古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第301話

 実家に行く、事前に使いを出して連絡して有るので父上もエルナ嬢もインゴも居る筈だ。僕はイルメラだけを連れている、彼女は専属メイドだったが今は違う。

 だが父上達にイルメラと恋仲になったとは言えない、色々根回しして後見人を見付けてから発表する事にしないと駄目だから。いくら僧侶とはいえ平民の孤児が宮廷魔術師に嫁ぐとなれば反発も多い。

 誰にも迷惑は掛けてないとか理由にはならない、貴族らしくないと言われて終わり、それが貴族の柵(しがらみ)であり現実だ。

 妾なら問題無いが側室は無理だろう、だが貴族の養子となり嫁ぐなら問題は無いのが抜け道だ。そして後見人になりたい、自分の養子を僕に嫁がせたい貴族は多いだろう。

 

 しかし、昨日は恋人とは言え結婚前に三人で添い寝をしてしまった、勿論だがモアの神に誓って健全な添い寝だけだが寝顔を近くで見れるとは幸せな一時だった。匂いも良くて……

 

「リーンハルト様、リーンハルト様?」

 

「は?な、何だい?」

 

 思わず昨夜の事を思い出してニヤニヤしてしまった、これでは色事に走る嫌らしい男と思われてしまう。気を引き締めろ、反省が必要だぞ。

 

「お屋敷に到着致しました、何か心配事でしょうか?」

 

 顔が近いぞ、純真に心配されたが昨夜の事を思い出してニヤニヤしていたとか言えない。

 

「ん?ああ、そのアレだ。インゴの事を考えていたんだ。今後どうするかをね、さぁ行こうか」

 

「インゴ様の事をですか、優しいお兄様ですね」

 

 優しいじゃない、やましい事を考えていたんだ。この妄想と言うか熟考する癖は直さないと駄目なんだが無理っぽいんだ。

 知らぬ間に実家に到着していたので馬車を降りる、使用人が全員整列しているのは家長である父上よりも身分が上になってしまったからだ。

 

「お帰りなさい、リーンハルトさん」

 

「兄上、お久し振りです」

 

「ただいま、エルナ様。インゴも少し逞しくなったな」

 

 気になっていた、父上が居ない事と見知らぬ馬車が一台停まっている事。

 今日の訪問は隠していないしロッテ達にも教えた、彼女達は公爵四家の縁者だから公爵家絡みなら情報が流れた。違うなら別ルートで知られたのだろう。

 

 インゴの肩を叩き屋敷の方に向ける、先ずは応接室に行って二人と話をしよう。イルメラは僕の部屋で待機だ、親しげにしてる所をみられるのは今はマイナスだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 実家の応接室は二つ、並んで設置されている。そして僕は良い方に通された、つまり僕が来る事を知っていて良い方を残したと考えれば来客は僕より爵位や身分が下だ。

 家族と言えども身分の差は厳格なのが貴族制度、だから家長は一番上で絶対権力者なのだが稀に子供の方が偉くなる場合も有る、それが今回みたいな場合だ。

 

 インゴはエルナ嬢の隣に座ったので二人と向き合う形となった、ザルツ地方の遠征から鍛えられているのだろう、ポッチャリだったインゴも少し引き締まった身体になっている。

 

「来週には出発されるのですね」

 

「はい、国王の勅命ですから逆らえません。ですが協力者も多いので大丈夫ですよ」

 

 やはり話題はハイゼルン砦攻略の件か、話す時の表情は本当に心配してくれるのだろう不安顔だ。だがエルナ嬢とインゴには詳細は伝えられない。

 その後は当たり障りの無い事等を話していたがインゴの表情は暗い、やはり訓練のキツさと周りからの期待がプレッシャーになっているのだろうか?

 

 暫くするとメイドが来てエルナ嬢に何か耳打ちした、その後で表情が曇った事を考えると来客はアルノルト子爵絡みだな。

 此方をチラ見してから首を振って何か思い詰めた表情をした、和解の仲裁でも頼まれたのか?

 

「何か有りましたか?」

 

「いえ、何でも有りませんわ。少し席を外します」

 

 メイドを伴い出て行ったが、あのメイドはエルナ嬢が父上に嫁いだ時に一緒に来た筈だ。つまりアルノルト子爵家と関係有りか?実家の使用人については余り調べてないのが仇となったか?

 

「兄上」

 

「ん?何だい、インゴ」

 

 俯いたままのインゴが呼び掛けてきた、両手を膝の上に乗せている。気付かなかったがインゴの前に置かれた紅茶と焼き菓子が減ってない、お前が食べ物に手を付けないなんてどうしたんだ?

