古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

355 / 1000
第355話

 インゴが、あの気弱で優しいインゴが変わってしまった。僕に稀少で高価なマジックウェポンやマジックアーマーを欲しがるだけなら良かった、だが周囲に対して暗い優越感を持ち始めた。

 僕がハイゼルン砦の攻略に成功してから暫く時間が有った、その為にインゴにも僕と関係を持ちたい為に擦り寄った連中も居たらしい。それが僕に対する劣等感より身内として優遇される事を覚えた。

 最初は比較されて嫌になったが、今度は優遇されて嬉しくなった。兄が活躍すれば自分も周囲がチヤホヤしてくれる……そう教えてくれたエルナ嬢は悲しそうだったな。

 他にも父上から内緒で聞いたのだが、ニルギ嬢とは既に肉体関係を結んでいるそうだ。なる様になってしまったんだな、ニルギ嬢に依存し初めているそうだ。

 幸いだがニルギ嬢自体は良い娘らしく、エルナ嬢も娘が出来たと喜んで上手く行っているみたいだ。アーシャとジゼル嬢はデオドラ男爵の愛娘だし同居じゃないから義理の娘でも接点が無い。

 今度父上とエルナ嬢に会わせよう、親戚になったんだし正式な紹介も挨拶もしてない事に気付いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 連続三日間舞踏会強制参加を終えた、最後の最後で弟で有るインゴが側室にニルギ嬢を迎えて男になっていた事を知らされた。複雑な気持ちになってしまった……

 お互い気弱で優しい感じなのに、何が切っ掛けで男女の関係になってしまったのか?これで父上達はバーレイ男爵本家と縁が繋がった。

 今迄は疎遠だったが正当後継者であるインゴの側室にお祖父様の縁者を迎えてしまった、流石に未成年だし未だ本妻を迎えるのは早い。

 ニルギ嬢も悪い娘じゃないらしいし、エルナ嬢とも仲良くやっているそうだが、彼女の出産前にはゴタゴタは無くしておきたい。

 ある程度の条件を飲んで距離を保つか強硬策で行くか、シルギ嬢の事も有るからお祖父様の事を信用出来ないんだ。単に一族として優遇してくれなのか、更なる利益が欲しいのか……

 

 あの時に強引にでもニルギ嬢を追い返した方が良かったのだろうか?

 

 それとお祖父様とアルノルト子爵、その七男のフレデリック殿が話しているのを見てしまった。他にもバニシード公爵の派閥の連中も接触していた、僕は王宮内で力を付けたが敵も増やした。

 三日間連続で参加した舞踏会だが明確な敵意を向けて来た者や、中立か無関心を決め込む者は半数近く居る。前者はバニシード公爵やビアレス殿の関係者、後者はとばっちりは嫌だと距離を置く連中。

 これからは直接的に間接的に、敵対派閥の連中が仕掛けて来るだろう。早く信頼出来る仲間を増やさないと駄目だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 舞踏会を抜け出し執務室に戻る、今夜はちゃんと寝室を利用するぞ。ソファーで寝ると侍女達に叱られるんだ、まるで手の掛かる弟だとか思ってるぞ。

 人気の無い廊下を進む、数組の巡回する警備兵と擦れ違うが好意的な挨拶をしてくれる。僕は何故か彼等から好意を寄せられるんだよな、エムデン王国に役立っているから?

 

「あれ?執務室から灯りが漏れてる」

 

 罠か?いや、部屋に設置したゴーレムは無反応だから登録された人物が中に居る、誰だ?

 警戒して扉を開けると若手専属侍女三人が残っていた、既に夜の十時過ぎだ。淑女が居残る時間ではない、しかも仕事してるし……

 

「もう遅いよ、仕事をしてくれるのは助かるが部屋に戻りなさい」

 

「ですが本日の舞踏会に参加された方々から次々とお祝いの手紙と品物を沢山頂きまして、整理に時間が掛かってしまいまして……申し訳御座いませんでした」

 

 僕のせいだった、気を使ったつもりが逆に迷惑を掛けたのか、こう言う勘違いって凄く恥ずかしいよな。

 

「僕が原因だ、ごめんね。でも今夜はもう遅いから終わりにしよう、明日は午前中は仕事するから」

 

 部屋の隅に積まれた贈り物の山を見て思う、僅か二ヶ月の間に何回祝い事が有ったんだろう?爵位授与が二回に宮廷魔術師への就任と第二席への昇格。ドラゴンスレイヤーの称号の獲得に今回の凱旋か……

 

「短期間で六回も祝い事が有りましたから、凄い事ですわ。普通なら生涯で数回ですから」

 

「今回は特にですわね、エムデン王国にとっても大切な祝い事ですから」

 

