古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第340話

 エムデン王国の中央広場は前日から準備の為に慌ただしく人が働いていた、老若男女構わずに人々は自分に出来る事を率先して行う。

 何時しか中央広場だけでなく通じる大通りから大正門まで満遍なく飾り付けが行われ、前日から露天が両脇に並ぶ賑やかさとなった。

 民衆が待ち焦がれているのは、ハイゼルン砦奪還を国家と民衆に誓った若き宮廷魔術師。ゴーレムマスターの二つ名を持つリーンハルト・フォン・バーレイ卿の凱旋帰国だ。

 先の大戦で苦汁を飲まされた旧コトプス帝国の残党共がハイゼルン砦を乗っ取り、エムデン王国側の街や村を襲い始めた。この凶報に対して国家は二人の新人宮廷魔術師に対して討伐命令を出した。

 

 一人目は恩師の弔い合戦と言い助力を申し出たバニシード公爵の為に勝つと誓った、そして配下の兵士達を御し切れずにキーリッツの村から略奪した。しかも大敗し自身も戦死してしまう。

 

 二人目はエムデン王国と民衆に攻略すると誓った、過去に苦汁を舐めさせられた相手を許さずに最短でハイゼルン砦を落とすと。

 実際に出陣から五日目にはハイゼルン砦を落としてみせた、しかもウルム王国が誇るジウ将軍を相手に二度に渡り勝利して休戦の交渉を有利に持っていったのだ。

 

 この二人の新人宮廷魔術師の成果の差が激しすぎる、最初に大敗し自国民から略奪を行った事によりバニシード公爵は領地を大幅に削られ、ビアレス殿は本人は戦死したが実家にも責任が問われている。

 この情報はザスキア公爵の配下が意図的に流している。事実に少しだけ話を盛って民衆受けする噂話を広めた。

 しかも強制的に婚姻させられそうな村娘を助ける為に雇い入れたり、拐われた女性達を守り修道院に入れる手配をしたりと民衆受けするサブストーリーも意図的に広めた。

 

 英雄リーンハルト卿と言う呼び名が生まれるのは仕方がない事だった、過去の高名な将軍や魔術師達よりも鮮やかで完全なる勝利。珍しく平民にも気さくで優しい上級貴族、だが敵には容赦の無い意外性も人気に拍車を掛けた。

 

 その民衆が待ち焦がれた本人が漸く王都へ帰還する、誰もが出迎える為に我先にと中央広場へと集まって行った……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『いらしたぞ、リーンハルト卿だ!』

 

『アウレール王と一緒だぞ、国王と一緒に凱旋されたぞ』

 

『流石は英雄様だ、我々の為にハイゼルン砦を奪い返してくれたんだ!』

 

 凱旋扱いは分かっていた、帰還途中の街や村でも熱烈大歓迎だった、気持ちは分かるが実感が無い。転生前は周辺の国家を征服するのが使命だったのに、今回は砦一つ落としただけで大歓迎だ。

 このギャップについてアウレール王とサリアリス様に説明されたが未だ馴染まない、難攻不落の要塞を四度攻撃しても落とせなかった、人的金銭的な損失は計り知れないそうだ……

 

 先頭に近衛騎士団、その次に軍馬に乗ったアウレール王と僕、その後に公爵四家の精鋭達。更に後ろに増援部隊が続いている、荷馬車部隊や侍従達は見映えの問題で後方で待機させている。

 

「余り嬉しそうじゃないな、笑顔で手を振って民衆に応えてやれ。俺は無理だがお前はやる必要が有る」

 

 国王とは唯一無二の不可侵な存在だ、民衆になど媚びない孤高の存在。誰も並び立てない孤独な最高位の存在、だが僕は違う。彼等は僕の為に集まってくれた、僕を出迎える為に……

 パレードアーマーを着込んでいるが顔見せの為に兜は被らずマントを羽織っている、民衆は国王と僕を交互に見て歓声を上げる。

 

 左右に集まった民衆達に視線を送る、何人かと目が合ったが凄く嬉しそうだ……

 

 最前列に居た子供達に軽く微笑み手を振ると、より一層声を張り上げて全身を使って大きく手を振って応えてくれた。打算の無い純真な歓迎に嬉しくなり大きく手を振ると、感極まったのか軍馬の前に飛び出して来てしまった。

 

「危ない!」

 

 慌てて馬を降りて子供を抱き抱える、隊列が止まり警備していた兵士達が集まるが問題無いと手で合図して下がらせる。抱き上げた子供の背中を軽く二回叩いて母親と思われる若い女性に渡す。

