古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第345話

 

 

 ついに王位継承権上位者絡みから親書を貰ってしまった、対応には最大限の注意が必要だ。下手したら不敬と取られて処罰だから……

 

 王位継承権第三位のヘルカンプ様の側室であるメルル様からの親書には、父親であるバニシード公爵との和解のお願いだった。無理だな、他の公爵四家との絡みも有るから妥協出来ない。

 だが下手に親書を送ると罠に掛けられそうなので、リズリット王妃から無理と言って貰う事にした。リズリット王妃には借りが出来るが、それが無難で角が立たないだろう。

 

 もう一通は王位継承権第二位ロンメール様からだ、彼は芸術家肌で絵画や音楽に非凡な才能が有るらしい。実際に親書に書かれた水彩画の胡蝶蘭は見事だった、直筆と思われるが素人目にも芸術的才能が有ると分かる。

 だが王位継承権第一位のグーデリアル様に何か有れば彼が次期国王だ、可能性が低くない位置に居る方なんだよな。

 

 薔薇の紋章の蝋封を剥がして便箋を取り出す、一枚しか入ってないし文字数も少ない。自然体でおおらかにバランス良く書かれていて読み易い、だが芸術家の性格って文字では判断が付かないんだよな。彼等って感性で生きてる連中だから、論理的な行動を好む魔術師達とは合わない。

 

「なになに、今度プライベートな音楽会に来て欲しい。バイオリンの腕前が素晴らしいと聞いているだと?」

 

 この勘違いはデオドラ男爵の奥方達のせいだな、僕の事を大分盛って貴族の御婦人方に話しているのは聞いていた。止めてくれと言ったのだが王族の耳にまで届いているとは困ったぞ、現代の曲は練習を始めたばかりだから未だ習熟度は高くない。

 稚拙な曲を聞かせるとデオドラ男爵の奥方達にも被害が行くんだよ、事実と違う嘘をついたってね。

 

「頼まれたら参加せざるをえない、だが練習が間に合うか微妙だぞ。睡眠時間を削って練習するしかないな」

 

 この忙しい時に余計な事ばかりが増える、ロンメール様は政治的活動は控え目なお方だから完全に趣味の世界のお誘いだとは思う。取り込みとか勧誘ではないのが救いだが魔術師に芸術的な事を求められても困るんだ、早目に練習を再開するか……

 

 ロンメール様には落ち着いた段階で連絡致しますと返事を書いて送ろう、返信に時間が掛かるのも不敬と取られかねない。無闇に放置したとか王族絡みは難癖が付け易いから嫌になるんだ!

 

 少し仕事が捗ったが全体の一割も処理していない、残りを考えると頭が痛くなってきた。善意の祝う気持ちは嬉しいのだが大量だと辛いんだ、申し訳ないけど……

 手紙書きに興が乗って来た時に前回の侍女四人が舞踏会の準備だと執務室に現れて豪華な風呂に連行、隅々まで磨かれて着せ替えられた。サイズの合う貴族服が用意されてる事に驚いた、三日間の準備はエムデン王国側で受け持つらしい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 三夜連続の祝勝会を兼ねた舞踏会、今回も王宮の大ホールで行う事になった。前回は手前に予備ホールが有り開始迄の時間を潰し、その後に爵位の順で大ホールへと入場、主賓の王族の方々の入場を全員で迎えた。

 今回は僕が主賓だ、配下だった四人は宮廷内の役職も無く活躍もしてないから一般参加枠、ライル団長もラミュール殿も同様。

 

 唯一の主賓で今回のハイゼルン砦陥落の主役は僕一人、なのでアウレール王達と最後に大ホールに入場する事になっている。手順については高級侍従から説明を受けているし、専属の侍従と侍女が側に付いてサポートしてくれるので安心だ。

 

「少しは落ち着きなさい、余り水ばかり飲むのは良くないわ」

 

「ふふふ、貴方でも緊張するのね。少し安心したわ、普通な部分を見れてね」

 

 豪華な控え室で豪華なメンバーと共に居るから全然気持ちが休まらない、アウレール王にリズリット王妃、それに最初の方舞のパートナーであるセラス王女とロイヤルファミリーに混じっての参加だ。

 セラス王女は自分の家紋を許した『戦旗』を贈ってくれた、そしてハイゼルン砦を落とせと命じられた相手だから仕方無いと思いたい。

 いくら大戦果を上げた武勲者とは言え王族の方々と一緒に踊るのは格が足りない……いや、宮廷魔術師第二席なら可能性は有ったのか?ギリギリOKか?