「殆ど全ての貴族の方々が三日間の舞踏会に参加されました、その主賓を祝うのですから大変な事ですわ」

 

 笑顔で褒めてくれたが多少の嫌味も含んでるよな、目録の作成とか大変だったんだろう。見れば指とかもインクで汚れている、明日の朝に僕が確認出来る様に頑張ってくれたんだ。

 

「そうだね、そして祝い事は身内でも分け合うべきだ。頂いた宝飾品だが特別な謂れも無い物だし一つプレゼントするよ、早い者勝ちね」

 

 空間創造から選別しておいた宝飾品を取り出す、平均金貨二百枚程度だから特別な褒美としてプレゼントしよう。

 

「「「まぁ!」」」

 

 嬉しそうに目が輝いている、有能な侍女でも年頃の女の子だよな。指輪にブレスレットにネックレスと次々と付け替えては互いに感想を言い合っている、可愛いものだ。

 

「本当に宜しいのですか?どれも高価な宝飾品ですが……」

 

「構わない、君達がエムデン王国から幾ら貰っているか知らないが僕の感謝の気持ちだからね、遠慮無く選んで良いよ。

ロッテとハンナは夕食に呼ばれているから、僕が行くだけで利益になる。君達には何も無いから代替えと思ってくれ」

 

 ロッテとハンナの実家に呼ばれる夕食会は僕の為でも有るのだが、それは言わぬが花だろう。自分達が先任侍女よりも優遇されると思ってくれれば仕事の励みになると思う。

 

 何故か全員が指輪を選んだのだが、僕から指輪を贈られたとかは無しで頼む。イーリンはサファイア、セシリアはトパーズ、オリビアはルビーか、左手中指(ミドルフィンガーリング)に嵌めたから大丈夫だよな?

 指輪は嵌める指によって大きく意味が変わる、通説では右手薬指は恋人が居ますの合図で左手薬指は結婚している証だ。左右の親指は大きな望みが有る場合。同じく左右の人差し指は積極性と導く力。

 全員中指に嵌めたから仕事の能力向上だ、問題はないな。元々左手薬指以外は諸説有るから解釈次第だし……

 

 元気良く御礼を行って部屋から出て行った、彼女達も宿泊出来る部屋が宛がわれているんだな。ロッテやハンナの既婚者は実家から通いなのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、朝一番でデオドラ男爵家に使いを出して午後に寄りますと伝えた。側室の実家とはいえ、いきなり訪問するのは礼儀に反する行為だから。

 軽い朝食の後に仕事に取り掛かる、贈り物の目録の纏めは彼女達に任せて自分は親書の返信を書いていく。幾つかの型を用意し言葉を添えるだけだが、一通書くのに十分前後必要で一時間で六通書ければ良い方だ。

 朝の九時から頑張って昼過ぎに二十通書いて終了、漸く王宮から帰る事が出来る。

 

「それじゃ帰るよ。三日間は休むから次は四日後に出仕するから」

 

 親書に目録、贈り物を全て空間創造に収納する。休み中も処理しないと終わらない、この手の物は先伸ばしにすると非礼に当たるから厄介だ。

 三日間の休みだが四日目からは公爵四家から舞踏会のお誘い、ロッテとハンナの実家からの夕食のお誘い、モリエスティ侯爵婦人のサロンへのお誘いとイベント盛り沢山なんだ……

 

「私達は交代で執務室に待機しています、何か有りましたらお屋敷の方に使いを出させて頂きます」

 

「短い休暇ですが、御家族の方と楽しんで来て下さい」

 

 代表して先任侍女の二人より暖かいお言葉を頂きました、僕がイーリン達に指輪を贈った事は即日自慢されて少し拗ね気味なんだ。君達は既婚者だし夕食会を最大限利用するから良いだろ?

 

「有り難う、それじゃ四日後に」

 

 全員並んでお辞儀をされて見送られる、恥ずかしいが王宮では殆ど仕事してない。舞踏会の参加に手紙や祝い品の処理、まともな仕事って他国の使者殿達との謁見に参加した位か……

 

 廊下を歩きながら考えると宮廷魔術師って平時は殆ど仕事が無い、戦争が始まって役に立つ存在だ。だから警備兵達は好意的に接してくれる、同じ軍属だからだ。逆に下級官吏達は事務方だから予算を消費し採算性の無い軍属を嫌う、どちらも必要なのに厄介な問題だ。

 

「八方美人は無理だし実績を積んで認めさせるしかないのかな?」

 

 三百年前よりはマシだ、当時は同じ軍属からも嫉妬の対象だった。ザイン帝国の攻略も僕と配下の魔導師団だけで行えとか無茶振りされたし、攻略すれば更に嫉妬されたし和解は不可能だった。

