古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第347話

 初日の舞踏会を終えて執務室に戻る、時刻は日付が変わる少し前、窓から見上げる月は弓形で良く見える。風呂は明日の朝にした、寝る前に身嗜みを整える必要は無い。

 既にハンナ達専属侍女は居ないがハンドベルを鳴らせば当直の侍女が世話をしてくれるから問題無い、執務机に座り引き出しからレターセットを取り出す。

 

「最前線での手紙のやり取りは控えた、情報漏洩の心配も有ったし奪われた場合に大切な人と内容がバレる。それは避けたかった」

 

 常識的に考えればアーシャとジゼル嬢だが警備は万全だし男爵家の令嬢だ、何か有れば国家も動かざるをえない。だがイルメラとウィンディアは違う、周りも重要視していないがバレたら危害を加えられる可能性が増える。

 敵が増えてきた僕にはそんな危険が有るので手紙は送らなかったし彼女達にも控える様に言い含めた、だが今は王都だし問題は無い。

 

 便箋を取り出しペンにインクを含ませる、先ずは何から書くべきだろうか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 祝勝会と言う舞踏会二日目、今夜は周辺の国々からも祝いの使者が出席する。だが昼間にアウレール王に謁見するが当事者の僕も同席する必要が有る、向こうは僕の偵察も兼ねている。祝辞を述べる相手が不在では納得しないだろう。

 新人宮廷魔術師の僕は情報が極端に少ない、本人と直接会えるチャンスを有効に使う為の謁見だ。

 

 陸続きの国家だと先ずはウルム王国だが実際は負けだが休戦した相手に祝いの使者は送れない、その他だとバーリンゲン王国と奪い取った旧コトプス帝国領に隣接する、バルト王国とデンバー帝国。

 直接領土は隣接してないが海路での貿易を含めて交流の有るマゼンダ王国とルクソール帝国。

 

 バーリンゲン王国は過去にウルム王国と旧コトプス帝国と密かに同盟を組んでいたが国力は最下位、未だにウルム王国とは繋がっている信用度の低い国家。

 バルト王国とデンバー帝国は近年になり交流を始めたばかり、ただ旧コトプス帝国とは小競り合いが絶えなかったのでエムデン王国には割りと友好的だ。

 だが隣国とは恒久的に良い関係ではいられないのが常識、警戒が必要な相手でもある。

 

 海路による交易が盛んなのはマゼンダ王国とルクソール帝国、マゼンダ王国はリズリット王妃の祖国であり友好国だ。ルクソール帝国はマゼンダ王国と緊張状態にあり今は微妙な関係、民間の交易も減り出している。

 

「先ずはバーリンゲン王国の使者殿だな、隣国で有り警戒が必要な国だ。だが大臣を遣わして来たので無下には出来ぬ、分かるか、ゴーレムマスター?」

 

 謁見の間で玉座に座るアウレール王の左二番目に控える、一番目はサリアリス様で右側は大臣達が並ぶ。宮廷魔術師筆頭は国王の相談役で知恵袋でもある。

 海路の国々は危険を伴うので使者に大臣級は無理だ、だが陸路の隣国は違う。

 

「裏でコソコソ動くバーリンゲン王国だからこそ、我が国に重きを置いているとアピールする為に最初に大臣を送り込んで来た。それと僕の見極めですが不可能でしょう、魔力の隠蔽は完璧です」

 

 全てを隠蔽する事も適時放出する事も訓練次第で可能だ、デメリットは即座に魔法の行使が不可能な事だが改善策も有る。

 

「及第点だ、サリアリスもそうだが魔力を隠蔽すれば力量は殆ど分からないらしいな」

 

「逆に言えば完璧に隠蔽出来る技量が有る事は分かるが底を測る事が出来ない、手練れでしたじゃあ報告としては三流じゃの」

 

 そう、正確に力量を測るには身に纏う魔力の流れを見るのが一番効果的だ。その機会を一切与えないんだから悪辣だと思う、だが敵に事前情報を与えないのも効果的だ。

 だが何とかして僕に魔法を使わしたいだろう、どんな手で来るか楽しみだな。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 暫く待つと未だ四十代前半の恰幅の良い男性と若い女性が謁見の間に入って来た、女性の方は魔術師だな……身に纏う魔力は均一で良く制御されている、アウレール王じゃなくて僕とサリアリス様を見て憮然とした。

 魔力隠蔽など姑息な手段を用いた事が不愉快みたいだな、だが感情の変化でも魔力の揺らぎは全くない。

 

「アウレール王、この度の戦争によるハイゼルン砦の奪回、実に見事です……」

 

 大臣の祝辞を聞き流す、前大戦では三国で同盟を組みエムデン王国に攻め混むチャンスを窺っていた半分敵みたいな国だ。だが国力の劣るバーリンゲン王国としては勝てそうな国と協力するしか生き残れない、利が有れば裏切るのが国家の存続として正しいのかな?

