古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第308話

 アウレール王主宰の舞踏会は当然だが王宮内の大ホールで催される、デオドラ男爵やバーナム伯爵主宰の舞踏会よりも規模の桁が違う。最初の方舞でさえ百人近い人数だしポルカやワルツだと倍以上が同時に踊る事になるだろう。

 最初に招待状を貰った時は上級貴族達による限られた人数の豪華だが参加人数は少ない舞踏会だと思っていた、格式有る催しとは当然参加条件も厳しいモノだから……

 だが今回は伯爵家以上は殆ど参加し、他にも役職により成果を出した者や最近活躍した者等も呼ばれているので大人数だ。

 僕は転生前は王族として同規模の舞踏会に何度も参加した事が有るので雰囲気に飲まれないが、久し振りの華やかな舞台に少し興奮しているみたいだ。

 

 馬ゴーレム六体に引かせた全錬金馬車には程好い注目が集まったので暫くは話題になるだろう、目的の一つは達成された。

 同乗していたユリエル様は王宮に到着すると早々に用事が有ると離れて行ってしまった。アレは単に逃げたのだろう、僕には色々な思惑を持った連中が集まって来るので面倒事を避けたんだ。

 

「流石に立派だな、王宮勤めはしていても初めて来る場所だからな……」

 

 目の前の見事な装飾品の施された大正門を見上げる、幅8m高さ15mは有る両開きの扉は今は我々を迎え入れる為に外側に開いている。だが閉まれば敵の侵入を悉く防ぐ事になるだろう。

 綺羅びやかに着飾った紳士淑女が赤い絨毯の上を歩きながら舞踏会の会場である大ホールへと向かう、参加する人数は四百人前後じゃないかな?

 逆に人数が多過ぎて目的の人物に会えない可能性が高いぞ。

 

 先ずはアウレール王に挨拶をする。これは必ず行う必要が有る、直接話が出来るのは侯爵以上だから人数は限られるのでタイミングを見計らい近付き挨拶をすれば良い。

 

 次はリズリット王妃とセラス王女だ、僕は後宮での派閥はリズリット王妃派らしいので挨拶は必要、セラス王女の家紋が刺繍された『戦旗』を掲げて出兵するから彼女にも挨拶が必要。

 

 その次に所属派閥の長であるバーナム伯爵や懇意にしているユリエル様やアンドレアル様も見掛けたら挨拶は必要だ、親しき仲にも礼儀は必要だから……

 

 最後はミュレージュ様だ、宮廷魔術師就任のお祝いパーティーでも世話になったし個人的にも友人と言ってくれた。模擬戦の日程も決めなければならない。

 

 後は出来ればだが公爵四家と侯爵七家の当主達には挨拶をしておきたい、多分だがザスキア公爵は先に僕を見付けて絡んで来る筈だ。こう考えると挨拶が必要な人が多い、結構な時間が掛かるだろう。

 

 近衛騎士団員が左右に並び警備する大ホールの入口に到着した、侵入する際は幾つもの厳重な警備の施された門を潜らなければならない。

 此処は一人ずつ中に入るのだが一定の爵位や身分が有る者の場合、近衛騎士団員が名前を呼ぶんだった。

 

「エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイ様の入場です」

 

 既に六割近い参加者がひしめく大ホールの入口で名前を呼ばれた事により、一斉に視線が集まる。壮観な眺めだが知り合いは近くに居ないみたいだ、この注目された状態で大ホールの中を進むのか……

 

 取り敢えず大ホールの中心へと向かう、早くアウレール王を探して挨拶をしたい。アウェイ感が半端無いんだ。絡み付く視線が凄い、でも牽制し合ってるけど誰が僕に最初に話し掛けてくるんだろう?

 適当なテーブルに近付き見知った侍女から飲み物を貰う、舞踏会の本会場はこの先で此処は時間まで待つ場所だがお酒や料理も用意されている。

 

「これはこれは今をときめく宮廷魔術師第二席、リーンハルト卿にお会い出来るとは幸運ですな。私はハリウス・フォン・コウズルです」

 

 恰幅の良い紳士が話し掛けて来た、年齢は五十歳前後の人当たりの良さそうな感じだ。身に着けている装飾品も品良く高級品だろう、かなりの資産家だな。

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです。コウズル伯爵には親書を頂きましたが、直接お会いするのは初めてですね」

 

 どうやら最初に接触してきたのは恋文をくれたフレイシア嬢の父親であるコウズル伯爵だった、だが愛娘は他に好きな男性が居て断る為に敢えて失礼な内容の手紙をくれたんだよな。

