リズリット王妃とマゼンダ王国の使者親子との会談を終えて、自分の執務室に戻って来た。面白いアイデアだとは思うが実用的かは検証次第だな。
魔力砲という鍛冶と魔法を組み合わせた対戦艦用の兵器を考え出した土属性魔術師がマゼンダ王国に居たらしい、志(こころざし)半ばで亡くなった魔術師の残した魔導書を貰った。
魔導書自体が未だ新しいので亡くなったのは最近かもしれない……
「あれ?著名が無いな。もしかして写本か?」
大抵の魔導書には最初に本人の経歴が書かれているが、これは最初のページから魔力砲について書かれている。それに固定化の魔法も掛けてないのは不自然とみるか偶然と取るか、答えは不自然だな。
魔術師と言う生き物は他人に自分の功績は伝えたい連中の総称、こんな実務一本で経年劣化する魔導書など書かない。
「魔力を筒状の中で爆発させて、その吹き出す力で鉄球を飛ばす。ミニチュアで検証してみるか」
長さ30cm、直径10mmの穴を開けた肉厚5mmの筒を錬金する、射撃なのでクロスボゥに組み込み照準をしやすくする。だが30cmの鉄球ともなれば、馬車で引かせないと移動すら不可能な重量になるだろう。
市販の魔力石では大き過ぎて筒状の中に入らないので自作の魔力の結晶体を先に詰めてから鉄球を押し込む、的は護衛用のゴーレムポーンにするか。
暴発すると怖いので同じくゴーレムポーンにクロスボゥ擬きを持たせて心臓の位置を狙い構える、的との距離は約5m。
「さて、簡単な検証だが威力位は分かるだろう。果たして僕のゴーレムポーンの装甲を傷付ける事が出来るか弾きかえされるか、実験開始だ」
遠隔操作で魔力の結晶体を爆発させると、結構大きな音がして金属同士が当たった甲高い音が聞こえた。このミニチュアでは理論自体は成功だな、それなりの威力で……
「馬鹿な!厚さ5mmのゴーレムポーンの装甲に凹みが出来たぞ」
固定化を重ね掛けした自慢の装甲が凹み鉄球が埋まっただと?普通の全身鎧兜の装甲の厚さは精々1mmから2mmだから、易々と貫通する威力だぞ。
「リーンハルト様!今の音は何でしょうか?」
「な、何でも無い。申し訳ない、錬金が失敗しただけだ」
専属侍女全員が執務室に飛び込んで来たが、敵襲とかの場合は危ないから無闇に入るのは止めなさい。
クロスボゥ擬きは直ぐに空間創造に収納したが不自然な配置のゴーレムポーンを見て疑っている、傷は直ぐに修復したので問題は無いよな。
「余り驚かせないで下さい」
年配者二人に小言を言われたが素直に謝って終わりとなった、彼女達が退出してからソファーへと座り今の事を考える。
魔力結晶体は小指の先程の大きさだが爆発力は強い、手に持っていたら指が全部弾け飛ぶ威力くらいには。
空間創造からクロスボゥ擬きを取り出して確認する、筒自体に損傷は無い。あの爆発でも強度的には大丈夫だったか、だが狙った場所より15cm以上誤差が有った。
僅か5mの距離で15cmは外れ過ぎだ、命中率が悪いのは鉄球が真っ直ぐ飛ばないから。弓矢と違い鉄球は安定して飛ばないんだ、ならば鉄球じゃなくて短槍を更に短くして筒状の中に納めるのはどうかな?
