「色々と動いてくれて有り難う、ニールは新生バーレイ伯爵家の騎士に任ずるよ。これからも力を貸して欲しい、叙任式は正式に行うから」

 

 他にもコレットとロップスさんも騎士に任じる、此方は魔導騎士団として中核を担って貰う予定だ。伯爵家としては些か頼り無い人員数だけど信用出来ない連中には無理だ、少しずつ増やしていくしかない。

 

「あ、有り難う御座います。没落し平民に落ちましたが再び騎士として貴族になれるとは思いませんでした……」

 

 ニールに泣かれてしまった、アーシャがハンカチで目元を押さえてあげているが感無量って感じだ。父親と兄を無くして没落して苦労したのだろう、再び貴族になれた事が嬉しいんだな。

 僕の側室となるよりも自身の力が認められての騎士への叙任だ、嬉しさもひとしおかな。

 

 ニールも泣き笑い状態だったが少しして落ち着いた、色々と問題は多いが悲観する事は無い。十分に対応出来るだろう、余裕が出来た為か無性にアーシャとジゼル嬢の匂いを早く嗅ぎたい。

 戦場の最前線で禁欲生活を強いられていた事と、バレンシアさん達娼婦を遠ざけていたのだ。知らない内に欲求が高まっているのだろうか?

 

「リーンハルト様に無断で行ってしまった事が有ります」

 

「な、何かな?改めて言う事かい?」

 

 ヤバい、ジゼル嬢のスキル『人物鑑定』を使われたら、女性の匂いを嗅ぎたい変態性欲者と思われてしまう。用心して平常心を保つんだ、欲望を抑えろ!

 

「マテリアル商会の会長がメノウさんに接触して来ました、長年妾として囲って捨てた彼女に再接近して来たのは……」

 

「僕への接触の手段、彼女の娘のエレさんは僕の冒険者パーティのメンバーだ。血の繋がりは無いのが救いだな、彼処は後継者問題で揉めている」

 

 ライラック商会の情報では兄妹で後継者争いをしている筈だ、伝手としてメノウさんに接触したと用心するべきだ。まさかヨリを戻したいとかじゃないだろう。

 

「はい、今の王都で一番勢いが有るのはライラック商会です。他の有力商会もリーンハルト様との繋がりを狙っていますので、伝手として使いたいのでしょう。

ですがメノウさんは押しに弱そうなので私の独断でエレさんと共に、リーンハルト様の屋敷に住まわせました」

 

 ウチに?確かに安全だよな、警備兵も居るし何より上級貴族の屋敷になら無理な訪問は不可能。下手をすれば不敬罪として捕まるだろう、マテリアル商会の会長がか……

 

「良い判断でした、問題無いですよ。しかし子供達じゃなくて会長が、過去に捨てた妾に再接近するとか不自然ですよね」

 

「はい、聞けばヨリを戻したいのと鑑定スキル持ちのエレさんを養子に迎えたいとか……多分ですが我が子にしてリーンハルト様に送り出す、後見人の見返りはマテリアル商会への配慮。そんな所でしょう」

 

 ソファーに仰け反り右手でコメカミを揉む、ローゼンクロス領は港街で貿易により資金を得ている。貿易に商会は必須だ、それと海運業を営む商会も新たに必要となってくる。

 

 僕はベルニー商会のビヨンドさんと、モード商会のクロップドさんに協力を要請するつもりだった。ライラックさんにも下話はしていた、陸路はライラック商会が強いが海路は不得意。

 ベルニー商会とモード商会は海運業にも力を入れている中規模商会だ、だから交渉し易いと考えたが早速他からの干渉が来たか……

 

「港街の有る領地を得て海運業に強い商会と交渉する予定だったんだ、ライラックさんとも下話はしていた。中堅のベルニー商会とモード商会ならライラック商会の下となり揉めないと思っていた。

だが同規模のマテリアル商会とじゃ問題だな、僕は商会関連はライラックさんに任せる予定なんだ」

 

「ライラック商会程の規模ともなれば王都でも限られます、リーンハルト様がライラック商会を頂点に据えて傘下に中堅規模の商会を配する案は賛成です。

マテリアル商会と競わせれば利益は上がるが関係は薄れる、商売人は信用を重んじますからリーンハルト様が誠意を示す限り全力でサポートするでしょう」

 

 金で繋がる関係は脆い、より利益を提示されるか落ち目になれば直ぐに離れて行くから……だから他の商会との競争はしない、させない。

 

「そうだね、僕は裏切らないよ。早目にライラックさん達を引き合わせて今後の話を進めるしかないか。ベルニー商会とモード商会が正式に僕と契約すれば割り込みは難しいだろう、後の調整は悪いがライラックさんに一任だな」

 

「任せる事も信頼の証ですわ、ライラック商会もリーンハルト様に一任すると言われれば喜びます」

 

 ほのぼのとしてるけど、ベルニー商会とモード商会にはルカ嬢とマーガレット嬢の件が有るんだよ。側室や妾は無理でも侍女としてお側にとか言い出しそうで怖い。

 


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