 今は未だ和解のチャンスも有る、信頼出来る同僚や派閥の連中と味方も多いし何とかなるさ。

 

「リーンハルト卿!」

 

「ん?ああ、セイン殿にカーム殿か。仲良く二人でどうしました?」

 

 ヤバい、セイン殿達宮廷魔術師団員の事を忘れていた、土属性魔術師として僕の派閥だったんだ。育成の課題は与えていたけど一ヶ月以上放置していた、来週鍛練の成果を見せて貰って次のステップに進ませよう。

 

「そこで偶然お会いしたのです、この様な殿方と仲良くなどしませんわ」

 

「相変わらず失礼な女だな、罵倒はご褒美……いや非礼な行為なんだぞ」

 

 グレイトホーンという雄牛型のゴーレムを操るセイン殿は苛められたり罵倒されると喜ぶ性癖が有る、実力は有り期待しているのだがイマイチ信用出来ないんだ。

 カーム殿はジゼル嬢に邪(よこしま)な思いを寄せる同性愛者の露出狂、立派な変態だがユリエル殿の愛弟子でも有り聖騎士団のジョシー副団長の娘でもある。

 今日もスケスケで下着丸見えのセイレーンの薄絹みたいな物を着て魔術師のローブを羽織っている、人前で前を開いたら完全に変態露出狂で王宮に出入り禁止だと思うのだが……

 

「来週になりますが訓練の成果を見せて貰います、問題が無ければ次のステップに行きましょう」

 

「了解です、腕が鳴りますぞ。それとメディア様からバルバドス塾の方にも顔を出して欲しいと伝言を預かってます」

 

 放置で忘れていたとは言わずに誤魔化した、セイン殿の表情を見ても疑ってないから平気だ。メディア嬢の伝言も、丁度バルバドス師には購入予定の屋敷の件が聞きたいから良いかな。

 

「それとユリエル様が居ない間の私達風属性魔術師達の面倒も、リーンハルト様に見て貰えと言われてますわ。ウェラー様の件も有るから一緒にって事かしら?」

 

 は?初耳だぞ、僕はウェラー嬢に言い寄る男達の排除は了解したがカーム殿達の面倒は無理だ。属性も違うし派閥も違う、露出女などお断りだよ!

 

「それは何かの間違いでしょう、では四日後に出仕するので練兵場で会いましょう」

 

 既にユリエル様はハイゼルン砦に向かったので確認のしようが無いので有耶無耶にして逃げる、派閥と属性違いの魔術師を育てるよりセイン殿達と魔術師ギルド本部からの選抜メンバーを鍛えたい。

 将来的にも自分の私兵を育てる事は有利だ、アウレール王も『そのうち嫌でも戦わせてやる』と言ったのは戦争への参加を見通しての事だから……

 

 そそくさと彼等から離れる、漸くアーシャやジゼル嬢に会えるんだ。時間を無駄には出来ない、早く王宮から出よう!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エムデン王国から支給されている馬車に乗り込み、御者にデオドラ男爵家まで行く様に頼む。座席に深々と座り力を抜く、慣れない舞踏会参加で精神的にも肉体的にも疲れた。僕には癒しが必要だ、それも早急に。

 ボーッと窓の外を見る、王宮内の馬車留めから出発し整備された石畳の上をコトコト音を立てながら走る。何ヵ所かの検門を潜り抜けて大正門を潜り跳ね橋を通る、貴族街に入ると大貴族の屋敷が続く。

 いや屋敷は見えないが敷地境界に立派な柵が続いている、僕も一応は領地持ちの上級貴族だが彼等とは桁が違う。従来貴族達とは経済力が桁違いだ。

 

 暫く進むと見慣れた屋敷が見えた、馬車と御者には見覚えが有るのだろう、警備兵が躊躇いなく門を開けたぞ。

 

「「おかえりなさいませ、リーンハルト様」」

 

 違う!毎回思うが『いらっしゃいませ』だ!

 

「うん、ただいま」

 

 だがキラキラした尊敬する様な目で見られては無下には出来ない、窓から顔を見せて声を掛けて労う。そのまま馬車は屋敷正面の玄関前まで進むと横付けにして御者が扉を開けてタラップを置く、当然の様に使用人達が左右に並んでいる。

 

「「「「おかえりなさいませ、旦那様!」」」」

 

 綺麗にハモったぞ、しかも深々とお辞儀されてしまった。僕はデオドラ男爵家を継ぐわけじゃないから、誤解を招かない様に自重してくれ。

 正統後継者にとっては面白くない話だぞ、今だから分かる後継者の重圧と思いか……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。