古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第309話

 

 何とかポルカを踊り終えて次の曲との合間に踊りの輪から離れる、精神的に相当疲労したぞ。

 

 ザスキア公爵の後にパートナーチェンジを三回、合計四人の淑女と踊ったが名前と顔を覚えるので手一杯だった。後々に王家主宰の舞踏会で一緒にダンスを踊りました某(なにがし)ですって来るだろうし。

 余りパーティー会場を彷徨き回るのも良くないので手近なテーブルに寄り飲み物を貰い壁際に……

 と思ったが、壁の花と化した淑女達から一斉に見詰められる。迂闊に近付くのは問題と思い、さり気なく視線を周囲に向けて知り合いを探す。

 

 駄目だ、知り合いは近くには居ない。しかも娘同伴の親達が周囲に集まりだしたぞ、挨拶から娘紹介、そしてタイミング的にワルツの時を狙いダンスを一緒に踊って欲しいの流れだ。

 自意識過剰なモテ男じゃないぞ、ハニートラップや派閥引き込みの駆け引きの面倒臭さを心配しているんだ。

 

 何故か見知った侍女が常に何人か周囲に居る、一番近くに控えているのはハンナ達が主宰した王宮侍女達のお茶会で一緒だった六人の内の一人だよな、確か……

 

「オリビアさんだったか?アルコールの入って無い飲み物を貰えるかな」

 

「はい、リーンハルト様。此方が桃の果汁水になります。名前を覚えて頂き有難う御座います、凄く嬉しく思いますわ」

 

 む、大袈裟に感謝されてしまったが僕が侍女好きみたいに取られてないかな?オリビアさんが料理も勧めてくるので少し腹に入れようと食べる事にする。

 牛肉のミンチや鰯のオイル漬けをパテ状にした物を薄焼きのパンに乗せた手軽に食べれる料理を小皿に取ってくれた、濃い目の味付けが食欲を刺激するが食べ過ぎは駄目だ。

 

 舞踏会なのに専属の侍女を侍らした感じになってしまった、三個ほど食べながらアウレール王を探していたが丁度ローラン公爵と談笑しているのを見付けて近付く。

 

「よう、ゴーレムマスター。ダンスを見たが中々様になっていたぞ」

 

 直ぐに此方に気付いて気さくに声を掛けてくれた、この対応は嬉しい。僕が国王と其なりの関係に有ると周りに思わせる事が出来るから。

 

「噂通りの軽やかなステップですね、運良くお相手出来た淑女達は皆の羨望の的でしたわ」

 

 アウレール王の態度の軟化にはリズリット王妃が絡んでいる筈だ、実子二人を引き合わせたのだからフォローしてくれるのだろう。

 アウレール王とリズリット王妃が一緒に居たので丁度良かった、一番挨拶が必要な相手だから……

 

「有難う御座います、王家主宰の舞踏会は初めての参加なので緊張しています」

 

 失礼の無い様に細心の注意をしながら受け答えをする。立ち話とはいえ、仕えし国の王と王妃との会話だ、慎重になり過ぎる事は無い。

 

「ふむ、出来過ぎの噂話は嘘ではなさそうだな。お前の為に公爵四家が競って協力を申し出たそうだな、だがお前はザスキアを優遇している」

 

 特に責める口調ではないが、僕が公爵四家の中でザスキア公爵を一番重要視してると思われているのかな?実際に間違いではないが、脇に居るローラン公爵には面白くない話題だった。

 

「ザスキア公爵からは積極的に交際を申し込まれましたが、他の公爵様方への対応に差は有りません。助力の申し出は最大限の感謝をしています」

 

 凄い顔の皮が厚い対応だな、攻城戦には役には立たないが精鋭部隊を預けられるのだ、配慮はしないと駄目だ。

 

「面白味が無い堅実な対応だ。お前は未成年なのに老成しているな、もっと若さ故の無謀さが欲しいところだぞ」

 

「魔術師故に考え過ぎてしまうのでしょう、ですが知的探求には歯止めが効かない魔法馬鹿と婚約者にも言われました」

 

 苦笑しながらノロケれば少し微妙な顔をされた、男爵の側室の娘が侯爵扱いの宮廷魔術師に言う事ではないと思われたか?

