古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第311話

 暫く待たされたが、ハンナがウーノを通じてセラス王女からリズリット王妃に伝言を伝えてくれた。昼食を一緒に食べようと招待してくれた、ミュレージュ様を含めてだ。

 正直有り難かった、彼女達に会った後で、ミュレージュ様への面会のお願いをするつもりだったから。ウーノが十二時丁度に僕の執務室に迎えに来るそうなので一時間位は時間が有るな……

 

「イーリン、先にザスキア公爵の執務室に行こうかな。何時も訪ねて貰っては気が引けるんだ」

 

 壁際に控える四人の中でも一番ポーカーフェイスで腹黒い侍女に声を掛ける、毎回僕の執務室に入り浸るより此方から訪ねた方が良い気がする。

 

「互いの執務室を行き交う仲と言う訳ですわね?分かりました、ご案内致します」

 

 丁寧な態度で深く頭を下げるが話した内容が酷く誤解を生じる内容だぞ、やはり彼女が一番腹黒い。ハンナやロッテの方が表情が読み取れるので分かり易くて助かる。

 

「事実を知らない人が聞いたら大問題な内容だが、もう少し仕えし主に気を使って欲しい、それが仮初めの主でもだ」

 

 思わず額に手を当てて頭を振ってしまう、普段は有能なのに時々質(たち)が悪い事を真顔で言って僕を困らせるんだ。

 

「あら?お互い仲が良いと思っていたのですが、私の勘違いでしょうか?」

 

「その仲の内容を問題にしている、協力者としては最高と思っているが男女間では一線を引きたい関係だ!」

 

 あらあらと笑われてから謝罪された、この腹黒侍女を嫁に迎える相手は大変だな。生半可な事では隠し事一つ出来ない、有能なのは分かるがジゼル嬢の方が万倍良いな。いや身内贔屓かな?

 

「何か良からぬ事を考えてはいませんか?」

 

 ポーカーフェイスを止めてジロリと睨まれた、女性ってたまに男が考えている事が読めるんじゃないかって思う時が有る、スキルとか別問題で……

 

「いや、婚約者に思いを馳せていたんだ。案内を頼む」

 

 この惚気の様な切り返しには流石に絶句してポーカーフェイスも乱れたな、思いもよらない言葉だったんだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 初めて向かうザスキア公爵に割り当てられた執務室は驚いた事に近かった、四部屋先で距離にして50mも離れてない。広い王宮で上位貴族と宮廷魔術師の執務室が近いのは驚いた。

 途中の三部屋は誰なのか後で調べておくか……

 

「此方になります、暫くお待ち下さい」

 

 イーリンがノックをして先に入りザスキア公爵と二言か三言話してから直ぐに部屋へと招かれた、間取りは僕の執務室と同じみたいだな。

 だが年上の女性らしく落ち着いた雰囲気で派手でない生花が多く飾られている、全体的にベージュ色が基本となっている。

 

「あら、珍しいわね。リーンハルト様から訪ねてくれるなんて」

 

 ソファーに座る様に勧められたが革製じゃなくて布を茶色に染めた物だな、草木染って言うんだっけ?自然な色合いで珍しい座り心地と肌触りだ。

 

「何時も足を運んで貰うのも悪いと思いまして……しかしこんなに近いとは思ってませんでした」

 

 開けられた窓からはカーテンを少し揺らす程度の柔らかい風が入ってくる、独特の香料の匂いは異国から輸入される香木を焚き染めているのかな?

 

「気を使わなくて良いのよ、私がリーンハルト様の部屋に行きたいの」

 

 執務室を部屋と言い換えられると変な気持ちになるな、背中がムズ痒いと言うか擽(くすぐ)ったいと言うか……

 初めて見る侍女が四人、全員が美人揃いだがイーリンに通じるモノを感じるな、苦手なタイプだ。しまった、完全にアウェイだぞ。

 

「有難う御座います。ですがお互いに不利な噂話になるのは控えるべきです、僕達が懇意な事はアウレール王の耳にまで届いていましたよ」

 

 用意された紅茶を一口飲む、最高級品質のティーカップセットには白磁に金で模様が描かれている。味は柑橘系のフレーバーで爽やかで飲み易い。

 

「ふふふ、国王公認なら怖いモノは無いわね。ジゼル様も幸せ者だわ、良く出来た身分違いの婚約者との結婚を国王自らが認めてくれたのだから……」

 

 流石に情報は入っているんだな、周りの連中も聞き耳を立てていたから話が広まるのは時間の問題だ。国王公認となると結婚式は盛大に行う必要が有る、モア教の高位の司教にお願いするには時間が足りないか?

