古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第298話

 

 

 ザスキア公爵との下話も終わった、明日バセット公爵とラデンブルグ侯爵と話をつければ仕込みは完了、問題は出兵前に催される王家主宰の舞踏会についてだ、最近バタバタしてたから招待状の事をすっかり忘れていた。

 派手に動いている最中だから舞踏会でも注目されるだろう、理由は沢山有るからな……宮廷魔術師第二席昇格にハイゼルン砦の攻略、どちらも話題性は十分だからお祝いや激励で絡んで来る。

 転生前は王族として派閥のtopとして行動していたが、今回はアウレール王の臣下として派閥構成員としての行動だが間違ってはいないよな?根回しと言うか調整業務って言うか、前はマリエッタ達に任せ切りだった事を反省する。

 

 暫く執務室で一応恋文という派閥引き込み要望書に目を通して失礼の無い内容で返信を書く、大変だが放置は出来ない。

 前に侍女達に相談したら、若い独身貴族でも普通は月に一~二数通しか来ないので羨ましがられても仕方無い状況だそうだ。

 因みにビアレス殿やフレイナル殿の同期の連中には一通も来てないそうだ、話題と人気を独占ですねと笑顔を添えて言われた……絶対に嫌みだな。

 恋文を貰った淑女達をリストアップしていると分かる色々な思惑、同じ女性から連続だったり長女が駄目なら姉妹に名前を変えて送って来る。

 一度断って駄目だったら来ない方も居るし背景を考えると面白い、親の所属派閥を考えれば更に面白い事が色々と分かる。

 特に最近増えたバニシード公爵派閥の連中の娘達が僕に恋文を送る意味は何だ?鞍替えか引き込みか罠か……これも嫌になるが生き残りを賭けた派閥の駆け引きって奴なんだろうな。

 

 二時間以上も手紙を書いていたので手首が疲れた、今日のノルマは三十七通で残りは十七通だから終わらないな。

 

「疲れた、これ絶対に宮廷魔術師の仕事じゃないよ。プライベートな事を王宮内でしてるよ、給料泥棒って言われても反論出来ない」

 

 幾つかの雛型をパターン化して書いて、それに相手に合った内容で数行書いて終わりにしていても一通書くのに五分以上、一時間で十通前後しか書けない。

 手首をブラブラと振って凝った身体を解す、毎日が調整業務と手紙書きって変だよ。たまにする他の事は模擬戦だけってのが、僕がバーナム伯爵の派閥No.4なんですねって脳筋疑いが掛かるんだ。

 

 ハンドベルを鳴らして侍女を呼ぶ、今回は誰が来るかな?

 

「リーンハルト様、お呼びでしょうか?」

 

 む、今回はロッテか、ザスキア公爵に呼ばれたイーリンは戻って来たのかな?

 

「紅茶と何か甘いモノが食べたいな、それとユリエル様とアンドレアル様に面会の申し込みを頼む。僕の方から伺うよ」

 

 机の上を片付ける、最後に書いた手紙に蝋を垂らして封をしてトレイに並べる。これはロッテ達に任せれば届けてくれるから楽だ。

 

「畏まりました。丁度食べ頃のフルーツが届いておりますので、お持ちします」

 

 手紙の入ったトレイを持って部屋を出て行く彼女の後ろ姿を何と無く見詰める、後任の二人とは表面上は問題無く過ごしているので安心した。

 彼女達の黒幕である公爵四家とも問題無くしているから大丈夫だろう、これも派閥の調整業務だよな。

 

「アウレール王の臣下として出世してるのだが大変だな、前は仕えられる側だったが今回は逆だから……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一段落したので、ユリエル様達に会いに行く事にする、席次は上だが先輩であり恩人でも有るので僕の方から伺う事にする。

 場所はユリエル様の執務室で、アンドレアル様も一緒に待っているそうだ。彼等二人にはハイゼルン砦攻略の細かい説明はしてないから心配してくれているのだろう。

 

 ロッテを通じて面会の申し込みをしたが、わざわざ迎えの侍女を寄越してくれた。既にアンドレアル様とフレイナル殿は執務室で待っているらしい。

 因みに各宮廷魔術師の執務室は一ヶ所に纏まっておらずに適度に分散している、これは防衛の要となる宮廷魔術師を均等に配置し最後の砦が筆頭であるサリアリス様って事だ。

 本来なら戦力の分散より集中だと思うが、個が強い我々は連携するより独自に判断した方が動き易いって事かな?

