古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第330話

「物見から報告、5km先に展開する部隊を発見。その数五千以上!掲げる戦旗はウルム王国のものです」

 

 司令室で書類と格闘していると報告が入った。いよいよ来たか、ウルム王国の討伐部隊が……

 我々より遅れる事三日、五千以上ともなれば正規軍だろう。物見に詳細を聞けば騎兵五百、残りは歩兵だが後方は補給部隊も見えるそうだ。

 戦闘部隊は実質は約四千人弱と考えて良いだろう、整然と並んで進軍しているのは既にエムデン王国の手に落ちているのが分かったから隊列を直して来たんだ。

 此方の戦力は騎兵四百に歩兵三百、それに僕のゴーレムが五百体、合計千二百、レベルアップ前なら千だから五倍の戦力差だな。

 

「レディセンス殿達を屋上に集めてくれ、あと各小隊長達もだ。実際に敵を見て判断したい」

 

「はっ!了解しました」

 

 伝令兵が部屋を飛び出して行った、来るとは思っていたがライル団長達と合流する前に来るとはな。一日違いとは言え残念だ、だが交渉は立場も爵位も一番上の僕が対応しなければならない。

 アウレール王からはハイゼルン砦の攻略を命じられている、当然落とした後の維持もだ。一戦する覚悟で交渉に臨まねばならない……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一番最初に屋上へと上る、見渡せば確かに整然と並んで進軍してきているのが見える。だが補給部隊と護衛は後方で待機している。五千人を賄うには少ないが向こうは自国内だし補給は容易だろう、国境だから此方も条件は同じだけどね。

 

 先頭に騎兵約五百、その後ろに槍兵部隊、更に後ろに弓兵部隊と歩兵部隊。つまり彼等は騎兵部隊を警戒した布陣だ、此方の情報は漏れていると思った方が良い。

 それと我々より早い段階から準備を進めていたと思われる、ハイゼルン砦が落ちる前から何かしらの要因が有り準備を進めていたのだろう。

 この規模の軍隊を動かすとなれば半月では足りない筈だ、旧コトプス帝国の反乱の根はウルム王国内でも深いのかも知れない。幾つか攻城兵器も見えるが坂を上る必要が有るハイゼルン砦では使わないだろう?

 

「リーンハルト殿、待たせた」

 

 思案に耽っていたら最初に来たのがレディセンス殿だった、不安そうな感じがしないのが救いだ。

 

「先にウルム王国かぁ、面倒臭いね。早く旧コトプス帝国の残党共が来ないかな」

 

「整然としているな、正規軍の中でも精鋭部隊かもしれない。まぁ整列してるのは威嚇行動だな」

 

「約五倍か、常識から言っても此処を攻略可能な戦力差だ。向こうも強気な交渉をしてくるだろう」

 

 直ぐに残りの三人が、その後に各隊長達が後ろに控えている。流石は公爵家からの部隊を任されるだけの事は有るな、慌ても怯えも無いし冷静に判断をしている。問題は……

 

「何故、バレンシアさんが居るんですか?危険ですから部屋で待機して下さい」

 

 この人は情報収集の為とはいえ、色んな所を徘徊して困る。与える情報は制限して泳がしているのだが、本当に物怖じしないな。

 出来れば情報収集はベッドの中で客から聞くだけにして下さい、色々と不味いんですよ。貴女を自由にしているのはね。

 

「あら、私達だって知りたいわよ。自分達の命に関わる事なんだからね」

 

 ねって首を傾げてウィンクされてもですね、貴女は幾つなんですか?そんな可愛い仕草が似合うのは十代迄です、例えるならウィンディアだな。うん、早く会いたいけど未だ十日しか経ってないし無理だな……

 彼女の本当の狙いは情報収集、新しい宮廷魔術師の情報は高値で売れる。性格や思考、得手不得手、好き嫌いなど行動を予測する材料になるからね。

 

「危険と思うなら今直ぐエムデン王国側から逃げなさい、そうでなければ部屋で大人しくしているんだ。此処からは軍属の仕事で貴女は邪魔者ですよ」

 

「結構辛辣なのね、酷い男だわ」

 

「勿論危なくなったら他の女性達と一緒に優先的に逃がしますから安心しなさい」

 

 涙を浮かべて文句を言われたが、その涙も怪しいんだよな。ミケランジェロ殿は彼女がお気に入りで何回かお相手したそうだ、だから僕を睨んでる。

 お前も諜報を得意とするザスキア公爵の家臣だろ!御姉様好き属性なのは聞いたが、簡単に引き込まれるなよ。

 

