古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第329話

 

 エムデン王国アウレール王が二度目の非常召集を掛けた、今回の参加メンバーも前回と同様に国政を担う重鎮達。

 

 先ずは私達公爵五家、上位からニーレンス公爵、バニシード公爵、バセット公爵、ローラン公爵、それと私。失敗続きのバニシード公爵は苛ついているわね、ビアレス殿の全滅報告が昨日入ったから。

 そして私は更に最新情報を握っている、この情報は未だ王都に入っていない。いや入らない様に調整しているの、この場で私が言う為に……

 

 次に侯爵七家、上位からアヒム侯爵、ラデンブルグ侯爵、モリエスティ侯爵、クリストハルト侯爵、エルマー侯爵、グンター侯爵、カルステン侯爵。

 ラデンブルグ侯爵も笑いを堪えているのが顔に出ている、バセット公爵がポーカーフェイスに徹しているんだから貴方も頑張りなさい。多分だが彼等にも情報が入っている、私よりも一つ手前の情報がね。

 

 最後は宮廷魔術師ね、筆頭サリアリス様、第二席リーンハルト様は欠席、第三席ラミュール様も欠席、第四席ユリエル様、第五席アンドレアル様、第六席空位、第七席リッパー殿、第八席から第十席まで空位。

 第十一席ビアレス殿は欠席、第十二席フレイナル殿。欠席と言ってもビアレス殿は永久欠席ね、貴方の無様さは少しは私の役に立ったわよ。

 

 それと近衛騎士団エルムント団長、常備三軍の将軍職としてアロイス将軍、マリオン将軍も呼ばれているわ。

 聖騎士団ライル団長と常備軍のコンラート将軍も出陣してるので欠席、そろそろリーンハルト様と合流する頃かしら?

 

 謁見室は微妙な雰囲気になっている、先鋒部隊が全滅した事は薄々気付いているのよね。私が噂を調整して流したから……

 

「皆様方、ご静粛に。アウレール王がいらっしゃいます」

 

 近衛騎士団二人がアウレール王を護衛しながら謁見室に入って来たわね、相当苛ついているわ。これは面白い事になるわね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 乱暴に王座に座るアウレール王を皆さんは目を逸らして見ない、下手に視線を合わせると八つ当たりが来るのが怖いのね。ジロリと周りを見渡す時に私は目を合わせた、何故なら私のリーンハルト様は未だ失敗していないと思われているから。

 アウレール王はバニシード公爵を叱責し増援を送る事を言い出す、負けっ放しはエムデン王国の面子に関わる問題だし。

 

「バニシード、何か俺に言う事は無いか?」

 

 相当怒ってますわね、言葉に怒気が含まれている。呼ばれたバニシード公爵は顔面蒼白、どう言い訳をするのかしら?

 

「ま、未だ事実確認はしていませんので何とも言えない状況です。ただ……」

 

「ただ何だ?」

 

 あらあら、額の汗が凄いわよ。袖口で拭かずにハンカチ位無いのかしら?

 周りも白い目で見るだけで誰も助けを出さない、嫌われ者の末路は悲惨だわ。貴方の敗因は他人を焚き付けて事を起こしたのは良いけどフォローが足りなかった。

 私だって千人の歩兵が一戦で溶けて無くなるとは予想出来なかったわ、その相手を二時間で倒す。やはりリーンハルト様は出来過ぎている、何か秘密が有るのだけど……

 

 調べる事は不義理、あの子は秘密を盾に何かを迫れば反発し今の関係が崩れる。もっと信頼させて向こうから話す様に仕向けないと駄目だと思うわ。そしてジゼルは秘密を知っていると思う、そこに嫉妬してしまうのよ。

 

「ただ、その苦戦を強いられていると聞いています」

 

 話す迄に時間が掛かった割には微妙で曖昧ね、苦戦じゃなくて全滅なのに直ぐにバレる嘘は良くないわよ?

 

「ああ、確かに苦戦だな。だが俺には全滅したって報告が来てるぞ」

 

「全滅?いや、その様な話は……」

 

 ほら見なさい、貴方は無能ではないけれど一旦不利になると弱いのよ。下の者には強いけど上の者には弱い、普段は周りが遠慮するから問題は無いのだけどね。

 

 もう無理ね、情けを掛けずに此処で追撃をするべきだわ。私はバセット公爵に視線を送ると向こうも頷いた、これからが楽しい話の始まりよ。

 貴方には死刑宣告に近いかも知れないけどね、リーンハルト様を甘く見た事を後悔して沈みなさい。

 

「アウレール王、その件に関連しまして報告が有ります」

 

「何だ、バセットよ。話してみろ」

 

 アウレール王はギリギリ怒りを抑えている、この情報でブチ切れたらどうしましょう?

