ハイゼルン砦に対して『視界の中の王国(リトルキングダム)』によるゴーレム飽和攻撃を仕掛けて二時間、繋いだラインから送られてくる情報では戦いも散発的になってきた。
どうやら相当数を減らしたと思うが残りは堅牢に引き籠ったみたいだな、ゴーレムには通路は進み扉は壊しても通り抜け敵を発見すれば集まる様に指令している。
山頂部分から入り口を伝わり下へ下へと移動しながら敵を倒していたが、そろそろ別の命令に変更が必要だろうか……
「リーンハルト殿、微かな戦いによる音は聞こえて来ましたが今は収まりましたな。全滅させたのでしょうか?」
流石は経験豊富なボーディック殿だ、僅かな異変に気付いたか。確かに怒号や金属音等が僅かに聞こえていたのだが、それも少なくなった。ハイゼルン砦の内部深くへと移動したのだろう。
「ボーディック殿、未だですね。ラインを繋いだゴーレムからは侵攻中の情報が来ています、多分ですが下層階の倉庫か何かの堅牢な扉によって止まっているのです。ですが両手持ちアックス装備ですから時間を掛ければ大抵の扉は壊せます」
問題は防戦一方だった敵兵に時間的猶予が出来た事だ、何かしら仕掛けて来る筈だ。それが玉砕か撤退かは分からないが指揮官が無能で無ければ何らかの対策を練るだろう。
「此方から攻めるか?大分数は減らしたんだろ」
レディセンス殿がハルバードを掲げて突撃を提案してきた、膠着状態を打破する為には何か動きが必要なのも理解出来る。後は作戦を練るより身体を動かす方が得意なんだなって思うが言わない。
「そうですね、何かしらのアクションを仕掛けて様子を見るのも有りですね」
ハイゼルン砦正面に騎兵部隊を展開しているが、待機して二時間も経つと緊張も解れてきたかな?だが無闇な突撃は此方の被害も出るだろう。
出来るだけ兵の損耗は抑えなければならない、既にビアレス殿の部隊は全滅してるので数日とはいえ我々だけでハイゼルン砦の維持をするのだ。人手は多い方が良い。
「偵察部隊を送り込んでみる?あと裏から逃げ出したりしないかな?」
「黒い煙も上がっているし砦内部で火災も起きているみたいだ、一応降伏するなら救助は必要か?」
逃げ出すなら問題は無い、一番の目的はハイゼルン砦の奪還だ。火災は問題だな、これから我々が使う砦の設備に被害が出るのは嫌だ。
もう一つの可能性は我々に使わせない為に敵が自ら重要施設や資料、資機材等を燃やしている場合だな。降伏されたら受けるしかない、我々は快楽殺人者ではないのだから……
だがアウレール王の考えなら後日処刑だろう、だから降伏される前に速やかに全滅させる必要が有る。国王に捕虜の処刑を命令させる訳にはいかない、臣下として先に倒しておく。
「貴方達は此処で待機していて下さい、僕は少し近付いてみます」
敵の反応を知る為にも近付いてみる、攻めて来るなら丁度良い。纏めて倒せば良いのだから……
「護衛が必要ではないか?この軍の指揮官はリーンハルト殿なのだ、何か有れば崩壊するのだぞ」
「単騎突入とか無用心で無警戒だって!」
む、ゲッペル殿とミケランジェロ殿に心配されたぞ。その辺は緩いと思っていた二人に言われるとは思わなかった。珍しく不安と心配そうな顔をしてる、本心からの思いなのか……
「大丈夫です、警護のゴーレムも召喚しますし魔法障壁も有る。ですが一時間しても戻らなければ捜索して下さい」
有無を言わさずにハイゼルン砦へと向かう、馬に乗ると高い位置に身体が来るので狙撃し易くなる為に徒歩で向かう。それと護衛にゴーレムナイトを二十体錬成し周囲を警戒する。
「やれやれ、仕上げは自ら突撃か。またジゼル嬢に叱られそうだな……」
◇◇◇◇◇◇
警戒しながら坂道を上る、最初に抵抗が有った両側の岩山の上にもゴーレムポーンを召喚するが敵兵からの抵抗は無い。
更に暫く上ると岩肌にくり貫いた小窓が沢山有る場所に出た、此処も狙撃ポイントだが人の気配が無い。念の為に左右のゴーレムナイトに盾を構えさせて進む、だが何の反応も無い……
「ふむ、普通なら幅の狭い通路を進む途中で小窓から弓矢や投石、魔法等を用いて妨害させるんだ。確かに小窓から内部を攻撃するのは不可能に近い、誘導出来る攻撃魔法じゃないと無理だな」
やはり堅牢な作りだし防衛設備も嫌らしい、流石は難攻不落のハイゼルン砦って事か。この小窓を攻略するには遠距離誘導攻撃魔法が必要だ、例えば火属性魔術師のナパームとか……
「小窓の周りの岩肌が焦げているな、ビアレス殿達は此処を攻略して先に進んだのかな?」
左右に多数有る小窓の半数近くの岩肌が焦げている、誘導が甘かったのかもな。
そのまま坂道を上るとサークル状の広場に出た、塹壕が掘られているのは此処で迎撃する為か?その先には丸太で柵が組まれて大きな門も有る、周辺の地面には大量に乾いた血痕、それに折れた矢尻も多数落ちている。
「どうやら此処で数日前に大規模な戦闘が有ったみたいだ、ビアレス殿の部隊が足止めを食らい被害を受けたかな?」
片足に魔力を送り込み足の裏から周囲の大地に魔力を浸透させる、近くに動く物体は居ない。つまり敵兵も居ない、戦闘の痕跡が無いしゴーレム達も此処には来ていないな。
「あの門を壊す」
両開きの丸太で組んだ門、高さは6mで横幅は4m位かな?時間を掛けられないので力業でゴリ押しだ!
