古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第343話

 志(こころざし)か建前か、我等二人を前に真っ直ぐで純粋に国家と国王を敬う態度を取った少年の事を考える。

 若い故の純粋さと評価するべきか裏が有ると警戒するべきか、判断に迷う。向こうは迷いの無い目をしていた、これだけの成果に対する恩賞を簡単に捨てた。

 人間誰しも欲望が有る、食欲・性欲・金銭欲など必ず持っている。無い奴など信用出来ない、聖人君子など演じるべき事で自然に成れる事は無い。

 奴の欲望は知識欲だ、古代ルトライン帝国魔導師団の正式鎧を見た時に感情が激しく揺らいだ。奴はマジックアイテムの類いに弱いのを確信した、確かに値が張るが懐柔出来るなら安いモノだ。

 

「やはり子供だな。確かに良く出来ているが自分が欲しいモノには正直だったな、あの慌て様は笑えたぞ」

 

「だが金で買えるマジックアイテムだぞ、なら金を要求して自分で買えば良いんだ。あの慌て様は違うぞ、あのマジックアーマーが欲しかったのか他に何か有ったのか?調べる必要が有るな」

 

 む、言われてみれば金で解決出来るなら金を要求すれば良い。確かに古代魔法大国ルトライン帝国魔導師団の正式鎧は高価だが、百近く現存している。

 奴程の資産が有れば手に入れるのは容易い、なのに何故慌てた?何故驚いた?

 

「秘密を解く鍵は古代のマジックアイテムか?」

 

「奴の二つ名はゴーレムマスター、古代ルトライン帝国最強の土属性魔術師と同じだな。そして贔屓目無しに現代最強の土属性魔術師と言って良い、関連が有りそうだが何が繋がっているんだ?」

 

 三百年も前に滅んだ王位簒奪の罪で処刑された魔術師、だが奴はアウレール王に忠誠を誓い信頼を得た。今後も重用されるのは間違いない、サリアリス殿にも溺愛されて後継者と思われている。

 実際にサリアリス殿が引退すれば次期筆頭には若き第二席が最短距離に居る、実力は折り紙付きで実績も有る。国王の信頼も厚い、付け入る隙が無いな。

 

「ふむ、次期宮廷魔術師筆頭は間違いないな。排除は無理だ、エムデン王国が衰退するぞ」

 

「今は敵対していない、だが残りの公爵三家の争いに協力すると不味いぞ。我等は一番信用されてない、ハンナは信用されてるが拘束力は無い。見た目の良い未婚の淑女を送るべきだったな」

 

 困ったな、此処まで出来る奴とは思わなかった。判断が甘かったな、だが未だ挽回は可能だ。ハンナを入れ替えるのは露骨過ぎて警戒される、政略結婚は否定された。

 ハイゼルン砦に囚えられた女達は纏めて修道院に送られた、完全なる善意を利用すれば反発される。

 

「珍しいマジックアイテムを探すか、なるべく古い物が良いぞ」

 

「今は一番効果が有る物で釣るしかないか、困ったものだ」

 

 懐柔と取り込み、それと排除出来る弱味探しを同時に行うしかない。二ヶ月、いや一ヶ月前なら排除出来たかもしれぬ。だが今となっては無理だ、此方にも相応のダメージを受ける。

 

 やれやれ、息子程の少年に振り回されるとはな。弱点を探す様に命令したゲッペルは娼婦ごときに現(うつつ)を抜かしておる、お前が幼い女好きって弱点を晒してどうするんだ、馬鹿者が!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何とか各公爵への挨拶を終えた、ローラン公爵とニーレンス公爵について今は安心して良さそうだ。敵意は少なく取り込む気が満々だ、不義理な事をしなければ問題は少ないと思う。

 バセット公爵は微妙だったな、隠しきれない敵意と警戒心が見え隠れしていた。あれは取り込みと排除を考えている、分かり易く普通の対応だ。誰だって理解し難い者は警戒する、一概にバセット公爵を悪いとは言えないが……

 

 前を歩くハンナの背中を見て思う、味方として優遇し過ぎるのは問題だな。適正な距離を保ち万が一に敵対されてもダメージを少なくしておくか。

 だがバセット公爵はニーレンス公爵と協力している節が有る、セットで敵対されるとローラン公爵とザスキア公爵に頼る事になるな。総合勢力は向こうが上だ、バニシード公爵が五位に転落するとニーレンス公爵がトップになる、バセット公爵とローラン公爵は力が拮抗してるから暫定で二位と三位、ザスキア公爵は四位になる。

 

 考え事をしていたら自分の執務室に到着していた、思考の海に身を浸すと時間経過が早いな。

 

