古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第338話

 エムデン王国とウルム王国との両国の国王会談、話し合いは現状の確認と開戦の原因が旧コトプス帝国の策略だという事を双方で確認し合った。

 

 だがリーマ卿が率いる残党共の捜索には難色を示した、ウルム王国領内に入り込んでいるから捜索には他国の軍隊を領内に入れる必要が有るからだ。

 現状としてはハイゼルン砦を奪えたので損はしていない、バンチェッタ王も返せとは言わなかったから蒸し返す奴が居ない限りは大丈夫かな?流石に両国の国王の会談に口を挟めない。

 挟めるのは長年宮廷魔術師を勤めあげた筆頭魔術師であるサリアリス様と、同じ筆頭魔術師であるファスルナー殿位だな。

 宮廷魔術師筆頭は国王の相談役でも有るから助言や提案をしても良いし、周りも文句は言わない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 会談は一旦休止、休憩用に用意された天幕に引き上げた。休憩をして使者が次回の日程と時間を決めて終了、長時間の会談はしない。

 今日の話を持ち帰り精査し検討を重ねる、国王の言葉は全てに優先されるから不利な発言はさせないのも臣下の務めだ。だから短時間の会談の為に膨大な労力を注ぎ込む、だがそれは僕の仕事ではない。

 僕はハイゼルン砦の総司令官としての仕事を優先する事にする、準備や護衛としての参加で仕事してないんだよな。

 ハイゼルン砦を落としたばかりだから維持管理も試行錯誤で、誰かが判断して許可しないと仕事が止まってしまうんだ。

 もう少しすれば軌道に乗るだろう、僕もずっとハイゼルン砦には居られないから引き継ぐ用意をしておかなければ……

 

「あっ!リーンハルト様、少し宜しいですか?」

 

 バレンシアさんが知らない女性と二人並んで廊下の前方から歩いてくる、宜しくはないが無闇に避けるのも失礼か。だが待ち伏せされたかと邪推する、この通路には彼女達が利用する施設は無いから。

 

「バレンシアさん、久し振りですね。忙しくは有りますが何ですか?」

 

 立ち止まり彼女達が近付いて来るのを待つ、見知らぬ女性はバレンシアさんと同世代の色気の有る美女だな。彼女がエムデン王国側の娼婦ギルド本部から来た人か?

 

「初めまして、リーンハルト様。私はレイチェルと申します、今後とも宜しくお願い致します」

 

 そう言ってスカートの両端を摘まんで膝を曲げる挨拶をした、立ち振舞いも綺麗だし元は没落貴族の令嬢だろうか?

 笑顔を浮かべているが本心では笑っていない、イーリンやセシリアに通じる腹黒いモノを感じるので油断が出来ないぞ。

 

「ああ、宜しく。レイチェルさんはエムデン王国側の娼婦ギルド本部から来た責任者って認識で間違い無いか?」

 

「はい、ウチのギルドでも人気の有る娘ばかりを連れて来ましたわ。是非一度リーンハルト様も遊びにいらして下さい」

 

 社交辞令でその内にとか言うと押し掛けて来そうだな、だから曖昧な言葉は言わない。

 

「立場上無理だな、それに新婚でも有るから浮気は遠慮する。だがレディセンス殿に対応を一任したから悪い様にはしない、安心してくれ」

 

 突き放すだけじゃなくフォローも入れておく、だが普通に考えても総司令官にダイレクト交渉は駄目だろ。手順を踏まないと担当者の面子が潰れる。

 

「まぁ!アーシャ様は王都で一番の幸せな若奥様ですわね、今一番人気の高いリーンハルト様にそこまで想われるのですから。嫉妬してしまいますわ」

 

 それなりに情報を集めれば僕の側室が誰かは調べられるから、アーシャの名前を知っていても不思議じゃない。王都で人気なのはザスキア公爵のお陰だ、後はハイゼルン砦を落とした効果だな。

 

「今はアウレール王が来て居るので関係者は神経質になっている、問題を起こさず大人しくしていて欲しい。余り砦内を歩き回るのも駄目だよ、迂闊な行動は疑われる」

 

 うっかり国王の滞在する貴賓室周辺に近付けば問答無用で捕縛される、抵抗すれば殺される。本人が捕縛か殺されて終わりにはならない、当然だが警備や管理の問題で責任者も追及される。

 つまり総司令官で総責任者の僕にも飛び火する、大抵は警備責任者の首が物理的に飛んで終わりだとは思う。

 

