古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

350 / 999
メリークリスマスです、実生活では特に何もしないのですがケーキとチキンは食べます。


第350話

 バニシード公爵の七女であり王位継承権第三位のヘルカンプ様の側室、メルル様が僕の執務室まで押し掛けて来た。目的は実家の困窮の打開策の為に僕との和解を持ち掛けて来た、だが側近である侍女のカペラの入れ知恵だと思う。

 未だ幼いメルル様は唆されて行動に移しただけと感じた、だが政治的な背景は理解したと思う。一応は打開策を教えたが、バニシード公爵が素直に言う事を聞くかは別問題だ。

 公爵家の当主として大抵の事は思い通りになって育って来たんだ、我慢出来るかと言えば無理だと思う。自尊心が高く忍耐力が低い、これは貴族の中では普通だ。我が儘とは言わないが上級貴族ほど忍耐力は低い、全体でも三割位は似たり寄ったりだと思う。

 

 あの後、リズリット王妃とザスキア公爵には説明し、リズリット王妃から早目にヘルカンプ様に話をすると約束してくれた。

 王位継承権第三位とは言えヘルカンプ様の母親はアウレール王の二十六人の側室の中のマリオン様だ、後宮内の四つの派閥の三番目。

 最大なのはリズリット王妃の率いるリズリット派、次に大きいのは最近一番寵愛を受けているアンジェリカ様率いるアンジェリカ派、残り二つは最古参のマリオン様の率いるマリオン派、それと無所属の集まり。

 だがアンジェリカ様は頻繁に閨に呼ばれているみたいだからその内また子供を授かる筈だ。生まれた子供に絡んで一悶着あるだろうな……

 僕はリズリット王妃派と思われている、マリオン様はアウレール王からの寵愛も最近は少なくなってきている。最大派閥を率いる王妃から釘を刺されれば息子共々大人しくなるだろう、今は絶対に勝てない相手だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 各国の使者を招いた祝勝会を兼ねた舞踏会、昨夜と同じ手順で進行するが最初の方舞を踊り終えた時点でアウレール王とリズリット王妃は退場した。

 今回は勝利を祝いに来てくれた使者殿達を労う意味が大きい、だが既に国王との謁見は済んでいるから本当に接待として舞踏会を楽しんでくれって事だ。

 故に大臣達は全員参加し国政について使者殿と色々話し込んでいる、実務者同士の下話だろう。この根回しと調整を行ってから本会議に挑む、一発本番など余程有利じゃないと無理だ。

 舞踏会の方は昨夜に呼ばれなかった上位貴族達が参加しているので賑やかでは有る、公爵家と侯爵家は代理が出席している。

 伯爵家は殆どが出席しているが若い子弟を同伴している、舞踏会は貴族の出会いの場でもある。国王主催の舞踏会ならば出れる家は格式が高い、伴侶を探すには最適だ。

 僕も適当な時間で帰って良いと言われているので気が楽だ、方舞を踊り終えたらポルカは踊らずにホール中央から離れる。パートナーのセラス王女は既に帰った、自由奔放で羨ましいよ。

 

 ポルカを踊る紳士淑女を用意されたテーブルでワインを飲みながら眺める、国王夫妻の前で踊れる事は名誉な事だ。全員が気合いを入れて踊っている、緊張しているが楽しそうだ。

 華やかな宮廷舞踏会を楽しむ事が貴族の本来の生き方と意義らしい、選ばれた貴種の考え方は昔と全く変わらない。僕は王族だったが常に戦場の最前線に居たからな、彼等とは感覚が違うのだろう。

 

「リーンハルト卿、少し宜しいでしょうか?」

 

 昔の事に思いを馳せていたらフローラ殿の接近に気付かなかった、反省だ。

 

「堅苦しい呼び方をしなくても良いですよ、フローラ殿。国は違えど同じ宮廷魔術師ではないですか」

 

 最初の来客はバーリンゲン王国宮廷魔術師第八位、フローラ・フォン・テュース殿だった。大臣を同伴せずに単独で来たのだが、ドレスアップしていたので見違えた。

 綺麗な髪を結い上げて薄いピンクのドレスを着ている、模擬戦の時は睨んでいたから別人みたいで一瞬分からなかったが、元々は垂れ目で優しそうな顔立ちだったんだな。

 

「お言葉に甘えてリーンハルト殿と呼ばせて頂きますわ、話とは昼間の模擬戦の総評をしたかったのです」

 

「総評ですか?分かりました、お座り下さい。オリビア、フローラ殿に飲み物を頼む」

 

