古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

321 / 996
第321話

 キーリッツの村が裏切り者の傭兵団によって壊滅した、生き残りは女性ばかりの八人。彼女達の今後をレディセンス殿に押し付けた、絶望に染まった女性には自分を助けてくれた英雄が面倒を見る事が必要。

 時間が掛かるかも知れないが敵討ちは済ませたし故人の冥福も祈った、後は彼女達の未来をレディセンス殿に任せて僕の役目は終わりだ。

 

 ツェレの村とゴスラーの村は傭兵団に襲われていなかった、念の為に残っていた村人をアンクライムの街に避難させたが、ミケランジェロ殿に指示した以外にゲッペル殿にもバセット公爵とラデンブルグ侯爵に伝令を頼んだ。

 あくまでも彼等の領地であり領民なのだ、僕等はハイゼルン砦の攻略に行く部隊なので他人の領地で余り好き勝手は出来ない。逆にビアレス殿はバセット公爵達に最悪の形で喧嘩を吹っ掛けた事になる。

 勿論だが傭兵団を直接雇ったバニシード公爵も同様だ、ミケランジェロ殿に託した証拠と証人の傭兵の生き残りを上手く使って公爵四家が追い込んで行くだろう、リズリット王妃も何か企んでいたし……

 

 もしかしたらバニシード公爵の第二陣は来れないかもしれないな、前科の有る相手の配下の武装兵力をバセット公爵領に立ち入らせる事を拒否されるかも知れないから。

 

「やれやれ、自業自得とはいえ展開が急過ぎて困る。だが僕等は当初の計画通りにハイゼルン砦を落とすだけだ……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王都を出発しハイゼルン砦に一番近いアンクライムの街に到着するのに七日間も掛かった、思う様に進まない行軍、言う事を聞かない傭兵団。バニシード公爵から預かった部隊にも気を使わねばならない。

 

「明日には忌々しいリーンハルト卿が率いる第二陣が王都を出陣する」

 

 俺の部隊と違い全て騎兵で構成されている移動力重視と聞いている、最短でも四日目にはハイゼルン砦に到着する。俺に残された日数は最大三日、だが初日はハイゼルン砦の前に部隊を展開させたが生憎の大雨だ。

 雨天は視界を遮るので攻める側に有利だが、我らは坂道を上り続けなければならず雨で足元が悪く体力も消耗するので仕方無く休みにした。

 

「思えば天候に恵まれなかったな、日程の半分は雨の為に行軍も更に遅れたんだ」

 

 アンクライムの街に引き返す訳にもいかず、野営の準備をして睨み合って終わりになってしまった。野営地を奇襲されない様に見張りは多目に配した、逆にハイゼルン砦から出て来て欲しいのだが相手は籠ったままで此方の挑発には乗らない。

 

「無駄に時間だけが過ぎる、不味い事になったぞ」

 

「ビアレス様、愚痴ばかりではいけません。今、バニシード公爵から遣わされた歩兵隊の隊長を呼んでいます。明日の作戦を練りましょう」

 

「すまないな、ハン。しかし傭兵団は何とかならないか?毎回問題を起こすのは勘弁して欲しい」

 

 奴等の言い分は雇い主はあくまでもバニシード公爵で、俺は雇われ指揮官に過ぎないそうだ。馬鹿にするな、俺は宮廷魔術師第十一席『炎槍』のビアレスだぞ!

 

「所詮は数合わせの捨て駒です、強気なのも今の内だけです」

 

「そうか?そうだな……だが温厚な俺にも我慢の限界が有るんだぞ」

 

 暫くはテントの中でハンに愚痴を言い続けた、ハンは俺が子供の頃から実家に仕えてくれた火属性魔術師で信頼出来る副官だ。リーンハルト卿と違い俺には頼れる家臣団が居る、ポッと出の男になど負ける訳がない。

 

「お待たせしました、ビアレス殿。何か相談でしょうか?」

 

 バニシード公爵から遣わされた歩兵隊の隊長であるジュレッグ、既に五十代に差し掛かっている筈だが鋼の様に鍛えられた肉体を持っている騎士だ。

 一応調べたが平民から功績を積んで騎士になった奴だ、実戦経験は豊富だが自分の命を優先するので攻めより守りが得意。今回は攻城戦なのに、何故不向きなコイツが寄越されたんだ?

 

「明日、日の出と共にハイゼルン砦を攻める」

 

「おお!勇敢ですな。ですが周辺の調査が済んでおりませぬ、蛮勇は死期を早めますぞ」

 

 酷く驚いた顔をしたぞ、時間が無いのは理解してるだろうに周辺の調査だと?明後日には奴が来るかもしれないんだぞ!

