古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第312話

 

 リズリット王妃から聞いたエムデン王国の動き、周辺諸国にまで外交を仕掛けるとなればアウレール王は本気で今回の件で旧コトプス帝国との決着を着けるつもりだ。

 自分の後継者を外交に出すともなれば相手も国賓として最上級に近い持て成しをするし、次期王グーデリアル様なら相当な権限を持たされているだろう。

 残念ながらミュレージュ様も同行の準備で忙しく会えなかったが、模擬戦が有耶無耶になるから逆に良かったのかな?

 

「折角昼食に誘ったのですから、残りの話は食後にしましょう」

 

「そうね、積もる話も有るから先に食事をしましょうか」

 

 リズリット王妃の残りの話は今後の動き、セラス王女の積もる話は『王立錬金術研究所』絡みだな。僕も魔術師ギルド絡みで話が有るので丁度良かった。

 

 彼女の指示で食前酒と前菜が運ばれて来た、食前酒はアマレット(杏の種子と他のフルーツやハーブを付け込んだ酒)のリキュールで前菜はトマトとバジルとモッサレラチーズのカプレーゼ、蜂蜜とブルーチーズのトーストカップ、無花果とシェープルチーズのタルトの三品だ。

 

 食前酒のグラスを胸の高さまで持ち上げて乾杯する、アプリコットのリキュールと違い複雑で味わい深いのがアマレットだ。

 

 これからはマナー重視の長い戦いになるだろう。池の上を流れて来た風が爽やかで気持ち良い、日差しは柔らかいし素晴らしい環境だが……

 見えない護衛を魔法で感知している、大地に立っている限り半径50m前後ならば風の属性魔法と同じく感知出来る。今感じている護衛の数は十人だ、流石に王妃と王女だし厳重だよな。

 

 この後に海鮮サラダのバルサミコドレッシング和え、メインディッシュの魚は銀ダラのムニエルほうれん草のソースがけ、肉はラムチョップの香草焼き。

 そしてデザートは数種類のケーキが乗ったプレートが運ばれて来た。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 色んな意味で気を使う昼食が終わった、高級食材に腕の良いコックの作る料理だが味わう暇は少なかった。無言で高貴な淑女達との食事は神経を磨り減らす行為なんだよな、実際に疲れたし……

 疲労した顔を見せない為に気合いを入れて笑顔を浮かべる。

 

「見事な料理でした、特にパルマ産のラムは臭みも無く肉質も柔らかく美味しかったです」

 

 配膳の上級侍女が産地まで説明してくれたので適当に話題を振る、僕はグルメではないし食生活も貴族としては質素な方だ。

 高い食材は王宮勤めの時くらいしか食べない、急な出世に身の回りの生活レベルが追い付かないのも事実だ。急に贅沢をする気も無いので気にしていないが、その内に身分相応の食生活をしろとか言われそうで嫌だな。

 

「毎回思いますがリーンハルト殿のマナーは完璧ですわね、格式の高い晩餐会でも通用するレベルですわ」

 

 ああ、外交要員としても恥ずかしくないレベルだと言っているんだな。単純に誉めるほど甘くないのがリズリット王妃だ、必ず裏が有るか他に含みを持たせている。

 

「本当にそうね、マナーの悪い人との食事は苦痛だけど、リーンハルト殿なら私も安心だわ。今後もね」

 

 単純に誉めて裏がないのがセラス王女だ、彼女は自分の興味が有る事以外は淡白で案外適当だ。その分興味が有る事にはグイグイと攻めて来るので、今後もとは色々とマジックアイテムの作成を頼みたいんだな。

 

「有難う御座います。内心凄くドキドキしていて、味わう暇も無かったのが正直な気持ちです。所詮は付け焼き刃のマナーですが何とかなるモノですね」

 

 無駄は承知で苦笑しながら何時かはボロが出ますと謙遜しておく、確かに新貴族男爵家の教育内容を逸脱しているな。元々は王族の教育範囲だった、他国に人質として送り込むにしてもマナーは大切だ。

 マナーを教育されてないのは人質として価値が低いからとも思われる、教育とは人質の価値を高める事にも繋がるので強制的に学ばされたんだ。

 

 暫くは時事の話を盛り込んだ会話をする、たまにセラス王女が錬金術絡みの話を振ってくるのは欲望に忠実な姫様だからだ。

 会話が途切れた時を見計らい本題の『王立錬金術研究所』の件を報告する。

 