 

「そして今回の勲一等は若き宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターの二つ名とドラゴンスレイヤーの称号を持つバーレイ伯爵でしたな、おめでとうございます」

 

 改めて呼ばれると恥ずかしい経歴だ、だが漸く話を僕に振ってきたが張り付けた笑顔の仮面の下は何を考えているのだろうか?

 

「ありがとうございます」

 

 言葉少なく対応する、自分の成果を誰彼(だれかれ)構わず自慢する奴は二流だ。国に仕えし宮廷魔術師にとって王命は絶対、達成して当たり前で失敗は叱責されても文句を言えない。

 これを傲慢と取るか謙虚と感心するか、又は社交的じゃないとか性格面で捉えるかは人それぞれだ。

 

「いやはや寡黙ですな、彼女は我が国が誇る最年少宮廷魔術師第八席のフローラです」

 

 真面目で堅物と感じたかな?土属性魔術師は錬金術に傾倒する者が多い、地味だし物作りには根気が居るから真面目で堅物が多いのも事実だ。

 

「風属性魔術師のフローラ・フォン・テュースです。宜しくお願いしますわ」

 

 風属性魔術師か、最年少とは言え僕より年上だし二十歳前後かな?レベル50相当は有りそうだ、口元は笑っているが目は笑っていないで値踏みしている。

 

「土属性魔術師のリーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。此方こそ宜しくお願いします」

 

 フルネームを名乗り一礼するが未だ慣れないし恥ずかしい、領地持ちの伯爵とか偉い出世だよ。当然爵位と領地の件は知っていたのだろう、お互いフォンを名乗るから貴族だし相手に動揺は無い。

 

「若い実力の有る二人ならば刺激し合い、更なる高みへと上れるのではないでしょうか?どうですか、アウレール王。そうは思いませんかな?」

 

 多少強引だが言ってる事は悪くはない、研鑽は魔術師にとって是とする事だから断わるのは自信が無いとか弱気に取られる。場を上手く使うな、向こうは格下だから負けても問題は少ないが僕は負ければ大問題だ。

 

 直接模擬戦をする事で能力を調べに出たのだろう、しかも第八席なら負けても胸を借りたと言って恥にはならない。逆に僕が負けたらエムデン王国は赤っ恥だろう、今回の勲一等が宮廷魔術師の席次下位に負けるのは屈辱だ……

 

「ふむ、だが第八席程度で相手になるのか?隔絶した力量差は胸を貸すにしても相手にも失礼だぞ。どうする、ゴーレムマスター?」

 

 アウレール王が安い挑発に乗って更に挑発し返した、どちらにしても一度は力を見せろと言われている。それをバーリンゲン王国に対して見せる事にしたのか……

 

「力量は兎も角、アウレール王が勝てと言われるならば勝ちます。それが宮廷魔術師と呼ばれる者達の役目であり義務なのですから」

 

 少しムッとしたな、僅かに身に纏う魔力が揺らいだ。かなり負けん気の強い女性とみたぞ、しかも感情の高まりで魔力を増すタイプだな。

 

「相当な自信がお有りみたいですわね?大言壮語する殿方は嫌われますわよ」

 

「コイツは有言実行だ、俺と民に最短でハイゼルン砦を落とすと約束して僅か五日目で落としたんだぞ。少し揉んで貰え、世界が広い事を知るだろう」

 

 挑発が宣戦布告に近いな、流石は我が王と言って良いかな。多分だがこれは警告だ、未だウルム王国や旧コトプス帝国との繋がりが有るみたいだが力を見せ付ける事で現実を知れって意味だ。

 

「そこまで言うならば勝負を挑みます、もう後悔しても遅いですわ!」

 

 頭に血が上り易い、僕を指差して怒りの為か身体を小刻みに揺らしている。身分差や力量差の確認を無視して怒り心頭みたいだが魔力総量が上がっている、女性を痛め付ける趣味は無いがアウレール王は圧勝を求めているんだよな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 余興として親善試合としてアウレール王は勝負を認めた、条約は結んだのに影でウルム王国や旧コトプス帝国の残党共と繋がりのあるバーリンゲン王国に力量差を見せ付けて警告する為に。