 

「我が領地の事なので多くの諜報部隊を放って情報を集めておりますが、先ずバニシード公爵の雇った傭兵団ですが脱走しキーリッツの村を襲いました。村は焼き討ちに合い全滅です」

 

「貴様っ!濡れ衣を着せる気か。そんな事は無い、そんな事は無いぞ。証拠が有るのか?」

 

 酷く動揺してるわね、もしかして知らなかったのかしら?アウレール王の表情が無くなった、人間怒りが頂点に達すると逆に落ち着くのよね。

 

「有るぞ、丁度襲撃している時にリーンハルト殿の部隊が近くにいたのでな。賊と化した傭兵団を殲滅し数人を捕らえてある、お前の催した出陣式にも居た奴等だぞ。言い訳は出来ないと思え!」

 

 これも微妙な言い回しね、捕まえたのはリーンハルト様の筈なのに誰が捕まえたかは明言しなかったわ。やはりバセット公爵はリーンハルト様に何か別の思惑を抱いているわね。

 

「し、知らんぞ。それは傭兵団を率いていたビアレス殿の責任だ。俺の預けた部隊を把握し切れなかった奴のせいだ!」

 

 あらあら、不味い言い訳よ。貴方は本当に大貴族に有りがちな悪い癖を持ってるわ、他人に責任転嫁する癖をね。

 

「ほぅ?貴方の預けた歩兵部隊の隊長であるジュレッグと言う騎士の身柄も抑えているぞ、聞けばビアレス殿を見殺しに逃げ出したとか。先鋒部隊は本当に一兵残らず全滅したらしいな。ああ、ジュレッグ殿を除いて全滅だな」

 

 ラデンブルグ侯爵から止めの一撃を貰ったわね、自分の雇った傭兵団は自国民から略奪し自分の騎士は敵前逃亡、しかも両方共に生き証人が居ては覆せないかしら?

 

「バニシード、俺はお前に失望させるなと言った筈だが?」

 

 低い怒りを抑えた……いえ、抑え切れてない声ね。もしかしたらバニシード公爵家はお取り潰しかも知れないわ。さようなら、バニシード公爵。

 

「な、何かの誤解です。ジュレッグは確かに我が騎士でしたが平民出の卑しい男でした、だから嘘を言っているだけです。俺は知らない、聞いていない!」

 

 みっともない位に動揺してる、震えて足もカタカタ言ってるわね。確かに今のアウレール王ならバニシード公爵を自らの手で切り殺すかもしれないわ、それだけ強い怒りを滲み出しているし……

 

「バニシード、屋敷で謹慎していろ!お前の後続部隊は指揮権を剥奪する、後はライル団長に任せるんだ」

 

「アウレール王、今一度チャンスを下さい!」

 

「くどい!早くこの場から去れ」

 

 あらあら、事実上の降格処分よね。名誉挽回は無理よ、貴方にはチャンスが無いもの。全てはリーンハルト様が奪ってしまうでしょうね、哀れな貴方に同情だけはしてあげる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バニシード公爵が肩を落として退出した後、何とも言えない雰囲気となったわ。迂闊に話題は触れない、先ずはアウレール王の言葉を待たないと駄目なの。

 

「バニシードの馬鹿野郎が!散々引っ掻き回して最悪の状態にしやがった、初戦で大敗では今後の挽回も難しい」

 

 未だ怒りは収まってないけど無駄に吠えても意味が無いのは理解しているのね、貴方は仕えるには良い君主よ。

 でも周りも何を言って良いか分からないわよね、未だリーンハルト様がハイゼルン砦を落としたのを知らないのだから……

 今提案する事は確実に素早くハイゼルン砦を攻略する方法、でも宮廷魔術師が率いた先鋒千人近い歩兵が全滅したのよ。難攻不落の要塞相手に迂闊な提案は出来ない、普通はね。

 

「常備軍を動かす、今は確実な戦力を送るしか無い。マリオン、準備を急いでくれ」

 

「分かりました、エムデン王国の威信に掛けて全力で出撃します」

 

 あまり悲しませては悪いわね、そろそろ明るい希望を与えてあげましょう。このままではリーンハルト様にも後続部隊を待って合流し力を合わせて戦えとか言い出しそうだわ、もう失敗は許されない状況だし……今はね。

 

「アウレール王、少しよろしいかしら?」

 

「何だ、ザスキア。何か良い案でも有るのか?」

 

 ふふふ、大分苛ついてるわね。その苛つきと怒りを喜びに変えて差し上げますわ。

 

