古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第349話

 

 リズリット王妃とセラス王女とのお茶会、僕は悩んでいたメルル様への対処を頼んだ。そこで聞かされた驚愕の王家の闇……

 

 いくら王位継承権を持っていても実際に継ぐ事になった場合、国王として不適格な者は闇から闇へと処分される。前王がエムデン王国を滅亡一歩手前まで追い込んだ悪しき実例が、この厳しい処置を生んだのだろう。

 ロンメール様は政治に一切の興味を持たないのは、兄であり後継者であるグーデリアル様が健在だから野心無しとのアピールかも知れない。

 政治に興味が無く国王としての能力が未知数では、簒奪の御輿として担ぐのにも躊躇するだろう。もし暗愚な者を国王に据えたら国が傾くから、国家が安定していれば邪な考えも浮かぶが滅亡する危険も高い。

 旧コトプス帝国の残党を一掃し、ウルム王国とバーリンゲン王国との関係が有利にならない限り国を傾ける争いは出来ない。すれば周りから全力で潰されるのが目に見えている、有る意味では国家が一丸となり纏まっているんだよな。

 

 因みにバニシード公爵だが没収された四割の領地は全て王都に近く豊かな領地で、残されたのは農業主体の物が殆どでしかも飛び地だ。財源は半分以下となり今の権力の維持は厳しいだろう、それ程に厳しい処置だった。

 単に爵位没収だと親戚や派閥の連中からも反発が有ったが、弱体化したバニシード公爵家を盟主に仰ぐのは危険と離反者が多いらしい。

 大義名分を与えて結束させるよりも内部崩壊を狙った、当然だが間者を使い色々と誘導もしているらしい。主に公爵四家が猛追している、没落は時間の問題だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕方四時過ぎにお茶会から解放された、執務室に戻ったが仕事に手が付かない。あと一時間もすれば又身支度という拷問(風呂で強制身体洗い)が待っている。やる気が無くなるな。

 

 手紙を書いていたがペンを置く、気分転換に次の『王立錬金術研究所』について考える。

 次の課題は保留として何か提案して欲しいと頼まれた。『召喚兵のブレスレット』か『魔法障壁のブレスレット』か悩む、だが未だ早い。

 この二つを合わせると自己防衛能力が飛躍的に上昇するが、量産の可能性を発表するのにはタイミングを考える必要が有る。下手をすれば王家の完全買い取りで拡散禁止になるよな、常に狙われている王族には必須のマジックアイテムだし……

 

「次は『睡眠』と『混乱』のレジストストーンにするかな、この四種類が現代に伝わる状態変化魔法だし全て防げる事になるから無難だな」

 

 同じく回避率30%を先に作り、次に回避率35%を作れば二ヶ月か三ヶ月は大丈夫だろう。平行して武器製作の検討を行う、『雷光』は定期製作し他にも何か……

 

「リーンハルト様、宜しいでしょうか?」

 

「どうしました、何か有りましたか?」

 

 集中する為に一人にしてくれと遠ざけていたイーリンが声を掛けて来た、僅かながら緊張と困惑を感じる。

 

「メルル様がいらっしゃいました」

 

「メルル様の先触れがかい?」

 

 リズリット王妃に頼んだのに本人から接触が来たぞ、これは相当焦っているか追い詰められているのか?

 

「いえ、メルル様ご本人がいらしてます」

 

 は?王族の側室が異性の執務室に、本人が先触れ無しに直接来るだと?非常識なんてもんじゃないぞ!

 

「イーリン、直ぐにザスキア公爵に訪ねてくれる様に頼んでくれ、二人きりの密会とか勘弁して欲しい。ハンナはウーノを通じてリズリット王妃に連絡を入れて指示を仰いで!」

 

 王族の側室で公爵の七女であるメルル様を廊下で待たせる訳にはいかない、部屋に入れるのも問題だが失礼な対応をした方が非難を受けると判断した。

 直ぐに室内に招き入れて応接セットに案内する、流石に一人ではなく侍女二人が付き添っている。

 

 イーリンとハンナは控え室側から廊下に出てリズリット王妃とザスキア公爵の元へと急がせた……

 

「お初にお目に掛かります、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです」

 

 貴族的作法に則り一礼する、ソファーに座るメルル様は不安な表情で後ろに立つ侍女二人は睨んでいる。当然だが侍女達はバニシード公爵の縁者だろうな。

 

「いえ、急に押し掛けてしまい申し訳御座いません。私はメルル・ナホトカ・フォン・バニシードと申します」

 

 ほう?バニシード公爵の娘とはいえ女性でナホトカ領を所持しているのか、それともヘルカンプ様が与えたのかな?