「実は所属する魔術師ギルド本部から懇願されまして、『王立錬金術研究所』の所長に任命されました。配下は一新されて副所長兼お目付け役にレニコーン殿の補佐であるリネージュ殿が派遣されました。

基本的には僕の自由に出来ますのでセラス王女の依頼を受ける形で研究していきます」

 

 もしかしたら既に報告が行っているかと思ったが、セラス王女の表情からして初耳な感じだな。流石のレニコーン殿も王族へ直ぐに報告する伝手は無かったみたいだ。

 

「それは……その、リーンハルト殿にとって有益なのですか?私はもう『王立錬金術研究所』には興味が無くなっていました、個人で受けれる事をわざわざ組織として受けなくても良いのですのよ」

 

 真面目な顔で『王立錬金術研究所』を切り捨てるつもりだったと教えられた、もしかして魔術師ギルド本部は、いやレニコーン殿はセラス王女の考えを薄々気付いていたんじゃないか?だから不利な条件でも飲んだんだ……

 

「メリットは有ります。僕も魔術師ギルド本部には所属してますから失態は少し困るのです、だから条件を付けて所長の件を飲みました。

今の僕は急な出世により立場が微妙なので後ろ楯になる事、配下を一新し紐付きでないフリーな若手土属性魔術師を配する事、そして研究対象はセラス王女からの指示のみに従う事。他にも細かい事は有りますが概ねこんな感じです」

 

「リーンハルト殿は王都の冒険者ギルド本部とも懇意だと聞いています、つまり王都の二大ギルドの後ろ楯を得た訳ですね。

そして自分だけの土属性魔術師達を集めて鍛える、確かに宮廷魔術師団員はニーレンス公爵派閥の方々ですから子飼いの部隊を欲したのですわね?」

 

 やはりリズリット王妃は油断がならない、正確に僕の考えを読んだ。その通りなんだ、色々と理由を付けたが僕は魔術師ギルド本部の後ろ楯と自分の直属の土属性魔術師達を求めた。

 ロップス達を鍛えて自分だけの魔導師団を作りたいんだ。

 

 ニッコリと微笑んで頷く、此処で言い繕っても無駄だし意味が無い。本音を言うから信憑性が有って信用されるんだ、リズリット王妃も僕の後ろ楯になって欲しいから極力隠し事は無しにしたい。

 

「私は構わないわ、お願い事を聞いてくれるならね。でも若いのに派閥争いの為に色々と動いているのは理解したわ、つまり急な出世に嫌がらせをする連中が居るのね?」

 

「リーンハルト殿は私達と懇意にしてますから、私達の敵対派閥からすれば出世し権力を拡大するのは面白くないのですよ。バニシード公爵が良い例です、直ぐに失脚するとは思いますが……」

 

 ほほほって優雅に笑ったけどリズリット王妃は何か企んでいるな、ハイゼルン砦攻略の失敗の時に追撃するぞ。彼女とバニシード公爵は上手く行ってなかったんだ、これは益々負けられないぞ。

 

「そうですね、王命を偽り大口を叩いたのにハイゼルン砦攻略に失敗したでは大失態でしょう。更に自身の部隊もビアレス殿が居ても被害が出れば敗戦と同じ、ですが自業自得ですよ」

 

 ニッコリと微笑んで切り返す、流石に淑女二人も僕の腹黒さに驚いたかな?ただの魔法馬鹿ではないのですよ、優秀な参謀殿(ジゼル嬢)が居ますので。

 

「王立錬金術研究所の所長の件は分かりました、私としても自分が立ち上げた部署の失敗は良くないとは思ってましたから。次の研究はレジストストーンの性能向上で良いわね?」

 

 良かった、セラス王女の許可を貰えた。いくら魔術師ギルド本部が所長に任命したとはいえ、セラス王女が許可しなければ無理だったんだ。

 レジストストーンの性能向上の件は了解です、回避率35%まで二ヶ月位で達成します。平行して配下の訓練を行い量産体制の確立もすれば一石二鳥だな、配下の能力向上と収益アップは魅力的だぞ。

 

「はい、二か月以内に35%まで回避率を上げてみせましょう」

 

 セラス王女の次の指示も貰えた、あとはもう一つの布石を打っておくか……

 

「リズリット王妃からミュレージュ様にコレを渡しては頂けないでしょうか?」

 

 そう言って魔法迷宮バンクで手に入れた『春雷』とコピーであるロングソードを空間創造から取り出す。周りの護衛達が反応したが未だ鞘に納まった武器を取り出しただけだから大丈夫みたいだ。

 

「二振りのロングソードですわね、コレをミュレージュに渡せば良いのですか?」

 