「さて、邪魔者が居なくなりましたので方針だけ伝えておきます。ハイゼルン砦を引き渡す事は出来ません、一戦交えてでも拒否します」

 

 全員の前で意見統一をしないと駄目なんだ、特に寄せ集め部隊は統制が取り難いから最初に基本だけ決めて後は臨機応変に任せる。

 砦内全てを見渡して調整は不可能、ある程度は任せないと命令無しでは動けない使えない部隊になるから……

 

「了解した、我等は東西南北に別れて各自対応だな。リーンハルト殿は合流した歩兵部隊を率いての遊撃部隊として活動するが、基本は総指揮官として全体を見渡して調整してくれ」

 

「拙い連携は余計に混乱を招くか、確かに自分達の部隊で当たった方が良いのは確かだ」

 

「だが交渉を求めたらどうする?交渉役を砦に入れるのか?」

 

 ウルム王国の正規軍ならいきなり攻めては来ないだろう、当然だが交渉する事になる。問題は砦に招くか此方から敵陣に行くかだが……

 

「交渉の場合は向こうに乗り込みます、砦内部を見せるのは不味い。兵士の数は少なく騎兵が多い、跳ね橋だって上げ下げに慣れてませんからね。

だが使者を寄越したら入れないと駄目だろう、我々の常識を疑われる事はしたくない」

 

 使者を入れるのは構わない、一方的に伝言を聞くだけで直ぐに返せる。

 だが交渉として長時間護衛を含めた人数を滞在させるのは不味い、長い間ウルム王国の要塞だったんだ。内部構造は向こうの方が詳しいだろう、だから小細工されるかもしれないので招かない。

 変な抜け道や隠れ場所とか作ってる可能性は有る、その辺は文官達に尋問したが知らないの一点張りだ。拷問は嫌だから真実だとは思うけどね。

 

「だが危険だぞ、書簡のやり取りでは済まない。直接交渉になるだろう、行くなら俺かレディセンス殿だな」

 

 ボーディック殿は爵位持ち、レディセンス殿は公爵家の縁者、使者としては申し分無いが未だ弱いな。向こうは正規軍の将軍クラスだろう、やはり僕が行くしかない。

 

「いえ、僕が行きます。ハイゼルン砦は明け渡さない、例え一戦してもです。この決意を伝えるなら指揮官である僕が、宮廷魔術師第二席の立場で言わないと駄目です。軽く見られます」

 

 予想通り騎馬が一騎走って来る、使者殿だな。では使者殿に会おうか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ハイゼルン砦には謁見の間と呼ばれる場所も有る、ウルム王国様式だが奪い返して直ぐにエムデン王国様式になど変えられない。

 精々が壁に掲げられた旧コトプス帝国の国旗をエムデン王国の国旗に変える位だ、これから直せば良いんだ。

 使者殿は未だ二十代後半の中々の美丈夫だな、悔しいが男としての魅力は完敗かもしれない。魔力は感じないので生粋の戦士だな、堂々としてるし騎士か爵位持ちだと思う。

 

 使者殿を謁見の間に先に通す、ボーディック殿が気を利かせて精鋭を並べて其なりにらしくしている。威嚇じゃない様式美かな……

 

「お待たせしました、使者殿。このハイゼルン砦を預かるリーンハルト・フォン・バーレイです。エムデン王国にて宮廷魔術師第二席の任に就いてます」

 

 一段高い床に配置された椅子に座る、使者殿は片膝を付いて頭を下げている。

 

「私はウルム王国第三軍、ジウ将軍の配下のモーデス・フォン・ランカース。ジウ将軍のお言葉を伝えに参りました」

 

 フォン、やはり爵位持ちを使者として寄越すならジウ将軍とは上級将軍だな。相当の人材に指揮を任せて来た、ウルム王国もハイゼルン砦奪還に最精鋭を用意したと思って良いぞ。

 ウルム王国には正規軍が三つ有る、エムデン王国の常備軍と同じだ。だが第三軍だけでは五千人前後にはならない、間違いなく混成部隊だが練度が高いのが気になる。

 

「聞こう」

 

「ジウ将軍からのお言葉を伝えます。

ハイゼルン砦は我がウルム王国の物であり、逆賊から取り戻して頂いた事は感謝しますが直ぐに返して頂きたい。

そう申しておりました」

 

 頭を下げたままで言い切ったな、大した度胸だが周りに並んでいる精鋭達が怒った。凄い怒気だ、ジウ将軍とやらは喧嘩を売って来た。これは向こうも一戦覚悟の交渉だぞ、ハイゼルン砦は両国にとって国防の要。

 此処を抑える意味は大きい、だから多少の無理を押しても取り戻したい。例え一戦しても外交では不利でも戦争では有利になるなら構わない、向こうはそんな考え方だな。

 だから正規軍の第三軍と増援込みの五千人、此方の陣容は正確に掴んでいるだろう。

 

「話は伺った、返事をジウ将軍に正確に伝えてくれ。

ハイゼルン砦が亡国の残党に奪われたお陰で我が国民達に多大な被害を与えたのはウルム王国の責任、その上我等に討伐を押し付けて倒した後に返せと言う。恥を知れ!

