古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第304話

 バセット公爵の屋敷から馬車で移動する、軽い昼食はご馳走になったが小腹が空いた。太陽の位置からして未だ三時前だろうか?

 御者には屋敷に帰る様に指示したが寄り道して何か食べたい……無理だ、今の僕の立場で屋台で気軽に買い食いなど不可能だ。

 ふとユリエル様の言葉を思い出す、自分の配下の土属性魔術師を増やせと言われた。

 今はコレットだけだ、他の候補はリプリーとロップスさんだが、前者を引き抜くと『静寂の鐘』が機能しなくなる。後者は魔術師ギルド本部と話し合いが必要かな。

 

「ロップスさんを引き抜くか、確か魔術師ギルド本部に所属して仕事を受けていた筈だ。だから冒険者として活動していない、引き抜きは可能だよな」

 

 ボルガ砦の修復依頼で知り合った気弱そうな見掛けによらず責任感も度胸も有る青年、人型ゴーレムを操る事も高得点だ、確か既に妻帯しているが本人は側室か妾を欲しがっていた。

 他にもレベル15だったが筋の良さそうなミリアンとマックスも一緒に誘って鍛えれば戦力になる、ロップスは年間金貨四百枚、他の二人は金貨二百枚でどうだろうか?

 活躍如何によっては騎士に任じても良い、数が増えれば魔導騎士団とか名付けても良いかな、夢が膨らむな。

 

 貴族街を走る馬車は皆豪華で大型が多い、家紋を付けていると誰だか分かる。僕の場合はエムデン王国からの支給だから御者の給金も王国持ちらしい、遠慮は逆に良くないそうなので使っているが自分の馬車だとタイラントが御者なんだよな。

 新しい屋敷を手に入れたら馬車も新調して御者も雇わなければ駄目か、他にもメイドを増やして庭師や下働きの連中に護衛の兵達もか……

 

「自分の家を興すと全て一から揃えなければ駄目なんだ、普通じゃない急な出世は準備が追い付かなくて困る」

 

 愚痴が零れる、傍から見れば贅沢な悩みなのは理解しているけどね。

 

 実家の援助を期待しては駄目だ、本家などもっと駄目だ、デオドラ男爵には頼り過ぎだからバーナム伯爵とライル団長から警備兵を借りる事になっている。だが未だ全然足りない……

 

「焦るな、今は与えられた役目を一つずつ終わらせていくしかない」

 

 先ずは仕込みをしに魔術師ギルド本部に行くか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 新貴族街の中程に有る魔術師ギルド本部、石積みで窓には鉄格子が嵌まり外壁には蔦が絡まる独特な雰囲気を醸し出している。

 警備兵は居ない、代わりにゴーレムが六体並んで警備をしているが動いている所は見た事が無い。だがラインは受付カウンター内の魔術師に伸びているので自立行動式ではない直結の制御タイプだ。

 

 人通りが少ない時を見計らい手前の通りで馬車を降りて徒歩で魔術師ギルド本部に入る、五段の階段を上り両開きの扉を開けると広いロビーには数人のローブを羽織った魔術師が居る。

 毎回思うが人が少ない、冒険者ギルド本部など人が溢れているのに……

 

 中央に有る受付カウンターの中に座っていたギルド係員と目が合った。僕の顔を見ると目を擦り更に凝視した後に飛び上がる。

 

「り、リーンハルト様?き、今日はどんな御用でしょうか?い、いやいや少しお待ち下さい。おい、リネージュ殿を呼んでくれ。レニコーン様にも連絡を早く!」

 

 カウンターに座っていたギルド係員が慌ただしく動き出し、直ぐに奥から年配の職員が現れて応接室に案内される。今回は僕が迂闊で馬鹿だった、まさか宮廷魔術師が徒歩でアポなし訪問するとは考えられないよな。

 申し訳なく思ってしまった、急に変わった立場を良く考えて理解していなかったんだ。勧められるままにソファーに深く座るがリネージュさんが来るまで自己嫌悪で心が一杯になる。

 

「これはこれはリーンハルト様、本日はどの様な御用でしょうか?生憎とレニコーンは所用で外出していますが……」

 

 凄く申し訳なさそうに言われた、不在なのはアポ無しだから仕方無い、それは此方の不備だ。

 

「気にしないで下さい、急に訪ねた僕の落ち度です。たまたま近くを通りまして、少しお願いと確認の為に寄らせて頂きました」

 

 お願いの部分で反応した、リネージュさんにはサリアリス様のお願い事で随分と苦労を掛けているから警戒されたのだろう。

 

