古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第337話

 エムデン王国とウルム王国との国王会談、互いに一歩も引けない話し合いになるだろう。国王という国のトップ自らが交渉するのだ、負けは自身の威信に関わる問題。

 国力に大きな隔たりの有る関係なら然程気にしない、強い方がより多くの希望を叶えるのは当たり前。今回エムデン王国とウルム王国だが……

 

 国力は僅かにエムデン王国の方が上だ、近隣諸国にもグーデリアル殿下が根回しをしている。両国の争いには基本的には不干渉だろう、油断は出来ないが今は表立って協力は無い。

 軍事バランスが崩れた時に強い方に靡いて分け前を貰おうとするのは仕方無いと割り切る、現状ではエムデン王国が有利だ。

 

 だが開戦からの戦果となれば微妙だ、ウルム王国は精鋭たる騎馬部隊が全滅し歩兵部隊も負傷者を含めて七百人が戦闘不能。騙し討ちを仕掛けて返り討ちと夜襲による敗戦。無謀な突撃で更に七百人の死傷者を出している。

 対するエムデン王国は死傷者こそ二百人を切るが、コンラート将軍が討ち取られた。どちらが有利とも言えない状況なんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 会場設置はエムデン王国側が行うが、ウルム王国側からも立会人が来て監視をしている。何か罠や仕掛けを施されても困ると言うのが言い分だが、事前に配置や構造を調べたいのだろう。

 先ずは大地を整地する、雑草を刈り取り石や岩を除けて平らに均す。その後で中央に交渉場としての天幕を張り、周りに控え室代わりの天幕も用意する。

 護衛の千人が待機する場所、持て成し用の炊事場も監視の目が入る。毒を混入されたりしたら大変だ、今回は旧コトプス帝国の残党が暗躍している。準備には細心の注意が必要になる。

 

 そして罠や仕掛けを一番発見し易いのは魔術師だ、そして上司で筆頭であるサリアリス様には手間を掛けさせられない。

 そして向こうも二番手を送って来る、当然顔合わせもする訳だが……

 

「初めまして。ウルム王国宮廷魔術師第二席グリルビークス・フォン・グレンランクス、火属性魔術師です」

 

「此方こそ宜しくお願いします。エムデン王国宮廷魔術師第二席リーンハルト・フォン・バーレイ、土属性魔術師です」

 

 まぁ次席が対応する事になるよな、しかも同じ第二席だが年上。四十代後半、小太りだが厳つい顔立ちで何と無く威厳が有りそうだ。

 レベルをしつこく聞かれたので41と答えたら鼻で笑う仕草をして自分のレベルは75だと教えてくれた、魔力は隠蔽していない。

 僕は転生して二度目の人生なのでレベルも倍近い差が有るので魔力を解放すれば、グリルビークス殿よりは多い。だが油断してくれるなら好都合だ、正直に全力を教える必要は全く無い。

 

 無闇に会場を彷徨(うろつ)かない様に伝えて行きたい所に案内する、作業員の働き振りを観察し不正が無いか確認する。疑問が有れば作業を止めさせて確認するが、特に問題は見付からない。

 

 半日も作業すれば粗方片付いた、午後二時から開始となるが僕とサリアリス様も参加する事になる。あのグリルビークス殿は随分と僕を見下していたな、レベル41の未成年を宮廷魔術師にするなどエムデン王国の人材枯渇は深刻だなって言われてしまった。

 此処にも属性の優劣を信じて疑わない、他国の宮廷魔術師に対しての節度も無い奴が居るとはお笑い草だな。火属性魔術師は性格が傲慢でイケイケが多い、もしかしたら属性別に性格占いとか出来そうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二時きっかりに双方の国王が天幕に入る段取りになっている、どちらが先とか後とかは無しの配慮だ。

 だが立会人の四人は先に入って待っている、将軍職二人に宮廷魔術師が二人。此方はエルムント団長とライル団長、サリアリス様と僕。

 向こうはジウ将軍と近衛騎士団のバッカイ団長、ジウ将軍は僕を見た時に苦虫を噛み潰した様な顔をした。バッカイ団長は気品の有る貴族の若き当主みたいな感じだ、武闘派よりも知性派って感じだが鍛え抜かれた肉体は凄い。

 それと宮廷魔術師筆頭の火属性魔術師、ファスルナー殿はサリアリス様と同い年位の老人だが強かさを感じる。第二席のグリルビークス殿は完全に僕を舐めてるな、これは挑発すれば容易く乗って来るかも……

 

「リーンハルトや、クスクス笑うでない。余裕の無い相手に失礼じゃぞ」

 

