古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第328話

 戦場における娼婦達の存在、明日をも知れぬ命ならば酒や女を求めるのも分かる。特に最前線で戦う兵士達は命令する士官や下士官よりも命の危険が高い、要は死に易い。

 それ故に行軍に随伴する様に娼婦達が付いて回る事は珍しくない、ハイゼルン砦みたいな場所には定期的に訪ねるのが普通だが常駐しているとは思わなかった。

 バレンシアさん以下二十四人の娼婦達は今もハイゼルン砦に居座っている、しかも彼女達には個室が与えられている。以前の司令官は商売する場所を提供したのだろう、それを継続で僕に求めて来た。

 勿論、拐われて来た女性達は別だ。二十二人の内、精神が壊れてしまった娘は二人居る。他は気丈にも何とか耐えているが男性に対して恐怖心を植え付けられてしまったので、僕はモア教のシスターになる事を勧めた。

 モア教には女性だけの修道院が有り、清貧だがモア神に祈りを捧げて静かに暮らす事が出来る。彼女達も受け入れてくれたので多額の寄付と共に預ける事にする。

 

 そして精神が壊れてしまった娘二人は、僕が毒殺した……

 

 宮廷魔術師筆頭のサリアリス様直伝と周りに説明し、本当に眠る様に息を引き取らせた。麻酔と筋肉弛緩剤を併用した痛みを感じない様に細心の注意を払い行ったんだ。

 

「本当に眠る様に息を引き取ったわね。普段は無気力でもね、彼女達は夜中に悪夢を見ると叫びながら起きるの。本当に見ていて辛かったわ、リーンハルト様がもう少し早く来てくれれば……」

 

 立ち会いはバレンシアさんだけだ、他の人に見せる事はない。彼女は娼婦の纏め役として有る意味仲間だった二人の最後を見届ける為に同席した。

 軽く首に手を当てて毒を注入してベッドに横にする、安らかな顔だが徐々に呼吸と心臓が止まる。苦しみを感じない為に全身を麻痺させている。

 

「助かったかも知れません、僕は守る事が出来なかったのに彼女達に安楽死を与えた酷い男だ。ですが、もしもとか考えて自惚れながら反省も後悔もしません。

これは国を守る僕等の義務だから行っているのです、彼女に死を与えたのは自国民を守るという義務を果たせなかったからです」

 

 彼女達はアンクライムの街の共同墓地に埋葬される、未だ幼さの残る十代半ばだ。人生これから楽しい事、幸せな事が有る筈だったが薄汚い男の欲望の犠牲となった。

 若い故に精神が未成熟で耐えられなかったのだろうか?名前しか分からないので身元も不明だ、もしかしたらウルム王国側から拐われたかも知れない。今となっては調べ様が無い……

 

「義務ですか?」

 

「ええ、義務です。だからこの役目は誰にも譲らないのです」

 

 眠る様な彼女達にシーツを被せる、明日にでもアンクライムの街に運んで貰う予定だ。

 

「酷い偽善ですね、そこに可哀想とか二度とさせないとかの感情は無いのですか?」

 

 絞り出す様に言われた、平民の彼女が貴族の僕に恨みがましい事を言うのは勇気が必要だろう。彼女達もなりたくて娼婦になった訳じゃないんだろう、だから言いたいんだろうな。

 

「偽善は自分の為に行う自慰行為だよ、だが救われる者も居るのも確かだ。

義務はね、権利を持つ者が行う対価だよ。そこに哀れみとか同情とかは無い、守れなかったのなら出来る事をするだけだ」

 

 黙祷を捧げ哀れな二人の死後の安寧を祈る、理不尽とは思うが、これが戦争の現実だ。兵士の士気の為に戦意高揚の為に手っ取り早く行う略奪行為。

 

「御立派ですね、流石は宮廷魔術師様で侯爵待遇の若様ですわ」

 

「それが出来ない輩(やから)が多いから御立派とか言われるんだよな。周りに人が居る時は言葉使いに注意して下さい、僕に仕える彼等にも権利と義務が有ります。聞かれたら問答無用で処罰されますよ」

 

 仕えし主を平民に批判されれば、取り押さえる位はするだろう。

 

「それはそれは、お気遣い有難う御座いますわ」

 

 中々の度胸が据わった御姉様だが、それを周りが不敬と取られれば拘束から処罰だろう。まぁライル団長が来たら引き継いでお別れだから良いか、彼女にも不満やストレスが有るんだろうし……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 三日後、デオドラ男爵の増援部隊と同行したライラック商会の運送部隊が到着、ライル団長の本隊は四日後に到着予定らしい。

 少しは砦の維持は楽になった、相変わらず娼婦達は居座っている。利用者が多いのが悩みの種だ、驚いた事にミケランジェロ殿も利用しているそうだ。

 バレンシアさんが逐一報告してくれる、因みにミケランジェロ殿の好みは年上だそうだ。そんな情報は要らないのだが責任者には報告の義務が有るらしい?

