古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第351話

 拝領した領地のお隣の領主達と知り合えた、ローゼンクロス領については時間が無くて調べてなかったので彼等からの接触には慌てた。予備知識が殆ど無かったからだ。

 

 一人目はマーヴィン領主のネクス・マーヴィン・フォン・ガルネク伯爵と奥方のリンディ嬢。リンディ嬢は僕と同世代の年の差夫婦だ。

 二人目はラベルグ領主のジルベルト・ラベルグ・フォン・ベルリッツ伯爵と娘のヒルダ嬢。ヒルダ嬢も僕と同世代だな、同じ位の女性が人妻と娘とは傍から見れば姉妹だぞ。

 

 二家とは友好的な関係を築く為にお茶会のお誘いを受けた、だがリンディ嬢とヒルダ嬢が何やらイベント的な物にする様な事を話し合っていたのが怖い。

 彼等は一年の半分を領地で過ごし残りの半分を王都で過ごす、僕は王都を離れる事は出来ないから代官に丸投げになるだろう……

 

 彼等の他愛ない領地絡みの話の聞き手に徹する、僕はローゼンクロス領の話題を持ってないから話す事が無い。だが経済発展状況や治安、特産物や周辺の環境など得る物が多い。

 話題の中から拾った情報だとマーヴィン伯爵はニーレンス公爵派でラベルグ伯爵はローラン公爵派だ、対立派閥だが二人の仲は良好みたいだな。別派閥だからと言って単純に敵対してる訳ではないのか……

 

 三十分程話していただろうか、ヒルダ嬢がホール中央でポルカを踊る紳士淑女達を気にしているのに気付いた。演奏曲からして三曲目だな、次は間奏曲を挟んで二回目のワルツか。

 

「ヒルダ嬢には婚約者はいらっしゃいますか?」

 

「はっ、はい。いえ居ません、全然居ません!」

 

 何故力説する?癖の無い金髪を編み込んで左右に垂らしている、大きな目に綺麗な碧眼、典型的なエムデン王国人で美少女と言って良いが結婚適齢期に浮いた話が全く無いのはラベルグ伯爵は子煩悩か?

 

「恥ずかしながらヒルダは奥手でな、中々気に入った相手を見付けられぬのだ」

 

「片っ端から見合いを断る父親の言葉じゃないぞ、見付ける前に潰しているじゃないか」

 

 あはははって笑い合う伯爵二人を見て思う、ラベルグ伯爵はユリエル殿と同じ匂いがする。つまり子煩悩で親馬鹿だ、娘に絡むと噛み付いてくる厄介な子煩悩タイプだな。

 

「リーンハルト様、ヒルダさんと一曲踊ってあげて下さい。未だ誰からもダンスのお誘いが無いのは年頃の淑女としては悲しい事ですわ」

 

 リンディ嬢の言葉にラベルグ伯爵(親馬鹿)に視線を送ると困った感じだな、断りたいが断れないって事だろうか?

 

「お父様?」

 

「む、むむむ……リーンハルト卿とか?しかし、ご迷惑ではないかな?」

 

 視線には僕に断れる理由を付けて話を振って来たが娘を溺愛する余りに周りを見ていない、既に注目された状態で断ればヒルダ嬢の面子は丸潰れだ。

 

「これから領地が隣同士として友好的な関係を築こうと話したのです、他意も下心も有りませんが一曲お願いしても宜しいでしょうか?」

 

「ラベルグ、許してやれ。このままだとヒルダが哀れだぞ、度の過ぎた溺愛は彼女の為にならない」

 

 渋々と本当に渋々と頷いたが本心は娘に近付く悪い虫だと思ってるな、ユリエル殿を知らなければ失礼だと思ってしまった。娘を持つ父親とは少なからず婿候補には葛藤が有るそうだ、政略結婚の駒として見ないだけましだろう。

 

「安心して下さい、嫁にくれとは言いませんから。ですがヒルダ様は素材が良いのですから、もう少し輝いても良いと思いますよ。幸い僕は注目度ならエムデン王国でも一番でしょう、良くも悪くもですが……」

 

 苦笑するが周りは困った顔だ、そうですねって追従出来ない話の内容だからな。ポルカが終わり間奏曲に変わった、周りの紳士淑女達もお目当てのワルツのパートナーとの駆け引きに興じている。

 

「ヒルダ様、僕と一曲踊って頂けませんか?」

 

 彼女の正面に回り片膝を付いて手を差し伸べる、周りの連中の方が興奮したぞ。この一連の舞踏会の中で、僕がダンスのパートナーに申し込んだのはセラス王女だけだったからな。

 

「よ、喜んでお受け致しますわ、リーンハルト様」

 

 差し出した手に彼女の手が添えられる、軽く掴んで立ち上がり腰に手を回してホール中央へと誘う。チラリと見えたラベルグ伯爵の表情は悔しそうだな、彼女と結婚する男は大変だろう。