 

「僕は、僕はバーレイ男爵家の駄目な方なんですか?周りは皆言うんだ、お前は兄の足元にも及ばないって……確かにそうだよ、兄上は宮廷魔術師第二席で侯爵待遇、王様から勅命も貰えるのに、僕は半人前以下だもん」

 

「インゴ、お前……」

 

 上目遣いに見上げた瞳には嫉妬の炎が燻っていた、アレはアノ目は……お前が僕にソノ目を向けるのか?

 

「何で同じ父上の息子なのに、一歳しか違わないのに、全てが違うの?何で僕は未熟者なのに兄上は出来が良いの?母親が違うからなの?ねぇ、何でさ!」

 

 ソファーから立ち上がり僕を睨み付けるインゴ、僕が追い詰めたのか?

 

「違う、それは……」

 

「兄上は全てを僕から奪うんだ、ジゼル様もお見合いした商家の娘達も僕より兄上の方が良いんだって。お祖父様もお前は出来損ないだから頑張れって!」

 

 商家の娘達?誰だ?ベルニー商会とモード商会のルカ嬢とマーガレット嬢の事か?それにジゼル様って、お前の好きな女性達って……

 

「しょ、商家の方は僕やインゴ個人を見てないぞ。それは利権だけだからお前を嫌いって訳じゃないんだ!」

 

「違うよ、憧れだって言ってた。僕なんかより兄上の方が良いって言ったんだ!兄上なんて、兄上なんて……バカァ!」

 

「あっ、インゴ!」

 

 部屋から飛び出すインゴを引き留め様としてソファーから立ち上がり手を差し出したままで固まってしまう、今の僕が追い掛けても余計にインゴを傷付けるだけだ。

 あんなにインゴが傷付いていたなんて知らなかった、自分の事で手一杯で後回しにしたツケが来たんだ。僕は家族を大切にすると言っていたのにインゴを傷付けた……

 

「それとお祖父様だと?バーレイ男爵本家が来たのか、いや来ているんだな」

 

 倒れ込む様にソファーに座る、今のやり取りだが……インゴは気が小さいので声も小さい、幸いエルナ嬢もメイドも部屋に居なかったから話を聞かれた可能性は低い。

 温くなった紅茶を一気に飲む、後味が苦く感じるのは何故だ?

 

「まいったな、家族を大切にする守ると思っていても実際は嫌われた。結局自分が大事だったんだ、公爵家とも渡り合って良い気になってただけだ。僕は家族を傷付けた」

 

 暫く呆然とソファーに座り考えていた、インゴの希望する事だが……

 

 ジゼル嬢に憧れていたのか、だが僕は彼女を誰かに渡すつもりは全く無い。ならばルカ嬢かマーガレット嬢を?

 駄目だ、政略結婚を拒み続けた僕が彼女達にインゴの側室になれと強要する事など出来ない。だが僕の弟としての立場なら取り入ろうと動く女は居る、そんな女がインゴを幸せにする事はない。

 

「だが荒んだインゴの心には付け入る隙が多い、同情は時に蜜の味で肉欲を満たす相手には好意に似た執着を感じる事も有る。インゴは心が弱い、付け入る隙が多いんだ」

 

 周りも僕を調べ始めている、本人が駄目なら周りから攻める筈だ。エルナ嬢は実家絡みでインゴは僕に対するコンプレックスを刺激するとか色々考えられるな。

 悩んでいたら隣が騒がしくなってきたぞ、どうやら抑えが利かなくなって此処に押し掛ける気だな。ノックの後にメイドが入って来た。

 

「リーンハルト様」

 

「何だい?」

 

「バーレイ男爵、お祖父様が面会を望まれていますが宜しいでしょうか?」

 

 アルノルト子爵かと思ったがお祖父様の方か、エルナ嬢を呼んだのは義理の娘にも助力を頼んで父上が押し切られたのか?

 

「構わない、呼んでくれ」

 

 少し前は此方から伺いますだが、今の立場だと逆に呼ばなければならない、それが身分社会だ。

 暫く待つと両親とお祖父様と知らない少女が入って来た、両親は疲労と申し訳なさが滲み出ている。実の父親と義理とはいえ男爵に、父上と子爵令嬢のエルナ嬢では抑えられなかったか。

 

「やぁリーンハルトや、暫く見ない内に大分活躍しているそうだな」

 

「本当に久し振りですね、お祖父様。前回お会いしたのは何時だったでしょうか?申し訳有りませんが思い出せません」

 

 親族として馴れ馴れしく接して来たので笑顔で嫌味を言う、だが実際に前に何時会ったか思い出せない。母上の葬儀だったか?