 真面目に自分が負けた相手に模擬戦の検討を申し込めるのか、彼女の評価を一段階上げた。そして何時の間にか側に控えていたオリビアに声を掛ける、僕の周りには常に侍女が居るのは主役だからと思いたい。

 

「瞬殺された訳ですが単に詠唱の長さの問題では無かった筈です、私の敗因は何でしょうか?」

 

 偉く正直に聞いて来たな、確かに一対一の勝負ならばスピードが大切だ。兎に角先に一発当てる、強大な攻撃力に反比例して魔術師は惰弱だから……

 

「最初に大技をもって敵を殲滅する、派手で見映えも良いですが戦いには不要です。泥臭くても小技で牽制し敵の詠唱を妨害、隙を見て一番慣れた魔法で攻撃を繰り返す。

詠唱の長い上級魔法は他に防御要員が居ないと使用は控えるべきでしょう」

 

 少しムッとしたぞ、流石は火属性も持っているだけあって感情的だな。

 

「御自分は大技でしたわ、本来山嵐とは大規模制圧の技。上級土属性魔術師の切り札ですが現在使える者は少ないと聞きます。自分は文献に載る程の魔法を使い、私には小技を使えと言うのでしょうか!」

 

 む、三百年の時代のギャップと魔法技術の衰退が原因か。山嵐は中級の牽制用の魔法で、一度放った後に変化させる事に意味が有るんだ。

 ワイングラスを持って一気に煽る、直ぐにオリビアが代わりのワイングラスを用意し種類の違うワインを注ぐ。本日二本目かな?

 

「先入観や固定観念に凝り固まるから駄目だと思う。山嵐はアレンジが加え易い魔法だ、本数を制限すれば短い詠唱でも発動が可能。槍から蔦に変化し棘を生やして締め上げる、臨機応変な対処が可能なんだ。

詠唱時間に余裕が有れば百本や二百本でも生やせる、これは文献に載っている山嵐の一面でしかない」

 

 またムッとしたぞ、恨めしそうに上目遣いに睨まれたが垂れ目だから怖くない。

 

「変化してない槍が追加で魔法障壁の内側から新しく生えました。複数同時魔法を使える魔術師なんて私は知りません」

 

 そっちか、てっきり魔法障壁の弱点か盲点を聞いてくるかと思ったけど予想外だな。

 

「山嵐は地中に株を作り槍を生やす、数は一つの株で三十本は可能。株の大きさを変える事で百本前後は生やせる、あの時は第三陣も用意してたよ」

 

 テーブルに伏せたぞ、淑女の行動じゃない。貴女はバーリンゲン王国の宮廷魔術師の代表なんだから、少しは周りに気を使って下さい。

 

「理屈は分かるけど納得出来ません!何で私の魔法障壁を無効化して内側に攻撃出来たのですか?」

 

 やっと本題に辿り着いたか……だけど敵に塩を送るのは此処までかな。この魔法障壁の盲点は改善が可能だ、訓練次第で魔術師なら誰でも出来る。でも強度は上げられない、だから対処されても方法は未だ有る。

 

「総評で全ての答えを相手に聞いては駄目だよ、それは自分で考えてみるんだ。ヒントは固定観念かな」

 

「確かにそうですわね、答えて貰った事だけでも十分過ぎます。リーンハルト殿は既存の魔法を改良して半オリジナル魔法を使える、流石は最年少宮廷魔術師殿ですわね」

 

 それでは失礼しますと、一礼して去って行った。他国の宮廷魔術師との会話はウルム王国を含めて二国だな。もっと魔法技術の交流とかしたいが、技術は秘匿するって考え方が一般的だから無理かな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕の居るテーブルの周りで牽制し合う紳士淑女を見て思う、そんなに此処に来るのに勇気が必要か?

 侯爵以上は不参加の為に舞踏会の会場では伯爵が最上位だ、実際は殆どの伯爵家とそれに近い勢力を持つ家しか参加していない。下級貴族は明日の舞踏会に参加するから……

 そして僕の知り合いの伯爵は少ない。懇意にしてるのはバーナム伯爵に……

 

「リーンハルト卿、少し宜しいかな?」

 

 華やかなワルツを踊る紳士淑女達を横目に二人目の来客が来た、父親と娘だと思うが見覚えが無い。

 

「どうぞ、構いませんよ。失礼ですがお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 五十歳半ば位の白髪混じりの豊かな顎髭が特徴の痩せ形で柔らかい視線を向けて来る、第一印象は悪くないかな。

 