「クリエイトゴーレム!ゴーレムルークよ、門を叩き壊せ」
全長6m両手持ちアックス装備のゴーレムルークを二体錬成する、扉には弱点が有るんだ。いくら扉本体が堅牢でも、それを支える蝶番(ちょうつがい)を外せば扉は外れて開く。
左右の枠に取り付けられた蝶番を思いっきりブッ叩く!
重たい扉を支えていた蝶番もゴーレムルークの力で何度も叩かれては持たない、緩んだ所に止めの一撃を加えれば支えを無くし枠から外れた扉本体は後ろへと倒れる。
大量の土埃りを巻き上げて二つの扉は内側に倒れた……
「む、動く反応有り多数だ。どうやら音で進軍がバレて撃退に来たって事かな?」
視認性が悪くなるのでゴーレムルークを魔素に還す、暫くすると壊れた門の手前で止まった集団が現れた。百人を越えているし更に奥にも居そうだな、つまり残りの戦力を集めて決戦を挑んで来たか……
◇◇◇◇◇◇
「我はコトプス帝国が将、『神の槍』を率いしゴッドバルドなり!」
体格の良い男が一歩前に出て名乗りを上げた。抜き身のロングソードが魔法の光を放っている、つまり魔力が付加された剣だな。
「我はコトプス帝国が将、『千の腕』を率いしピッカーなり!」
此方は引き締まった肉体の男だ、槍って事は槍兵だから歩兵部隊だよな、千の腕だと何だろうか?魔力が付加されてるっぽいロングボゥを構えているから弓兵部隊か?
全身鎧兜を装備した騎士二人が雑兵の間から前に出て来て名乗った、どうやら彼等二人が指揮官クラスらしい。しかし『神の槍』も『千の腕』も知らない。だが僕も名乗られたからには応えねばなるまい!
ゴーレムナイトを左右に別れさせて前に進む、一応魔法障壁は準備しているが敵も名乗りを上げる迄は様子見だろう。戦場でのローカルルールだし……息を吸い込み腹の底から大きな声を出す。
「コトプス帝国など地上に存在しない!亡国の残党共よ、敗残兵共よ、その耳で確りと良く聞け。僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席『ゴーレムマスター』のリーンハルト・フォン・バーレイ!我がゴーレム軍団に挑む愚かさを嘆いて滅べ」
恥ずかしい口上を声高々と叫ぶ、本気で恥ずかしいがコレが戦場のしきたりだ。命を掛ける場合では見栄を張らずにどうするんだって感じかな?
