古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第318話

 進軍二日目、今日は田園地帯をひたすら進みハイムの村を通過しジンゲンの村で昼食と休憩、ヒャムの村で小休止と食料の補給、その他にも四つの小規模集落を抜けて最終的にはエルディング平原で野営する予定だ。

 

 明日の三日目はホーフの村を通過しキーリッツの村で昼食と休憩、その後はアンクライムの街まで真っ直ぐに行く。夕方には到着する予定だ、そして十分な休憩を取ってから翌朝にハイゼルン砦を攻略する。

 アンクライムの街からハイゼルン砦は徒歩で二時間の距離で防衛の拠点となっている筈だ、国境に近い街は総じて防衛戦を考慮した作りとなり周辺の村人達が逃げ込む。

 周辺にはヴァレン・ツェレ・ゴスラー・ゾルタウ・トリアー・ケーテンと六つの村が有るが被害を受けていると報告に有った。

 場合によっては敵の略奪部隊と遭遇するかも知れない、だが平地なら騎兵四百にゴーレム軍団を操る僕等が有利。逆に数を減らせるので一戦したいくらいだな。

 

 昨日泊まったカールスルーエの街の代表、クライスさんからの情報では一週間前に出発したビアレス殿の部隊は六日前に泊まったそうだ。この時点で一日詰まった計算になる、彼等はカールスルーエの街に到着するのに王都から二日も掛かっている。

 しかも午後の早い時間に到着したのに先を急がずに宿泊したそうだ、同じ様に歩兵達は街の外に野営しビアレス殿と数人が街の宿屋に宿泊。外の歩兵達の食事は頼まれなかったが傭兵や一部の歩兵達が街の酒場に繰り出し他の客と一悶着起こしたと……

 僕に報告したのは愚痴って訳じゃない、同じ遠征軍で品が良いから補償とかも期待したのだろう。だが僕等と彼等は味方であっても競争相手、彼等の不始末の尻拭いはしない。

 

「どうやら先行しているビアレス殿の部隊は統制が取れてなさそうだ、途中の街や村で問題を起こさなければ良いのだが……」

 

 僕等はエムデン王国の国民を守る為に出兵したのに逆に迷惑を掛けてどうするんだよ!

 

 無銭飲食に暴力行為、流石に女性達に乱暴狼藉は働いてないが時間の問題な気がする。戦地に赴く兵士達の心情によると死ぬかも知れないと刹那的な行動をする者や、命を賭けて戦うのだから何でも許されると思う者、恐怖で理性が消し飛んで悪事を働く者。

 結局は自分よりも弱い物をターゲットに選ぶ、敵国内での略奪行為を推奨する連中も居るから質が悪い。

 

「人間の部隊の場合は戦意高揚に敵国内での略奪は手っ取り早く効果的だ、無言で従う僕のゴーレム軍団とは根本的に違う……」

 

 長閑な田園風景の中を整列して進む、農道は広く幅は8m位は有るので騎馬でも三列で行進可能だ。先頭は僕で次がボーディック殿とミケランジェロ殿の部隊、真ん中に資機材運搬用の馬車、その後ろにゲッペル殿で最後尾にレディセンス殿だが順番は休憩毎に入れ替わる。

 先頭か最後尾が遭遇戦の時に有利だからだ、最初に突撃出来るチャンスが有り騎兵部隊は突撃こそが最強の攻撃方法だ。

 

 整然とした行進は農民達にも安心感を与えるのだろう、農作業の手を休めて頭を下げてくれるし道行く人々は脇に寄ってお辞儀してくれる。

 僕はフェイスガードを上げて極力顔を見せている、知名度を上げる細やかな行動だ。子供達を見掛ければ笑みを向けたりして好感度を上げて先行するビアレス殿の部隊と違う事をアピールする。

 若い女性達やその両親達は警戒している、戦場では娯楽が少なく周辺の街や村から若い女性達を強制的に連れ去る連中も多い。あくまでも敵国内の場合だが例外は何処にでも有るのが悲しい現実だ……

 

「順調ですな、この調子で進めばヒャムの村には三時前には着きますぞ」

 

「ボーディック殿はこの辺りの地理に詳しいのですか?」

 

 隣に馬を寄せて辺りの景色を見ながら距離を割り出した、精度の悪い地図では距離を計り間違える時も多い。実体験による感覚的な言葉と思ったのだが間違えかな?