 

「でね、利用者が多くて身体が持たないのよ。何とかなりませんか?」

 

「知りません、週一で完全休養日を作れば良いでしょ」

 

 責任者には事務仕事が付いて回るのは宿命なんだろうな、資機材の在庫確認と補充手配、人員の警備や休憩等のローテーション計画。公爵四家に指示出来るのは僕だけだから仕方無い、丸投げすると軋轢の元になるし……

 溜まる一方で中々減らない書類と格闘している時は誰も来ない、来るのはバレンシアさんくらいだ。

 

 補修については自分で錬金すれば問題無い、後はライラック商会の担当との交渉とか色々忙しい。宝物庫に案内したり集めた武器や防具を引き渡したりと身体が幾つ有っても足りない。

 

「何で貴族様は私達の所に遊びに来ないの?卑しい薄汚れた娼婦なんかの相手は嫌?」

 

「新婚だからです、未だ王都から来て十日で浮気とかしませんよ。そんなに性欲が強い方でもないし時間が出来たら休みたいんです、何で僕だけに仕事を回して来るんですか!」

 

 積み上げられた書類を両手で叩く、草案や申請書類は配下の方々がやってくれるけど決裁は僕だからだ。分かっているから文句も言えない、誰も手伝えないからだ。

 

「総責任者だから?でも前任の貴族様よりは働いてますよ。前はもっと酷かったし、給金貰えてないし。困ったわ」

 

「それは困りましたね」

 

 恨めしそうに睨まれたが旧コトプス帝国の残党共が彼女達と遊んだ代金については払えない、今が忙しいなら良いだろ?直ぐに後続の本隊が来るし。

 

 だが実際はハイゼルン砦に残る事になるんだよな、ライル団長達は戦果を上げる為に戦いに行かねばならない。そして拠点に残りウルム王国との交渉には立場的にも爵位的にも僕が最適だ、何たって難攻不落な此処を落とした本人だ。

 

「ねぇ?貴族様の奥方様って綺麗な人?やはり政略結婚?」

 

「恋愛結婚ですよ、最初は儚い感じでしたが結婚して強くなりました。側室ですが大切に思っています」

 

 まぁ妬けるわねって言われたが暇潰しに来ないで欲しい、だが折角だし娼婦ギルドについて教えて貰おう。無知だと何か取り返しのつかない失敗をしそうだ、女性絡みだと余計にね。

 

「そうだ、娼婦ギルドについて少し教えて下さい。何故に国境を超えて活動出来るのか?その他一般的な事をです」

 

 折角話を聞くのだからと紅茶を振る舞う事にする、流石に専属の侍女やメイドは居ないので自分でだ。バレンシアさんは少し驚いていたな、悪いが娼婦に興味が有る訳じゃないぞ。

 僕の執務机の向かい側に態々椅子を持って来て座った、一応仕事の書類は片付けて聞く態勢にする。

 

「娼婦ギルドはね、数有るギルドの中でも一番最初に作られたギルドよ。何たって人類最初の職業は娼婦だからね」

 

「人類最初とは大きく出ましたね」

 

 確かそんな雑学を誰かに聞いた様な気がしてきたけど、誰だったかな?

 

「茶化さないの、娼婦ギルドは一人では弱い立場の娼婦達の集まりだったのよ。それが段々力を持つ様になって来た、人の欲望の集まる場所には必然的に金も集まるでしょ。娼婦ギルドは金貸し業も営んでいるわ」

 

 それは分かる、金を借りて返せないから代わりに妻や娘を貰って行くみたいなイメージを持っている。それと高級娼婦は貴族や金持ちにも大人気だ、噂では男の好みに合わせて女性を調教するとか何とか……

 

「人が集まれば大金も動く、道理ですね。それが成り立ちですか、男って単純だから分かる気はします」

 

「それと必要とされるのは人材だけでしょ、大きな街なら常駐するけど定期的に動く事も有る。人気も有るから他国にも遠征するから各国の娼婦ギルドは連携しているのよ」

 

