古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第324話

 

 アンクライムの街からハイゼルン砦迄は徒歩でも約二時間、街道を真っ直ぐに進めば到着する。途中は草原で見通しも良く一部林か小高い丘が有る位で障害物は殆ど無い、故に伏兵は考えられない。

 半分ほど進むと水辺に近い為か腰の高さ位まで草が生えてくる、中には獣道が有り草食動物が肉食動物に気付かれずに水辺に行ける。

 ハイゼルン砦の後ろには流れの強いバレル川が有り橋の数も少ない為に回り込む事も難しい、左右は切り立った岩山、後ろはバレル川、正面の細く曲がりくねった坂道が唯一のアプローチだ。

 だが僕の『視界の中の王国(リトルキングダム)』の制御範囲は500m、ハイゼルン砦の手前200mからでもハイゼルン砦の内側にゴーレムを送り込める。転生前はゼッヘルン砦と言われていたが、同じゴーレム大量召喚で攻略したんだ。

 

 僕を先頭に横四列で進軍する、奴等は既にビアレス殿を打ち破っている。生死不明で行方不明な彼だが、捕まっていれば人質として使われる可能性は高い。

 現役宮廷魔術師だ、見捨てる事は問題になるだろう。本来なら身柄引き渡しの交渉しなければならない、金銭か捕虜との交換とか手段は多いが……

 

「リーンハルト殿、もし敵がビアレス殿を盾にしてきたらどうする?」

 

「味方を見捨てるのは不味いぞ、特に相手は貴族で新人とはいえ現役宮廷魔術師だ。必ず問題になる」

 

「全く邪魔するだけ邪魔しちゃってさ、何で助けなきゃ駄目なのさ?」

 

「それが貴族社会だ、我等は多くの特権を持っているからな。もし自分が捕虜になった時には助けて貰いたい、だから仲間は出来るだけ助けるって考えだ」

 

 ボーディック殿が意見を纏めてくれたが、これって自己保身の為なんだよな。平民は普通に見殺すけど貴族の自分は何としても助かりたい、その気持ちが作り出したルールだ。

 

「相手は賊です。故に名乗りも上げずに速攻で攻略を開始します、何か言ってきても完全無視ですね。捕虜を持ち出す前に制圧する、もっとも距離の離れた僕の前まで連れて来れるかが問題です」

 

 目の前まで連れて来れるなら周囲にゴーレムを錬成して確保する、口だけだったら連れて来い、来れないなら嘘だと言い張れば良い。

 

「えげつないですな、遠距離操作が可能なゴーレムが砦内部で暴れ回っているのに外に気を配る余裕など無いでしょう」

 

「のこのこ出て来たらゴーレムにやられちゃうって!これは簡単に終わっちゃうね、僕等の活躍はキーリッツの村を襲った賊退治だけかな?」

 

「いや、キーリッツの村の英雄はレディセンス殿の物だな。女性八人独り占めだし順当だろう」

 

「いい加減にしてくれ!確かにアイツ等の面倒は見るが、俺は英雄なんかじゃないんだぞ」

 

 レディセンス殿遊びが定着しているな、がっくりと項垂れているが戦いを前に皆がリラックスしているのは良い事だ。妙に力も入っていない、これなら変に暴走したりもしないだろう。

 

「申し訳ないがレディセンス殿にはキーリッツの村の英雄として明るい話題を振り撒いて下さい、此処から先は一方的な虐殺ですから……」

 

 丁度目的地であるハイゼルン砦が見えて来た、朝日を浴びて切り立った岩山の陰影がはっきりと見える。難攻不落、何年もウルム王国に奪われていたが旧コトプス帝国の奴等はどうやって奪ったのだろうか?

 早朝だが岩山の頂きに蠢く人影が見える、奴等も此方を見付けたな。慌ただしく動き始めたぞ。

 

「さて、リーンハルト殿。我等は貴殿を守る為の陣形を敷くがハイゼルン砦から出て来た連中は任せて貰おう、それ位はしなければ立場が無い」

 

「了解です、僕はハイゼルン砦手前200mまで近付きます。それが僕の『視界の中の王国(リトルキングダム)』の制御範囲、守りと敵戦力の撃退をお願いします。今回の戦いは陛下より勅命を受けています、敵は殲滅です」

 

 勅命、この一言で周りの緊張感が高まった。負けられない一戦、陛下は敵を一人残らず殺せと言った。この苛烈な命令を受けたのは僕だから、彼等に押し付ける訳にはいかない……

 

「それは重い勅命ですな。だからですか、レディセンス殿に配慮したのは?」

 

「キーリッツの村を襲った賊退治の成果、生き残りの女性達の処遇、明るい話題を他人に譲り大量殺人の重責を抱え込む」

 