 

 広い応接室なので五人全員座れる、僕の隣に父上で向かい側に残り三人、お祖父様に知らない少女、そしてエルナ嬢だ。

 メイドが来て紅茶を用意してる時に様子を伺う、お祖父様は好好爺っぽく笑い少女は無理に笑っているのが分かる。

 同い年くらいの綺麗より可愛い感じで気は弱そうだ、見覚えも無いのだが一応親族だと思う。メイドが退出した後にお祖父様から話を切り出して来た。

 

「我が一族から優秀な後継者が現れた事はバーレイ本家としても嬉しい事だ」 

 

 一族?僕をバーレイ男爵本家に括るつもりか?僕は実家は助けても縁も薄い親戚の面倒は見ないぞ。

 

「僕は魔術師です、バーレイ男爵本家に連なるのは父上と跡取りのインゴです。僕は廃嫡されます、これから土属性魔術師の家系として新しい自分の一族を作ります」

 

 これは間違いではない、家督を継ぐ訳でなく自分で家を興したのだから、これから家長として一族の長となる。この言葉にお祖父様の表情が変わる、自分と縁を切られては困るのだろう。

 紅茶を一口含んでさり気なく全員の様子を伺う、父上とエルナ嬢は成り行きを伺っているが安心した感じ、お祖父様は遠回しの縁切りに不機嫌さを隠せてない。

 最後に見知らぬ少女は状況を把握出来ずに困惑気味だ、彼女は自分の置かれた立場を理解していない?

 

「お祖父様、そちらのレディを紹介して貰えますか?」

 

 わざとらしい話題変えだがお祖父様の立場で僕に無理強いは出来ずに悶々としているな、どうせ父上とエルナ嬢に援護しろって話していたのだろう。

 だが現実は非情、完全に手詰まりだ。

 

「おお、そうだったな。リーンハルトの従妹になるニルギだ。今年十五歳になる。ニルギや、リーンハルトに挨拶せい。お前の未来の旦那様だぞ」

 

「あの、一度お会いしていますが……ニルギです、宜しくお願い致します」

 

 未来の旦那様ね、本人がどう思っているかは分からないが彼女は魔術師じゃない。

 

「僕は来年成人後にジゼル様を本妻として迎えます、その後にローラン公爵の縁者であるニールを側室に迎える予定です。

他には後継者をつくるため魔力を持つ魔術師や僧侶を側室に迎えますが、ニルギ様を側室に迎える予定は有りませんよ」

 

 イルメラやウィンディアの名前は出せない、だが魔術師としての後継者ならば伴侶は魔力を持つ者が望ましい。

 

「おぃおぃ、同じバーレイ一族じゃないか?一番出世したリーンハルトにはだな、色々と便宜を図って欲しいのだ。例のハイゼルン砦攻略の件も一枚噛ませてくれ」

 

「僕は僕の家を興したので自分の一族を作ります、お祖父様の一族になる事は有りませんよ」

 

 腹が立ったのをグッと堪えたな、父上の手前酷い拒絶はしたくないのだが引かないかな?だが宮廷魔術師ともなれば自身の派閥を持つのも問題無い。

 王宮に出入り出来る僕に王宮内での政治活動を強要するのか?大分遠慮が無くなったな。自分の親族を送り込み色々配慮しろね……

 

「老いぼれた祖父に酷い仕打ちじゃないか?少しは配慮しても罰(ばち)は当たらないぞ」

 

「ハイゼルン砦の攻略は公爵四家から援軍を借りますので割り込みは不可能でしょう」

 

 公爵家の話を聞いて動揺した、お祖父様の情報は完璧ではないな。だから参加させて利益を寄越せと言えるんだ、特に注意する事もないな。

 

「同行するのは騎兵だが後続の歩兵を募集してるそうじゃないか?そこに我々も……」

 

「後続の参加者はデオドラ男爵とジゼル様に一任してます、ですがモリエスティ侯爵やラデンブルグ侯爵も参加しますので、バーレイ男爵本家の兵でも無理でしょうね。直接交渉しますか?」

 

 本当は後続の歩兵隊ならある程度の自由は有るのだが、義理も恩も無いお祖父様に配慮する意味も薄いだろう。僕は他に配慮する人が沢山居るのだから……

 


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