古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第317話

 ハイゼルン砦の攻略遠征初日、アーレンの村で懐かしい娘に会えた。ヒスの村の村長の三女のリィナだ、彼女は政略結婚を強要されアーレンの村の村長の息子の後妻にされそうになっていた。

 本人は嫌がっていたが親同士では既に話がついていたみたいだ、だが僕が強引に自分の屋敷に使用人として引き抜いた。強制的な婚姻が嫌なのも有るが、気弱で大人しいが真面目な性格だから裏方ならば活躍出来る。

 リィナには支度金として金貨三十枚を渡し、アーレンの村の村長の妻であるパメラさんにも頼んでおいたので大丈夫だろう。

 一旦ヒスの村に戻りセタンさんに説明したら、早急に私物を纏めて辻馬車を貸し切り屋敷に来る様に頼んだ。簡単にだがイルメラ宛の説明用の手紙も持たせたから大丈夫だ、後はイルメラとサラが何とかしてくれるだろう。

 

 少しずつだが信用出来る使用人が増えて来た、王都での地盤固めの手応えを感じる根拠も出来てきたな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アーレンの村を午後一時に出発、途中のラールの村で休憩をして夕方午後六時前に予定通りにカールスルーエの街に到着出来た。

 順調な滑り出しだ、天候にも恵まれて今のところ問題は何も無い。僕の女性問題で誤解が生じた位だが、リィナは平民の村娘だから問題にされる事は無い。僕が平民の女性好きとの濡れ衣を着せられるだけか……

 

 カールスルーエの街は住民八百人前後の中規模で周辺の農村から野菜や穀物が集められてエムデン王国の各地に送られる中継地だが、その八割以上は王都に送られている。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。カールスルーエの街の代表をしております、クライスと申します」

 

 未だ三十代位の中々の美男子が街の代表らしい、他にも壮年の有力者達八人も後ろに控えていた。

 カールスルーエの街は丸太で外周に防護壁が組まれて野盗や野生のモンスターの侵入を防いでいるが今は自警団しか居ない、警備兵は全員が前線に送られている。

 旧コトプス帝国の略奪部隊は此処までは来ていないが、クライスさんの情報では最前線のアンクライムの街の周辺が攻防の要となっているみたいだ。

 

「クライス殿、今夜一晩世話になります」

 

「畏まりました、リーンハルト様と副官の方々は街一番の宿を御用意しております。配下の方々は申し訳有りませんが街の外で野営の準備が整っております」

 

「ウォーレンとケンは野営地の方をグレッグは同行してくれ、では行きましょう」

 

 馬達は街の外で中に入るのは僕と四人の副官、それにグレッグだけだ。公爵家の精鋭部隊とはいえ住民の半数に匹敵する武装した者達を街に入れるのは不可能だ、まさか住民に住居を引き渡せとも言えない。

 だが宿は貸し切りにした。防衛上もそうだが他の泊まり客も遠慮してしまうだろう、その分の料金は上乗せだがエムデン王国から準備金は潤沢に貰っている。

 未だ初日であり安全圏だから順調に進んでいる、警戒レベルを上げるのは三日目からだな。

 

 クライスさんと街の有力者達に囲まれ御世辞のオンパレードを聞きながら今夜の宿泊先へと案内される、流石は肩書が違うと対応も違う。此方が恐縮する程の腰の低さに丁寧過ぎる態度だ。

 愛想笑いで対応するが此方も気を使う、疲れているから歓待は適当に切り上げて早目に休もう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト殿は早々に部屋に戻られたか?」

 

「そうだね、初日なのに疲れたのかな?でも風呂が有ったのは嬉しかったな。ハイゼルン砦の攻略が開始されたら着の身着のままかもね」

 

「風呂は無理だが身体を拭き清める事位は出来る、ミケランジェロ殿は戦場の理解が足りないですぞ」

 

 懇親を兼ねて副官だけで宿の一階にある酒場に降りて来た、費用はリーンハルト殿の持ちらしいが優遇して貰い成果が無しは辛い。

 ボーディック殿は年長者の視線でアドバイスしているが、ミケランジェロ殿とゲッペル殿は少し違う。前者は対抗心が剥き出しで後者は腹に一物(いちもつ)抱えていそうだ。

 円卓に四人で座ると宿の従業員が側に控えてくれる、このメンバーなら飲み物はワインだろうな。

 

「レディセンス殿はリーンハルト殿とザルツ地方のオーク討伐で短期だが一緒に行動したと聞いているが、前も段取りは良かったのか?」

 

 ワイングラスを傾けながらボーディック殿が聞いてくる、悔しいが酒を楽しむ姿が様になっているな。

 