「ははは、初対面ですからな。私はネクス・マーヴィン・フォン・ガルネク、伯爵としてエムデン王国に仕えております。此方は妻のリンディです」

 

「リンディです、宜しくお願い致します」

 

 は?妻?えらく若い奥さんを捕まえたんだな、年齢三倍以上違うだろ。それにマーヴィンの領主って事だよな、マーヴィン?最近何処かで聞いた名前だが……

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。正式に名乗るのには未だ慣れませんね」

 

 一礼し苦笑しながら席に座る様に勧める、思い出したがローゼンクロス領の隣の領地だ。お隣さんとして挨拶に来た訳か、確か陸地側に隣接しているが主要街道からは少し距離が有ったかな。

 平地が少なく山岳地帯だが林業と稀少な薬草を多く採取出来る豊かな土地だと覚えている、元王家の直轄地の隣だから豊かで治安も良い筈だ。

 

「これから隣同士ですからな、ご挨拶と思いまして声を掛けさせて頂きました」

 

 隣接している領主とは懇意にするのが良いとされる、協力関係を結べば領地を跨いだ討伐とかが可能だし色々と融通が利くんだ。

 

「初めての領地経営で慣れない事も有ります、色々ご迷惑をお掛けするかも知れませんが宜しくお願いします」

 

 頭を下げてお願いする、領地経営は代官に丸投げする予定だが近隣領主との友好関係は維持しなければならない。元王家の直轄地の周りを任される程だから、アウレール王の信頼は厚いのだろう。

 

「そうだ、ジルベルトよ。様子を伺ってないで早く来い、お前も隣接した領主だろう」

 

「いや、タイミングが掴めなくてな。お初にお目にかかります、ジルベルト・ラベルグ・フォン・ベルリッツです。此方は娘のヒルダです、宜しくお願いします」

 

 直ぐ近くで様子を伺っていた年の離れた男女が挨拶してくれたが、此方は父娘だった。年の離れた夫婦じゃなくて良かった、ヘルカンプ様よりも年齢差が酷いぞ。

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。此方こそ宜しくお願いします」

 

 ラベルグ領は平地が多く農業が盛んだったかな?林業・農業・漁業の三種目が集まった訳だ、後は鉱業が有ればパーフェクトだが鉱山は近くに無い。

 

「ローゼンクロス領に隣接する領地は二つ、今後とも宜しくお願いします。残念ながら僕は宮廷魔術師として王宮から離れません、領地経営は代官に丸投げになると思います」

 

 正直早い段階で訪ねたいとは思うが、今は安定していないから王都を離れるのは厳しい。落ち着いた段階でジゼル嬢とアシュタルとナナルの二人を連れて行きたい。『人物鑑定』と『能力査定』の二つのスキルの組合せは凶悪だ。

 領地の配下達の見極めに必須だな、得難い人材を確保出来てよかった。

 

「そうですな、宮廷魔術師第二席として活躍なさってるのに呑気に領地経営に力を入れる訳にもいきませんな。代官であるレグルス殿は真面目で堅実な男です、任せておけば安心ですぞ」

 

「私達も王都の貴族街に屋敷は有りますが一年の半分は領地に居ます、何もない長閑な田舎なので退屈なのです」

 

 レグルス殿か、配下の代官の名前すら知らない。やはり少しは領地経営を学ばないと駄目だ、拝領した領地の経営が上手く行かないのは減点だからな。

 

「そうですわ、お父様!リーンハルト様を我が家のお茶会にお誘いしてはどうかしら?お互い隣接した領地を持っているのですから、友好な関係を築きましょう」

 

 ヒルダ嬢が両手を合わせて名案ですみたいに話を勧めて来たが、確かに友好的な関係を結ぶべきだな。隣接領主と不仲とか避けるべき問題だ。敵対し小競り合いしている連中も居るが度が過ぎると国が介入して裁かれる。

 

「僕は未だ貴族街に屋敷を探している最中なので、そちらにお邪魔する事になりますね」

 

「それでは我が家にも招待しましょう。ジルベルトよ、抜け駆けは無しだぞ。誰もがリーンハルト卿と縁を結びたいのだからな」

 

 愛想笑いで誤魔化したが、リンディ嬢とヒルダ嬢が二人で盛り上がっていて断り切れなかった。お茶会の筈が二家合同の何かのイベントみたいになってしまった……

 早く自分の屋敷を貴族街に構えないと先方の屋敷にお邪魔する事しか出来ない、不味い展開だな。明後日にバルバドス師の屋敷を訪ねて帰還の報告と、例の件が上手く行ったか確認するかな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。