「貴殿がこのゴーレム共を操っていた元凶かぁ!」
「奴を殺せば形勢逆転だ。殺せ、殺せぇ!」
向かい合う距離は約40m、門から飛び出して左右に広がり押し込む様に攻めて来る。中々の連携だが広場の中央にある塹壕を避けながら走るのは少々難儀しそうだ。
抜刀した連中が左右から挟み込む様に接近してくる、作戦としては良いのだが……
「大地より生まれし断罪の刃よ、敵を串刺せ。山嵐!」
先ずは左右に別れて接近してくる敵兵の足元から鉄製の槍を生やす、その数合わせて二百本!岩肌から迫り上がる様に一気に生やす、長さは2m間隔は30cmだから逃げ場は無い。
悲鳴を上げる暇も無く即死だろう、足元から肩口まで身体を貫かれれば無理も無い。運良く即死を免れても槍を抜く事が出来ずに出血死だ、流石に傷付きながら2mの槍を引き抜く事は不可能だ。
垂直に生えた多数の槍に貫かれて先頭集団は全滅、後ろの連中が急停止した事により動きが止まる。突進力が無くなり立ち往生する集団は格好の的だ、更に山嵐を唱えて後続も潰す。
「動かなければ死にますよ?旧コトプス帝国の残党に等しく死を与えよ、山嵐!」
立ち往生する集団の真ん中に最初と同数の鉄製の槍を生やす、もはや槍の林に貫かれた死体は障害物でしかない。敵は塹壕の有る正面から突撃するしかない。
何とか後ろに下がれた連中も大地に足を付けるのが不安なのか交互に上げている、それはそれは滑稽な姿だ……
「馬鹿な、たった一人に一瞬で二百人以上が倒されるなんて……奴は化け物だ」
「ち、地中から槍を生やすだと?逃げ場が、逃げ場が無いじゃないか!」
「ええい、動揺するな。敵は一人だ、数を頼りに押し切れ。弓兵はボサッとせずに攻撃せんか!」
ほぅ?動揺する兵士を宥めたのか、あの二人だが中々の指揮官振りだな。だから最初に潰そう、連携されたら厄介だ。
カッカラを頭上で一回転させてから振り下ろす、シャラシャラとした宝環の澄んだ音が沈む気持ちを軽くする。
「アイアンランス、乱れ射ち!」
自分の周りに五十本の鉄の槍を浮かべて、掛け声と共に射ち出す。真っ直ぐに飛んだ鉄製の刃は何人かの敵兵を貫通して漸く止まる、あの指揮官二人に向かい各二十本ずつ射ち出した。この戦いは早目に指揮官を潰すに限る。
「む、無念だ」
「コトプス帝国に栄光あれ!」
盾を構えたりロングソードで払っても避け切れずに何本もの槍を身体から生やして二人の指揮官は仰向けに倒れた、それを見て残りの兵士達はパニックになったみたいだ。
「に、逃げろ!早く後ろに下がれ、早くしろ」
「将軍二人が瞬殺だぞ、俺等じゃ勝てない。逃げるんだ」
「馬鹿な、ゴッドバルド様とピッカー様が負けるなんて……」
雑兵達が動揺して呆然自失となっている、全身鎧兜を装備しているのは百人も居ない。残りは皮鎧だが統一されたデザインだ、胸当てに付いた紋章は『雄牛』だから間違い無く旧コトプス帝国の残党。
故に逃がすと言う選択肢は無い、此処で全滅して貰うぞ!
「クリエイトゴーレム!不死人形達よ、無言兵団よ。旧コトプス帝国の残党共にエムデン王国の怒りを思い知らせろ!」
ハイゼルン砦内部に居たゴーレムポーン達を一旦魔素に還し改めて目の前に錬成し直す、装備はロングボゥだ。左右の岩山の上にも各百体ずつ正面にも百体、合計三百体の弓兵を配置した。
「やば、ヤバいぞ。早く逃げるんだ!」
「殺される、後ろに逃げるんだ」
「ばっ馬鹿野郎!押すな、倒れた連中を踏むんじゃない」
人間、命の危機には形振り構わず見栄も張らずに逃げ出すモノだ。それは本能が逃げろ、死にたくない生きたいと思うから……
だがそれを意思の力で踏み止まれれば一流の武人だ、だがそんな強者(つわもの)は居なかった。
「ゴーレムよ、射て!三回斉射するぞ」
三百体からなる三百本の矢が生き残りの兵士達に降り注ぐ、人間の力の限界以上に引き絞り放った矢は二~三人を貫通して漸く止まるかの威力だ。
運良く三回の斉射から生き延びた連中の前方に岩山に居た二百体のゴーレムを魔素に還し直ぐに錬成し直す。広場に居た百体を同時に突撃させて挟み撃ちにする、もう一方的な虐殺だろう。
「レベルが40に上がった、レベル30の時の異常な能力UPと同じだ。何故だろう、レベル10毎に特別に上がるのか?でも10と20の時は普通だったぞ」
二千人近い敵兵を倒してレベルが一つ上がった、だが異常な成長率で全盛時の半分位まで力が戻った。これならゴーレムポーンを五百体は錬成し運用出来るだろう、未だ続く旧コトプス帝国の残党共との戦いを控えて嬉しいレベルアップだな。