「マジックウェポンよね?此方は見覚えが有るわよ、確か宝物庫で見たのと同じだから『春雷』よね?」

 

 流石はマジックアイテムに造詣が深いセラス王女だ、淑女が武器に詳しいとは驚いた。

 

「はい、これは魔法迷宮バンクの最下層で手に入れた『春雷』です。常に刀身に雷を纏い攻撃した相手に麻痺の状態異常を付加する魔法剣で近衛騎士団が集めている物です。

そして此方が僕が『春雷』を研究しコピーした物です、常に雷を纏うのは核となる上級魔力石の魔力の消費が激しいので無理ですが刀身に衝撃を与えた時に雷を纏い麻痺の状態異常を引き起こします。まぁ劣化品ですが実用に耐えるレベルで仕上げました」

 

 この言葉に周りの護衛達が反応した、自分達も欲しくて国家を上げて収集している『春雷』の劣化品とはいえ状態異常付加の武器が目の前に有るんだ。武人なら反応するだろう。

 

「まだエムデン王国にすら数本しかない『春雷』だけでなく劣化品とは言え複製品まで献上するとなれば、魔術師ギルド本部にも配慮が必要になるわ。これだけの逸品の成果をむざむざと他人に渡すのは私は反対だわ」

 

 セラス王女は僕の事を本気で心配してくれているのが分かる、七ヶ月も待たされて下級のマジックアイテムしか作れなかった魔術師ギルド本部に対して不信感が有るのかも知れない。

 何もしないで成果を得られる事に対して、きっとお気に入りの僕の手柄を掠め取るなとか思ってくれているのだろう。

 

「その必要は有りません、『王立錬金術研究所』はあくまでもセラス王女から言われたマジックアイテムを研究する場所です。これは僕が個人的に研究しているので魔術師ギルド本部とは無関係な品物ですから」

 

 魔術師ギルド本部とも『王立錬金術研究所』の所長になる条件は『セラス王女から頼まれるマジックアイテムについて』は責任を持って研究すると取り決めた、個人的な研究については対象外だ。

 

「これはリーンハルト殿個人の研究成果なのですね、これを近衛騎士団員でもあるミュレージュに渡す事とは……この複製品の量産は可能でしょうか?」

 

「可能ですが週に一本が限界です、込める魔力の問題で量産は難しいのです。ですが剣以外でも槍や短剣でも作れますが打撃系の武器は無理です」

 

 本当は一日で五本は可能だが量産すると価値が下がるので嘘を言う、週に一本なら年間で約五十本。近衛騎士団員の能力アップにもなるし、エムデン王国全体の攻撃力アップにもなる。

 

「週に一本?『春雷』は一年で二本見付かるかどうかなのに、劣化品とはいえ週に一本のペースで生産可能なのですね」

 

「リーンハルト殿も悪どいですわね、これを魔術師ギルド本部や王立錬金術研究所を経由せずに直接ミュレージュに渡すとは……

ですが『春雷』については適正価格で買い取ります、確か希少品で市場での人気が高いので入札の平均落札額が金貨三万枚でしたか?それで自作の方のロングソードに銘は有りますか?」

 

 銘?名前か、僕は名前を考えるセンスは無いんだよな。マリエッタにも単純で分かりやすいですねって嫌みを言われた程だしな。単純に『麻痺のロングソード』とかだと駄目かな?

 

「僕には名前を付けるセンスは皆無らしいのです、なので単純に『麻痺のロングソード』でしょうか?」

 

 む、リズリット王妃とセラス王女が溜め息を吐いたぞ、しかも可哀想なモノを見る目を僕に向けるし……

 

「そのロングソードの名前は『雷光(らいこう)』でどうでしょうか?私が名付け親ですわ」

 

「つまり御母様公認のマジックウェポンね。潜在的に仲の良くない宮廷魔術師と近衛騎士団に聖騎士団だけど、リーンハルト殿の存在が両者の協力への架け橋になりそうだわ。

マジックウェポンには余り興味が無かったのだけれど、レジストストーンの性能向上の次に研究させるのも楽しいわね」

 

「マジックウェポンについてはリーンハルト殿の個人的研究の方が周りから干渉されないから、貴女は他の物を依頼しなさい。リーンハルト殿がコレをミュレージュに渡すのも、その為ですわよね?」

 

 流石はリズリット王妃だ、僕の考えなど御見通しって事かな。軽く頷いて了承する、武器や防具関連については自由にやらせて貰いたいのが本音なんだ。

 


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