 それを知ったら大騒ぎだから黙っている、幸いだがフレイシア嬢は一緒じゃないみたいだ。

 

「娘のフレイシアが残念がってましたぞ、お茶会のお誘いを断られたとか」

 

 あれ?そんな内容だったかな?イマイチ返信の手紙の内容は覚えてないんだよな、雛型に当て嵌めて量産したから当たり障りの無い内容だった筈だが……

 

「今は国防に関する大事な時期なので中々お誘いに応える事が出来ずに心を痛めております」

 

 真摯な顔を心掛けて軽く頭を下げる、詫びる言葉は言わずに状況により無理なので自分の心が痛むと言い換えた。ハイゼルン砦攻略の件は既に国内外に広まってしまった、エムデン王国の悲願に挑むのは新人宮廷魔術師の二人。

 それに公爵五家も絡んでいるので迂闊な事は言えないので断る材料には最適だ、優先順位は分かり切ってるから。

 

「そうでしたな、早々にリーンハルト卿も出兵なさるとか。我等が悲願を叶えるのは若き宮廷魔術師第二席『ゴーレムマスター』であると、アウレール王にも期待されているそうですぞ」

 

「ええ、期待に応える為に全力を尽くします」

 

 はっはっは、と笑い合うが凄い腹芸で鉄面皮だと自分でも思う。二人の会話に他の連中も混ざりだしたが全員が伯爵だ、メンデル伯爵も確か八歳の娘を僕に紹介して来た奴だ。

 流石に子爵以下は会話に参加してこない、そこは貴族社会は身分社会なんだな。身分上位者の会話に無理矢理に割り込めば批判を受ける。

 

 暫くは言葉一つも頭で考えてから言う様な精神と胃袋に負担を強いる会話を続けていたが、本会場への入場が始まったので切り上げる。

 言質や揚げ足を取られない様な会話を切り上げて会場に入る、先程の門も立派だったが内側の門も同じ様に豪華で頑強だ。

 

 先行は公爵五家の当主と関係者、その後に侯爵七家と関係者、僕はその後ろに付いて会場に入り際奥まで進む。

 会場の奥に主宰した王族の方々が現れるので前に進めるのも爵位の順番による、これが暗黙の了解で知らないと恥をかく。宮廷内のローカルな決め事は三百年経っても大して変わらない。

 

「リーンハルト殿、入場の順番の件は知っていたんだな?」

 

「さり気なく一緒に進もうと近くに居たのだが、自然に入場したな」

 

 左右にユリエル様とアンドレアル様が居てくれる、宮廷魔術師二席四席五席と上位三人が固まっているので注目されている。今回の舞踏会に参加している宮廷魔術師は四人、残りは第三席の『慈母の女神』ラミュール様だけだ。

 サリアリス様は毎回欠席でリッパー殿は素行不良の為に呼ばれていない、フレイナル殿はアンドレアル様の同行者として来れたがプライドの為に不参加らしい。正式に呼ばれる迄は嫌だそうだ。

 しかしラミュール様とは接点が無いので現状は中立か不干渉だ。ダメージ無視のゴーレム軍団を操る僕と広域回復魔法で人間の軍団を癒す彼女とでは対極の存在だ、彼女からすれば僕のゴーレム軍団は認められないのかもしれない。

 

「事前に確認はしました、僕は舞踏会自体数回しか参加してないので国王主宰の舞踏会など畏れ多くて困ります」

 

 だから早目に帰ります、ウェラー嬢のエスコートが無くなったのは幸いだな。関係者に挨拶を終えたら早々に退散しよう、そうしよう。

 

 参加者の最前列近くで暫く待つと、主催者であるアウレール王とリズリット王妃が現れ舞踏会開始の宣言を行う。

 宣言終了と同時に宮廷楽団が演奏を開始し最初の方舞が始まる、今回はアウレール王とリズリット王妃、それに後継者のグーデリアル様と本妻殿の四人が踊るらしい。

 流石は現役王族だけあり見事なステップで淀みなく踊り続けている、周りからも溜め息が溢れるが内外に対して現王と後継者の仲が悪くないとのアピールも有るのだろう。

 壁際にはミュレージュ様やセラス王女の姿も見えるが、僕がセラス王女にダンスの誘いをするのは問題が有りそうなので挨拶はタイミングを計る必要が有りそうだ。

 

 最初の方舞が終わると同じ曲でもう一回方舞を踊るのだが、此方は自由参加だ。その後にポルカを数曲踊りパートナーチェンジの無いワルツへと続く、だが二曲目の方舞の参加者は事前に通達されている。