 

「歓迎は嬉しい、でも危ない事をしてお母さんを悲しませるんじゃないぞ」

 

 恐縮して何度も頭を下げる母親に大丈夫と言って馬に乗る、国王を待たせた事を謝罪するが笑って肩を叩かれた。母と子供を許したと思って良いんだな、この度量の深さもアウレール王の人気の秘密だろう。

 だが警備の兵士は苛ついているな、余り刺激すると任務に忠実な連中ほど反発する。例外は認めたがらないのが悪い癖だけど悪気が無いから困るんだ。

 

「申し訳有りません、子供の命を救う為とはいえ国王の歩みを止めてしまいました。叱責は甘んじて受けさせて頂きます」

 

「俺を甘くみるなよ、国民の命を守るのが王の務めで義務なのだ。見殺しにした方が、お前を叱責したぞ」

 

 この会話は周囲に集まった民衆に聞こえているだろう、お互いにあざといのだが感動した母親が泣き出してしまった。意地の悪い特権意識の高い貴族だったら手打ちにされても文句が言えない出来事だった、子供に怪我が無くて本当に良かった。

 

「お前の人気は凄いな、老若男女万遍無く居るが着飾った若い女が異様に多くないか?」

 

 既に中央広場へと足を踏み入れた、此処は大通りと違うのは仕切りがしてあり場所取りされている。民衆でも豪商とかの身形の良い金持ちが多い、そして着飾った若い女性が確かに多く愛想笑いを浮かべている。

 

「気のせいでは有りませんね、自惚れでなければ僕への顔見せでしょうか?行軍中に立ち寄った村で縁の有った村娘を使用人として屋敷に雇いました。望まない婚姻を強要されてたのですが……」

 

「噂が途中で変わって村娘を見初めて自分の屋敷に招いた、ならば自分にもチャンスが有るって事か。お前も大変だな、早くジゼルと結婚して何人か側室と妾を作れ」

 

 仕えし国王に女性問題で呆れられて同情された、これって臣下として大問題じゃないか?

 

「不器用ですから複数の嫁とかハードルが高いです。まだ敵軍を殲滅しろって方がやり易いですね」

 

 ジゼル嬢と結婚した後にイルメラとウィンディアを側室に迎える為にも二人の後見人を探さないと駄目なんだよな、時間は半年も無いから急がないと……

 

「普通は逆だ、お前にならと娘を差し出す輩は多くなる。好みの女を何人か選んで終わりだろ?何故自らハードルを上げるんだ、その内に嫌でも戦わせてやるから今は楽しめよ」

 

 はっはっは!って笑わないで下さい。聞いた内容は笑えませんよ、直ぐに新たな戦いが始まるって事ですよね?つまりはウルム王国との開戦もやむを得ないと考えているんだな。

 国王と和やかに会話する事も普通では有り得ないのだろう、不思議だとか信じられないとかの会話も聞こえる。だけど善意や友好だけじゃない、国王と今回活躍した僕の関係は良好だってアピールだ。

 今回は目立ち過ぎた、国内だけじゃなく近隣諸国からも何かしらの接触が有る筈だ。

 難攻不落なハイゼルン砦を単独で落とせる魔術師を放置は不自然、考える事は取り込むか排除だろうな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 凱旋帰国と言っても主役はあくまでもアウレール王だ、中央広場まで行進して特別に設置された壇上に立って民衆に演説をするのも国王の役目。広場を埋め尽くすばかりに集まった民衆は万単位だ。

 既に同行していた近衛騎士団も周辺の警護に駆り出され、僕は後方のお偉方が並ぶ列の中に待機。一言位は何か言えって話を振られる可能性は有る。 

 ライル団長も聖騎士団を率いて警備に回りレディセンス殿達は壇上には上れなかった、周りは上級官吏しかいない。

 

「ハイゼルン砦を奪った旧コトプス帝国の残党共は殲滅した、元々我等の要塞だったが漸く取り返した。残念ながら賊軍の将軍二人は倒したが周辺に隠れていた奴等はウルム王国領内に逃げ込んだ、ウルム王国のバンチェッタ王は奴等の引き渡しを拒否した。

だがハイゼルン砦を諦められないウルム王国も、ジウ将軍と精鋭五千人の軍で攻撃してきた。卑劣にも交渉したいと砦の外に誘き寄せて我が信頼する臣下を襲ったのだ!」

 

 おぃおぃ、我が信頼する臣下って僕の事だよな。それに引き渡しを拒否したんじゃなくて協力者が匿ったから無理って言ったんだ。しかも此処で言葉を止めるから民衆もアウレール王じゃなくて僕に視線を送るよな、噂話では広まっている内容だし。

 

「僅かな手勢に対して騎兵部隊五百騎で襲う卑劣で愚かとしか思えない罠を逆に食い破り殲滅した、哀れ過ぎて言葉が出なかった。大将軍と呼ばれても常勝無敗と崇められても惨めに負けたんだ。

所詮は作られた偽りの大将軍でしかなかった……だが我等の宮廷魔術師第二席は違う」

 

 此処でアウレール王が僕を見た、これって僕も何か言えって事だろ?いやいや無茶振りだって、何を言えば良いんだよ!