 故に圧倒的な勝利が求められる、今回の模擬戦に手加減は不要。

 フローラ殿は他国とはいえ宮廷魔術師第八席の実力者、怒りに精神が高揚し能力が底上げされている。だが冷静さが欠けているので付け入る隙も大きい、魔術師は常に冷静たれ!だぞ。

 

 模擬戦の場所は王宮の中庭に移動した、前回ミュレージュ様と模擬戦をした場所とは違うが造りは似ている。広さは30m四方の白い玉砂利が敷き詰められている、右側には池が左側には二階建ての建物が有りテラス席からアウレール王や関係者達が見下ろしている。

 バーリンゲン王国の大臣の他にも隣国関係者は全員居るな、面倒な顔見せと実力を一度に見せるつもりだな。

 改めて対戦者であるフローラ殿を見る、勉強不足だが他国の宮廷魔術師達は有名所しか覚えていない。フローラ殿の情報は知らないのだが移動中にサリアリス様が教えてくれた、曰く風属性の他にも火属性も持っていると……

 二つ名は『熱風』で得意魔法は鎌鼬(かまいたち)だが厄介なのは炎を纏った鎌と透明な風の鎌の二種類の同時使用、複数魔法の行使では無いが大した技量だ。

 後は身体能力を魔力付加で底上げしての接近戦だが暗器を使う、投げナイフにショートソード、折り畳み式の短槍にナックルと多彩だ。

 言われて見ればローブの下は動き易い服装をしている、癖の有る金髪も頭の後ろで纏めた。少し垂れ目気味の可愛い系なのに頑張って睨んでいる、手に持つ杖も真っ直ぐなスタッフだが先端に尖った鉄の飾りが付いているので槍にもなるか……

 

「魔術師殺しにも精通した魔術師だな、苦手要素が満載で一対一が強いタイプだ。僕を負かす為に選んだ相手に間違い無いな、つまり能力を探るより負かせてエムデン王国の面子を潰す」

 

 いや、穿ち過ぎか?単に自国の強さを知らしめる為にか?だが負ければ僕の評価は地に落ちてハイゼルン砦の奪還も価値が下がる、やはり遠回しな敵対か嫌がらせか……

 隣国に恒久の友好国無しとは至言だな、常に隙を狙い狙われる関係。ならば手加減は要らない、全力で潰す。

 

「準備は宜しいかな?」

 

 距離は15m、お互い未だ魔法の詠唱はしていない。だが接近戦が得意なら既に攻撃範囲内だ、普通の魔術師なら不利な距離だよ。

 

「「問題無い!」」

 

 台詞が被ったので互いに少し照れた、こんなシンクロは望んでいない。

 

「勝敗は戦闘不能か参ったと言う迄、命を奪う攻撃は不可とします。では……始めっ!」

 

 審判役の掛け声と共に互いに詠唱を開始する。

 

「無慈悲なる断罪の剣よ、山嵐!」

 

「来たれ、天空の風竜よ。我と汝の敵なる者に等しく滅びの……きゃあ?」

 

 詠唱の長さが先制攻撃の結果に直結する、彼女が詠唱を終える前に周囲の地面から複数の鉄の槍が生える。詠唱を中止して魔法障壁を展開、鉄の槍の攻撃を防ぐ。

 

「鋼鉄の蔦よ、絡み付け!」

 

 槍を蔦に変化させて魔法障壁に絡み付かせ圧迫する、玉子を半分に割ったドーム型の魔法障壁に対して鋼の蔦が八重に巻き付き締め上げる。蔦には刺を生やしているので魔法障壁が破れたら串刺しだな。

 

「くっ、何て圧力なの……でも未だ耐えられるわ」

 

 余裕は無いが慌ててもないし心も折れていない、我慢比べに勝てば未だ勝負は分からないと思っているのだろう。

 だけど一度展開した魔法障壁の形は変えられないのが常識だ、しかもドーム型だと内側の地面から生える山嵐は防げない。

 

「いや終わりだよ、内側から生える鉄の槍が防げなければね」

 

「何を言ってるの?えっ?コレは、そんな馬鹿な事が……」

 

 頑張って防御している魔法障壁の内側に鉄の槍を十本ほどゆっくりと生やして威嚇する、驚かすと今張ってる魔法障壁が消えるかもしれない。魔法障壁を二重に張れなければ詰みだ。

 

「くっ、参りました。降参します」

 

「勝者、リーンハルト殿!」

 

 審判の言葉を聞いて山嵐を解除する、ペタンと腰が抜けたのか女の子座りをするフローラ殿に一礼して離れる。観客の喝采に軽く手を振って応えるが人数が百人以上に増えていて驚いた。

 


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