「悪いが執務室に籠る、少し疲れたから呼ぶ迄は一人にしてくれ」

 

 心配そうな侍女四人を残して執務室に入る、あの時急に出されたコレに動揺してしまった。未だ未練や後悔が有るのだろうか……

 

 空間創造から褒美として受け取ったルトライン帝国魔導師団の正式鎧を取り出す、込められた魔力は枯渇し只の全金属鎧になっている。

 動揺したのは胸の位置に穴が開いていたからだ、後年補修したのだろうが僕には致命傷だった事が分かる。良く見れば背中まで貫通していた、これだけの攻撃を受けたのなら装着者は生きてはいないだろう。

 恐る恐る兜を外し首の後ろのシリアルナンバーを確認する……

 

「No.331、これはフラットの鎧だ」

 

 フラット・レッグバールは平民出身だが自身の能力に自信が有り、僕に直接売り込みを掛けてきた変わり者だった。風属性魔術師であり自分に付加魔法を掛けて身体能力を底上げして魔力を纏った大剣を振り回して戦場を蹂躙した。

 その力は僕のゴーレムナイトより強くて呆れたが僕の護衛として側近を務めてくれた、生真面目で奥手だったが幼馴染みが強引に迫って結婚したんだった……

 椅子に座り外した兜を見ながら過去の事に思いを馳せる、既に三百年が経過している。子孫と会っても血が薄れ過ぎて何も感じないだろう、子供や孫になら何かを感じると思うがそれ以上だと殆ど別人だからな。

 

「後年人の手に渡り使用者が死んだのならと思ったが、この鎧は他人に譲渡出来ない。しかもこの傷は鎧の持つ魔力防壁が発動した跡が有る、つまり僕の配下達も残党狩りに有ったんだ。何人逃げ切れた、何人生き延びたんだ!」

 

 クソッタレ!割り切ったつもりだったが未だ過去を引き摺っている、未練か後悔か分からない。だがフラット・レッグバールに何が有ったんだ!

 

 大分時間が経過したか?兜を強く握り締め続けたせいか手が真っ白で動かない、ゆっくりと一本ずつ指を動かして兜を放す。

 既に済んだ事だ、資産に余裕が出ても現存する鎧兜を集める気持ちは無かった、いや怖くて出来なかった。その気持ちが今分かった、彼等の後年を知る勇気が無かったんだ。

 

「皆死んだ……当たり前だ、三百年も前だ、生きてる訳がないだろ」

 

 こんなにも辛い思いをするとは思わなかった、寿命でなく殺されたから悲しいのか?辛いのか?

 割り切ったつもりだった、過去は過去として受け止めて今を転生した新しい二度目の人生を生きる事に決めた筈だった。だが過去を引き摺るとは思った以上に成長していないな。

 転生したからといって、二度目の人生だからといって、急に性格や生き方、考え方が変わる訳もないか。自分で成長するしかないんだ。

 

 僕は呆れる位に未熟で弱いな、大切な人達が出来たんだ。迷うな、間違えるな。

 

「はい、何か有りましたか?」

 

 扉をノックする音に気付いた、返事はしたが鎧兜を前にして部屋に籠っていれば何をしてるのかと言われそうだ。直ぐに空間創造へと収納する。

 

「リーンハルト様、アウレール王より晩餐会の招待状が来たわよ。出席者は貴方と公爵四家とサリアリス様だけって……何が有ったの?」

 

 何が?何をそんなに慌てているのですか?初めて見るザスキア公爵の取り乱した姿を見て不思議に思う。

 

「何がって?別に何も無いですが……」

 

「嘘!そんなに辛そうな顔で泣いていて何も無いですって?」

 

 泣く?僕が?右手を頬に添えると確かに濡れている、涙なのか?

 

「本当ですね。そうか、泣いていたんだ」

 

「どうしたの?バセット公爵に何か言われたの?あの狸親父に嫌味でも言われたの?」

 

「いえ僕はって、ザスキア公爵?何を……」

 

 正面から抱き付かれた、その豊満な二つの何かに僕の顔が力強く挟まれて良い匂いが……いやいやいや、ちょっと待って!

 

「少し疲れたのかしら?無理し過ぎよ、少しは休まないと駄目ね。貴方には休息が必要よ、私の方から体調不良の為に晩餐会は欠席と伝えておくから安心なさいな」

 

 優しく抱かれて頭を撫でられる、理由は聞かずに安らぎを与えてくれてるのかな?凄く恥ずかしいが嬉しくも思っている、僕は転生前も後も母親から甘えさせて貰った記憶は無い。

 この不意討ち気味な母性愛にクラッときそうになるが何とか踏み止まる、欲望に負けるな頑張れ!

