古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第334話

「大変です!ライル団長率いる増援部隊が襲われました、兵士の損失は二百人前後ですがコンラート将軍が討ち取られました!」

 

 朝食の時に食堂に飛び込んで来た伝令の言葉に寝不足の頭が着いて行けず暫く固まった、増援部隊に奇襲を掛けた敵が居るのか?ジウ将軍とは別の部隊が?

 食堂内は静寂に包まれている、誰もが手を止めて伝令兵の言葉を聞き逃さない様に集中している。

 

「ライル団長とラミュール殿の安否は?敵の指揮官は分かってるのか?」

 

「ライル団長、ラミュール様は共に無事です。敵の指揮官はジウ将軍、コンラート将軍と一騎討ちをしたのを多数の兵が見ています。敵兵の損失は捕虜を含めて約七百人です」

 

 七百人だって?昨晩の奇襲により無傷の兵士は二千人前後、その三割強を奇襲で失ったんだぞ。

 五千人の部隊が半分以下になってもコンラート将軍は倒した、ウルム王国に対しての戦果は二勝一敗、敵は精鋭騎兵部隊と多数の一般兵を失い此方は将軍を一人失った。

 

「周辺の見張りの強化、ライル団長達はアンクライムの街付近に居た筈だ。ボーディック殿とレディセンス殿は騎兵部隊を率いて増援に行って下さい、医療品は忘れずにお願いします」

 

「了解した、だが不味い事になったな。我等の戦果が低くなったぞ、これは外交に響くな」

 

「ジウ将軍、敵も味方も被害甚大って噂は本当だな。我等に勝てないと見て目標を変える、これで二連敗の責任は相殺になった。一部隊の損失とコンラート将軍とでは比べ物にならない」

 

 悪いが替えが利く兵士と常備軍を率いていた将軍とでは重みが違う、あの夜襲の後で追い掛けて来た部隊を纏めて直ぐに向かわないと時間的に間に合わない。ジウ将軍を甘く見ていたな……

 

 昼前に増援部隊がハイゼルン砦に到着した、直ぐに状況を確認し王都に伝令兵を送り指示を得ないと駄目だな。もう我等だけでは判断がつかない、外交戦に突入だろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「すまない、油断はしていなかったが敵にしてやられた」

 

 憮然としているライル団長だが怪我は無さそうだ、ラミュール殿の疲労は傷付いた兵士を治療した為かな。

 

「いえ、ライル団長とラミュール殿が無事で良かったです。コンラート将軍の事は残念でしたが……」

 

 直ぐに会議室に通して今後の方針を決める事にする、ジウ将軍の部隊は既に無傷の兵士は二千人を切っているので大規模攻勢は無理だ。

 しかもウルム王国領内に逃げ込んでしまった、ハイゼルン砦を手薄には出来ないから追撃は厳しい。

 

 この会議の出席者は僕とレディセンス殿にボーディック殿、ミケランジェロ殿にゲッペル殿。

 ライル団長とラミュール殿はそれぞれ副官を一人ずつ参加させている、それとコンラート将軍の副官であるラップ殿が代理で出席している。

 常備軍は損害が少なく九百人が無傷で残っている、ジウ将軍は自分が先頭に立って突撃しコンラート将軍を討ち取り逃げ出した。

 追撃もしたので三割強の被害を負わせられたんだ、だが普通なら愚策と思う無謀な突撃で戦果を上げさせてしまった。

 

「ある程度の事情は聞いているが再度詳細を教えて欲しい、ウルム王国と事を構えてしまったがガチで戦っても良いか判断がつかない」

 

「そうですね……」

 

 説明した内容は、僕等がハイゼルン砦を落とした後、約五千人の部隊を率いたジウ将軍がウルム王国側に布陣し伝令を貰った。内容はハイゼルン砦を無条件で引き渡す事、当然だが拒否と返答する。

 その後、交渉の場を設けて欲しいと依頼が有りジウ将軍の天幕に呼ばれたが平行線で決着はつかず話し合いは終わり。

 僕等が引き上げた時に卑怯にも騎兵が五百騎追撃してきたが返り討ちにして全滅、後は騎兵部隊の治療と回収の間は休戦と提案。

 回収後、休戦が切れたのを見計らい深夜に弓装備のゴーレムポーンを使い奇襲し約七百人を倒す。

 

「多分ですがゴーレムポーンを追撃しようと無傷の兵士を引き連れて行ったが見失い、そのままライル団長達が率いる増援部隊に奇襲したのでしょう。

流石は常勝無敗と言われたジウ将軍ですね、負けを不利な状態にまで戻した」

 

 旧コトプス帝国の残党共には完全勝利だが、ウルム王国とは二勝一敗で内容的には互角か僅差の負けだな。

 

「凄いな、呆れるくらいだ」

 

 ライル団長が深々と息を吐いた、確かにジウ将軍の勝負勘は凄い。ウルム王国も二千人近くを失ったが結果的にはコンラート将軍を倒したので責任は有耶無耶になった、彼を罰せるかは微妙だ……

 

「本当に参りましたね」

 

「違いますよ、リーンハルト殿の事を言ってます。一兵も損なわずハイゼルン砦を奪還、敵の騎兵部隊五百騎を壊滅、更に夜襲にて七百人を倒す。貴方は僅か二日間で三千人以上の敵兵を一人で倒したのです、それを凄いと呆れているのです」

 

 ラミュール殿に凄いと感心とか驚くじゃなくて呆れられてると言われた、何故だ?