 

 一般的に側室が領地持ちは珍しいんだ、本妻と違い実家の力関係や寵愛を失うと別れて実家に帰される事も有るから領地でなく金品で労うのが普通だ。

 アウレール王の後宮に居る寵妃達だって領地を賜っているのは半分以下だ、子供を身籠って漸く王位継承権に準じた規模の領地が貰えるんだぞ。そして子供が成人すれば領地は子供に与えられる。

 

「ヘルカンプ王子の寵愛を受けしメルル様を廊下に待たせるとは、なんたる非礼。いくら宮廷魔術師第二席とはいえ、許される事ではありませんわ」

 

 メルル様の背後に立つ年配の侍女から文句を言われた、交渉前に自分達の立場を有利にしようと考えたか?

 

「貴女のお名前は?」

 

「私はメルル様が幼少の頃から仕えています、カペラと申します」

 

 何故そんなに得意気で胸を反らすんだ?貴女の失態でメルル様が恥をかいているのだが?メルル様の慌て様を見ると、この来訪は彼女の考えじゃなくて周りが煽ったみたいだ。

 この侍女達はバニシード公爵の縁者だ、メルル様を煽って実家に有利に話を進めたいと動いたかな?

 

「カペラと言いましたね、貴女はメルル様の側近中の側近。何故、宮廷魔術師だが異性である僕の執務室を訪ねる前に先触れを出さなかった?宮廷内の常識を忘れメルル様に恥をかかせたのは貴女ですよ。

それとも僕の予定などお構い無く訪ねて良いと見下しましたか?答えて頂きましょう」

 

「それは……メルル様がお気を落としていらっしゃるので……その……」

 

 その原因の僕に一言いわせて譲歩を引き出す、それが目的だが浅はかだよ。もう僕でもバニシード公爵家の衰退は止められない、国王から見放された家が生き残る為には国家に対する利益を証明するしかない。

 下手な工作は余計に見放されるよ、大人しく従順にして次のチャンスを待つのが正解だけど理解するのは無理か……

 

「周りに知らせず異性の部屋に主を押し込む、不敬以外の何が有りますか?貴女はメルル様を失脚させたいのですか?」

 

「ぐぬぬ、そんな事は有りませぬ。申し訳御座いませんでした、全ては私の配慮不足で御座います。お許し下さい」

 

 ぐぬぬじゃないだろ!貴女が謝った位じゃ済まない状況なんだぞ、だがこれでメルル様が発言し易くなった。何も言わずに帰る事は無い、何と言う?何を言う?

 

「リーンハルト様、カペラの事はお許し下さい。カペラは私の為に気が焦って、この様な事をしてしまったのです。全ては私が悪いのです」

 

 涙を浮かべたメルル様に謝罪された、僕は話の進め方を間違えてしまった。これでは僕の方が悪役になった、しかも誰か来れば王族の側室を泣かせた酷い男になってる。

 

「謝罪を受けます。メルル様も要らぬ噂話の出る前に帰られた方が良いでしょう、この後に僕はザスキア公爵とリズリット王妃に会う予定になっています」

 

 早く帰ってくれ!未だ十二歳の幼い女の子を泣かせているのは、精神的な疲労と罪悪感が凄い。下手に会話したら同情してしまいそうだ。

 だがイーリンに頼んだザスキア公爵は未だ来ない、時間的に執務室に居なかったのかな?

 

「その、お手紙の件はどうなのでしょうか?私はお父様とリーンハルト様の仲違いは悲しく思っています、出来れば和解し今後は協力して行きたいと……その為ならば、私も出来る限りの事は……」

 

「僕とバニシード公爵家との和解は不可能です。いえ、例え僕達が和解しても他の公爵四家は止められない。僕が取り成しても不可能です、それが公爵五家の宿命。

彼等は互いに競い合う事を続けて来ました、ローラン公爵家の御家騒動の時も同様です。僕では止められません」

 

 はっきりと拒絶した、言質を取られる事は出来ない様に理由も伝えた。

 

「それは非情過ぎませんか?元々の原因はリーンハルト様がマグネグロ様と事を構えたのが原因、一方的に仕掛けて来たのですよ」

 

 カペラの言い分も一理有る、僕はバニシード公爵が宮廷魔術師達に影響力を持たせる為に懇意にしていたマグネグロ殿を殺した。勿論理由や言い訳も有るが事実。

 