 

「落ち着きが無くて申し訳有りません」

 

「お前も人並みな感情が有るんだな、図太く肝っ玉もデカイお前がな」

 

 王族親子にからかわれたが僕だって転生前の経験が有るだけで普通に緊張するんだぞ、しかも三百年の時代差のギャップは酷いんだ。

 

「そろそろ時間で御座います、大ホールに招待客が全員集まりました」

 

 高級侍従が二人呼びに来た、護衛は宮廷騎士団員が左右に別れて八人居る。アウレール王が無言で頷くとリズリット王妃と並んで歩き出す、僕もセラス王女と並んで後ろを歩く。

 扉を二つ潜ると大ホールに出た、前回は出迎えた方だが今回は逆だな。賑やかだった大ホールが静かになり、皆が此方を注目している。

 

「皆、良く来てくれた。今夜は我が悲願であったハイゼルン砦を一人で奪還した功労者である、ローゼンクロス伯の勝利を祝う為に舞踏会を催した。

未だ未成年ながらドラゴンスレイヤーとなり実力で宮廷魔術師となった強者だ、今回の件で国内外にその力を示した若き魔術師の前途を共に祝おうではないか!」

 

 アウレール王の言葉の後に雷鳴の如く拍手が鳴り響く、コレって僕の為じゃなくてアウレール王の言葉に対して感激してるって事だよな。

 拍手が終わるとアウレール王が舞踏会の開催を厳(おごそ)かに宣言、宮廷楽団が演奏を始めた……

 

「セラス王女、お手を」

 

「ふふふ、リーンハルト卿。いえ、ローゼンクロス伯と呼んだ方が宜しいかしら?」

 

 セラス王女の白く細い手を取り大ホールの中央部分へと進み出る、方舞は国王夫妻と四人で踊る事になっている。今回はセラス王女をエスコートして舞踏会に挑まなければならない、高いハードルだよ。

 デオドラ男爵も呼ばれているがアーシャやジゼル嬢は連れて来ない、身分の関係で辛い思いをするだけだし僕はセラス王女のエスコート役だ。王族をエスコート中に他の女性と親しくする訳にはいかない。

 故に今回は他の淑女をダンスに誘わなくてもマナー違反にはならない、それだけが有難い。

 

「見事なステップよ、私のダンスの指導役よりもね」

 

「流石はセラス王女、余裕が有りますね。僕はもう一杯です」

 

 彼女の足を踏むのが有りがちな最悪の失敗、本人同士は謝って済むが周りは騒ぎ出す。故に細心の注意が必要なんだ、そして他国に外交官として出しても問題無いと判断される悪循環……

 

 五分間の短い間だったが何とか一曲目を無事に踊り終えた、向かい合い一礼するが間奏曲の間に二曲目に参加する紳士淑女が大ホール中央へと集まる。

 公爵四家とライル団長にラミュール様、それにボーディック殿にミケランジェロ殿、ゲッペル殿は貴族でないので辞退したらしい。

 今回の関係者達が各々のパートナー達と方舞を踊る、この方舞に参加出来た事が名誉であり功労者の証となる。デオドラ男爵は配下を送り込んだが直接の活躍は無いので不参加だが、第二陣の歩兵部隊を出してくれた家にはエムデン王国から恩賞が渡される。

 

 殆どが伴侶を伴っての参加だが、ザスキア公爵はミケランジェロ殿をレディセンス殿はメディア嬢をラミュール殿は親族の方をパートナーに選んでの参加だ。

 華やかな音楽に合わせて方舞を踊り終えると拍手喝采となり、軽く頭を下げて次のポルカの参加者の為に場所を譲る。第一関門は突破したが未だ第二・第三の難所が残っている、長い戦いになりそうだ。

 

 セラス王女の腰に手を添えて大ホール脇に配されたテーブルへと向かう、目配せをすると専属侍従が椅子を用意し侍女がカクテルを二つ運んで来る。

 

「どうぞ此方へ」

 

「有り難う、何時もはこの時点で帰るのだけれど今回は特別よ」

 

 この自由奔放な王女様は前回の王家主催の舞踏会の時も、ミュレージュ様と共に直ぐに帰ったよな……

 椅子を勧めて座らせるとシャンパングラスを受け取り彼女に渡し自分は斜め前に立ち、周りからの視線を遮る。

 