「勿論分かってます、それで……」

 

「リーンハルト様、此方においでだったのですね。アウレール王がお呼びです、天幕の方にお越しください」

 

 バレンシアさんが何かを言い掛けたが近衛騎士団員から呼ばれてしまった、アウレール王はハイゼルン砦内の貴賓室に行かずに未だ天幕に居るのか。

 

「バレンシアさん、レイチェルさん。何か有ればレディセンス殿に相談して下さい、悪いがこれで失礼します」

 

 一瞬だが近衛騎士団が会話に割り込んだ時に表情が変わった、やはり何か問題事を持ち込むつもりだったな。レディセンス殿経由で判断すれば良いか……

 

 だが報告では確かに美女と美少女ばかり連れて来たそうだ、今ハイゼルン砦に居る兵士達は精鋭ばかりだ。

 彼等が見初めれば身請けされる可能性も高いし実際に何人かは身請けされた、ウルム王国側の娼婦ギルド本部の構成員でもエムデン王国側の娼婦ギルド本部でも身請け交渉と手続きは出来る。

 手続きさえ済ませば晴れて身請けされる、もう他の客を取る必要は無い。小隊長クラスは個室を与えているから新婚家庭が出来る、周りも羨ましいから同じ事をする。

 だから娼婦達が減り新しく人を寄越す事になる、悪循環だが必要悪でも有る。悩ましいが悩むのはレディセンス殿で良い、僕は報告と要望書の判断だけすれは直接関わる必要は無い。

 

 考え事をしていたら目的の天幕に到着した、警備の近衛騎士団員に名を告げると直ぐに通された。さて、呼ばれた理由は何だろう?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「遅いぞ、ゴーレムマスター」

 

「申し訳有りません、警備状況の確認と見張りの強化を指示していました」

 

 天幕内にはアウレール王とサリアリス様、それにラミュール殿がソファーに座っていた。どうやら宮廷魔術師だけ集めたみたいだ、このメンバーで何を話すのかな?

 顎でアウレール王の向かい側の空いているソファーを示されたので一礼して座る、隣はラミュール殿でアウレール王の隣にはサリアリス様が座っている。

 天幕の内には護衛の近衛騎士団員が四人、上級侍従が二人居る。内緒話って訳じゃないんだろう。

 

「なぁゴーレムマスター、この次の動きをどう読む?」

 

 随分とアバウトだな、ウルム王国か旧コトプス帝国の残党のどっちだ?視線を送ったサリアリス様は微笑んでいる、横目で見たラミュール殿は困惑気味だ。アウレール王は楽しそうだな、この質問の意味は何だ?

 

「旧コトプス帝国の残党についてなら最大の目的はアウレール王の殺害でしょう、そして旧領の回復とエムデン王国の侵略。だから見張りを強化しました、この場所に攻め込んで来る可能性は高い。

ウルム王国については微妙です、内部深くに絡み付いた旧コトプス帝国の残党を断ち切れるなら良いのですが実際は不可能。戦力の乏しい残党共はウルム王国を巻き込んで我々に戦いを挑みたい、そう予測します」

 

 言い終わった時に侍従が紅茶を用意してくれたので一口飲んで緊張を解す、サリアリス様が頷いているから正解だったかな?

 

「俺もそう考えた、奴等の考えは旧領の回復とエムデン王国の滅亡だな。ウルム王国と戦争状態にしたいから罠を掛けた、ハイゼルン砦自体が罠だったんだろう。

時間を掛ければ良かったのだがお前が最短で落としたからな、思惑が外れて別動隊は逃げ出した。多分だが解散してもう見付けられないだろう」

 

 ハイゼルン砦を餌にウルム王国とエムデン王国の軍隊を呼び寄せて戦わせたかった、開戦の理由が欲しかったんだろう。もう少し泥沼の戦いに発展したら国王同士の会談など不可能だった、本格的な戦争になった筈だ……

 だが今は休戦の流れになっている、これを壊すには会談自体をブチ壊すのも良いしバンチェッタ王を唆して休戦させない様にする。だが感じからしてバンチェッタ王は休戦したがっている、本格的な戦争になれば国力の低いウルム王国は不利で要のハイゼルン砦は奪われた。

 

 近隣諸国に協力を頼むにしてもグーデリアル様が外交団を率いて先に交渉している、余程の利益か勝てる証拠を見せないと協力はしない。戦争とは大義名分が必要で、それはエムデン王国側に有る。今戦争を仕掛ければ侵略と取られて近隣諸国からの評価は下がる。