 ジゼル嬢を本妻に迎える為の伏線のつもりだったが彼女の立場を悪くしてしまったかも知れないぞ、もう少し気を使わないと駄目だ。反省……

 

「デオドラ男爵の愛娘の事か……ふむ、似合いの夫婦になるな。お前等が結婚する時は俺からも直接祝いの言葉を送ろう」

 

 は?アウレール王が直接祝いの言葉って結婚式に参加してくれる?いや、現役宮廷魔術師の結婚式なら王族の方々の参加は普通だ。問題は僕とジゼル嬢の結婚をアウレール王自らが認めたんだ、この事実は重いぞ。

 僕はジゼル嬢以外を本妻に迎える事は事実上不可能で、周りも他の女性を本妻に勧める事はアウレール王の考えを否定する事になる。

 

「リーンハルト様、良かったですわね。まだ爵位の無い頃から支えてくれた女性は大切にするべきですわ」

 

「有難う御座います、ジゼルも喜ぶ事でしょう」

 

 深々と頭を下げる。善意だけじゃない、僕と公爵家との血縁繋がりを嫌ったのだろう。血筋が良ければ王位を狙える位置に近付いたからな、だが本妻との子供の血筋が悪ければ難しい。

 王位簒奪など全く考えていなかったのに、アウレール王とリズリット王妃に相当警戒されたと考えて今後の態度に気を付けるべきだ。

 

「あとハイゼルン砦の事は期待してるぜ、お前なら難攻不落といわれたハイゼルン砦も落とせるだろう。積年の恨みを晴らす為の第一歩だ、旧コトプス帝国の残党共は根絶やしにする。分かるな?」

 

「はい、誰であろうと逃がしはしません。最短にてハイゼルン砦を落としてみせましょう」

 

 やはりアウレール王の、いや前大戦を経験した人達は旧コトプス帝国の事を許してはいない。国王自らが根絶やしにすると言ったのだ、その言葉は重く受け止めなければならない。

 

 今回の戦いは情け容赦無く敵を殲滅する事になるな……

 

「ゴーレムマスター、お前は変わっているな。俺は敵とは言え二千人からの敵兵を殲滅しろと言ったのだ、なのに平然と受け答えをしている。不安は無いのか?」

 

 これは……アウレール王は何を考えているんだ?僕とジゼル嬢の仲を認めてくれたり大量殺人による精神的なダメージを心配してくれている?まさかな、一国の王が甘い考えを持つ訳が無い。

 

「僕も聖騎士団副団長の長子として戦場での心構えについては幼い頃から学んでいます、実際に野盗や傭兵団との戦いを通じて対人戦も経験済みです。

宮廷魔術師として国家に忠誠を尽くしているのに、敵を殺す事に不安など感じてはおりません」

 

 誰にでも分かる建前を公の場所で宣言する、転生前から侵略戦争の急先鋒として魔導師団を率いて来た僕には殺人に対する禁忌感など既に擦り切れて無い、故に戦争で相手にかける情けも無い。

 

「優等生の癖に問題児かよ、だが心意気は買ったぞ。バニシードやビアレスよりは期待している、俺を失望させるなよ」

 

 軽く肩を叩かれた、どうやらリズリット王妃の助力により夫であるアウレール王を動かしたのだろう。去り際にリズリット王妃と目が合ったので深く頭を下げる、レジストストーンの件で警戒心を煽ってしまったが大丈夫だったみたいだ……

 

「リーンハルト殿、大分アウレール王に期待されていますな。流石と言っておこう」

 

「有難う御座います、ローラン公爵。多分ですがセラス王女の『王立錬金術研究所』に協力する事になったのでリズリット王妃が取り成してくれたのでしょう」

 

「ほぅ?ミュレージュ様の他にセラス王女とも縁を結んだのか、それは何て言うかアレだな」

 

 この気遣いに対して周りに僕が後宮での派閥はリズリット王妃派だと明言しておく、細やかな対価と恩返しだ。

 

 その後は予定通りに公爵四家と侯爵七家との挨拶を何とか終えた、セラス王女とミュレージュ様は早々に引き上げたみたいだ。あの二人の公的な催しが嫌いなのは似ている、流石は姉弟だな。リズリット王妃の苦労が理解出来る。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 既に舞踏会は終盤に向かっている、目的の半ばを達成したのでタイミングを見計らい帰るつもりだ。

 セラス王女とミュレージュ様とは明日にでもお伺いを立てて会いに行くか、特にミュレージュ様とは模擬戦の件も有るから放置は得策じゃない。

 

 ボーッと脇に用意された椅子に座りホール中央でダンスを楽しむ紳士淑女を眺める。皆楽しそうだな、格式有る舞踏会に参加出来て名誉な事だと思っているのだろうな……

 