「すみません、サリアリス様。挑発すれば直ぐに爆発しそうな方が居るので何時仕掛けようか悩んでしまって……」

 

 小声での会話だから向かい合うウルム王国側の四人には聞こえないが、此方側の連中には聞こえたのだろう、エルムント団長とライル団長も苦笑いだ。

 

「余裕ですな、もう我々に勝ったつもりですかな?」

 

 我々の態度が気に入らないのか、案の定グリルビークス殿が大声を上げて威嚇して来た。

 

「勝ったつもりも何も卑劣な罠に掛けたつもりが食い破られ、更に奇襲で良い様にやられたのはジウ将軍じゃないかの?それでリーンハルトには勝てないと諦めて他を奇襲した、正々堂々とは言わないが策を弄するのも問題じゃよ」

 

 流石は長年宮廷魔術師筆頭を勤めてきたサリアリス様だ、ポッと出の僕では絶対に言えない台詞を叩き付けたぞ。ジウ将軍の悔しそうな目は勝てないから相手を変えたのかと詰(なじ)られたのと同じ事だ。

 

「ふん、コンラート将軍は討ち取られたじゃないか。負け犬の遠吠えよ」

 

「貴殿らは戦の理(ことわり)に従い勝てる相手を探し罠に掛けて何とか倒したのだろう?負け犬とは違うな、それは貴殿達に向けられる言葉だ。悔しければ何故リーンハルトに挑まなかった?勝てないから逃げたのだろ?」

 

 ライル団長の追撃もキツいな、勝てる相手を探して策を弄して勝つ事は間違いではない。だが僕に勝てないと認めて逃げたと言われれば反論は出来ない、相手のプライドは相当傷付いただろう。

 

「ならば此処で試すか?」

 

 ジウ将軍でなくグリルビークス殿が絡んで来た、やはり属性の優劣を信じて実際の戦果を無視して自分が強いと判断したか?

 

「見せ物みたいな勝負は無用です、戦場でなら幾らでもお相手しますよ」

 

「ふん、逃げるのか?口ほどにも無いな」

 

「試合でなくて生死を問わず戦うなら受けると言ったんです、言葉が通じてますか?」

 

 勝ち誇っていた顔が醜く歪んだ、彼もマグネグロ殿と同種の男かな?幾ら十年近く小競り合い程度の戦いしか無いとは言え、お気楽と言うか能天気な連中が多くないか?

 グリルビークス殿も四十代だし実戦が未経験とか思えないんだけど……

 

「グリルビークス、その辺で止めておけ。そちらの方々も挑発が過ぎますぞ、我等は王の決定に従うのみ。勝手に話を進めるのは不敬ですぞ」

 

 ファスルナー殿の言葉にグリルビークス殿も押し黙った、魔力を全開にして此方を威嚇してるのか判断に迷う。だが魔力総量は流石に今の僕よりも上だな。

 確かファスルナー殿の二つ名は『暴虐の爆炎』で『ビッグバン』を得意とすると聞いた、正面から戦うと勝つのは難しい相手だ。

 

「さて、最初に挑発してきたのは誰だったかの?物忘れは老人の得意とする術か?」

 

「ふふふ、永久凍土殿も孫には甘いと見える。かつて戦場ごと凍らせて数多の敵を殺した強者も見る影が無い程に丸くなったな」

 

 会話からしてサリアリス様とファスルナー殿は知り合いと言うか因縁が有りそうだな、そして僕は孫じゃないぞ。

 

「血は繋がらぬが孫でも後継者とでも思って貰って構わんよ、主は後継者を育てているのかの?」

 

 肯定されたぞ、一国の宮廷魔術師筆頭が後継者とか公の場で言うのは不味いですよ。僕は対外的にはバルバドス師の弟子で、サリアリス様の助手なんで……あれ?断言してないから大丈夫なのかな?

 

「そろそろ時間だ、無駄話は止めてくれ」

 

 バッカイ団長が低く渋い、それでいて妙に響く声で言い合いを終わりにしろと言ってくれた。前哨戦の口論はエムデン王国側の勝利かな?