 

「ええ、過去に何度か所用で来た事が有ります」

 

 所用、他の侯爵の領地に所用ね?これは突っ込むと大変面倒な事になるパターンだからスルーしよう。

 

「今夜は野営です、この辺からは安全とは言い切れない位置まで近付きました。警戒は厳重にしましょう」

 

 最強の兵種である騎兵部隊も馬を降りれば歩兵と変わらない、それに奇襲にも弱いし槍部隊の集団防御陣にも弱い。花形部隊で広大な平地では最強だが得手不得手は仕方無い、だが僕のゴーレム軍団は騎兵・歩兵・弓兵と高速で切り替えが出来る。

 この万能性がどんなに不利な状況でも対処出来る強みで有りゴーレム運用の肝だ、普通は防御特化のダメージ無視に目が行きがちだけどね。

 

「そうですな、略奪部隊の他にも斥候や威力偵察部隊等の可能性も有ります」

 

「そうですね。でもビアレス殿の先行部隊がハイゼルン砦の近くに張り付いていますから、彼等の目を盗んで砦から大人数は出ては来れないでしょう。

別動隊の方が可能性が高い、でも国境を大部隊が越えれば人目につくが未だ報告は無い。僕は小規模の工作部隊が幾つかエムデン王国内に放たれて情報収集や破壊工作を行うのが一番可能性が高いと思いますね」

 

 周辺の村を襲い井戸に毒を入れたり収穫前の作物を荒らす、略奪じゃなく破壊が目的だから略奪品で身重にならず素早く逃げられる。敵の国力を落とし平民達の不安を煽り守れぬ国への不信感を植え付ける、ジワジワと来るんだよな……

 

「ふむ、確かにそうですな。やはりリーンハルト殿には妙な慣れを感じる、未だ未成年なのに何故それだけの落ち着きが有るのか?それが謎なのですよ」

 

 昨夜四人で話していた事でグレッグから報告を受けていたから急な質問にも動揺はしない、回答も考えていた。

 

「これでも聖騎士団副団長の息子ですから、幼い頃は未だ後継者として教育され自分も独自に学びました」

 

 これは事実だが転生前に自分の魔導師団を率いて何年も転戦していた経験が生きている、戦争自体は三百年経っても余り変わらない。だが今回のハイゼルン砦攻略は……

 

「それと土属性魔術師として新しい戦い方をお見せしますよ、今迄とは全く違う戦い方をね」

 

「それは心強い言葉ですな、楽しみにしてますよ」

 

 それ以降は特に会話も無く目的地であるヒャムの村に到着した。しかし全く新しいとは大嘘だな、古代の魔法の再現だが僕は戦争特化魔術師として名前が広がるだろう。

 軍隊の最大の弱点である維持運用する予算、出陣迄の長い準備期間の二つが殆ど掛からないのがゴーレム軍団だ。そして兵士の損耗も度外視して良い、命令は迅速で違反も無い理想的な軍団だ。

 

「休憩と補給をしましょう。ウォーレン、後の事は頼んだ」

 

 食料品は何とかなるが飲料水は鮮度の問題と重量の関係で途中で補給しながらの移動が効果的だ、僕の空間創造はその辺の常識を一切無視する反則気味なギフト(祝福)だけどね。

 村の前で整列している村長と村の有力者達に挨拶する為に馬を降りて歩き出す、周りにはボーディック殿達四人が然り気無く並んで居る。本来なら馬に乗ったまま近付くのだが、馬の世話は村の外でするから良いと判断した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました、貴族様。私は村長のハンスと申します」

 

「世話になります、馬の世話と依頼していた食料と飲料水の引き渡しについては配下の者と調整して下さい。ケン、頼みます」

 

「ハッ!お任せ下さい」

 

 本来はデオドラ男爵の配下であるウォーレンとケン、それとグレッグの三人は遠征慣れをしているので助かる。

 ハンスさんに案内されて村の中を通り村長の屋敷で暫しの休憩だ、だが今迄の村と違いかなり僕等を警戒しているんだよな。あの視線は多分だが恐怖感からくるものだが……

 

「村の雰囲気に緊張感が有りますね、何か有りましたか?」

 

「その五日前にこられた貴族様達が、いえ同行していた傭兵団と兵士の方々が村の若者と一悶着有りまして何人かの村人が怪我を負いました。それと村の娘の何人かが……」

 

 そう口を濁したがビアレス殿の部隊では貴族は彼だけだった筈だ、自分の家から供回りの連中は連れて来たが残りはバニシード公爵の手配した兵士と傭兵達。

 元々縁など無いお仕着せの味方だから管理が不十分か村人など気にしていないのか、僕は両方だと思うな。

 

「そうですか、先行しているのは宮廷魔術師第十一席のビアレス殿とバニシード公爵の配下の混成部隊。味方では有るが同時に競い合う連中でも有ります」

 

