古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第319話

 ハイゼルン砦に向かう二日目の午後、本日最後に立ち寄るヒャムの村に到着し休憩と食料及び飲料水の補給をしている。そこで知らされた先発のビアレス殿率いる部隊の素行の悪さ、遂に村の女性達に乱暴狼藉を働いてしまった。

 その為に村全体が僕等にも警戒と恐れている雰囲気になっている、本来は自国民を護る為に遣わされたのに逆に傷を付けてどうするんだ?

 村長宅で一時間半位の休憩を行い補給も済んで後は今夜の野営場所であるエルディング平原に向かうだけだ、途中で小規模集落の近くを通過するが村人の安全の確認をするだけで立ち寄りはしない。

 男五人、特に会話らしい会話もなく精々が今後の予定を確認し合う位だ。だが身体を休めるという意味では暇で静かなのは良かったのかな?

 

 補給の完了報告をウォーレンさんから貰ったので早々にヒャムの村から立ち去る事にする、別部隊とはいえ完全武装した兵士が四百人以上も居れば村人のストレスは半端じゃないだろう。

 

「ハンス殿、世話になった。代金は多目にしておいた。被害を受けた村人に配ってくれ、割り振りは任せる」

 

 見送りも村長以下の街の有力者達だけで女性や子供達は家に隠れて出て来ない、相当怖がられているのだろう。家々を見回せば窓の隙間から此方を伺う視線を感じるし……

 幸いと言うか村の施設を壊したりとかは無さそうだ、見渡す限りでは壊された家屋とかは無い。詳しくは聞かないが人的な被害が有ったのだろう。

 

「は?ああ、有り難う御座います。本当に助かります、有り難う御座います」

 

 大袈裟な位に畏まり何度も頭を下げられ御礼を言われた、未だ物々交換も普通に行う農村では現金収入は貴重で嬉しいのだろう。

 代金に金貨二百枚を上乗せして払う、人気取りだが有効的な手段でも有る。村長の裁量に任せるが他の有力者の前で話したし貴族の命令に反して独り占めはしないだろう。

 僕は今回の討伐遠征の支度金としてエムデン王国から金貨一万枚を支給されている、自由裁量で使えるが公爵四家の精鋭達の維持費用も含まれているし被害を受けた街や村の援助も込みだ。

 多い様で少ない、五百人を率いれば一人に使える費用は金貨二十枚。期間も分からない遠征を考えれば逆に少なく感じる、成功した時の報酬で補填するしかない。

 戦争とは軍隊の維持だけで毎日予算を食い潰す金食い虫の集まりだ、僕のゴーレムと違い人間の兵士達は物を食い資材を消費するのだから……

 

「それでは出発しましょう」

 

 馬に跨がり先頭を進む、今回はレディセンス殿とゲッペル殿が先頭で最後尾はボーディック殿とミケランジェロ殿になった。休憩毎に交代するが基本的に信用しているレディセンス殿とボーディック殿は前後に別れて貰う。

 

「リーンハルト殿、先程の件は甘過ぎではないですかな?被害者が居るとはいえ我々とは別部隊の不始末だ、尻拭いをする必要は無いのですぞ」

 

「だから平民大好きとか言われてしまうのです」

 

 レディセンス殿の意見は貴族的考え方では普通だ、敵の不始末の尻拭いなどする必要は無い。ゲッペル殿の意見には反論したい、善意だけじゃないのに平民大好きとか疑われたよ。

 

「名前を売る為にかな。イメージ戦略は大切なのですよ、僕等は自国民を護る統制とモラルの行き届いた部隊なのですから」

 

「イメージですか?」

 

「そうです、僕等とビアレス殿とバニシード公爵、対比が凄いですよね。噂には尾ひれが付いて広まりますから、ビアレス殿達の悪評は凄い勢いで広まるでしょうね。

結果も出せず悪さしか伝わらないではアウレール王はどう思うか?弁明の機会が与えられれば良い方だと思いますよ」

 

 思わず暗い笑みを浮かべてしまう、わざわざアウレール王に直訴までして失敗。しかも自国民に悪さをしている噂が広まっていて、僕等は事実を伝える。ザスキア公爵も報告を知れば追撃するだろう、その為の伝令部隊でもある。

 バニシード公爵は分からないがビアレス殿のダメージは大きい、多分だが詰んだな。

 

「なる程、一応は納得しましたが、やはりリーンハルト殿は平民に甘いですぞ。時には非情になる時も必要になります」

 