 一応主役で主賓な僕がホール中央に進むと宮廷楽団の指揮者が僕を待たせない為に間奏曲を早めた、残り時間は少ない。駆け込みで三組がホール中央に進み出ると合計十二組のダンスパートナーが出揃った、指揮者がタクトを振るとワルツが演奏され始めた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ラベルグ、そんな敵を見詰める様な事はするな。リンディが話を振った事は謝るが断られたらヒルダの面子は丸潰れだぞ、リーンハルト卿に下心は無さそうだから安心しろ」

 

「申し訳有りませんでした、ですがヒルダさんはリーンハルト様と踊りたかった筈です。結構前から彼の事を気にしていましたわ」

 

 マーヴィン伯爵夫妻に騙されたんだ、ヒルダは純粋無垢な乙女なんだぞ。前からリーンハルト卿に思いを寄せていたなど、戯言は聞きたくない!

 だが……あんなに幸せそうな娘を見るのは久し振りなのも事実、だが我が娘の腰に軽々しく手を回すな。本当に下心が無いんだろうな?嘘じゃないよな?

 

「成人前に伯爵位を叙され領地を賜る、前例は無くはないのだが異例中の異例だ。そうせざるをえない実力と実績が有り、アウレール王も認めた。

リーンハルト卿は今後のエムデン王国に必要な人物だぞ、既にサリアリス様の後継者として目されている。つまりは次期宮廷魔術師筆頭だな」

 

「午前中の模擬戦を見たよ、伝手を使ってハイゼルン砦の件も調べた。伯爵に叙されてローゼンクロス領を拝領する、正直に思えば成果の対価としては不足だろうな。

リーンハルト卿の功績は認める、少し話しただけでも好感が持てる。もしヒルダが……側室に迎えられれば……ヒルダは、悔しいが幸せになるだろうな」

 

 貴族として家の繁栄を考えても最優の相手だろう、僅かな期間でアウレール王とリズリット王妃に認められた逸材だ。永久凍土と呼ばれた無能を嫌うサリアリス様も溺愛している、敵対すれば容赦なく攻めて来るだろう。

 

「そうだ、間違い無く幸せになるな。お前も俺達も恩恵に預かり幸せになれる、だが政略結婚を嫌うとも聞く。押し付けは駄目だ、先ずはお茶会に招いて親睦を深めよう。

これは大きなチャンスなのだ、バーナム伯爵やデオドラ男爵だけが彼と友好を結ぶのは間違いだ!」

 

 そうは言うが未だ早い、ヒルダに結婚は早い。マーヴィンみたいに未成年の女性を嫁に迎えた幼女愛好家じゃないんだ。十三歳のリンディ嬢を連れて来た時は正気を疑った、相思相愛と聞いて漸く変態疑惑を飲み込んだんだ。

 それとバーナム伯爵とデオドラ男爵か、超脳筋集団の派閥だ。あそこは強さだけが求められる判断基準、あの派閥のNo.4だと言うから戦闘力は素晴らしい。

 

「だが、あの噂話はどうなんだ?」

 

「噂話?ああ、サリアリス様との血の繋がりが有るんじゃないか?とかアウレール王の隠し子疑惑か……根拠の無い噂話だぞ、確かに宮廷の作法やマナーは完璧だそうだ。だがそれだけで陛下の隠し子説は無いだろ」

 

 新貴族男爵の長子として生まれ育った割には出来が良過ぎる、本来なら伯爵家の正当後継者の教育内容に近いらしい。だが今回で伯爵だから丁度良かった訳だな。

 

「宮廷晩餐会の主賓として恥ずかしくないマナーだったそうですわ、リーンハルト様は王宮内の上級侍女達と警備兵に人気が絶大だそうです。反面下級官吏からは妬まれているとか……」

 

「貴族の婦人達には独自の情報網が有る、それを駆使してリーンハルト卿の情報を集めた。公爵四家が取り込みに動いている、我等も乗り遅れる訳にはいかない」

 

 ヒルダの幸せが我等の幸せ、だが手塩に掛けて育てた愛娘を差し出す事が幸せか?それは親の欲望に娘を巻き込めって事だぞ、ヒルダはヒルダは……

 

「何故、そんなに幸せそうに踊るんだ?お前の幸せは、幸せの為になら。父は、父はだな」

 

 ワルツが終わった、向かい合い一礼してから戻って来る愛娘は幸せ一杯の笑顔を浮かべていた。俺は父親として愛娘の幸せの為に動かなければ駄目なんだろうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アウレール王とリズリット王妃も退場したのを確認し、自分もその三十分後に退場させて貰った。時刻は夜の九時半過ぎ、王宮内の割り当てられた執務室に戻る為に廊下を歩く。