「セラス王女の美しさに周りの視線が集まりますね」

 

 完全なる社交辞令だが暗にジロジロ見るなと警告する、普段公的行事に殆ど参加しない王女と縁を持ちたい連中が多い。特にセラス王女はリズリット王妃の実子だから余計だ、リズリット王妃とアウレール王の仲は良い。

 上手く渡りを着ければ国王夫妻とも懇意にとか下心満載、序でに僕とも伝手が出来れば尚良しだな。

 

「だから嫌なのよ。伝手が欲しいならグーデリアル兄様とかロンメール兄様に言えば良いのに不愉快だわ」

 

 王位継承権第一位と第二位に気楽に話し掛けるのは不可能だって!

 

 少し不満気味なセラス王女の自由さが羨ましい、僕も転生前は王族だったが此処までの自由奔放さは無かったぞ。

 

 ポルカが始まった、参加者は二十組を越えるかな?この後はポルカが三曲続いて小休止の間奏曲が流れている間にパートナーチェンジの無いワルツになる。

 第一回目のワルツのパートナー申し込みが見物だな、舞踏会でのワルツの申し込みは貴族間のお見合いの延長線上に有る、気に入った異性を探し後に実家に見合いを申し込む。

 普段は屋敷の奥深くで大切に育てられている淑女達も実際に自分の結婚相手を間近で見れるチャンスだ、気に入った紳士が居れば名前を父親に告げる。実家的にもOKなら見合いの申し込みをする、数少ない淑女側のチャンスだよな。

 男性側も普段は大切に屋敷の奥深くにいる令嬢の顔が見れる、政略結婚をするにしても家を選べるなら美人が良い。

 

「リーンハルト殿、レジストストーンの改良の件はどうですか?進んでますか?」

 

「ハイゼルン砦を維持している時に比較的に自分の時間が持てましたので進んでおります、回避率35%のレジストストーンの錬金に成功。後日実物をお見せします」

 

 レベルアップの恩恵で毒と麻痺の回避率50%が製作可能だが今は当初の予定通り回避率35%のレジストストーンを渡す、その時にリズリット王妃に同席して貰いメルル様の件を頼む。対価は何が良いだろうか?

 

「流石ですね!毎回顔を合わせる度に進展が有るのなら、もっと頻繁に会いに来て欲しいわ」

 

 このマジックアイテム収集バカ!

 

 不用意な台詞に周りの緊張が高まったぞ、まるで僕とセラス王女とのラブなストーリーが絶賛進行中みたいな言い回しだぞ。

 チラリと横目で周りを確認すれば興味なさそうにしながらも此方に集中して様子を伺う連中が増えた、彼女の自由さを甘く見たな迂闊だった。

 

「王立錬金術研究所の所長として依頼の品の進捗率には気を使っています、ですが頻繁にだと成果は……」

 

 誤解しない様に現実を周りに突き付ける、あくまでもビジネスライクな関係で決してラブなストーリーでは無い!

 

「そうかしら?私を半年以上も待たせたお馬鹿さんよりは好感度が高いわよ、そろそろ次のお願いを考えないと駄目ね」

 

 嬉しそうに笑っているが周りの誤解は最高潮だぞ、もう隠さずにヒソヒソ話し合ってる連中も居るし……

 セラス王女は公的行事に慣れてないのは不味い、明日からは諸外国の外交官達も招いての舞踏会になる。こんな誤解を招く会話をすれば本国にどんな報告が行くのか考えたくも無い、勘違いも甚だしい内容になるだろう。

 後継者争いに波紋有りとか報告されたら、エムデン王国の磐石な後継者問題が疑われる。安定しない国家と思われれば不用意な干渉をしてくる奴も現れる、一度釘を刺さないと不味いか……

 

「リズリット王妃を交えての話し合いの機会を設けて頂けませんか?少し相談事が有ります」

 

 此処まで噂話が広まっては火消しは無理だ、今はメルル様の事を相談しなければならない。多少の勘違いをされたがリズリット王妃から注意をして貰おう。

 

「分かったわ、明日にでも昼食を共にしましょう。やはり私はリーンハルト卿が好きよ」

 

「有り難う御座います」

 

 深々と頭を下げて礼を言う、甘い関係ではなく王立錬金術研究所の所長としての対応だ。ある程度の誤解は甘んじて受けよう、今はこれ以上誤解を招く事を控える事が大切だから。

 


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