 場合によっては助祭枢機卿か司教枢機卿クラスかな?流石に教皇様は王族か公爵家の跡継ぎクラスの冠婚葬祭でしか出張らない。僕だと頑張って助祭枢機卿かな?

 

「牽制ですよ、僕は王位簒奪など考えてもいないのに高貴な血を引く子供が生まれたら周りが悪巧みをすると思われたのでしょう。恩を売りつつ不安要素を潰す、でも僕にデメリットは無いので良いのです」

 

「正解よ、リズリット王妃はリーンハルト様の事を警戒しているわ。ジゼル様との婚姻の後に王位継承権の二十番目以降の娘を宛がい王族の末席に引き込むわよ、貴方をエムデン王国に縛り付ける為にね」

 

 全く妬けるわねっていわれたが、本妻に血筋の低いジゼル嬢を迎えさせて側室に王位継承権の低い王族を与えるのか?少し前にジゼル嬢からも言われた事が現実味を帯びてきた、彼女の予測は大した物だ。

 

「ああ、序でに外交も王族として励めよ勤めよって事ですよね?上位宮廷魔術師で王族の末席なら外交面でも働きを期待出来るって訳だ。

リズリット王妃の考えそうな事ですが、流石に王族を僕に嫁がせるのは無理が有るでしょう。僕も王族の姫君など要りませんよ」

 

 強制的な政略結婚、しかも地位は低いが王族の姫君など転生前の嫌な出来事を思い出してしまう。

 

「それは仕方無いわよ。貴方は宮廷内での作法も問題無いのですから、出来が良過ぎたと諦めなさいな」

 

 困ったわね、私の入り込む隙間が無いわって言われても何も言えません。そんなに悲しい顔をされても困ります。

 

「普通は出来が悪いから諦めろでは?しかし宮廷内の作法は付け焼き刃です、いずれボロが出るから気が気でないのです」

 

 自分より立場も低い者の出来が良ければ利用し、出来が悪ければ使い潰す。それが身分制度が強い貴族の普通の考え方だ、間違いではないな。

 

 む、ソファーに横座りしていたザスキア公爵が姿勢を只したぞ。これは真面目な話になるぞ。

 

「リーンハルト様は少々出世が早過ぎましたわ、新貴族男爵の息子という貴族としては最下層の身分から宮廷魔術師第二席で侯爵待遇まで駆け上がった訳よ。

下っ端の連中からしたらリーンハルト様は出世のスピードが早過ぎて希望の星にはならなかった、誰しも親近感の無い相手の出世は嫉妬の対象でしかないのよ」

 

「嫉妬ですか?」

 

 ザスキア公爵の情報なら信憑性が有る、つまり僕は下級貴族や官吏から嫌われているんだな。色々な所から言い寄られては、のらりくらりとかわすか断ってるから好かれないのは知っていたが……

 

「そうよ、小者の嫉妬は醜いけど馬鹿に出来ないわ。彼等は一人では大した事は出来ないけど数が多いから厄介なのよ、何が厄介かって言えば自分の仕事しかしないのよね」

 

 自分の仕事をする、自分の仕事しかしない。うん、普通だし嫌がらせにはならないのでは?

 

「それは普通なのでは?」

 

「違うわよ、彼等は自分の仕事の権限の範囲内で最大限にリーンハルト様に嫌がらせをするの。関係書類を出来るだけ止めたり担当外だからと仕事をたらい回しにしたり……

陰湿だけど責められないわね、彼等下っ端が居ないと王宮内の仕事が回らないのも確かなのよ」

 

 うん、昔も居たよ。そんな小賢しくて嫌らしい小者達がさ、でも当時は仮にも王族だったし味方も沢山居たから何とかなったんだ。今は微妙だよな、ある程度の権力を握らないと駄目かもしれない。

 

「早く王宮内での発言力を高めないと抑えられないですね、奴等は権力に弱いでしょうから。それと抑えられる中間層の取り込みでしょうか?」

 

 おや?意外な顔をされたぞ、もしかして対応を間違えたか?三百年前と違い現代だと違うのかな?

 

「正解よ、私も協力してあげるわ。でも小者達の扱い方まで理解しているとは少し驚いたわよ、貴方って本当に何者なのかしらね?