「非情になるですか?」

 

 そんな状況など無いとかは言えないのが現実だ、兵力を維持する為に彼等から食料等を強引に現地徴収する事も有る。敵を倒す為に犠牲を強いたり兵士達の戦意高揚の為に略奪を黙認したりとか色々考えられる。

 

「そうですな、少なくともビアレス殿は自分の兵士のモチベーションを高める為にある程度の出来事は黙認しているのでしょう」

 

「黙認か、または手綱が御し切れずに手に負えないか……だが彼は黙認してまで甘やかした部隊を死地に送る命令をしなくてはならない。甘やかされた連中は言う事を聞きますかね?」

 

 推定二千人が籠る難攻不落のハイゼルン砦に半数以下の歩兵で攻める、脱落者も多いと思うのだが?

 

「多分ですが逃げ出す連中も居るでしょう、勝てない戦に付き合えるのには理由が必要です。名誉と面子を賭けた貴族、金で雇われた傭兵なら踏ん張れますが徴兵された歩兵達は微妙ですな」

 

「命有っての物種、死ぬ位なら故郷に帰れなくても構わないと思う者は多い。そして逃げ出した者は悪事に手を染める、悪循環ですね」

 

 徴兵された連中はリストに名前が載る、僅かばかりの給金が貰えるから。だが安い給金なので戦地で略奪等をして稼ぐのが普通だ、敵国民に対してなら略奪は推奨される。

 だが今回は敵は難攻不落のハイゼルン砦に籠っている、略奪など不可能だ。

 

「野営場所に到着しましたね、見晴らしの良い丘の中腹ですが此処にテントを張りましょう」

 

 話し込んでいたら目的地に到着した、このエルディング平原は起伏のなだらかな地形で周囲20kmには障害物は大岩や樹木程度しかなく見晴らしが良い。奇襲を防ぐには絶好の場所だが難点は水が確保出来ないんだ、離れた岩地の湧水しか飲料水を確保出来ない。

 

「レディセンス殿、テントの設営は各家に任せますが見張り要員は共同で選出して下さい」

 

「分かりました、リーンハルト殿のテントを基点に東西南北に別れて設営します。見張り要員は自分達の担当区域を任せましょう、ただし見張りは野営場所から50mは離れます」

 

 野営場所から50m先に見張り要員か、更に50m先位までは監視出来るから実際の警戒範囲は100m先位だな。馬の準備は無理だが武器を手に迎撃準備は出来る、どちらにしても夜間に馬には乗れない。

 

「それで構いません、後は任せます」

 

 食事等の準備は全体で行わずに各家が準備する、僕の分はウォーレン達が用意してくれる。自前でも可能だが討伐遠征の責任者が自らやる事ではない、だから自前の錬金製の小屋も駄目らしい。

 大人しく世話は配下の者に任せて大きく構える事が指揮官に必要な事、それは三百年経っても変わらない事なんだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りの野営だが問題無く体力と魔力を回復出来た、テントは張って貰ったがベッドは空間創造から自前のを取り出した。朝方多少冷え込んだが目覚めも悪くない。

 三日目の今日の予定は最初にホーフの村を目指し次にキーリッツの村に向かい其処で昼食と休憩、その後は夕方迄にアンクライムの街に到着する予定だ。

 そして十分な休憩を取ってから翌朝にハイゼルン砦を攻略する。

 アンクライムの街からハイゼルン砦は徒歩で二時間の距離で防衛の拠点となっている筈だ、防衛戦を考慮した作りとなっており周辺の村人達が多数逃げ込んでいる筈だ。

 周辺にはヴァレン・ツェレ・ゴスラー・ゾルタウ・トリアー・ケーテンと六つの村が有るが被害を受けていると報告に有ったので様子を見る事も忘れない。

 

 今日の予定を思い浮かべていたらグレッグさんが朝食を持って来てくれた、やはりデオドラ男爵家の伝統的戦場食か……

 

「戦場では身体を冷やさない為にスープが基本、そこに腹持ちの良い具材を沢山入れるのです。味付けは濃い目が食欲を増します」

 

「うん、美味しそうだけど半分で良いから。残りは皆で分けてよ、パンも一個で十分だから」

 

 小振りな鍋みたいなスープ皿には塩と胡椒と素材の旨味だけで味付けされたスープ、具材は肉の塊と丸ごとの馬鈴薯、それに雑穀類が入っており具材のデカいリゾット風だ。

 パンも拳大程の大きさが有る、そしてデカいマグカップにはポットミルクのブランデー入りだな……

 