 

「流石にガチでウルム王国と戦争するって判断は俺達じゃ無理だ、アウレール王に伺いを立てる必要が有る。ハイゼルン砦は此方の手に有る、此処は死守しなければならない。

本来ならばハイゼルン砦を落とした後でウルム王国と交渉し、旧コトプス帝国の残党共を探す為に領内に入れろと圧力を掛けるつもりだった。

だが今は圧力を掛けると泥沼の戦争に突入しそうだ、それは避けたい。返事が来る迄は待機と防御に専念だな」

 

 末端の兵士の暴発で泥沼の戦争に突入するか小競り合いとして処理するか、エムデン王国とウルム王国が戦争して得をするのは第三国か旧コトプス帝国の残党共だけだ。

 もしかして不自然だった騎兵部隊の突撃は、奴等の罠?いや、確かめる術は無いから無理だな。だが最重要だったハイゼルン砦の攻略は成功したんだ、悪い様にはならないか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二回目の緊急召集、今回は簡単な話にはならない。ウルム王国から敵対行動を起こして来たのだ、エムデン王国としての方向性を示す必要が有る。

 集められたのはバニシードのお馬鹿さんを抜いた公爵四家、それに侯爵七家の当主達、宮廷魔術師はサリアリス様以下四人。

 近衛騎士団のエルムント団長に常備軍最後のアロイス将軍、大分人数が減ったわね。

 失脚したバニシード公爵、大敗して亡くなったビアレス様。本隊として向かったライル団長にラミュール様、それに討ち取られたコンラート将軍。増援としてマリオン将軍も準備の為に不参加。

 

 皆さん緊急召集に不安な顔をしている、私の所に届いた情報は酷いモノだった。そして同じモノを皆さんの所にも今回は届けた、これはエムデン王国として考えなければならない問題だわ。

 アウレール王が判断するにしても皆さんも考えておかなければ駄目だから、私としては……

 

「皆様、御静粛に。アウレール王がいらっしゃいます」

 

 御静粛にも誰も話してないわよ、護衛の近衛騎士団員を伴いアウレール王が謁見室に入って来たわ。微妙に雰囲気を漂わせているわね、まさか思いきった方向に舵を切らないで欲しいわ。

 どっかりと玉座に座り周りを見回す、今回も視線は反らさない。私のリーンハルト様は失敗していないから……

 

「ふん、ザスキア。現状を説明してくれ、お前が一番状況を把握してるだろ?」

 

 あら嫌だわ。私に説明させるなんて、相当悩んでるわね。仕方無いから簡潔に教えて差し上げるわ。

 

「ハイゼルン砦の奪還にウルム王国はジウ将軍に五千人の兵士と共に向かわせたわ、既にハイゼルン砦はリーンハルト様が落としていたから無駄足ね。

ジウ将軍はリーンハルト様に使者を送り無条件にて明け渡しを求めた、でも断られたから交渉したいと自分の陣地に呼んで罠に掛けたのよ」

 

 此処まで一気に話したけど誰も意見は無さそうね、勿論知っている内容だから確認の為の説明だし……

 

「交渉は少数しか向かわない、リーンハルト様は自らボーディック卿と護衛数人を伴いジウ将軍に会いに敵陣に行って改めてハイゼルン砦の無条件引き渡しを拒否。帰る途中で騎兵部隊五百騎に襲わせたのよ」

 

「騙し討ちか?ジウ将軍とはウルム王国の誇る大将軍だろう?」

 

「そんな卑劣な真似は許さんぞ!」

 

「襲撃されたのは知っているが詳細は全く知らなかった、まさか騙し討ちなど正規軍のやる事じゃない」

 

「そんな事より、リーンハルトは無事なんじゃろうな?」

 

 私だって急過ぎて裏を取ってないの、でもミケランジェロが事細かく報告書に書いてくれたから知ってるだけよ。でもリーンハルト様の安否を気遣ったのはサリアリス様だけ、他の連中は憤(いきどお)った真似だけ。

 

「無事よ、一兵も損なわずに敵の騎兵部隊を殲滅したわ。相手が二陣を出す暇も無くね、そして逆に罠を張ったのよ。

敵に倒した騎兵部隊の回収と生存者の治療中は休戦すると情けを掛けてあげた、ジウ将軍はその話に乗るしかなかったでしょうね」

 

 騎兵部隊は軍の中でも精鋭部隊、貴族も少なくない人数が入っている。それを見殺しには出来ない、罠を仕掛けた相手に食い破られて情けを掛けられた。ジウ将軍は屈辱に耐えられたかしら?