「お願い事、ですか?」

 

 上目遣いに確認された、年上でキツめな女性に気弱な対応をされると恐縮してしまう。魔術師ギルドに所属する土属性魔術師の引き抜きだからな、色々と苦労を掛けそうだ。

 

「はい、急な出世の為に家臣団が不足しているのです。出来れば魔術師ギルドに所属していて信用の出来る土属性魔術師を何人か雇いたいのです」

 

「それは……紹介しろと言う意味でしょうか?それとも既に候補が居ますか?魔術師ギルドの職員でなければ本人達さえ良ければ特に制限や条件は有りませんが……」

 

 深く考えずに即答したな、コレットも魔術師ギルドに所属してるが自分の意思で僕の家臣になったんだよな。特に変な縛りは無いみたいで安心した。

 だがユリエル様達からは魔術師ギルド本部にも見返りを渡せと言われている。此処で、はいそうですかと言いたいが気を付けないと後から不利になりそうだ。

 

「有難う御座います、実は一緒にボルガ砦の補修をした三人に声を掛けようかと思いまして」

 

「ロップスにミリアンとマックスですね、なる程彼等は土属性魔術師ですね。実際に一緒に依頼を行い信用した訳ですね?」

 

 高位魔術師の引き抜きじゃないと分かったのか、安心した雰囲気を醸し出している。これが『白炎』のベリトリアさんを寄越せって言ったら大騒ぎかな?

 または中堅以上の魔術師達を引き抜けば、魔術師ギルドの運営にも差し支えるだろう。なる程な、本人の気持ちを尊重するけど被害は受けるから見返りを渡せって事だな。

 

「はい、その通りです。出来れば他にも何人か将来性の有る若い魔術師を紹介して欲しいのです、勿論対価は払いますよ」

 

 リネージュさんの瞳がギラリと輝き対価の部分に食い付いた、魔術師ギルドは基本的に対価を示せば協力を惜しまないそうだ。

 僕はゴーレムの運用と制御については最高峰を自負しているし、サリアリス様と共同研究もしている実績も有る。彼女が欲しい魔法や技術も有ると思われているのだろう。

 

「それは助かります、その提供出来る対価とは何でしょうか?」

 

 猫なで声と言うのだろうか?トーンが高くなり丸みを帯びた話し方だ、しかも多少の媚びも含まれている気がする。こうもコロコロと態度を変えられると可笑しくなる。

 

「例えばですが、ライティングの魔法です。広域と複数制御が可能ですよ」

 

 両手を胸の前で拝む様に合わせた後に広げる、光量を落とした光球を五十個産み出して部屋の中を規則正しく動かす。

 

「光量は上げられますし広範囲に操り夜間でも昼間と同じ明るさを維持出来ます、最大制御数は百個で色も変えられますよ。

野外戦闘の夜襲が無効になるでしょうね、または一方的に敵陣だけ明るくして投射攻撃とか可能です」

 

 リネージュさんの呆けた顔が見れた、年上のキツめな知的美人にしては珍しいだろう。だが最大制御数百個はゴーレム制御特化の僕だから可能な技術で普通は十個前後かな、だが人数を増やせば補えるし対応も可能だ。

 

「どうですか?対価としては十分ですか?」

 

 光球を一瞬で消してみせる、未だ信じられない顔をしているな。やはり魔法技術は三百年で衰退したんだな、だからこの程度で喜ぶのか?

 

「少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?勿論ですが対価としては十分過ぎるので、我々が提供出来る物をリストアップさせて下さい」

 

 目がギラギラとしているな、ライティングの魔法は廃れたらしく三個程度を自分の周りに浮かべるか杖の先に灯す位しか伝わってない、対価としては十分だろう。

 この広域制御は比較的簡単だし数を揃えれば効果も高い、難易度に対して運用の幅は広い。

 

「勿論構いません。僕は来週にもハイゼルン砦の攻略に向かいますから急ぎませんよ」

 

 どんな交渉でも大きな実績を得た後の方がやり易いだろう、今は宮廷魔術師第二席と言えども内輪の争いに勝っただけだ。

 何故か少し考えているのか無言になった彼女を暫く見つめる、実際は一分程だか考えが纏まったのか目に力が籠る。

 

「噂によるとリーンハルト様はセラス王女が主宰した『王立錬金術研究所』に協力しているそうですね。実は魔術師ギルド本部も絡んでいるのです」

 

