古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第352話

 最悪の目覚めだ、あのままソファーで寝てしまい身支度を整えに来た侍女に叱られた。借り物の服の汚れや皺(しわ)でなく風邪をひかないで欲しいと心配されてしまった。

 風邪は大丈夫だったが身体の節々が痛いし、寝違えたのか首筋も痛い。

 

 何故かオリビアが居た、君は昨夜の舞踏会でも働いていた筈だぞ、働き過ぎだぞ。

 

 爵位が上がったので専属侍女も増えるらしい、是非とも指名して欲しいと頼まれたので任せると言ってしまった。勢いに負けたのだが、そんなに嬉しいのか?

 専属侍女はオリビアが増えて五人になった、彼女の実家は特定の派閥には属していない無所属派で父親は中級官吏として王宮に勤務している。

 彼女は花嫁修業として四年前から侍女として勤めているそうだ、三年の下積みの後に高級侍女となった。

 

 専属侍女は王族に仕える侍女の次に人気らしい、凄い喜んでいたがロッテとハンナは苦笑し、イーリンとセシリアは不機嫌だった。仕える主に指名で侍女に選ばれる事は最も誇らしい事らしい。

 先任四人はお仕着せだが、オリビアだけは僕が望んで専属侍女にしたのが気に入らないらしい。まぁ無所属で派閥争いには無関係だから良しとするべきだな、彼女自体は有能だし世話にもなっている。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 思いがけず専属侍女が五人体制になった訳だが昼間の仕事は変わらない、親書と贈り物の処理だ。今回の件で最大敵対派閥のバニシード公爵は失脚した、彼の派閥に属していた者達からの接触が増えた。

 ジゼル嬢の作った所属派閥早見表は助かる、これにより返信の内容に悩まなくて済む。同派閥なら問題無く、中立と敵対ならば警戒し用心する、特に敵対派閥からの親書や贈り物は罠の可能性も捨て切れない。

 実際に出陣前の援助物資の中には毒が仕込まれていた物も有った、警戒した事が現実に起こったのだ。

 

 バニシード公爵の派閥の数人の食糧品の一部から致死量を越える毒物が検出されたんだ、幸いライラック商会に雇われた水属性魔術師が見付けたので被害者は居ないが犯人の特定は不可能。

 万が一にと注意させて格安で叩き売ったのだが予想通りで逆に笑ってしまった、そんなに僕が邪魔で失脚させたいのかってね。

 

「食べ頃のフルーツを頂きました、少し休憩された方が宜しいですわ」

 

 オリビアか、食べ物関係は強いよな。

 

「ん?ああ、有り難う」

 

 お礼の手紙を書いていた手を止める、午前中一杯は手紙を書いて午後からはマゼンダ王国の使者殿とリズリット王妃を交えての会談だ。

 綺麗にカットされた林檎とパパイヤが皿に盛り付けられている、頭脳労働には甘い物が鉄板だが動かずに食べるだけだと太るよな。

 林檎を一つ食べる、少し酸味が強くシャキシャキとした歯ごたえも心地よい。

 

「それと頼まれていた最近流行りのバイオリンの楽譜です」

 

「有り難う、ロンメール様から私的な演奏会のお誘いが有ってね。練習しないと駄目なんだよ」

 

 手持ちの曲は三百年前に流行ったものだ、今の時代には合わないからロンメール様程の才能が有る方なら怪しまれるだろう。三曲程度は覚えておかないとボロが出る、全くデオドラ男爵の奥様方には困ったものだ。

 僕の為に多才ですって事で話しているのだろうけど、僕は魔術師として関連した事を話して欲しかった。

 

「王位継承権第二位、芸術家肌のロンメール様の私的な演奏会に呼ばれる事は凄い事なのですわ」

 

「噂に尾ひれが付いてロンメール様の耳に入っただけさ、僕は魔術師で芸術家じゃない。でも参加して恥をかかないだけの練習はしないとね」

 

 林檎を食べながら祝いの品の目録を読む、今回は貴金属類が多いな……

 

 前にジゼル嬢に相談したが貰った宝石類って売り払っても良いそうだ、気に入ったのなら手元に置いても良いが半額返しだと大変だ。

 祝いの品程度では高額な物は贈らない、精々金貨二百枚前後だ。僕が鑑定しても大体同じ、百八十八個の宝石類で平均金貨二百枚だと三万七千六百枚、半額返しに手数料を乗せると約一万六千枚の利益。

 だが儲かるだけじゃない、貰った人のリストを作り冠婚葬祭やお祝い事が有った場合は贈らねばならない。今回は裏方で活躍し表彰された連中には貰った同額の贈り物が必要なんだ。

 それで贈った相手から半額相当の品物が贈られる、堂々巡りだよな……

 