「前回は強行軍だったからな、それにリーンハルト殿は単独行動だった。だが異様な慣れを感じたぞ、戦場での恐怖に打ち勝つのには時間が必要だ。

だが彼はその恐怖を感じているとは思えなかった、淡々と成果を上げていく様子には慣れすら感じたよ。勿論だが能天気に気付かないとかじゃないぜ、アレは自分の力に絶対の自信が有って尚、油断も慢心も無かった」

 

 未だ新貴族男爵の長子だった、魔法迷宮バンクでは結果を出していたが迷宮探索と討伐遠征は似ている様で違う。しかも彼は単独だった。

 

「討伐遠征に慣れを感じるか……調べによれば冒険者養成学校で二回程実地訓練を行い冒険者ギルドの依頼で数回パーティで王都を離れている、経験は積んでいるが規模が違うな」

 

「それはデオドラ男爵家が総力を上げてバックアップしてるよ、あの配下の三人はデオドラ男爵の腹心だしジゼル嬢も色々と準備に動いてたみたい」

 

 ふむ、ミケランジェロ殿はザスキア公爵の縁者だけあり独自の諜報部隊を持ってる筈だが詳しいな。デオドラ男爵もリーンハルト殿には協力を惜しまないだろう、実子が宮廷魔術師第二席の本妻予定だからな。

 あの武闘派の脳筋集団に強大な魔術師であり宮廷内に影響力を持ち始めたリーンハルト殿が所属する、親父が警戒する訳だが上手くすればバーナム伯爵の派閥ごと引き込める。

 俺達は直接的な武力は他の公爵家に比べて弱い、引き込めばパワーバランスは此方に傾く。

 

「大切な娘婿の晴れ舞台に協力は惜しまないか……

だが御膳立てされても自然に使いこなすのは慣れが必要な筈だ、やはり僅かな経験でも糧に出来ると見るべきだな。我等が隊長殿は中々の人物という訳だ」

 

 本来なら味方の指揮官は有能な方が良いが今回は微妙、多分だが俺達は全員がリーンハルト殿の弱味か弱点、または苦手な事を探す様に言われている筈だ。

 友として信頼しているが各々の実家の事情も汲んで欲しい、敵対するには巨大になりすぎた相手だ。

 

「だが村娘一人に拘るとはな、我等が危機感を煽ったとは言え上級貴族としての心構えはイマイチだろう」

 

「可愛い娘だったよね、相手も好意的だったし元々は廃嫡し平民となる筈だったから貴族の淑女より平民の娘が好きとか?

でも困った趣味でも決定的な欠点にはならない、相続問題にはならないし平民の娘に手を出す貴族は多いよ」

 

 お仕着せの結婚を嫌がる村娘の為に雇用する、本人も嬉しそうだったし如何にも平民が好む美談だな。リーンハルト殿は平民に人気が高いし有効な意識誘導を意図して行っているのか?

 我々だって馬鹿じゃない、民衆を侮る様な事は控えるから彼等から支持されるリーンハルト殿には配慮が必要となる。だが決定的な拘束力は無い、やるだけマシ程度だが次々と仕掛けてくるよな。

 

「確かにそうだな、ザスキア公爵辺りなら民衆受けする美談として捏造するだろう。名も無き村娘の幸せの為に自分の屋敷に招くとか人気は上がるぞ」

 

「逆に他の貴族からの嫉妬や反感を買う、どちらが良いかは分からないがな」

 

 うーむ、そう言われるとリーンハルト殿の行動は賛否両論だな。だが彼は未だ未成年だ、魔法技術は卓越していても他の事は人並み程度。だから参謀足りうるジゼル嬢を大切にしているんだな、ならば男爵の側室の娘に固執する意味も理解出来る。

 考え込んでいたらワイングラスが空になっていた、マナー度外視で手酌で注ぐ。此処は戦場で周りは戦友、多少のマナー違反は構わないだろう。

 

「レディセンス殿の妹君はどうなんだ?社交界で一時期噂になっていたぞ、同じバルバドス塾生だし彼女のナイトなのだろう?」

 

 グフッ、思わずワインを吹き出してしまった。メディアがリーンハルト殿とか?