「貧乏くじだよね、だけど嫌いじゃないかな。僕ならお断りだけどさ」

 

「リーンハルト殿……俺はだな、そんな気遣いは要らないんだぜ」

 

 短期で協力する為に集められた隊長達だけど、良い人選だったみたいだ。彼等になら後を任せて僕は自分の仕事に専念出来る。

 

「それが宮廷魔術師の責務なのです、単体最強戦力は常に王国の敵に向けられる牙なのです。躊躇はしません、ただ敵を倒すのみです」

 

 一人だけ馬に乗り先行する、彼等と30m程離れたが既に陣形を組み換えている。何処から来ても敵を迎え撃てる配置だな。

 

「この間合いは僕の間合い、僕の支配下。旧コトプス帝国の残党共よ、悉く滅ぶがよい!」

 

 空間創造からカッカラを取り出し頭上で一回回して振り下ろす、先端の宝環がシャラシャラと澄んだ音を奏でる。

 

「クリエイトゴーレム!」

 

 先ずは目に見える正面の坂道の両側に聳(そび)える岩山の頂きに居る敵の弓兵を始末する為に左右に五十体ずつ錬成する、急に隣に現れたゴーレムに驚くも直ぐに切り殺される敵兵達。そして下に突き落とされる。

 

「ふむ、二千人が詰めている割には人数が少ないな、左右合わせても五十人位かな?」

 

 狭い場所だから近付かれると脆い、弓兵は射ち下ろすのは威力倍増しなのに配置人員が少ないのが気になる。難攻不落なのは地形による有利さを生かした迎撃によるんだ、簡単に殺られるのは変だぞ。

 

「罠だな、簡単に見せて奥まで引き摺り込むつもりか。だが僕はこの位置からでも大量にゴーレムを送り込める、先ずは敵の数を減らすかな」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ピッカー様、敵襲です!騎兵部隊約四百騎、ハイゼルン砦前方の平地に現れました。既に第一次防衛線が突破されました、詳細は不明です」

 

「敵は全員騎兵なのだろ?何故、岩山の上の第一次防衛部隊が殺られたんだ?総員戦闘配置、前回同様に引き摺り込んで倒す」

 

 全く早朝から止めて欲しい、騎兵部隊だけなら無理して砦は攻めない。我等を挑発し野戦を挑むつもりなのだろうと思ったが別動隊が居るのか?

 岩山の上の弓兵を倒すのは同じ弓兵か魔術師の遠距離攻撃魔法が必要、だが確認した奴等は全員騎兵部隊だぞ。何かを見落としているのか?

 

 だが我々にもゴッドバルド殿が率いる重装騎兵部隊『神の槍』が居る、数は向こうが少し多いが問題無いし大回りして側面を突けば大ダメージを与えられる筈だ!

 

「第二次防衛線に部隊を送れ、前回と違って今回は最初から全力で倒すぞ。念の為に毒草の罠の用意だ」

 

 第二次防衛線は岩山をくり貫いて作ったので防御力は高い、前回は窓から魔法を打ち込まれたが今回は盾の蓋を用意した。

 前回みたいに内部が燃えるなどと言う事はない、流石は魔術師と言う事だが火の玉が飛んで来るのは見えるから防げる。

 

「大変です、ピッカー様!第二次防衛線の部隊が全滅です」

 

 伝令兵が指令所に駆け込んで来て、とんでもない報告をしたぞ。馬鹿を言うな、間違いじゃないのか!

 

「馬鹿な、未だ五分と経ってないぞ!ちゃんと確認はしたんだろうな?それとも敵は魔術師の大部隊なのか?」

 

 何を言っているんだ、防御力を高めた第二次防衛線が五分で壊滅するなど有り得ないぞ。敵は何人の魔術師を連れて来たんだ?

 

「逃げてきた兵士が言うには敵兵が直ぐ側に現れて接近戦になったとか、弓兵だったので抵抗も出来ずに二百人が殆ど全滅です!」

 

 嘘や冗談では無さそうだ、上官に虚偽の報告は罰則が有るからな。だが信じられない……

 

「全滅?全滅だと、俺の弓兵部隊『千の腕』が全滅……馬鹿を言うな、敵が攻めて来てから未だ十五分も経ってないぞ」

 

 第二次防衛線は砦の内側からしか入れないのだぞ、狙撃用の小部屋だぞ、それを内側からとは……

 

「まさか内通者か?裏切り者が居るのか?」

 

 俺達も内通者の協力によりハイゼルン砦を落とした、外部からの物理的な攻撃では落とせないからだ。しかし第二次防衛線には俺の弓兵を全員配置して敵を迎え撃つ予定だったんだ。

 それが全滅となれば残りの部隊はゴッドバルド殿の重装騎兵部隊三百騎と歩兵千人しかいない、狭い砦内部の乱戦には重装騎兵部隊は不利だ。

 只の重歩兵と変わらない、歩兵千人も戦闘に耐えられるのは半数。残りは馬の世話や砦の維持等の雑用が主な元農民とかの連中だぞ、最悪を考えてゴッドバルド殿の『神の槍』は外に待機して貰うか?