「凄い贈り物の数ですわ、私のお父様が昇進した時でも百以下でしたのに三倍近いです」

 

「屋敷の方に三倍以上贈られてるよ、王宮の執務室に届けられる者は限られているからね」

 

 目録をしまい親書の返信書きに戻る、空の皿を片付けてオリビアは控え室に戻った。どうやら差し入れは一人ずつ順番にして情報収集をするらしい、人気者は辛いね。溜め息がでるよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ウーノが昼過ぎに訪ねて来た、マゼンダ王国の使者殿との会談の件で此れからお願いしたいといわれたので了解する。

 会談と言っても特に僕からは何も無いし向こうも何か要求する事も無いと思う、だが気になるのが拝領したローゼンクロス領だが中規模ながら港が有る。

 相手は海洋国家だから、物流絡みだと個人的には思っている。

 

 案内された場所は前回招かれた応接室で既にリズリット王妃とミリシャ伯爵と三男のウォルト殿が談笑していた、もしかしたら以前から交流が有ったのかも知れない。

 ミリシャ伯爵は貿易港が有るラツィオの港街を治めている、貿易の責任者的立場の人だと説明を受けている。

 

「すみません、待たせてしまいましたか?」

 

「大丈夫です、別件で話が有りましたから」

 

 意味深な台詞の後に簡単な自己紹介と礼儀的な会話をして少し砕けた辺りで本題をリズリット王妃が振ってきた。

 

「リーンハルト卿、新しい領地は海に面していますが魔術師として軍艦を相手に戦えますか?」

 

 真面目な顔だから興味本意とかでは無いな、軍艦と戦った事は数回有る。負け無しだったが外洋で自分の船が沈んだら助からないと怖かった記憶が有る、敵襲よりも嵐の方が怖かったな。

 

「可能です、今の軍艦同士の戦いは火矢を用いた遠距離攻撃か直接乗り込んでの白兵戦。弓矢の有効射程距離は精々80m、アイアンランスの有効射程距離は100m以上有ります。撃ち合えば負ける事は無いでしょう」

 

 ゴーレムによる弓矢や投げ槍の攻撃や『リトルキングダム』による敵軍艦への直接ゴーレムを錬成する攻撃方法は言わずに、知られても困らない攻撃手段を教える。

 

「そうです、艦隊戦とはいえ軍艦自体を破壊する事は稀です。一応軍艦同士をぶち当てる事も出来ますが損傷が激しくて実用的ではない、火矢も帆を燃やして航行不能にする位で破壊迄はいかない。魔法による攻撃が唯一可能な破壊方法だった……」

 

 だった?過去形だな、一応攻城兵器である投石器なら可能だが動ける船に当てる事は殆ど不可能だ。魔術師の唱える魔法以外で軍艦を破壊する方法が有るなら、今後の攻城戦が変わるぞ。

 

「何か別の方法が有ると言うのですか?」

 

「はい、この様な方法を考えた者が居ました。残念ながら志(こころざし)半ばで亡くなりましたが……」

 

 手渡されたのは一冊の魔導書だった、魔法以外の方法で魔導書を渡される意味が分からないが流し読みでページを捲る度に分かって来た。

 

 細い筒状の物の片方を塞ぎ爆発する様に加工した魔力石と丸い球体を押し込む、魔力石が爆発すると衝撃は筒状の開いている側に抜ける。

 その威力が球体を遠くまで飛ばせる、イメージは吹き矢だな。ある部族は円錐形の矢と呼ばれる物の先端に毒を塗り狩猟や暗殺に用いた、確かに威力を増す事は可能だ。

 吹き出す力の源の威力を増せば質量の大きい物を遠くまで飛ばせるが、吹き矢本体の筒状の物の強度は相当強くしないと無理だ。

 魔力石の破壊力に耐えられるとなると鋼鉄製で重量も相当なものになる、船を破壊するとなると……

 

「魔力砲と言っていました、軍艦に設置すれば効果的に敵軍艦を破壊出来る。理論上は直径30cmの鉄の玉を200m飛ばせるそうです」

 

「魔力砲、そうか!魔力石の着火だけなら弱い魔術師でも可能だ、船は大重量の物も積載出来るから設置可能。数を揃えれば強力な艦隊になるのか。ですが理論上は分かりますが、実際に何処まで完成してますか?」

 

 アイデアは面白いけど実用化には未だ足りない物が多い、一体何処まで完成してるのか気になる。改良だけなら短期間でも可能だろう、面白い発想だが陸上では運搬を考えれば要塞に固定だな。

 それでも点での攻撃は対人戦では効果は薄い、敵の攻城兵器を狙い撃ち出来れば良いが命中率は悪いだろう。

 

「いえ、全くです。理論を纏めた迄で、その先は……」

 

「リーンハルト卿、その魔力砲とは製造可能でしょうか?」

 

 うーん、製造は可能だが実用化に耐えられるかは別問題だよな。理屈では鉄球を前に飛ばせると思うけど威力や命中率は実際に作ってみないと分からないぞ。

 

「製造自体は可能かな、魔力石の改造も難しくない。問題は実用的な威力を発揮出来るかです、こればかりは実際にプロトタイプを作ってから改良しないと何とも……」

 

「そうなのですか、作る事自体は可能なのですか?どれ位掛かりますか?」

 

 身を乗り出して聞いて来たが、理論上は可能と判断して話を振って来たんだよな?違うのか?