 

 アウレール王が身体をずらした事により前に出て何か発言しなくては駄目となり、周りの視線にも負けて前に進み出る。僕が国王が認めた今回の勲一等だって事だよな、実際にそうだから遠慮や謙遜は不味い。

 諦めて壇上に進みアウレール王の左側の少し後ろに立つ、流石に数万人の視線は凄いプレッシャーを与えてくるが何とか踏ん張る。これは普通慣れないと辛いぞ、流石は国王って事か。

 

「臣下として王命は絶対、努力して全力で挑んで当たり前、達成して当たり前の事で決して誇れる事ではないのです。ですが出陣前に誓った事を成し遂げて王都に帰って来れた事を嬉しく思います、有難う」

 

 手短に言って軽く頭を下げる。僕は王国と民衆に誓った、最短でハイゼルン砦を攻略する事を……

 

 その約束を果たし無事に王都に帰れた事を本当に嬉しく思う、信用と信頼は約束を違えれば簡単に落ちるモノだから。

 

「俺の信頼する臣下は謙虚だな、まぁ良い。今回の勲一等はゴーレムマスター、リーンハルト卿だ。褒美として伯爵に叙する、これは決定事項だ」

 

 その言葉に中央広場が揺れる位の歓声が上がる、実際に耳が痛いのだが笑顔で手を振り民衆に応える。

 

『リーンハルト様、万歳!』

 

『私達も忘れてないです、約束を守って頂き嬉しく思います!』

 

『リーンハルト様の為なら俺達だって何でもやりますぜ!』

 

 自分で仕掛けて回収した人気取りだったが想像以上の成果で驚いている、純粋な好意を向けられる事は転生前は無かった。当時は常に侵略戦争を仕掛ける側だったから、戦いが終わって向けられる感情は敗戦国の国民からの怨みだけだった。

 

 中央広場での凱旋報告を終えても解散とはならず、王宮に向かう事となった。未だ帰宅は許されず直ぐに功労賞が有り、王家主催の祝勝の宴が三日間続く。

 その後は公爵四家から戦勝を祝う宴に招かれる事は確定、所属派閥のバーナム伯爵もデオドラ男爵からも祝勝会を予定してる筈だ。

 リズリット王妃にセラス王女にも謁見が必要、後は延期したミュレージュ様との模擬戦も必要だな。師匠であるバルバドス師にも報告し例の屋敷の購入についても話合わねば駄目だ……

 

「ヤバい、殺人的スケジュールだ。お祝いの品だって大量に来るぞ」

 

 難攻不落と言われた砦を攻略した後の方が大変なのって変じゃないのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漸く王宮に到着、今晩は王宮に泊まり明日の午前中に功労賞の発表と伯爵位の授与、夕方から祝勝会と言う名の舞踏会が催される。初日は国王も出席する上級貴族のみ、二日目からは戦勝を祝う為に王都在住の貴族なら誰でも参加可能な舞踏会だ。

 僕は全日参加が義務付けられている、主役の一人であるから当然だ。だから今日から四日間は完全に王宮に監禁される、居住スペースも有るし着替えも用意しているから大丈夫。

 

「「「「お帰りなさいませ、リーンハルト様。侍女一同、リーンハルト様のご帰還を心よりお待ちしておりました」」」」

 

 入口で二十人以上の侍女達が出迎えてくれた、先頭にはハンナとロッテ、セシリアとイーリン。王家主催の舞踏会で世話になったオリビアや、セラス王女との連絡係でもあるウーノまで並んでいる。随分と豪華で賑やかな出迎えだ。

 

「有難う、それとただいま。何か変わりは無いかな?」

 

「リーンハルト様宛のお祝いの手紙や品物で執務室は溢れてしまい、別室に纏めて有ります」

 

 嬉しいが困った様な表情のハンナの報告に、やはり祝いの手紙と品物が大量に来ているのかと胃が痛くなる。昼は手紙書きで夜は祝勝会が決定したな。

 


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