そう一語一句間違えずに伝えて下さい」

 

 この言葉を聞いて初めて顔を上げた、睨み付けて来たので視線を逸らさずに受け止める。十秒数えた後に向こうが逸らした、我慢比べは僕の勝ちだ。

 

「本気ですか?無礼を承知で言わせて貰えば僅か千人程度で我等五千人の軍勢に勝てるとお思いか?」

 

「我等は王命を受けてハイゼルン砦を攻略したのだ、貴殿は劣勢だからと言って逃げ出すのですか?もしそう思って言ったのなら最大級の侮辱と取りますよ」

 

 勝てる勝てないではない、王命とは命を賭しても守る物なのだ。それを本気か?と問うのは彼等の慢心かジウ将軍の考え方が周りに知れ渡っているのか……

 

「私個人の浅はかな考えで申してしまいました、お許し下さい」

 

 個人の考えでと詫びて来たか……少ししか話してはいないが、モーデス卿の人柄からして使者の立場で浅はかな考えは述べないだろう。つまりジウ将軍は高圧的な交渉をしろと言ったか考えを感じ取ったか。

 

「いや、気にしないで良いですよ。さて、使者殿はお帰りだ」

 

 話を切り上げる、これ以上の話し合いは無意味だ。向こうが先に挑発し此方が高値で買った、だが覚悟は伝わった筈だ。アウレール王は一歩も引かない考えだ、ならば臣下としては意を汲んで行動するのが正しい。

 

「モーデス卿」

 

「何でしょうか?」

 

 声が硬い、使者を任されて遠回しな降伏を勧めに来たのだ。それが真っ向から撥ね付けられて逆に挑発された、報告し辛いが諦めて下さい。

 

「モーデス卿とは次は戦場で会う事になりそうですね。お互い遠慮なく戦いましょう」

 

「その自信、若さ故の慢心ならば良かったのですが……では、これにて失礼致します」

 

 一礼して去っていく背中を眺めて考える、敵を油断させる為に傲慢に振る舞ったつもりだが慢心では無いと言った。何らかの根拠を元に判断した筈だ、僕の情報は思った以上にウルム王国に広まっているな。

 

「やれやれ、売られた喧嘩を最高値で買いましたね。だが使者殿は怒りもせずに冷静に受け止めた、慎重に攻めて来ますな」

 

「いや、先ずは交渉のテーブルに引き出さないか?使者のやり取りだけで開戦は些か乱暴だぞ」

 

「レディセンス殿は慎重ですな、ウルム王国には時間が少ない。時間を掛ければ援軍が来てハイゼルン砦の守備が厚くなる、早期決着が望ましいのですよ」

 

「ジウ将軍ってさ、脳味噌が筋肉で出来ているって程の戦闘狂だよ。でも常勝無敗の優れた将軍でもある、問題は双方のダメージが多い事でも有名なんだ。でも必ず最前線に出るから兵士達には人気が有るよ」

 

 兵士に信頼されている最前線指揮官、脳筋の武闘派だが配下にはモーデス卿の様な慎重な者も居る。攻める側としては最高の人選だな、守る側に回ると付け込まれる隙は有りそうだが……

 

「最後通告はして来るとは思います、ですが戦闘回避は無理でしょう。後手に回るが先に攻める事は外交上、不利になるので控えます。ジウ将軍側から大義名分も無く先に攻める事実が欲しいのです、勝てば何とでも言えるが負ければ最悪ですからね」

 

 両国共にハイゼルン砦の所有を最重要視している、だから負ける訳にはいかない。だが、このハイゼルン砦を巡ってエムデン王国とウルム王国は国交に亀裂が生じる。

 もし旧コトプス帝国の目的が、両国の仲違いで同じ敵なら協力しようと考えての行動ならば?ウルム王国内の連中に開戦派が多数を占めたら?

 

「もしかしたら僕等は旧コトプス帝国の奴等の謀略に巻き込まれた可能性が高い、負けられない戦いだから引くに引けない。意図的に選択肢を奪われている気がする」

 

 十何年も地下に潜伏している様な連中だ、謀略なんてお手の物だろう。

 


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