「リーンハルト様、お代わりをお持ち致しました」

 

「ん、有難う」

 

 酒豪の件が広まっているのだろう、僕に飲み比べを挑む自称酒豪達を蹴散らした、隣のテーブルに死屍累々と突っ伏す紳士達は四人だ。

 僕に挑み、そして酩酊するまで酔って侍女達により隣に移動される。僕の居るテーブル席に座るのは飲み比べに挑むのと同じ扱いは嫌なのだが……

 

 それでも挑戦者が居るのは、飲み比べを切っ掛けに縁を結ぼうとしているのだな。こればかりは水属性魔法で体内のアルコール成分を飛ばす僕には敵うまい。ズルじゃない、魔法も僕の力には代わり無いのだから……

 侍女から受け取った白ワインを一口飲む、流石は王家主宰の舞踏会だ、出されるワインは全て高級品で凄く美味い。

 

 ホール中央ではメディア嬢が見知らぬ貴族の青年と踊っているが相手も中々の美男子で見応えが有るな、多分だが誰かは忘れたが侯爵の子弟だった筈だ。

 ユリエル様とアンドレアル様は既に帰ったが短いが挨拶は出来た、バーナム伯爵と派閥の方々は誰も参加していない、政治力が弱いが僕が参加した事により変わるだろう。

 

「王家主宰の舞踏会で一角とはいえ支配するとは流石ですわね。私にも白ワインを頼むわ」

 

「ザスキア公爵、でも飲み比べはしませんよ。淑女を酔わす事は紳士として控える行為ですから」

 

 ワイングラスを胸元の高さまで持ち上げて乾杯する、既に『エムデン王国最強の酒豪』と二つ名が増えそうで嫌なんだ。未成年に対して酷い扱いだぞ。

 

「女は殿方に酔わせて欲しいものですわ、しかし見事に死屍累々ですわね」

 

 艶の有る笑みを向けてくれる、テーブルに肘を付いて前屈みになると豊かな母性の象徴が凄い事になっているので視線を手に持つワイングラスに移す。

 同じ事をセラス王女にもされたが天と地程の差が有るものだ、何がとは言えないが絶望的な戦力差とだけ言っておこう。

 

「舞踏会とは本来ダンスを楽しむ会です、何故か僕の周りには酒豪が集まるので困りますね。さて本来の楽しみ方が出来ない僕は帰ります」

 

「あらあら、では私も帰るわ。リーンハルト様が居ないなら面白くないもの」

 

 こう言うあざとい態度が嫌いになれない要因なんだろうな、人間いくら警戒しても好意的な態度を示す相手を嫌う事は難しいんだ。

 

「では送りますよ。オリビア、世話をしてくれて有難う」

 

「はっ、はい。いえ、とんでも御座いません。お礼など勿体無いお言葉です」

 

 恐縮されてしまった、だが彼女は殆ど専属みたいに世話をしてくれたので助かったんだ。間が持たないんだよな、知り合いが居なくて自称酒豪だけが擦り寄って来たし……

 

「ちょ、ザスキア公爵?」

 

 腕に抱き付かないで下さい、偉大な母性の象徴が二つ当たってますよ!

 

「私を送ると言いながら他の女に気を掛ける、普通なら粛清ものですわよ。下心が無いから良いのですが、女性としては気分が悪くなります」

 

 可愛く拗ねられた、これが一回り以上歳上の御姉様の態度ですか?だが罪悪感が半端無いのも事実だ、気を付けて反省しよう。

 

「それは大変申し訳ありませんでした。ですが誤解を招くので腕を放して下さい」

 

「いやよ!」

 

 更に腕に力を入れて抱き付いて来た、しかし公爵五家の第五位であるザスキア公爵と宮廷魔術師第二席の僕が痴話喧嘩みたいな事をしていては周囲からの注目度が跳ね上がるぞ。まいったな、悪目立ち過ぎだよ。

 

「もしかして酔ってますか?」

 

 顔が赤いし呼吸も浅く早い、目も充血し潤んでいる。これは酒に酔った症状だぞ、女性を酔わせて自宅に送るなど紳士の行動ではないな、反省だ。

 

「酔ってないわよ!リーンハルト様こそワインをフルボトルで二十本近く飲んでるのに素面みたいで不思議だわ、酔わせて襲おうとしたのに全く役立たずのお馬鹿さん達ね?」

 

 え?この自称酒豪達ってザスキア公爵の仕掛けた僕を酔わせる刺客だったのか?本当に怖い御姉様だぞ。

 

 


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