「そして我々は宮廷魔術師第二席、ドラゴンスレイヤーで『ゴーレムマスター』の二つ名を持つリーンハルト卿が率いる残りの公爵四家の混成部隊だ。先行する馬鹿共とは違う、同じに思うなよ」

 

 ボーディック殿からフォローと言うかハンスさんからしたら追撃を食らった事になるだろう、顔が引き攣っているし。

 

「滅相も御座いません、此方が私の家になります。どうぞゆっくりと寛いで下さい、直ぐにお茶の用意をしますので」

 

 案内された村長宅の部屋は綺麗に清掃されて素焼きの花瓶には名も知らぬ花が生けられている。お茶を配り終わると、ハンスさんはそそくさと他の連中と共に部屋から出て行った。

 御用が有ればハンドベルを鳴らして欲しいとの事なので直ぐ近くに誰か控えているのだろう。

 やはりビアレス殿は配下の手綱を取れずに末端の連中は好き勝手しているんだ、そして遂に女性達に乱暴狼藉を働いてしまった……だから村人がアレだけ警戒しているんだな。

 だがそれだけではビアレス殿に罪を問う事は不可能だ、それだけの身分差が有るのが現実で配下の馬鹿共はビアレス殿の威光を盾にやりたい放題だぞ。

 

「大分好き勝手にやってくれますな、ビアレス殿は」

 

「しかも五日前って我々の半分の進軍速度だ、もう二日も詰まったぞ」

 

「これは明後日の朝にハイゼルン砦に到着する頃には更に差が詰まる、下手すると未だ攻略もしてない可能性は有るね」

 

「気に入らねぇな、自国民に対して何やってるんだよ。ビアレス殿も配下を抑えられないとは呆れてモノが言えないな」

 

 皆さん大分苛立っている、特に最後のレディセンス殿は口調も変わってるし。

 確かにこのペースだと彼等は移動に丸々一週間は掛かってそうだ、つまり昨日か一昨日にハイゼルン砦に到着したばかり。直ぐに攻略を開始するかも分からない、僕等が到着しても無傷で待機している可能性も有る。

 

「我々と違い二線級の連中ですから統制も悪く練度もモラルも低いのでしょう、僕は初手は譲ると言ったので最悪は到着しても攻略は待つ事になるのかな?」

 

「それが目的なのでは?時間稼ぎをして本隊の合流を待つ。二人とも攻略未達成なら言い訳にはなるな」

 

 ゲッペル殿の心配は当然だが、ビアレス殿のプライドを考えると可能性は低い。彼は自分で何とかしたがり配下の平民や傭兵団の事は磨り潰しても気にしない、それが貴族だから。

 

「いや、ビアレス殿はアウレール王に直訴して攻略遠征に参加したんだ。保身に走っても効果は一時的ですよ、最悪は宮廷魔術師の資格を剥奪されてもおかしくない」

 

「そうでしたね、無理を言って先発としてバニシード公爵からの援軍と共に出陣したんだ。しかも出陣式で国民に宣言もしたし撤回は無理だな、無茶を承知で突撃するしかない」

 

「典型的な馬鹿だよね、自業自得って奴だ」

 

 次々と結構辛辣な言葉が出て来たけど仕方無いんだ、臣下がアウレール王に直訴した重みは半端じゃない。兵士が磨り減っても強引にでもハイゼルン砦に攻め込んでいる筈だ、彼自身も前線近くまで攻め込んでいるだろう。

 二つ名の『炎槍』は投射型の魔法だが果たして岩山をくり貫いて作った堅牢な砦を壊せるかは疑問だ。直線的な投射魔法は障害物が有ると効果を最大限に発揮出来ないから……

 

「我々が到着しても攻略してなければ臆病者と罵りけしかければ良い、目の前で戦ってくれれば敵戦力の把握も出来て一石二鳥だな」

 

「そうですね。僕等がハイゼルン砦を落とした後に面倒を見なければならない、質の悪い連中は間引きが必要です。ビアレス殿は僕に対して敵愾心に溢れてますから挑発すれば簡単に乗るでしょう」

 

 移動先で問題を起こしまくる連中の面倒など見たくはないのが本音だが一応は味方、落としたハイゼルン砦の中に招かねばならない。嫌だけど……

 

「ははは、間引きとは結構辛辣ですな。確かに足を引っ張る味方は敵よりも厄介な存在ですから当然でしょう、いっそ全滅して欲しい位ですよ」

 

 ボーディック殿、どちらが辛辣なんだか分からない言い方ですよ。

 


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