 表の理由は分かった、人気商売の彼女達は国家を跨いで連携する娼婦ギルドの方針に従い客を求めて大きな街へと移動する。

 裏の理由も有るのだろう、金貸し業ってだけで怪しいんだよ。多分だが諜報員としての側面も持っている筈だ、だが無闇に突っ込むと火傷しそうだし今はこれだけで良いか……

 彼女が僕に絡むのは情報収集だな、きっと僕の情報は高く売れるんだろう。

 

「有難う御座いました、参考になりましたよ」

 

 にっこり笑ってお礼を言う、男って奴は女の前では口が軽くなる、情を交わした後なら特にだ。

 

「ふーん、それなら良いけどさ。じゃ私からも質問、何でゴーレムで誰も居ないのに槍とか弓とか射つの?ウルム王国側なら何と無く分かるけどエムデン王国側までさ」

 

 それは射程距離の確認の為にだよ、レベルアップにより最大制御数が五百体に増えた。幸いハイゼルン砦には屋上部分に広い空間が有る、ここなら五百体が一斉に槍投げや弓矢を射つ事が出来る。

 遠距離攻撃は守備側として調べておかないと駄目なんだ、無風状態や風の強い時とかもね。

 

「何も敵はウルム王国側から来るとは限らないからですよ」

 

 にっこり笑って応える、バレンシアさんは何かを考え込んだが何も言わなかった。きっと派閥争いか何かで敵が多いんだと考えたのだろう、確かに敵は多いが最大派閥の敵は失脚予定なんだよ。

 

「そうそう。昨晩はね、ゲッペル様とレディセンス様も遊びに来られたわよ。御二方共に清楚で大人しい娘が好みなんだって!

そうだ、何で私達にもお風呂を利用させてくれるの?前は無理だったから濡れタオルで身体を拭くだけだったのに。嬉しいから良いけどさ」

 

 それは不衛生にすると変な病気が蔓延するので予防を含めてですよ、それに汚い女性は抱きたくないでしょうし……あれ?なるべく利用させたくなかったのに協力してるな。

 

「不衛生だと病気になりやすい、兵士や使用人達の健康管理も責任者の仕事なんです。風呂を沸かす作業は手伝っているのでしょ?」

 

「まぁね、お金を貰って身体でサービスしてるだけじゃ対価にはならないからね。三食無料(ただ)で食べさせて貰ってるから料理や風呂焚きも手伝うさ」

 

 配下の衣食住の面倒を見るのは上の者の責任だ、幸い食料品やその他資機材は潤沢だし補給路も確保している。

 

「彼女達も炊事や洗濯に協力してくれてるそうですね、貴女が積極的に声を掛けて動かしているとか……感謝していますよ、気分転換は必要ですからね」

 

 拐われた娘達も最近少しずつ笑う事も増えて来たそうだ、本当なら早く修道院に送ってあげたいが今は護衛も割けないんだ。後続の歩兵部隊三百人を足しても八百人に満たない人数でハイゼルン砦を維持しているから……

 あの『神の槍』の軍馬も丸々手に入った、つまり軍馬の世話だけでも七百頭なんだよ。アンクライムの街に下働きの募集を掛けたが未だ集まらない、何とか遣り繰りするしかない。

 

「何よ、溜め息なんて吐いちゃってさ!それで貴族様の好みはどんな娘なんだい?何なら私がお相手するわよ」

 

 艶っぽく微笑まれても困るんだよな、執務机に肘を付いて胸を強調してるのは目に毒だ。流石にスタイルが良くて服装も扇情的だ、嵌まる男の気持ちも分かる。

 しかしゲッペル殿は分かるがレディセンス殿まで利用しているとは、男って奴は全くスケベなんだな。利用してないのは僕とボーディック殿だけか……

 

「結構です、間に合ってます、気にしないで下さい」

 

「嫁さんに操を立ててるんだ、可愛い所も有るのね。他の人に聞いたけど貴族様ってドラゴンスレイヤーの称号も持ってるんだってね、ケンが嬉しそうに教えてくれたわよ。ああ、ケンは口でされるのが好きなのよ」

 

 やばいぞ、グレッグさんやウォーレンさんも利用してないよな?ウチの男共は殆ど全滅か?

 

「そんな情報は要りません、配下の赤裸々な性的好みを知ってどうしろと?」

 

 駄目だ、こんな環境だと娯楽は酒か女しかなく酒は飲めるが深酒は禁止している。だから娼婦達に嵌まるんだ、色々と情報を集められたから彼女が敵に情報を売れば苦労させられるだろう。

 


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