 

「ないな、プライドの高いメディアがライバルの旦那の側室になるなど有り得ない。リーンハルト殿も国王から直々にジゼル嬢との婚姻を祝うと言われたんだ、メディアがリーンハルト殿の本妻には絶対になれない」

 

 それは王命に真っ向から反発する行為だし本人達にもその気は無い、有り得ない話だな。

 

「それはニーレンス公爵も残念がったんじゃない?取り込みに婚姻は有効な手段じゃん」

 

「公爵本人が迫るよりマシだ、ましてや拒絶されたんだろ?」

 

 ミケランジェロ殿の無礼な質問に嫌味を含めて応える、ザスキア公爵の年下の少年好きは有名な病気だからな。リーンハルト殿も断る事に苦慮してると聞いているぞ。

 

「その点で言えばローラン公爵は縁者であるニールを側室に送り込んだんだよな、公爵四家で一番縁が強いか?」

 

「没落して褒美用に世話していた身分の低い女だろ?影響力は殆ど無いじゃないか」

 

「此処で言い争いをするな、落ち着きたまえ!」

 

 ゲッペル殿の一喝で三人共に言い争いを止めた、悔しいが円熟した漢の魅力が有るな。

 

「すまない、感情的になってしまった。何より俺達はリーンハルト殿のサポートの為に居るのだ、仲違いは良くないな」

 

 軽く頭を下げてこの話は終わりにする、リーンハルト殿の弱点探しが意外と余計な事にまで飛び火してしまった。我々も今夜は早目に切り上げて寝るかな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜中にリィナが訪ねて来る様な困るイベントも無く清々しい目覚めの後に大浴場で疲れと汚れを落とす事が出来た、自分が一番最後に食堂に向かったのだが……

 

「何か雰囲気が暗くないですか?」

 

 ムスッとしたレディセンス殿、拗ねているミケランジェロ殿、無言のゲッペル殿に困った感じのボーディック殿が既に席についている。僕が残された椅子に座ると料理が運ばれて来た。

 スープはレンズ豆と豚のすね肉のズッペ、主食は厚切りベーコンのフライシュケーゼとポテトと牛肉のファンクーヘン、黒パンのポンパニッケルも出された。

 

「今日の予定ですがハイムの村を通過しジンゲンの村で昼食と休憩、シャムの村で小休止と夕食の食材を調達しエルディング平原で野営します」

 

 配膳中に予定だけは伝える、幸い天候も引き続き快晴で野営に問題は無さそうだ。なるべく食料は新鮮な物を調達し持参の携帯食料は食べない、敵陣の近くで満足に補給が出来るか分からないから。

 本来なら先に消費し荷物を減らすべきだと悩んだが、略奪が酷い場合は援助も必要になるだろう。僕等は困っている領民達は極力助けなければならないんだ。

 

「了解しました、彼等が無言なのは懇親の為に酒を一緒に飲んで少し言い争いになったからです。ですが暫く時間を置けば大丈夫でしょう」

 

「そうですか?後を引かない様に気持ちに整理をつけて下さい」

 

 それだけ言ってから食事に取り掛かる、熱々のスープを飲みながら今朝グレッグさんから報告された内容を思い出す。彼等は僕について色々と話していた、リィナの件もそうだが僕の行動が遠征に慣れを感じる事が不思議だと言っていた。

 やはり彼等は僕に協力するだけでなく一緒に居る事により僕自身の調査も言い含められているのだろう、あわよくば弱点か欠点を見付けて交渉の材料にしたいんだ。

 しかもゲッペル殿とミケランジェロ殿は僕に好意的じゃなく平民のリィナを助けた事にも否定的だった、彼等の行動には注意が必要な事を改めて感じた。

 

「唯一の救いはレディセンス殿が友好的で二人の抑えに回ってくれる事か……」

 

 二日目からコレでは溜め息しか出ないよ、この先が不安だな。

 

「ん?リーンハルト殿、俺が何か?」

 

 声に出して独り言になってしまったか、反省。

 

「いえ、何でも有りませんよ。デオドラ男爵家の陣中食を思い出して胸焼けしていた所です、早目に食べて出発しましょう」

 

「ああ、あの野戦食か。一度見た事は有るが量が異常だったな、確かに食べた事が有るなら胸焼けするだろう」

 

 妙にげんなりしているレディセンス殿だが過去に食べた事が有るみたいだな、ザルツ地方のオーク討伐遠征で同行した時は一般的な……いや、三割位に抑えていた筈だったが。

 

「遠征は体力勝負です、食べれる時に食べて体力を付けましょう。今夜は全員野営ですよ」

 

 距離と工程の関係でどうしても野営しなければ駄目だったが観光旅行じゃないので公爵家関係者でも我慢しろと割り切る。あの資機材用の馬車には立派なテントの部材も確認出来たし。

 僕は自前の錬金によるテントと言うか小屋を作る予定だが防御陣地の設営は彼等に任せる予定だ、現代の最精鋭部隊の野営設備は参考に見てみたいんだ。

 




合計UAが400万を超えました、有難う御座いました。現在書き溜めを開始し12月には一ヶ月連続投稿をしようと考えています。今後も宜しくお願いします。

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