 

「控えよ、ジュレッグ殿。ビアレス様は明日、ハイゼルン砦を攻略すると決めた。貴殿はその作戦を練る為に呼ばれたのだ、弱腰は許されない」

 

「弱腰ですか……『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と東方の偉人が申しておりましたが、何の調査も用意もせずに明日攻めると?」

 

 ハンの叱責に東方の諺(ことわざ)で返して来たか、しかし幾ら外周を調べても無駄だろう。後方は川に守られ左右は断崖絶壁、正面の曲がりくねった坂道を進むしかない。

 

「そうだ、『兵は拙速を尊ぶ』とも言う。此処で陣を張り睨み合っても時間だけが過ぎる、早く結果を出す必要が有るのだ」

 

 それは貴方の問題でしょうとか、それは多少不味い作戦でも相手より早く攻撃する事が良いんだとか呟きが聞こえたが無視する、此処でコイツと仲違いしても意味は無い。

 少なくともバニシード公爵が功績を認めて騎士にした強者には違いないのだから……

 

「攻略方法は正面の坂道を進むしかない、左右の断崖絶壁は低い所でも高さ50mは有るので敵に気付かれずによじ登るのは不可能。後ろは流れの早い川だから橋を落とされたら進めないでしょうな」

 

「知ってる、だから周辺を調べても無意味だ」

 

 やれやれって感じで溜め息を吐いた、コイツは俺に喧嘩を売ってるのか?

 

「被害を覚悟で正面から突っ込むしかない、正門まで辿り着けばビアレス様の『サンアロー』で門を破り砦内部に進める。籠城してるのは過去の敗残兵だ、我等が負ける訳がない」

 

「その通りだ!傭兵共を先頭にして本隊の損耗を減らせば良い、俺の『サンアロー』ならハイゼルン砦の堅牢な正門と言えども燃やし尽くしてやる」

 

 現在の戦力は傭兵団が約四百人、冒険者達が百人、バニシード公爵から預かった歩兵が五百人、俺の実家から火属性魔術師が六人に供回りが三十人、傭兵団と冒険者共が全滅しても本職の兵士が五百人残る。

 確かにハイゼルン砦には二千人の敵兵が居るが狭い砦内では一斉には戦えない、だから勝機は有る!

 

「ふぅ、分かりました。傭兵と冒険者を弓矢除けとして先頭に配置し強引に攻め込みましょう、逃げ出す奴等は我等が後ろから矢を射掛けます。死ぬ気でやれば勝機も掴めましょう、ですがビアレス殿も最前線に出るのですが……」

 

「構わん、大丈夫だ!」

 

 その戦場の最前線に出張るのは平気か?みたいに言われたが問題無い、俺は宮廷魔術師団員として既に実戦を経験している。今更新兵みたいに戦場の雰囲気に当てられて精神を病む事は無い!

 

「そうですか?では各傭兵団と冒険者達に通達を出します。明日、日の出と共にハイゼルン砦を攻略する。傭兵団と冒険者達が先鋒となりハイゼルン砦正門を目指す、逃げ出す奴は粛清する。

正門の破壊はビアレス殿に任せて我等歩兵隊が突撃しハイゼルン砦を落とす……で、宜しいですな?」

 

「それで構わない。明日の働きに期待するぞ、ジュレッグ殿」

 

 慇懃無礼な態度で一礼しテントから出て行った、明日で決着を着ける手筈は整った。過去に難攻不落といわれたのは正規兵が詰めていた場合だ、今回は敗残兵が二千人らしいが此方は正規兵だから負けはしまい。

 

「ふふふ、リーンハルト卿が来ても既に俺がハイゼルン砦を落として出迎えてやる。悔しそうに歪む顔を早く見たいものだ……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 明け方には雨は止み太陽が大地を照らす頃には空に雲は一つも無くなった、昨夜迄の雨により大地はぬかるんでいるが大丈夫だろう。絶好の攻略日和だな。

 目覚めは快調、魔力も完全に回復している。この日の為に用意した新しい下着と貴族服を着てローブを羽織る、気分を一新してハイゼルン砦攻略に挑むぞ!

 

「ビアレス様、悪い知らせです」

 

「何だ、ハン?」

 

 折角の攻略日和と験(げん)担ぎに水を差す言い方だぞ。俺は今日、ハイゼルン砦を落とした英雄となるのだ!

 

「傭兵団の内、二つが逃げ出しました。どうやら先鋒として戦う事に不満が有ったらしいです」

 

 一瞬ハンが何を言っているのか分からなかった、この晴れ舞台に逃げ出す馬鹿が居たと言ったんだよな?

 

「馬鹿な、不満だと?」

 

 傭兵団二つ、数にすれば百人前後だが弓矢除けの肉の盾が減ったのは痛い。四百人で正門まで持つだろうか?