 

「報告!ハイゼルン砦の中央広場付近に敵兵約二百、全員が重装歩兵。迎撃するも戦況は不利です」

 

「は?馬鹿な事を言うな、最上部の中央広場には下から登らないと辿り着けないんだぞ!未だ砦内部には敵兵の侵入を許してない筈だ!」

 

 左右の岩山を登って来たとでも言うのか?しかも重装歩兵は全身鎧兜だぞ、そんな馬鹿な事が有る訳無い!

 

 暫し考えが纏まらずに呆然としていたら、完全武装のゴッドバルド殿が指令所に飛び込んで来た。相当慌てているぞ。

 

「おい、ピッカー殿、不味い状況だぞ。俺の部隊で敵兵を何人か倒したが、いや倒したつもりだったが再度動き出した。あれはゴーレムだぞ!」

 

 ゴーレムだって?ゴーレム、そうか、ゴーレムか。

 

「間者の報告では敵の第二陣を率いるのは宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターのリーンハルト卿だそうだ。敵は宮廷魔術師の操るゴーレムだぞ」

 

「ならば術者を倒さぬ限り敵は止まらないぞ。だが制御するなら遠くには居られない、必ず近くに隠れている筈だ。それに一人ではあの数は無理だ、複数居る筈だ!探せ、リーンハルト卿とその一味を探すのだ!」

 

 これで何とか対応出来る、見付けさえすればゴーレム使いなど容易く倒せる!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 既に本来の指令所は忌々しいゴーレム共に占領され、我等は下へ下へと追いやられている。戦力は半減、敵ゴーレムは倒しても直ぐにその場で修復されて襲ってくるので精神的に辛い。

 兵士を半数も倒されれば普通は全滅判定だ、だが降伏するにも外へ出れば問答無用でゴーレムに攻撃される。故に白旗を上げる事も出来ない。

 

「居たか?」

 

「駄目だ、居ないぞ。何処に居るんだ?」

 

「それよりゴーレムの侵入を防げ!これ以上内部に入れるな」

 

「未だ見付けられないのに既に半数に減らされたんだぞ!もっと徹底しろ、兵士に紛れ込んで居るかもしれん。全員兜を取れ、周りの連中を確認しろ」

 

 何故だ、何故見付からない?これだけの数のゴーレムを操っているんだ、必ず近くに十人以上の土属性魔術師が居る筈だ。いや、居なければおかしい!

 此方の被害だけが一方的に増える、対抗出来るのは『神の槍』の重装騎兵部隊と少数配置された魔術師だけだが馬に乗らずに砦内部の狭い通路での戦闘。徐々に数を減らされている。

 

「不味いぞ、敵兵の一人も倒せずに我等は全滅しそうだ。これでは帝国武人として国に申し訳が立たない」

 

 ゴーレム共は的確に我等に向かって攻撃を仕掛けてくる、逃げ出そうとしても既に退路は押さえられてエムデン王国側の正門しか出口は無い。

 だが坂道を下るにしても第一次防衛線も第二次防衛線も敵に占領されている、其処を通れば上から攻撃されるのは必定。

 

「最早全滅は時間の問題、此処は残る戦力全てで強行突破しかないですぞ」

 

「しかし物資や資金を残してか?もう倉庫や宝物庫に行って運び出す時間も人手も無い」

 

「逃げ出しても敵は騎兵部隊、我等は徒歩だぞ。しかも未だ朝だから夜陰に乗じて逃げ出す事も出来ない、追撃されて殺される」

 

「だが見えない敵に怯えてゴーレムに殺されるよりは敵兵と切り結んで死んだ方がマシだ!少しでも道連れにしてやる」

 

周りには隊長格が残ってはいるが他は各個撃破されて統率された部隊は『神の槍』しかいない、魔術師も全滅した。

 実際に攻撃に参加出来るのは動ける兵士全てを集めても四百人前後だ。だが決断しなければ全滅、ハイゼルン砦を枕に討ち死にも考えたが……

 

「最後の力を集めて攻撃しよう、一点突破だ。雑兵を先方にして弓矢除けにして進ませる、奴らを肉の壁にして我々は戦略的撤退を行う。最悪バレル川に飛び込んでもだ」

 

 方向性が決まれば行動有るのみ、未だ死ぬ訳にはいかないんだ。国家を再建するまでは……

 


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