 む、海洋国家マゼンダ王国から嫁いで来たリズリット王妃、拝領したローゼンクロス領は港街で軍艦に関する錬金を相談してきた。これは偶然か?違うな、拝領された領地の選定にはリズリット王妃の思惑も絡んだな。

 

「魔力石の改良に一ヶ月、魔力砲は制作が同じく一ヶ月程度ですが実用品に仕上げるなら更に二ヶ月から三ヶ月です。ですが掛かりっきりにはなれませんから半年とか一年とかの単位になります、主に実験場は外部に情報を漏らさないようにするのが大変です。大掛かりな試し撃ちには破裂音も凄いですよ」

 

 初めての試みだから時間はもっと掛かるかもしれない、予算的には大した事は無いが実験場は大掛かりになる。外部に漏らすには問題有る内容だ、出来るだけ秘密で行いたい。

 だが僕は注目されてるから何処かに引き籠って研究しない限りは時間短縮は不可能、リズリット王妃の依頼でも厳しいかな。

 

「仮に正式に依頼した場合ですが、実験場の用意と情報漏洩の措置。それにリーンハルト卿の研究する時間の確保を行えば一年位である程度の成果は出せる、で、宜しいですね?」

 

「そこまで準備して頂ければ問題は無いでしょう。ですが実用品に仕上げてもコスト面は分かりません、運用可能なのか今は全く分かりません」

 

 実用とコストの話をしたが余り気にしてない、これってエムデン王国とマゼンダ王国の共同開発を一任された感じか?実験場の整備や警備態勢など国家事業のレベルだぞ、何処かの王家の直轄領で行うのか?

 

 その後は簡単な質疑を交わして終了となった、アウレール王と相談してから知らせると言われたのでマゼンダ王国との共同開発で間違いなさそうだぞ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「本当に大丈夫なのですかな?我が国の土属性魔術師達は魔力石の改良すら不可能と言ってましたぞ」

 

「試作品なら集中して数ヶ月で出来るとか?大言壮語過ぎませんか?」

 

 話の途中で気付いたみたいね、これがマゼンダ王国との共同開発による海軍増強計画だと。それで完成迄の必要な日程と設備と条件を考えて答えた、間違いなく完成させられるわね。

 

「リーンハルト卿を甘く見ては駄目ですよ、通常の土属性魔術師はゴーレム運用数は精々二十体前後に対して高性能ゴーレムを三百体も運用出来るのです。現代でも最高峰の土属性魔術師に間違い有りません、彼が出来ると言えば可能なのでしょう」

 

 これで祖国の海軍増強は問題無くなるわね、あの小煩いルクソール帝国に海戦で有利となる。

 

「噂では聞いてますが真実なのですね、三百体のゴーレムを遠隔操作で難攻不落のハイゼルン砦を二時間で制圧した」

 

「その割には艦隊戦でアイアンランスを使えばとか消極的な答えでしたな、敵軍艦の上に錬金すれば制圧出来る筈だ」

 

「一般的な模範回答をしただけです、ああ見えて強かで計算高くて用心深いのですよ。敵対する公爵家を追い込む位にです、正直最初に話を持ってきた時は呆れましたわ」

 

 だが短期間で敵対するバニシード公爵を失脚に追い込んだ、他の公爵四家を巻き込んで自分と相手に有利な条件で調整した。彼の保身センスは極めて高い。

 この話も途中から国家が絡んでいると見抜いて条件を付けて来たのよ、情報漏洩を極端に恐れたのは分からないけどルクソール帝国に知られるのは不味いわ。

 

「マゼンダ王国の宝物庫から発見した百五十年前の魔道書の写本、それが実現可能という事は彼は古代の魔法知識を復活させられる」

 

「魔力砲は伝承でしかその存在が伝わっていない、現代では再現不可能と言われた魔法技術。それが可能とは……」

 

 魔法技術は個人の資質に頼らざるを得ない。彼が我が国に生まれてくれた幸運を最大限生かさなければだめね。これは本当に王族の一翼に迎え入れた方が良いかしら?

 

 


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