 

「もう大丈夫です、その……今回のでは有りませんが、大事な人を亡くした事を思い出してしまいまして。恥ずかしい所を見せてしまいました、お願いですから忘れて下さい」

 

 深々と頭を下げる、ザスキア公爵は母親の事ねって自己完結していたが違う、転生前に残して来た仲間達の事を思って悲しくなったんだ。

 頬を赤くして照れている所をイーリンに見られたな、不機嫌そうにしていたのはザスキア公爵と仲良くなり過ぎとか嫉妬してるのだろう。彼女にとってザスキア公爵は仕えし主であり姉らしいからな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ザスキア公爵が欠席しても良いと言った宮廷晩餐会だが国王主宰のイベントに欠席は不敬に当たる、だから参加する事にした。

 この晩餐会だが本来は国賓を招いた時に行うもので本来僕等が参加するならディナーが正しいランクだと思うのだが、アウレール王は僕を主賓に据えた。しかも紫水晶の間の使用を許可した、これも異例中の異例だ。

 普通は臣下を主賓になどしないし国賓を遇する最上級の部屋など使わせない、それ程迄にハイゼルン砦の奪回は嬉しかったのだな。

 

 未だ席に着く事は出来ない、壁際に並びアウレール王を待つ間に紫水晶の間を観察する。見事な内装としか言えない、用意された席は八席。僕等が五人、それとアウレール王とリズリット王妃にサリアリス様で合計八人長辺に三人ずつ短辺に一人ずつ。

 上座はアウレール王で向かい合う様に僕だろうな、後はアウレール王に近い方から爵位と立場の高い順番だろう。

 

 割と狭いテーブルを見る、自分のスペースは幅70cm位しかなく所狭しとフォークやナイフが並べられて料理を置くスペースが少ない。その分参加者を近くに感じるので懇親するには良い配置らしい、僕は気を使うから嫌だな。

 

「待たせたな、ゴーレムマスター!体調不良と聞いたが大丈夫なのか?」

 

 アウレール王を先頭にリズリット王妃とサリアリス様が続く、上級侍従や侍女達が余りのフランクさに驚いている。非公開とはいえ臣下を主賓に迎えた晩餐会など異例だからな、僕だって緊張で心臓がバクバクしているぞ。

 

「緊張が解けて少し気が緩んだだけです、もう大丈夫です」

 

 一礼するとアウレール王が上座に座った、その左右にリズリット王妃とサリアリス様が座る。次は僕らしく上級侍従の案内でアウレール王の対面に座る、ザスキア公爵達は案内が無く自分達で直ぐに座った。

 

「今夜は堅苦しくない気楽な晩餐会だ。明日からは格式張って大変だからな、そのつもりでいてくれ」

 

 フランク過ぎるのはアウレール王なりの気遣いなんだな、侍女達がシャンパンを注いでくれた。アウレール王が無言でグラスを胸の高さに持ち上げたので倣う。

 

「乾杯。良くやってくれたな、リーンハルト。俺も嬉しく思っている」

 

「有難う御座います、王命を達成出来て嬉しく思います」

 

 不敬な事は言えない、いくらフランクでも守るべき一線が有り緊張は最高潮だよ。晩餐会って独特の分かり難いルールが有る、主賓の食事のスピードに参加者全員が有無を言わさず合わされる。

 例え食べ掛けでもフォークとナイフをハの字に置いても、僕が食べ終わると一斉に料理が入れ換えられる。メニュー自体は素材は高級だが凝った物は出ない、食前酒にサラダ、スープに主菜の魚と肉、最後にデザートの流れだ。

 

 だが主賓は周りの食事の状況を然り気無く観察し食べる早さを調整しなければならない、バクバク食べるのはマナー違反だ。

 多分だがアウレール王は僕の作法を試している、ディナーでなく敢えて晩餐会の主賓に迎えたのは他国に外交に出ても恥ずかしくないか試している。

 敢えて失敗すると不敬に取られるからマイナス面が大きい、これで実績有る宮廷魔術師第二席として外交に同行するのも可能と判断されたかな?

 

「ふむ、リーンハルトよ。お前宮廷晩餐会のマナーも学んでいたのか、文句の付け様が無いぞ。恥を掻く前に教えるつもりが完璧だな、リズリットが出来過ぎると言う訳だ」

 

 豪快に笑うがやはり品定めと確認か、外交でのマナー違反は国家の恥と同じだからな。

 

「有難う御座います」

 

 深々と頭を下げてから見上げたが、アウレール王とリズリット王妃は何かを考えている様に曖昧な笑みを浮かべている。二人の中では僕のマナーが確認出来たら何かさせる候補が有るのだろう。

 


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