「戦士たるもの食が細くては戦えません!」

 

「僕は魔術師だから体力より精神力が重要なんです!満腹では思考力も鈍ります、だから半分で結構です!」

 

 僕の理路整然とした説得にもグレッグさんは納得しなかったが料理は下げてくれた、他の公爵家の食事内容が気になるよね。今度親睦も兼ねて交代でお呼ばれしてみたい、ニーレンス公爵家とか優雅なメニューっぽいからな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エルディング平原を出発しホーフの村を目指す、全員万全の状態で三日目を迎えられたが僕は満腹で腹が張っている。

 今回は先頭にボーディック殿とゲッペル殿、後ろにレディセンス殿とミケランジェロ殿だ。広い草原だが旅人が踏み締めた道が有り馬に負担無く進む事が出来る、見通しも良いので警戒もし易い。

 

「長閑ですな、もう半日も進めば戦地とは思えない長閑さだ……」

 

 ゲッペル殿が目を細めながら天を見上げている、空には薄く雲が掛かっているが良い天気で風も無く暖かい。馬に揺られていると眠くなってくるから気を引き締める為に両手で頬を叩く、ピシャリと乾いた音と微妙な痛みで目が覚める。

 既にホーフの村を通過しキーリッツの村に向かっている、其処で昼食と休憩だ。

 

「確かにそうですね、未だ戦場特有の緊迫感が無い。この辺までは奴等の略奪部隊も来て居ないみたいですね」

 

 漸く朝食が消化されたのか腹の張りも無くなった、食べ過ぎは眠くもなるし注意力も散漫になる。

 

「あれは?キーリッツの村の方角から煙が……四つ、五つ、いや未だ増える。しかも黒煙だぞ、焚き火や煮炊きの煙じゃない。ボーディック殿!」

 

「キーリッツの村が襲われている可能性が高い、荷馬車隊は我々が守りながら進みます。他の方々と共に先行して下さい」

 

 ボーディック殿は手柄を他の三人に譲るつもりか?でも今は荷馬車隊を守ってくれるのは有難い。

 

「ゲッペル殿、他の二人に連絡しキーリッツの村に急いで向かって下さい」

 

「大丈夫だ、俺達も準備は出来ている」

 

「見敵必殺(サーチ&デストロイ)でしょ?抜け駆けは無しですって!」

 

 既に横に広がり騎馬隊の突撃陣が展開されている、流石は各公爵家自慢の最精鋭部隊だな。迅速だし気持ちも切り替え済みみたいだ、キーリッツの村が襲われているのに不謹慎だが小気味良い緊張感だ……

 

「各隊長は独自の判断で自分の部隊を纏めて攻撃、一兵たりとも逃がす事は許さず。敵を殲滅させます……突撃!」

 

 馬の脇腹を軽く蹴り全力疾走させる、最初に走り出したのだが魔術師の僕よりも騎馬隊の方が巧みに馬を操り先へと進んで行く。

 最初は丘の向こうに隠れていた黒煙の立ち上る場所が見えてきた、やはりキーリッツの村だ。遠目でも分かる、民家から火の手が上がっている。

 

「襲っているのは旧コトプス帝国の連中にしては装備が疎らだな、金属鎧は着ていないみたいだ」

 

 距離は後2km位かな、未だリトルキングダムの制御範囲じゃない。先行する騎馬隊もスピードを上げた、既に50mは離されたぞ。流石は最精鋭部隊だな、全力疾走でも陣形に乱れが全く無い。

 村を襲う敵を睨み付ける、やはり奴等は金属鎧を着ていない。皮鎧を着込んでいるし馬も居ない、歩兵で構成された部隊だ。

 

「距離は後500mを切ったが向こうも気付いたか?だが逃がさない、一人残らず殲滅してやる!」

 

 精神を集中してゴーレムポーンの錬成準備をする、僕は敵を逃がさない様に退路にゴーレムポーンを並べて錬成する事が仕事だ。

 敵を倒すのはレディセンス殿達に任せる、今は誰一人逃がさずに倒す事が重要。そして襲われている村人を守る事が最重要だ!

 

「罪無き村人を襲うのか!外道共よ、退路が有ると思うな。クリエイトゴーレム!」

 

 混成部隊初めての戦闘は略奪されている村を守る事から始まった。

 


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