「良い案は有りません」

 

「なら何だ!」

 

 他の公爵達や参加者の視線が私に集まる、アウレール王を前にふざけた事を言い出したとか思っているのね。全く落ち着きが無い殿方は嫌われるのよ、出番に待ったが掛かったマリオン将軍も睨んでるし。

 

「ほんの少し前に最新の情報が届きましたわ。

リーンハルト様はハイゼルン砦の攻略に成功、僅か二時間で敵の将軍二人を討ち取り二千人の兵士を殲滅。此方の被害は0、ビアレス殿が全滅しても二日と経たずに相手を全滅させたそうよ」

 

 皆さん固まってますわね、その顔が見たかったのよ。

 

「良くやった……」

 

「でかした!流石は儂が認めた男だの、完全勝利じゃないか!」

 

 アウレール王の喜びの声をサリアリス様が潰した、この婆さんは本当にリーンハルト様の事を溺愛している。甘やかしはしないが褒め方が甘々なのよね。

 

「サリアリスよ、それは俺に言わせろ。そうか、間髪空けずに敵を殲滅させたか。そうかそうか、しかも敵将まで倒したか」

 

 左手で両目を隠して仰け反る様に笑い出した、一時は宮廷魔術師を差し向けても完敗し膠着状態に陥っていると思ったのに直ぐに挽回し有利な状況になっている。

 これで喜ばないのは嘘よね、もう一つ教えてあげましょう。

 

「ビアレス殿の首も確保したそうよ、これで彼等が全滅したなんて証拠は無いわよね」

 

「そうだな、俺は負けてないぞ。しかし有言実行とは大した男だな、僅か二時間で難攻不落のハイゼルン砦を落としたか……これで外交も楽になるな、この事実は重いぞ。良くやった、褒美は弾まねばならないな」

 

 不利な状況が一変し有利な状況になったわ、周りも安堵したわね。

 

「マリオン、そのまま準備を急いでハイゼルン砦に急行してくれ。ライル団長達は残党共の殲滅に出るから守りが必要だ、暫くはリーンハルトを補佐しろ」

 

 補佐と言った時にマリオン将軍の表情が曇った、主導権がリーンハルト様に有るとアウレール王が認めたから。歴戦の勇士が年下の魔術師の下に付くのには抵抗が有るのね。

 

「了解致しました、直ぐに準備をしハイゼルン砦に急行します」

 

 綺麗な敬礼をして直ぐに退出した、彼女がリーンハルト様を補佐してハイゼルン砦の防衛をするのね。確かに人手不足だから良い案だわ、しかし年下のリーンハルト様を侮らない様に一言注意が必要ね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おい、聞いたか?リーンハルト卿がハイゼルン砦を落としたそうだ」

 

「ああ、聞いたぞ。あの先に行ったビアレス卿は負けたらしいぞ、そのリベンジもしたって事だろ?」

 

「最短でって俺達に約束してくれたけど、本当に十日と経たずに勝つなんて凄いな」

 

 アウレール王が正式に発表した。先鋒部隊は負けた事、リーンハルト卿がハイゼルン砦を落とした事、そしてマリオン将軍を第三陣として送る事。

 旧コトプス帝国の残党の将、ピッカーとゴッドバルドの両名を討ち取った事と明るい話題が多かった。王都の酒場は発表の後から客が詰め寄せて翌朝まで、リーンハルト卿を称える声が止まらなかった。

 

 僅か三ヶ月で無名の新貴族男爵の長子が、ドラゴンスレイヤーの称号を得て宮廷魔術師第二席になった。本人は気さくで優しい平民思いの珍しい貴族、だが近年誰も成し得なかった難攻不落のハイゼルン砦を落とした。

 

 誰かが言い出した、『最強の魔術師』と。

 

 誰かが言い出した、偉大なる古代の魔術師である『ツアイツ卿の再来』と。

 

 誰かが言い出した、『英雄』と言う呼び名に相応しいと。

 

 英雄崇拝は悪くは無いが時の権力者が一番嫌う事だ、国民に自分よりも慕われて信頼される存在。頼りにはなるが高い武力を持つので恐怖の対象になりやすい。

 必要とされる時も有れば不要となる時も有る、その不要となった時に権力者がどう動くか……

 

 王都中の酒場で繰り広げられるリーンハルト卿を称える宴は夜を明かし二日目に突入した、流石に規模は縮小したが国民達にとって喜ばしい出来事には違いなかった。

 平民思いの上級貴族が出世する、自分達の暮らしも良くなるかもしれない、そんな淡い期待も胸の奥に秘めて……


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