 それに負傷者を抱える事は相当な負担が掛かる、怪我人を見れば兵士の士気にも影響が出る、リーンハルト様は敵の戦力低下と油断を誘う為に負傷者を救助させたのよ。

 

「随分と甘い対応だな、罠を仕掛けた相手を気遣うとは!」

 

「慢心じゃないのか?その内に足元を掬われるぞ」

 

「非情に成りきれないか偽善なのか、判断出来んぞ」

 

 毎回的外れな意見を言う連中ね、バニシード公爵寄りと思って良いのかリーンハルト様を出る杭として排除したいのか……クリストハルト侯爵、グンター侯爵、カルステン侯爵の三人には注意が必要かしら?

 

「ザスキアは罠を張ったと言っただろ、中途半端に判断するな!ザスキア、先を話せ」

 

 アウレール王がリーンハルト様を庇った?実戦でも使えると改めて感じたのね、これは今後もリーンハルト様はアウレール王に重用されるわ。

 

「罠は二つ、一つは交渉の時に防衛に専念すると言った事。二つ目は騎兵部隊の回収と治療が終わる迄は休戦と言った事。

負傷者を回収すれば治療等で負担が掛かる、それに精鋭の騎兵部隊が重傷ともなれば雑兵達の士気は下がるわ。彼等は徴兵されたのだから敵を討つなんて志(こころざし)は無いの、生き残りたいのよ。

その夜にリーンハルト様は士気が下がり油断しきった敵陣に対して夜襲を掛けて七百人近くを死傷させたわ。五千人の敵の二割以上を単独で倒したのね」

 

 誰も何も言えない、ハイゼルン砦を無傷で落とし常勝無敗のジウ将軍率いる五千人の敵に一歩も引かずに勝ち続ける、自軍の被害は0でね。

 

「それで焦ったジウ将軍は狙いを増援部隊に変えて一発逆転を狙った、コンラートを討ち取った事で自分の負けを相殺した、か……」

 

 流石はアウレール王ね、私もそう考えたわ。勝てない相手に無理をするのは愚か者よ、勝てる相手か手段を探すのが将軍って呼ばれる者達でしょう。

 

「つまり、リーンハルト殿が勝ち過ぎたからコンラート将軍は討たれた……そういう訳ですな」

 

「やれやれ、功を焦って味方に被害を与えるとは堪らんですな」

 

「少し調子に乗ってますな。アウレール王、リーンハルト殿は王都に呼び寄せて注意を……」

 

 寒い、寒いわ。ああ、永久凍土様が切れたわね。あのお馬鹿さん達はサリアリス様の逆鱗に触れてしまったわ、ショールを被り直して哀れな三匹の子豚の末路を見ましょうね。

 あのお婆さんはリーンハルト様を実の息子か孫以上に可愛がっている、非常識な誹謗中傷をすると本気で噛み付くわよ。

 

「サリアリス、未だ抑えろ。クリストハルト、グンター、カルステン、俺に説明しろ。何故、勝つ事がコンラートを死に追いやったんだ?」

 

「それは、その……功を焦った無用な勝利の為に」

 

「馬鹿野郎!敵は最初から汚い手を使って攻めて来てるんだ、ただ撃退しただけじゃ駄目なんだぞ。それじゃ舐められるんだ、受け身ってのはな、敵に主導権を取られるって事なんだぞ。

リーンハルトはな、一見人道的に怪我人を返した。美談だな、民衆受けするしエムデン王国は非道な事はしないと周辺諸国にもアピール出来る。だが奴は足手まといを押し付けてから夜襲して一方的に敵を蹂躙した、ただの正義感に溢れる男じゃない。

やられたら倍にしてやり返す男だ、だからジウ将軍は戦う事を避けた。負けを認めたんだ」

 

 そうよ、勝てないと理解して弱い方に目標を変えた、結果はコンラート将軍は討たれたけどリーンハルト様には勝てずに逃げたと言える。

 どんなにコンラート将軍を倒したと言っても逃げた結果は変えられない、常勝無敗の大将軍の看板に傷がついた、この意味は大きいの……

 

 結局外交戦になる事となり、アウレール王が直接最前線に赴く事になった、サリアリス様の他に近衛騎士団は全員同行し王家直轄領から直属兵が出兵する事になったわね。

 私も同行したいけど、流石に公爵家当主もって訳にはいかないわよね、リーンハルト様の凱旋お祝いの準備を進めようかしら。


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