吹き矢も弾道を安定させる為に筒の長さを1m以上に伸ばして矢も円錐形だった筈だ、それに短槍状の細長い矢を使用すれば安定感は増す。
だが重くなれば威力は上がるが飛距離は短くなる、遠距離攻撃手段としてはマイナスだ。
「携帯する中距離攻撃武器としては失敗作だな、魔術師なら他に威力の有る攻撃方法が幾らでも有る。一般兵に使わせるには命中率も飛距離も悪い、取り柄は矢の装填時間の短縮だけだ……」
小型化した物は微妙な結果だった、利点は高威力で連射出来る事。欠点は爆発音が出る事と命中率が悪い事。
多分だが改良しても実用有効距離は10m前後だ、それ以上だと命中率が悪くなる。装填時間は短いが10m程度の距離じゃ外したら接近戦に持ち込まれる、初見殺しには有利だが……
「槍に仕込めば先端の刃を飛ばせる、モーション無しで飛び道具は有利だが暗殺向きだ。正直正規兵の装備じゃない、これは失敗作だな」
発想は良かったが小型化は微妙だ、だが製作の見通しは出来た。原寸通りに作ってからトライ&エラーの繰り返しだな、コレは過去の経験が生かせないから直ぐに実用化は不可能だ。
だが面白い研究テーマでは有る、爆発エネルギーを物体の射出に利用する。我々魔術師にはアイアンランス等の攻撃魔法が有るから盲点だった、誰の発案なのか気になるな。
◇◇◇◇◇◇
舞踏会も連続三日目、今夜は貴族ならば誰でも参加出来るので会場も最大のホールで行う。続きのホールも解放されているので、ダンスホールと食事や休憩のホール二つの合計三ヶ所が解放された。
暗黙のルールで既に参加した上級貴族は参加しない、王家主催とは言え貴族全員に祝って欲しいアウレール王の慈悲深い配慮だと言われている。
舞踏会の進行スケジュールも少し違う、開催の挨拶は後継者であるグーデリアル皇太子夫妻が行い最初の方舞は皇太子夫妻と選ばれた五十組が一斉に踊る。
その後はポルカ三曲の後に間奏曲、そしてワルツの流れは一緒だ。殆どが子爵以下なので僕は異例の三連続参加、関係者は殆ど居ない。
早々に退出したいが皇太子夫妻の退出の後と、父上がエルナ嬢とインゴを伴い参加すると聞いているので挨拶したい。インゴとは少し蟠(わだかま)りが有るので成功し続ける僕と会うのは嫌だろうな。
「だが避ける事は出来ない、例え無視されようが文句をいわれようが受け止めるしかない」
グーデリアル様の舞踏会開催の宣言と共に宮廷楽団の演奏が始まる、方舞に参加する百人の中には父上とエルナ嬢も指名されている。僕の実父として周りから色々と言われているらしいが、ライル団長が配慮してくれているので助かる。
貴族とは爵位と宮廷序列が物を言う世界だ、僕と違い父上には厳しい事を言う相手もいるんだ。
実家のバーレイ男爵本家の動向も気になるって……
「インゴとニルギ嬢が仲良く参加してる?」
舞踏会参加者の中にインゴを見付けたが、隣にニルギ嬢が居る。仲が良いみたいに感じるのはニルギ嬢がインゴの腕を軽く掴んでいるから、中々のエスコート振りだろう。
インゴは両親が華やかに踊る様子を見て隣のニルギ嬢に何か話し掛けている、彼女も控え目だが返事をしているみたいだ。
「僕が王都を離れた一ヶ月間に何が有ったんだ?」
予想はしていた、可愛いニルギ嬢にインゴが好意を持つのは自然の流れだ。お祖父様の考えた次善の策だったが、まんまと嵌まった。
僕が一番苦手とする家族絡みで攻めて来た、いや未だニルギ嬢が何かするとは思えないが、裏にお祖父様が居るとなれば警戒は必要だ。
方舞が終わりポルカに切り替わる、父上達はポルカは踊らずにインゴ達の元へと向かった。ニルギ嬢も微笑んでいるのは、父上達とは良好な関係を結んでいるのか?