 本来は自由参加だが、そこは格式有る王家主宰の舞踏会、今回は実績を積んだ下級貴族達が褒美も含めて方舞を踊る事になる。

 参加者は十八組の三十六人、年齢はバラバラだが大抵は自分の伴侶をパートナーとして緊張気味に踊っている、王族の方々の後だけに失敗は不敬と取られても仕方無い状況だからな。

 

 流石に成果を出して呼ばれただけあり若い貴族は居ない、一番若くても三十代前半、最高齢は六十才過ぎも居るが全員が緊張はしても誇らしげに踊っている。

 僕とは全く違う感情だな、僕は……

 

「凄く厳しく強い視線を感じる、三人からだ」

 

 距離が有るのにも関わらず正面壁際に立っているセラス王女、何時の間にか隣に居るザスキア公爵、少し離れてニーレンス公爵の隣に居るメディア嬢か。

 メディア嬢の場合は僕に恋愛感情は皆無だから助かるし安心している、彼女はライバルであるジゼル嬢の旦那に横恋慕する事はプライドが許さない、しかも本妻になれないなら負けと同じだ。

 

「失礼ね、せめて熱い視線と言いなさいよ」

 

「世の中には視線だけで人を何とか出来たりする方々が居るそうです、凄いですよね」

 

 思わず胃の辺りを擦ってしまう、最近ストレスって精神や胃腸にクルんだよ。

 

 ザスキア公爵は公爵五家と侯爵七家の上級貴族の中でも唯一の女性当主だ、リズリット王妃にも負けない絢爛豪華なドレスを着て高額な装飾品を身に着けている。

 だが左手首だけ不自然にリボンを巻いている、これは僕がプレゼントした『魔法障壁のブレスレット』をしていて誰かに見られない様にリボンを巻いて隠しているんだ。

 だが誰かに、それこそザスキア公爵よりも身分が上の方々に問われればリボンを外すだろう。結果的に僕が誰よりもザスキア公爵の身を案じていると取られる、僕にしか作れず他の誰にも渡していないマジックアイテムを装備していれば当然だ。

 プレゼントされた物を身に付けてくれるのは嬉しいが、一応隠すが誰かにバレても構わない強かな思惑まで持っている、困った御姉様だ。

 

「方舞が終わったわね、ワルツは可哀想だからポルカで構わないわ!」

 

「ちょ、ザスキア公爵?女性からダンスに誘うのはマナー違反で……」

 

 いきなり腕を捕まれてホール中央に引き込まれた、淑女が自らダンスパートナーを引き込むなどマナー違反も甚だしいのだが公爵家当主だから良いのか?

 余り騒いでもザスキア公爵に恥をかかすだけなので大人しく踊りの列に加わり向かい合わせに並ぶ。

 

「情熱的過ぎますね、急なお誘いは心臓に悪いです」

 

「貴方を驚かせたなら私の勝ちね、ドラゴンスレイヤーで宮廷魔術師第二席のリーンハルト様?」

 

 肩書きだけ見れば相当な強者(つわもの)の僕を行動だけで驚かせた彼女が勝ちなのか?周りが見惚れる程の笑みは大輪の花が咲き乱れていると錯覚する程の効果が有る。

 既に何人かの男性貴族が自分のパートナーを放っておいて見惚れている、爵位も財力も権力も併せ持つ彼女は自身の美しさを合わせても強大な相手であり敵対は避けたいのが本音だ。

 

「曲が始まりましたね。ザスキア公爵、お手を」

 

 王宮楽団がポルカを奏で始める、二拍子の早いリズムの回転組舞踊でありパターンが決まっているので比較的簡単だが、男性は女性を回して抱き寄せるので力が居る。

 僕は『剛力の腕輪』の効果で筋力が底上げされてるので安心だ、ザスキア公爵の方が背が少し高いので悲しくなる。

 

「噂通りの巧みなステップね、本当に新貴族男爵の長男だったの?普通は此処まで文化的素養は無いわよ」

 

 抱き寄せた時に耳元で囁かれた言葉は僕の出生を疑うモノだったが、何でも其なりに出来るのは転生前は王族として教育されていた賜物だ。

 

「努力を怠らなかったからです、出世に伴い要求される能力が結構高くて難儀しました。そろそろパートナーチェンジですね、凄く残念ですが後程……」

 

 向かい合う形で止まり挨拶のお辞儀をしてから次のパートナーの手を取る、長い戦いになりそうだ。

 

 


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