 窓から見上げる空は雲が多く月や星を隠して薄暗い、だが王宮内の通路は篝火が炊かれて明るい。炎の揺らめきが僕の影をユラユラと蠢かせて幻想的だ、室内は魔法の照明が基本だが廊下や野外は未だ篝火がメインである。

 

「疲れた、肉体は平気だが精神的に疲れたな。落ち着いたら少し休暇を貰って王都から離れたいが無理かな、別荘とか買って引き籠るか?」

 

 すっかりエムデン王国の中枢に食い込んでしまったな、転生前は疎まれて最前線送りだったが今は違う、焼き直しの人生じゃないが気を付けないと駄目だ。

 

 巡回の警備兵二人組と擦れ違うが顔を覚えられた為か脇に避けてくれて、夜中に王宮内を歩いていても不審に思われない。

 執務室に到着、鍵を開けて中に入る。魔法の灯りを点してから上着を脱ぎ鈕(ぼたん)を外して首元を楽にしてソファーに座り込む。

 

「二度目だが疲れた、戦場の方が楽に感じるのは人として駄目かもな……」

 

 空間創造から果汁水の瓶を取り出し直接飲む、この爽快感が堪らない。マナーなんて関係無い、もっと自由に食べたり飲んだりしたいんだ。

 王都を発つ前にイルメラとウィンディアが大量に作ってくれたナイトバーガーを取り出し手掴みで食べる、空間創造は出来立てをそのままの状態で保管出来る。

 肉汁が手に付くが構わずに食べ続ける、ナイフやフォークで行儀良く食べるより何て気楽な食べ方だ。残りの果汁水で口の中の肉汁を胃に流し込む、漸く落ち着いた。

 

「ホームシックだ、間違いなく僕はホームシックだ。早くイルメラとウィンディアに会いたい、一ヶ月近く会ってない」

 

 ソファーに横になり目を閉じる、頭の中の冷静な部分が護衛のゴーレムナイトを錬成し配置する。もはや慣れで惰性だな、だが王宮内とはいえ油断は出来ない。

 

「明日も王宮に軟禁状態、夜は舞踏会に強制参加。明後日はデオドラ男爵家に顔を出さねばならない、夜は泊まりだろう。明明後日(しあさって)まで自由時間は無い、バルバドス師の所にも顔をださないと……」

 

 王宮を抜け出したら大問題だろうな、アウレール王に三日は王宮に居ろって言われているし山積みの親書や贈り物の処理もしなければ駄目だし。

 王宮内の執務室に届けられる連中は限られている、つまり上級貴族が殆どだから無下な対応は出来ない。

 アーシャやジゼル嬢には明後日会える、明日の舞踏会は純粋な祝勝会を兼ねた舞踏会だ。王宮内で催されるとはいえ国王夫妻は出席せず格式張らない純粋なエムデン王国の勝利を祝う舞踏会だ、今夜と同じく途中で退場しても大丈夫。

 だが不参加は許されない、連続参加する貴族は居ないから明日は殆ど知り合いは居ない。

 侍従から貰った資料によれば最初の方舞は今回の遠征で裏方で活躍した者達が選ばれた、補給や資機材手配を行った官吏達やアウレール王に同行しウルム王国との交渉に従事した連中。

 直接的に戦いには参加しないが、裏方で支えていた人達も等しく厚遇し信賞必罰を行う。アウレール王は仕えるのに不足の無い人物だ、転生前の我が父王とは違う。僕を恐れ疑い利用価値が無くなれば濡れ衣を着せて処刑した。

 

「マリエッタ、フラット……君達は何を思っていたんだ?僕は君達に渡した鎧兜しか手に入れてないから分からない、幸せな後年を過ごせたのか?それとも粛清されたのか?」

 

 ルトライン帝国魔導師団のマジックメイルは百体近く現存する、それは強固に作ったからでも有るが使用不能の鎧兜はコレクション的な意味で後世に伝わったのか?

 

「それとも生き延びた子孫達が遺したのか?ローラン公爵は先祖から伝わる家宝として飾っていたな、調べさせて貰おう」

 

 過去から逃げ出す事はしたくない、三百年も前の事だから自己満足でしかない。子孫に教える事も報いる事もしない、分かったから何かが変わる訳でもない。

 だが逃げ続けても何も変わらない、ケリをつけるしかない。

 

「元ルトライン帝国宮廷魔術師筆頭、ツアイツ・フォン・ハーナウとして、かつての仲間達の最後を見届けるか……」

 

 本当に馬鹿だな、全てを捨てて転生の秘術を用いてまで生き延びたのに過去に囚われる。今は幸せなのに、何故捨てた過去に拘るのか自分でも分からないなんて……

 




今日から来年1月5日までパソコンに触れる時間が極端に少なくなります。
仕事と旅行と親族付き合いってヤツです、投稿は予約してありますから大丈夫です。

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