 誰でも無闇に領土拡張の為に侵略する国家に友好的になれる訳が無い、しかも過去の大戦で同じ様に侵略した旧コトプス帝国の残党が居る国など信用出来る訳がない。

 

「つまり次の会談ではウルム王国の領土内調査は主張しないのですか?」

 

「いや、主張して妥協点を探す振りをする。向こうが妥協案を出して来たら受けても良いかな、但しコンラートを失った補償は貰うぞ」

 

 なる程、既に隠れてしまった残党共を探し出す振りをして貰える物を貰う訳か。この辺の切り返しは流石だな、固執して拗らせるより妥協したと恩に着せつつ実利も貰うのか。

 

「お前が見張りを増やしたのは襲撃も有ると考えたのか?」

 

「はい、最初の襲撃も精鋭の騎兵部隊に伝令とはいえ指示出来る立場まで潜り込んでました。一番効果的なのは両国の王を殺害し全面戦争に巻き込む、それとバンチェッタ王は残党共に非協力的でしたから排除したがるかと……」

 

 会談でどちらの不備とは言わないが国王が殺されたとなれば引くに引けなくなる、まぁ此方側の警備は万全に近いから大丈夫だと思うけどね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その夜、仮設会場に襲撃が有った。エムデン王国側の人的被害は0だったが、ウルム王国側の天幕には何人か詰めていたので死傷者が出てしまった。

 

 手口は巧妙、ウルム王国側の天幕の裏を流れるバレル川を川上から黒塗りの船数隻に火属性魔術師が分乗して下って来てファイアボールを天幕に撃ち込んだんだ。

 しかも時間をずらして最初の一隻目が外しても二隻目三隻目が目標を捉える、僅か数分の事なので此方も対処が出来なかった。攻撃と同時に逃げる敵を追うのは無理だった、しかも夜間だし……

 

 現場に駆け付けた時には既に控え室代わりの天幕は燃えていて護衛兵や官吏の連中が手当てを受けていた、敵の魔術師には火属性だけでなく風属性も居たらしく切り裂かれた傷も見受けられた。

 

「やられたな、被害は僅かでバンチェッタ王も無事だが襲撃される様な会場では会談続行は不可能。旧コトプス帝国の残党共の始末の話し合いは流れた、後はウルム王国側に任せる形になるぞ」

 

 警備を担当していたライル団長が悔しそうに話してくれた、今回の件は完敗だ。良い様にやられたよ、全く情報が筒抜けじゃないか!

 

「会場の設定は双方合意ですが、イチャモン付ける事は出来る。話し合いは双方が納得しないと無理で、アウレール王をウルム王国内に行かせる訳にはいかないですよね」

 

 不穏分子が蔓延る敵国に仕えし国王を行かせる官吏は居ない、危険過ぎるし守る事は攻める事より数段難しい。代理で会談を設けても権限の関係で深い内容にはならない、完全に逃げられたな……

 

 バレル川の辺りで川下を睨み付ける、雲が多く月明かりを隠す為に全く見えない真っ暗な川の流れは地獄の底に繋がっている様な錯覚を起こす。深夜の視界が悪い状態で小舟を出すとなると相当な操船技術が必要となる、その辺から犯人を手繰れるかも知れない。

 

「明日にでもウルム王国側に情報提供してみるかな」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、陽の光の元で再度調査と被害状況の確認を行った。死亡したのは上級官吏が三人に警備兵が二人、怪我人は二十人程度だが全員軽症だ。

 だが殺された上級官吏は全員が休戦賛成派だった事、二人は即死に近かったが最後の一人は怪我で済んでいた。だが翌朝発見された時には死んでいた、死因は火傷でなく刺傷だ。

 船に乗った襲撃犯の他に内部にも潜んで居たんだろう、でなければ休戦賛成派をピンポイントで襲うのは不可能だ。

 

 つまり戦争賛成派か旧コトプス帝国の残党に通じている奴が居る、それも相当な地位に居る奴が手引きをしないと無理なのだが状況証拠でしかない。

 この件を重く見たバンチェッタ王は直ぐに王都に帰る決断をし、続きは上級官吏達に任せる事になった。

 

 バンチェッタ王にすれば国境近くまで誘き出された感じとなり怖くなったのだろう、自分の王宮なら安全だと考えるのは甘いぞ。敵は王自身の近くまで潜り込んでいる。

 


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