それと出来過ぎは嫉妬の対象になりやすいの、何か一つは欠点や弱点を見せた方が良いのよ。アイツは良く出来るけど、アレの部分は全く駄目なんだぜって嫉妬心を弱める何かをね」

 

 そう不思議そうに言われたが転生した三百年前の古代魔術師と教えたらどんな顔をするのだろうか?しかし欠点か弱みか……

 

「なる程、情報操作に長けたザスキア公爵が自身の不名誉(年下の美少年好き)な噂をわざと沈静化しないのには、そういう意味が有ったのですね!」

 

 漸く納得した、変な性癖を持つ事で恐れられる事を緩和しているんだ。さもなければサリアリス様と同じく畏怖の対象となり極力接触を拒もうとするだろう、やはり美少年好きは擬態だったか……

 

「え?尊敬の目で見ているけど、そんな風に考えていたの?それは違うのよ」

 

「流石ですね、僕も最初は騙されて貞操に関しては相当警戒したのですが杞憂だったのですね。参考にしたいのですが、僕が偽りとはいえ性癖系の弱点を晒すと突け込んで来て逆効果な気がします。

難しいですね、どんな物が良いのでしょうか?」

 

 女性の良い匂いが好きなのだが、これでは只の女好きと変わらない。余計に条件の合う女性達を勧めてくるだろう、または香水とかも考えられる。故に却下だ!

 

「いえ、あのね……リーンハルト様?それは誤解で私は本当にリーンハルト様の事を狙っているのよ」

 

「もう大丈夫です、真相さえ知れば安心しました。ザスキア公爵ほどの魅力的な女性が年下好きなどと真剣に心配したんですよ?」

 

「もう良いわ、この話題には暫く時間を置きましょうね」

 

「はい?分かりました」

 

 凄く気落ちしているが何か心配事でも有るのだろうか?それとも擬態とはいえ年下の僕に迫った事が演技とバレて恥ずかしいのかな?

 そんな事は気にしなくても良いのに、根は真面目な淑女なのだろう……

 

 後は僕が出陣する際に『戦旗』を掲げた時、ザスキア公爵の手の者が目敏く『セラス王女の家紋』を見付けて騒ぎ出す。僕が王族であるセラス王女の、アウレール王の意向に沿った出陣であると……

 因みにザスキア公爵は民衆扇動の手管が巧みな所が僕は怖い、一番怖いんだ。五百人以上の配下を集まった民衆の中に潜り込ませるとも教えてくれた、だから後の事は任せて頑張れと。

 

 彼女が味方の内に勢力を伸ばして力を付けないと危険かも知れない、今の僕は自身の力だけで成り上がったが味方を増やさないと駄目なのは理解したぞ。

 先ずは結婚式にも誘われているコリン子爵の御子息であるグランジ殿と友好関係を結ぶか、王宮勤めの中間管理職の筈だから横繋がりで同僚の連中とも縁を結べるだろう。

 

 やれやれ、第二の人生も派閥争いに悩まされるとはね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ザスキア公爵と実りと課題の有る話し合いを終えて、リズリット王妃達との昼食会に呼ばれた。

 迎えのウーノの案内にも大分慣れた、流石に王族の居住地区の警備は厳重だか数回の往復で警備関係者も僕の事を認知してくれたみたいだ。

 融通と言うか過剰な警戒が無くなった、取り敢えずは危険人物では無いと判断されたのだろう。

 初めてミュレージュ様との昼食会と同じ池の辺りのテラス席、前回はリズリット王妃をサプライズ的に紹介されたけど未だ半月も経ってないんだな。

 

「お招き有難う御座います」

 

 既にリズリット王妃とセラス王女は席に着いている、ミュレージュ様は未だみたいだ。

 

「ミュレージュは近衛騎士団としての仕事の関係で来れなくなりました、近隣諸国にグーデリアルの警護として同行しますので準備の為です」

 

「それは、そうですか。会えるのを楽しみにしていたので残念です」

 

 次期王として指名されているグーデリアル様と近隣諸国に外交となれば、アウレール王は本腰を入れて今回の戦争に臨むつもりだ。

 旧コトプス帝国との決着を着ける為に近隣諸国に工作して最悪奴等を匿っているウルム王国と開戦しても二国間、いや滅んだ国を含めて三国間の問題として不干渉でいて欲しいと話に行くんだ。

 

「今回の件ですが長引きそうですね、残党共の動きを制限する為にもハイゼルン砦は最短で落とします。そこを拠点として残党共と戦う事になるでしょう」

 

「そこまで読みましたか、アウレール王は今回で過去の怨敵と決着を着ける考えです。最悪は自らがウルム王国との外交に動かれるでしょう、リーンハルト殿の活躍を期待しています」

 

 活躍、それは外交を有利に進める為にも最短で最高の結果を出さねばならない、出し惜しみは無しで全力全開でいくか。

 


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