 しかしバッカイ団長もジウ将軍も巨漢だな、ライル団長も筋肉質で大きい方だが更に大きい。二人共にパワータイプだと思う、護衛として同席だから武器は持ち込みなんだがバッカイ団長はウォーアックスと呼ばれる長柄の斧を持っているな。

 普通のロングソードだと弾き飛ばされるだろう、避けるか受け流すか戦うなら技量が問われるぞ。

 

「時間です」

 

 天幕の入口の布が持ち上げられるのを合図に全員が起立し各々の王を迎える準備をする、いよいよ話し合いという外交戦の始まりか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ウルム王国のバンチェッタ王を初めて見た、一言で言えば神経質な美形だ。アウレール王と同世代、高貴なオーラが溢れている。基本的に王族は美男美女ばかりだ、歴代の王族の男性の方々は美女や美少女を多く迎えるからな。

 美男美女の子供はやはり美男美女が生まれる、親に似るから当然だ。後は教育過程で気品を身に付けていく、長く繁栄する国家ほど掛け合わせが続くからより洗練される。

 

「久しいな、バンチェッタ王よ」

 

「直接会うのは三年振りくらいか?アウレール王よ」

 

 思考に耽っていたら最初の長い口上と挨拶が終わっていた、護衛として居る意味が無いじゃない反省だ。

 その後も礼儀的な言葉を交わしている、直ぐに本題に入れないのは仕方無いんだよな。十分程のやり取りの後で、漸く本題に入る事になった。

 

「開戦の引き金となった騎兵部隊の襲撃だが、軍師からの命令だと偽りの伝令を告げた男を捕まえた。背後関係を調べれば旧コトプス帝国の重鎮、リーマ卿に辿り着いた。目的は二国間を戦争状態にする事だな、全く忌々しい奴等だ」

 

 吐き捨てる様に忌々しいと言ったが、何処まで本気かは疑わしい。旧コトプス帝国とウルム王国は多くの婚姻外交を行い、普通は国が滅べば嫁いだ相手も処分対象だがしていない。

 ウルム王国の貴族の中には旧コトプス帝国の血を引く連中も多い、既に複雑に絡み合っているから排除は無理と聞いた。

 

「ふむ、つまり今回の件は本意ではなかったと言うのだな?忌々しい残党共の策略にまんまと引っ掛かった訳か……」

 

「そうだ」

 

 バンチェッタ王とアウレール王が渋い顔をしている、意図的にだと思うが、この返答によりエムデン王国側の方針が決まる。

 迎合して旧コトプス帝国に対して協力して当たるか、反発しウルム王国と旧コトプス帝国の両方と敵対するか。

 既にウルム王国と旧コトプス帝国は複雑に絡み合っているので完全排除するならば両国と争う事になるが、アウレール王はどうするんだ?

 

「俺は旧コトプス帝国の奴等を許さない、一兵たりとも許す訳にはいかない。ハイゼルン砦に屯(たむろ)した奴等は根絶やしにした、だが別動隊が居るらしいな?」

 

「此方でも探しているが未だに見つからぬ、残念ながら奴等を擁護する者も居るのだ」

 

 む、バンチェッタ王が旧コトプス帝国に繋がり協力する奴等が居ると認めた、この言葉を聞いた後ろの四人を見れば全員が渋い顔だ。

 彼等が旧コトプス帝国に繋がっているのかは表情からは読み取れない、だが仮にも軍事のtop4だしバンチェッタ王も不穏分子は抑えているよね?

 

「当初、ハイゼルン砦が奴等の手に奪われ籠城された時は必ず増援がいると考えていた。常識的に考えても補給や援軍の無い籠城戦は負け確定だ、ハイゼルン砦を取り囲んで攻めている時に別動隊が背後から襲う。

砦内の部隊も連携して挟撃が奴等の仕組んだシナリオだと考えた、だが頼りのハイゼルン砦が二時間で落とされては目論見は潰えた。別動隊は散り散りになり分散して逃げたと考えたが、誰かが匿っているのだな?」

 

「規模的に考えても二千人の籠城兵を倒すなら三倍以上、六千人前後の敵を挟撃するなら同数程度。その様な戦力を隠しきれるとは思えないのじゃが?」

 

 国王同士の会話にサリアリス様が切り込んだぞ、確かに当初は増援の可能性を考えたんだ。だがジウ将軍率いる五千人も来たから逃げ出したと思った、平地でなら五千人なら何とかなる。

 だが考えれば、それだけの兵士達を匿える相手は限られる。それこそ領地持ちの大貴族しか無理だ、その可能性をサリアリス様は指摘したんだ。バンチェッタ王はどう応える?国内の大貴族で旧コトプス帝国に繋がる奴等は誰だ?

 

「確かにな、その考えは正しいのだが我々も特定は出来ていない。今後の調査も期待できぬ」

 

 お茶を濁す様な回答だぞ、これは余程の大貴族が関係しているか国家ぐるみで隠蔽しているか判断が付かない。厄介だぞ、交渉は長引きそうだ。

 


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