「それは違います。マグネグロ様は宮廷魔術師第二席で有りながら配下の団員達と共に好き勝手な事をしていました、騎士団や常備軍との不和を招きエムデン王国の軍事力に多大な被害を与えていた。

ウルム王国及び旧コトプス帝国との残党と戦う前に引き締めが必要だったのです、彼ではハイゼルン砦は落とせませんでした。違いますか?」

 

 壮大な身勝手理論だが一面では事実だ、この難局に騎士団と宮廷魔術師の不和は致命的だったんだ。

 

「そしてお父様はビアレス様と協力してハイゼルン砦に挑み失敗したのですね、自国民から略奪までしても勝てなかった……」

 

「はい、あのまま膠着状態に陥れば交渉は難航しウルム王国との開戦も有り得たのです。聖騎士団と宮廷魔術師が不仲で連携が不味い状況での開戦、亡国の危機と言っても大袈裟じゃなかったのです」

 

 ついに涙が頬を伝って流れ落ちてしまった、彼女は煽られて此処に来たが政治的な知識は持っていた。問題を把握したのだろう、だから何も言えずに泣いたんだ。

 

「お父様を救う事は不可能なのでしょうか?」

 

「今は雌伏の時と割り切り力を溜めるべきでしょう、そしてエムデン王国の為に成果を上げる事がアウレール王に認められる最低条件です。挽回は可能ですが忍耐力も必要、それがバニシード公爵に出来ますか?」

 

 今まで権力の中枢に居て何でも思い通りに出来た男が我慢が出来るか?バニシード公爵を抑えられる側近が居れば可能だ、血筋も良いし地力も有る。

 一族を纏めて協力させれば巻き返しは不可能じゃない、領地は奪われたが溜め込んだ財貨は残っているし数年は困らないだろう。

 

「そうですか、ご迷惑をお掛けしました。カペラ、帰ります」

 

「おいたわしや、メルル様……何て非情な殿方でしょう!この恨み、忘れませんわ」

 

「恨んで頂いて構いません。ですが直接行動に移したならば、相応の対応はさせて頂きます。カペラ殿、メルル様を唆して何かをするならば覚悟して下さい」

 

 恨み言の捨て台詞を吐いた侍女に殺気を込めて睨み付ける、大抵この手の連中が仕えし主を唆して事に及ぶんだ。確かに自分の生き残りの為に、バニシード公爵を踏み台にした。

 それは認めるし悪い事だとも思っている、だが引く事は出来なかったんだ……

 

 肩を落として部屋を出るメルル様を見送る、早くリズリット王妃に動いて貰わないと駄目だ。あのカペラと言う侍女は必ずヘルカンプ様に告げ口をするだろう、あの去り際の目は諦めていない。

 メルル様が駄目ならヘルカンプ様を焚き付けて来る、実際に彼が大切にしている寵姫を泣かせたんだ。理由は事欠かない、注意が必要だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「何て失礼で非情な殿方なのでしょう!メルル様が悲しんでいるのに、何もしようとしないとは。ヘルカンプ様にお願いして思い知らせた方が良いですわ」

 

「でもリーンハルト様は今一番話題の殿方です、実力も実績も有りアウレール王のお気に入り。不用意な干渉は私達にも害を及ぼしますわ」

 

「だからと言って、あの様な態度を取るなんて無礼です!」

 

 侍女二人の話を聞きながら先程の会話の内容を考える。多少の負い目が有ったのだろう、カペラの無礼な態度は見逃してくれた。

 私と三歳も離れてないのに既に周りからエムデン王国に必要な人材だと期待されている、魔術師とは私達と違う人種なのかも知れない。

 お父様が挽回するチャンスが有るかと聞いたが答えてくれた、追い込んだ相手の名誉挽回の手段も抑えている、流石だわ。

 

 でも私はお父様が憎い、あの変態幼女愛好家のヘルカンプ様に差し出したのだから。毎日が死にたい程に苦痛、あの性欲魔神の穢れた思いを一身に受けなければならない。

 あの変態は後三年も私の身体を貪ったら飽きて捨てるわ、私が知る限り既に三人の側室と妾を捨てている。歳を取ると欲望の対象外になるからだ、最低の男だ。

 私を変態に差し出したお父様と幼女愛好家の変態、この二人に復讐するのが私の願い。幸いお父様は没落一歩手前まで追い込まれた。いい気味だわ。

 

 でもヘルカンプ様には何も出来ない、唆してリーンハルト様と諍いを起こさせれば或いは……

 


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