 

「はい、怖気付いたのか冒険者も数名が居なくなったそうです。此方は名前も特定されています」

 

 だから野盗と変わらぬ傭兵団や腑抜けた冒険者など要らなかったんだ!結局好き勝手して怖いから逃げ出しただと、笑わせるぜ。

 

「構わない、終わったらエムデン王国中に手配書を配って捕まえてやる!ハン、残りの連中を磨り潰す覚悟で攻めるぞ」

 

「ハッ、ビアレス様の言う通りに致します」

 

 うむ、逃げたカスに用は無い。今は攻略に集中する事が大切だ。些細な事は後回しで良い。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 いよいよだ、いよいよ俺が出世街道を爆進する機会を得た。あんな新貴族男爵の息子に負ける訳にはいかないんだ。

 

「全軍突撃。何も考えずに正門を目指せ、引く事は許さない、逃げる奴は自分の命で責任を取って貰うぞ」

 

 先ずは傭兵団と冒険者達が一斉にハイゼルン砦正面の坂道を駆け上がる、最初の難関は両方を切り立つ岩山に囲まれた幅8m程の坂道で左右に曲がりくねっている。

 岩山の上には敵兵が居て弓を射って来る、登る事が困難で狭い為に数は少ない。先に行く傭兵団も弓矢で応戦するが射ち下ろすのと射ち上げるのでは威力が違う。

 敵は左右に二十人位ずつだが岩を盾に中々当たらない、味方も頭上に盾を翳して防御するのでダメージは少ない。

 

「幾ら隠れても魔法の炎は避けられないぞ、フレイムボール!」

 

 我が配下の魔術師達が特定した場所に魔法を撃ち込む、弓なりに誘導したフレイムボールが敵兵に当たり次々と弓兵を倒していく。

 順調な滑り出しだ、全ての弓兵を倒しても魔術師達の魔力には余裕が有る、今日の為に魔力石を買い占めたんだ。

 何故かリーンハルト卿は魔力の籠ってない下級と上級魔力石を合計一千個も集めたと聞くが何故だ?まさか自分で予備として魔力を籠める?まさかな、戦場で無意味な事は考えるな!

 

 岩山の上の弓兵を倒して先行する傭兵団に追い付く、足止めを食らっているな。

 

「伝令、報告!」

 

「ハッ!今度は岩山の上からではなくくり貫いた岩山の窓の中から弓矢と落石にて攻撃して来ます。弓矢は盾で防げても落石は防げません、被害多数です」

 

 ふむ、見上げれば30cm角の小窓からボウガンを射って来ているな、後は窓一杯の大きさの岩を30m程の上から落とすか……

 

「ハン、魔術師を集めろ。窓は左右合計十八箇所、ナパームを射ち込むぞ」

 

「了解です!魔素を燃料に燃え続けるナパームの魔法ならば窓の奥の小部屋には居られないでしょうな」

 

 常に戦争の要として活躍してきた火属性魔術師にはな、攻城戦に有効な魔法も多数有るのだ。リーンハルト卿のゴーレムは確かに汎用性には優れていても我等火属性魔術師は攻撃力特化なのだ、負ける要素は何も無い。

 

「集合したな、右手前の小窓から攻撃する。三人一組で左右の近い窓から射ち込め、俺とハンは一緒に奥の右側から攻撃する。始めろ!」

 

 先ずは配下の魔術師達の様子を見る、三人一組で三発のナパームは誘導されて小窓の中に飛び込む!

 

 次の瞬間に断末魔の悲鳴が聞こえた。窓から見えない様に隠れても着弾すると広範囲に燃え広がるナパームは防げまい?

 

「ハン、俺達も行くぞ!」

 

「了解しました、ビアレス様。タイミングは合わせます」

 

 ふふふ、難攻不落だと?過去の魔術師達は俺よりも大分格下だったんだな。この程度で苦労していたなど笑い話にもならないぜ!

 

 十八箇所の窓にナパームの魔法を射ち込む、窓からは黒煙が立ち登り内側には人が居られない炎が燃え盛っているだろう。これで正門まで距離を半分に詰めた。

 

「魔術師は魔力石で魔力を回復しろ。我が兵士達よ、俺が居る限り難攻不落と言われたハイゼルン砦の攻略は可能だ!砦の中に押し入れば敵兵の財貨は奪いたい放題だ、但し宝物庫には手出しはならん。良いな?」

 

「「「「おう!」」」」

 

「流石はビアレス様だ、ハイゼルン砦を落とした英雄様だ!」

 

 ふははは、英雄か、そうかそうか。良いな、俺はエムデン王国の悲願だったハイゼルン砦を落とした英雄様なのだな。これで席次も上がる、アイツを第二席の座から引き摺り落としてやるぜ!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。