 

 前を歩く侍女の後ろに着いて行く、ユリエル様の執務室は僕の所から200m以上離れているので案内が居なければ辿り着けない。

 

「リーンハルト様、私はアイレルと申します。ザスキア公爵様の配下です、もう一人のメイザルはニーレンス公爵の縁者ですわ」

 

「そうか、流石はザスキア公爵って事だな。彼女の耳と目は色々な所に潜り込んでいるんだな」

 

「はい、私達は御姉様の手足であり言われた通りに耳と目でも有りますわ」

 

 振り向きもせずに歩きながら話す事は身分上位者に対して不敬だとも思ったが、擦れ違う他の侍女や護衛兵達に知られない様に話すには仕方無いと思った。つまりユリエル様達と会う前に重要な話が有るんだ。

 

「そうだね、僕は公爵五家の中で一番彼女を重要で怖いと思っているよ」

 

「ふふふ、だから身に付けていたブレスレットを贈ったのですか?御姉様の喜び様は凄いですわ。

それとマグネグロ様の身辺整理に立ち会った元侍女達からの情報では、遺族の他にバニシード公爵本人と数名の貴族達が居たそうです。

小声で話していましたが『アルノルト子爵』と言う名前が漏れ聞こえたそうです、警戒して下さい」

 

 アルノルト子爵か、僕の家族という弱点を突いてくるのか。バニシード公爵に同行した数人の貴族が気になる、これはザスキア公爵の思いやりと下心だな。

 遺族と言っても奴は遊び人だったらしく本妻は居ない、政略結婚の側室は別居中で妾が五人、家族は両親は既に他界し兄弟が居ただけだった。

 奴も貴族として一族を増やす事を怠っていたんだ、実子は居ないので認知していたか分からない妾の子供達を探すしかないだろう。

 仮にも宮廷魔術師第二席を殺すのだ、下準備で報復の可能性は調べたが敵討ちまでしてくれる遺族は居ない。遺産争いは激しく戦う強欲な者は多いが、現宮廷魔術師第二席に歯向かえる程の人物は居なかった。

 それに恨みも多く買っていたみたいだし、没落すればハゲ鷹みたいな奴等から総攻撃だろうな……ニールの実家みたいに。

 結果的にマグネグロ殿の家は衰退するな、後継者もあやふやで力も失ったならば報復されるだろう。

 

「身の回りに注意します、ザスキア公爵に感謝しますと伝えて欲しい」

 

「承(うけたまわ)りました、此方がユリエル様の執務室になります」

 

 丁度目的地に着いたので会話をやめる、彼女がノックして中のユリエル様に僕が到着した旨を伝えて貰い、了承後に中に入る。

 

「お待たせして申し訳ないです、朝からバタバタしてまして落ち着いて時間を取れるのが夕方になってしまいました」

 

 待たせた非礼を詫びる、話し合いが長引くか分からないので先に少しでも手紙を書いておきたかった。夕方から夜は予定が無いから長引いても大丈夫だ。

 

「いや、構わないぞ。色々と忙しく動き回っているみたいだな」

 

 アイレルがもう一人の侍女のメイザルに声を掛けて僕用の紅茶と焼き菓子を用意した後で退出した、内緒話が有るって事前に言い含めていたんだな。

 広いソファーセットだが向かい側にユリエル様とアンドレアル様、隣にフレイナル殿が座る。先ずは挨拶と世間話から入る、お互い焦れったいのだが仕方無い。

 

「悠長にしているが、ハイゼルン砦の件は大丈夫なのか?何故、マグネグロ様との勝負を急いだんだ?」

 

 暫く談笑したがフレイナル殿が待ち切れなくなったのか話題を強引に変えて来た、君も貴族であり宮廷魔術師の一員なんだから少し落ち着いた方が良いよ。

 紅茶を一口含んで口の中を湿らす、若いフレイナル殿が言ってくれた為か残りの二人は僕を黙って見詰めるだけだ。

 

「マグネグロ様に挑んだ理由はアウレール王に申し上げた通りです、国難に挑むのに聖騎士団や軍部との不和は不味い。宮廷魔術師と宮廷魔術師団員の引き締めは必要でした」

 

「それを言われると耳が痛いぜ、確かにマグネグロは好き勝手し過ぎた」

 

「一番若いお前に押し付けてしまったのは悪いと思ってる、確かに奴が死んでしまえば聖騎士団との痼(しこり)は減った。元々ライル団長と俺は親友だからな、今後は連携も上手く行くだろう」

 

 ふむ、良かった。聖騎士団や常備軍と上手く連携出来れば問題は少ない、ハイゼルン砦を落としたら後発の彼等にスムーズに引き渡す事が出来る。

 味方同士で足の引っ張り合いや手柄の奪い合いとかお断りだから……

 

「確かに風通しは良くなった、だが奴の派閥に居た宮廷魔術師団員の半数以上はバニシード公爵に付いた。俺と父上の派閥に引き込めたのは五人だけだ、ニーレンス公爵とバセット公爵も同数程度だぞ」

 

 フレイナル殿が引き抜きの状況を教えてくれたが、仕込みの時間を与えたのに各五人ずつとは成果が低くないか?それとも僕が彼等の敵意を煽り過ぎたかな?