「リーンハルト様」
「はい?」
しまった、考え事をして周囲に気を配らなかった。ボーッと上の空で立っていたから声を掛けられるまで気が付かなかった、見れば三組の父娘らしき貴族が取り囲んでいる。
「直接話すのは初めてだな、俺はネフェス・フォン・トスカーナ男爵、コイツは長女のエスクードだ」
「お久し振りです、リーンハルト様。メディア様主催のお茶会以来ですわ」
「私はポートリオ・フォン・リカルド男爵です。長女のオータムから噂は聞いています」
「ご無沙汰しております。この度のハイゼルン砦攻略、おめでとうございますわ」
「ジェマ・フォン・フェナン男爵だ」
「長女のカトレナです、お父様は口下手で申し訳御座いません」
彼女達はメディア嬢主催のお茶会に呼ばれた六人の内の三人だ、今回は父親同伴か。確かメディア嬢がジゼル嬢への嫌味も込めて全員独身の適齢期の淑女達だ、幸い新貴族の男爵の娘だから無理は言ってこないだろう。
落ち着いて気持ちを余所行きに切り替える、動揺するな相手に付け込まれるぞ。
「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。お嬢様方とはご無沙汰しております」
彼等は全員ニーレンス公爵派閥に属している、今は協力関係を結んでいるから大丈夫だろう。笑顔を張り付けながら応える、悪い意味で大分腹芸が出来る様になったな。
「この度のハイゼルン砦攻略、お見事でしたぞ。アウレール王の喜びは凄いものが有りました」
「我等エムデン王国の悲願でしたからな」
「その後のジウ大将軍との戦いも見事と言うしか有りませんですね、常勝無敗のジウ大将軍に二連勝するとは驚きです」
父親達に囲まれて持ち上げられるが有頂天になる訳にもいかず、苦笑いで話を聞くしかない。王命は達成出来て臣下としての役目を果たせた事になる、自慢する事じゃない。
「王命を果たせて安心しています、誇らしくは思いますが自慢する事は違います。臣下として、達成出来て当たり前なのです」
周りから褒められて有頂天になるのは愚者だ、喜びはするが節度は必要なんだ。
娘達からのお誘いを今は拝領した領地経営で忙しいと回避しつつ、メディア嬢のお茶会には参加しますと妥協案を提示した。貴族としての付き合いは必要だ、避けるだけでは当主は務まらない。
父上達に挨拶をしようと見回すが見失ってしまった、インゴはダンスは苦手だから食事をしに行ったかな?ダンスホールから食事用のホールに行く途中で声を掛けられた。
「リーンハルト様!ご無沙汰しています、オレーヌです」
バーナム伯爵主催の舞踏会で会った、同じ派閥のジュレル子爵の次女のオレーヌ嬢に捕まった。今夜は貴族の令嬢から良く声を掛けられる、だが彼女は保護者同伴じゃないな。
「バーナム伯爵主催の舞踏会以来ですね、ご無沙汰しています」
随分と距離を詰めて来た、大分近いぞ。積極的と言うか大胆と言うか……
「一ヶ月近く王都を離れていたのですから、仕方有りませんわ」
彼女はアーシャとエロール嬢の共通の友人だから無下には出来ない、気の強そうな僕より若干背が高い女性だ。
近付かれると身長差が無いので自信が無くなる、背が伸びると言われている牛乳やチーズ等の乳製品は欠かさず食べているんだけど余り成長しないんだ。
「そうですね……王都に戻って未だ四日目ですが仕事が山積みで王宮に軟禁状態です、中々自由な時間が作れなくて難儀しています」
取り敢えず忙しいアピールをしておく、実際に拝領した領地経営や親書や贈り物の処理で忙しい。一週間位は掛かるだろう、それに魔力砲の件も有る。
「今週末にアーシャ様をお呼びして我が家でお茶会が有るのですが……」
「宜しければ僕も参加させて貰えますか?暫くアーシャに構ってなかったので、一緒に出掛ける切っ掛けが欲しかったのです」
「まぁ?アーシャ様は幸せ者ですわね。今王都で一番人気の高いリーンハルト様を独占出来るのですから、少し嫉妬してしまいますわ。そうだわ、前にお約束したバイオリンの件ですが、お聞かせ願えますか?」
ノロケを交えて牽制したが切り返されてしまった、バイオリンの件は練習の成果を確かめるのに丁度良いかな。
「余り期待はしないで下さい、僕の本業は宮廷魔術師ですからね」
お茶会でバイオリンを一曲披露する約束をして、漸く近くに居た父親を紹介された。強かと言うか家族絡みで攻められると弱いと広まったかも知れない、まぁアーシャが断らなかった事を考えれば仲が良いから仕方無いかな。
「今日は淑女絡みの挨拶が多いな……」
ジュレル子爵とオレーヌ嬢と別れて父上を探していたが、次は先任侍女二人が旦那を伴って近付いて来た。確かロッテの旦那がモンベルマン子爵で、ハンナはヤザル男爵に嫁いでいたな。
笑顔を浮かべて近付いてくる二人を見て思う、地味な侍女の制服しか見ていなかったので着飾った二人は新鮮で不思議な感じだ。
「今晩は、リーンハルト様」
「職場以外で会うのは初めてですわね、今夜は私達の旦那様を紹介しますわ」
二人共に旦那の腕に軽く抱き着いて仲が良い事をアピールしている、食事会の約束もしているし下級官吏の件も有る。丁重に対応するかな。