 この話を持ち出した時に表情が固くなった。七ヶ月前にセラス王女が土属性魔術師を募集したと聞いた時、個人で募集に応じたと考えていたのだが実際は魔術師ギルド絡みか。

 それで総力を挙げて研究してもレジスト率15%の成果では自慢出来ないのだろう。

 

「その、我々は『王立錬金術研究所』に何人かの土属性魔術師を派遣しています、成果は今一つで苦労しているのです。

先日リーンハルト様がセラス王女に献上したレジストストーンを見せて貰い、その……派遣していた何人かの土属性魔術師を辞めさせました、成果が出せないのは怠慢だと思いまして」

 

 セラス王女が満足する成果を出せない連中の首を切ったのか、怠慢と考えたなら被害は僕の方にも来るな。あからさまな逆恨みだけど職を失い信用も損なったんだ。

 これは魔術師ギルド全体の面子の問題でも有るし重たい話になるぞ。

 

「確かに僕はセラス王女から個人的に協力を申し込まれまして、先日成果品を納品しました。毒と麻痺のレジスト率が30%のレジストストーンをブレスレットに加工した物です」

 

 嘘を言っても仕方無い、僕から売り込んだ訳じゃなくセラス王女から提案して来た事実を伝える。

 

「それは我々が研究し作り上げた品物の倍の効果です、それを個人で作り上げたとか信じられないです」

 

 疑いの目で見られた。当然だろう、レジスト率30%などエルフ謹製の製作レベルだ。現代の人間の土属性魔術では作れない、だが古代の魔術師である僕になら可能だ。

 魔法迷宮とかから調達したのでなく自分で錬金出来ると証明する意味でも、懐から上級魔力石を取り出して目の前で毒を30%の確率でレジストするレジストストーンを錬金して見せる。

 

「今回の突然の訪問のお詫びにリネージュさんにプレゼントしますね」

 

 テーブルの上に乗せたレジストストーンを彼女の方に押し出す、おずおずとした感じで手に取り鑑定をして効果を確認して更に驚いたのだろう。

 深いため息を吐いた後に、すがる様な目で見られたぞ。

 

「実は魔術師ギルド本部はセラス王女から『王立錬金術研究所』の設立と維持の為に既に金貨五万枚の融資を受けています。

七ヶ月間の研究で出来た物はレジスト率15%の低レベルの品物だけですが、魔法迷宮のドロップアイテムに頼らず錬金で作れる事は大切だったのも事実です」

 

 渡したレジストストーンを大切に両手で持ちながら話してくれた内容は、魔術師ギルド本部が相当な労力を掛けて『王立錬金術研究所』に入れ込んでいる事だった。

 しかもセラス王女の投資額は既に金貨五万枚、これは成果を出さないと大問題だろうな。

 

「定期的に安定して大量に製作出来ればコストも抑えられますね、今このレベルのレジストストーンは魔法迷宮のドロップ品が主流で販売はオークション形式ですが頑張れば定価で店頭販売も可能でしょう」

 

 大した労力も無く安価なレジストストーンにしても一個金貨二十枚位でも売れるだろう、レジスト率15%でも冒険者パーティとしては生存率が上がるから必要とされている。

 

「リーンハルト様、要求を言って下さい。出来る限り叶えます、紹介する者がロップスと言わずに私でも構いません。なので私達に、いえ『王立錬金術研究所』に魔術師ギルドの幹部としての立場で協力して下さい。お願い致します」

 

 深く深く頭を下げられた、殆どテーブルに額がくっ付く位にだ、相手の真剣さは分かる。

 

「それは、ですが……」

 

 個人的に協力するから対価が独り占めに出来るんだ、組織の一員として協力しても旨味は少ない。

 だが魔術師ギルドも王族からの依頼を中途半端に叶えるのは面子や柵(しがらみ)の関係で不味い、金貨五万枚の投資を溝(どぶ)に捨てさせた事と代わりないのだから。

 

「せめて希望を言って下さい、私達はリーンハルト様の希望を叶える誠意が有ります」

 

 真剣に言われて頭を下げられたが余計な事に巻き込まれてしまったな、折角個人的な伝手として活用する予定が魔術師ギルド絡みとなれば色々と悩ましい。

 王都の魔術師ギルド本部の面子や信用問題を考えても退くに退けない状況に追い込んでしまった、まさか『王立錬金術研究所』に絡んでいたとは……

 

「申し訳ないが、この話の返事は先伸ばしにさせて下さい。今はハイゼルン砦攻略に全力を注ぎたいので他の事は後回しにしたいのです」

 

 アウレール王とセラス王女からも名指しで言われたのだ、引き延ばす理由としては十分だろう。

 


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