 

「そうですか、十人以上がバニシード公爵に引き抜かれましたか。僕に敵対するなら最大の派閥ですし予想はしてました、寄らば大樹の影とは流石は公爵ですね。

だが明確に敵対してくれた方が分かり易いから助かります、下手に擦り寄られて裏切るか非協力的な相手より余程良いですよ」

 

「お前って度胸有り過ぎだぞ、敵が増えるのに余裕なんだな」

 

 敵か、確かに出世すれば周りは敵か利害の一致した連中に分かれる。それを承知で出世を急いだのは自分の影響力を高める為だ。

 例え僕本人が大嫌いでも敵対させない事は可能だ、明確に敵対出来るのは同等以上の連中だけだ。

 

「全員味方で仲良く出来るなんて気楽な考え方は出来ませんよ、何れは敵が増えるのは分かっていたから出世して自分の影響力を高めた。もはや明確に表立って敵対するのはバニシード公爵位でしょ?」

 

「お前って奴は馬鹿じゃないのに考え方は馬鹿だよな、何でも自分で出来ると思ってると足元を掬われるぞ」

 

 ふむ、ユリエル様達は本心から心配してくれているみたいだ。それは凄く嬉しくて有り難い、最後まで味方してくれる連中とはこう言う人達だろう。

 

「有り難う御座います、最初から自分一人で何でも出来るなんて考えてません。僕に出来るのはゴーレムによる戦いだけ、これだけは負ける気など更々有りませんが他は一人前以下。

だから不足した部分を補える人に協力をお願いしました、少しでも上手く行く為に……」

 

 戦力的には兎も角、対外的に味方側と思わせる為の公爵四家の援軍、情報操作の為にザスキア公爵を優遇した事。

 冒険者ギルドと魔術師ギルドの本部に圧力を掛けてバニシード公爵の戦力増強を妨害した事、想定外だったがセラス王女からの贈り物(戦旗)は有効に使う、見返りは『王立錬金術研究所』への協力。

 そして僕を宮廷魔術師に推薦してくれたユリエル様達……

 

 だが協力には対価を払う義務が有り一方的な要請はしない、それでは痼(しこり)が残るから。

 

「お前って奴は本当に自分を低く見るよな、俺達は宮廷魔術師でアウレール王の命なくして応援には行けない。今回はビアレス殿との競争の意味も有るからな。

それにライル団長からもハイゼルン砦攻略自体は可能と聞いた、詳細は教えられないと言われたけどよ」

 

 秘密主義みたいに睨まれたが実際に秘密です、僕が公爵四家から兵力を集めている事を戦力不足を補う為にと嘘の噂を流している。

 後続で歩兵部隊を集めている事も噂に信憑性を持たせている、ゴーレムと四百騎の騎兵部隊、それに三百人前後の歩兵部隊ともなればビアレス殿の部隊と匹敵する。

 有り得ないが協力し合えば良い所まで行くだろう、実際に見栄を捨てて協力した方が良いって手紙で書いて送ってくれた良心的な人も居たが……裏を取るとバニシード公爵の派閥の連中なんだよな。

 彼等にとっては僕等は失敗するか現状維持が望ましい、合わせて二千人なら十分牽制して奴等をハイゼルン砦に留める事が出来るだろう。

 

「ご心配有り難う御座います。ライル団長にも説明しましたが僕の『リトルキングダム(視界の中の王国)』ならば可能です、制御範囲は半径500mですから。

問題は手柄の分配と本隊到着迄のハイゼルン砦の維持だけです」

 

 む、ユリエル様が深い溜め息を吐いたが何か不味い事を言ったかな?

 

「ああ、うん。そうか、それなら一方的な蹂躙が可能か。お前、最初から勝ちを決めてから調整に入ったな。なら安心したよ」

 

 漸く眉間の皺が無くなった、やはり心配してくれていたんだ。周りから心配されるのって嬉しいがくすぐったい感じがする。

 転生前は全ての責任が自分に降りかかるが全ての決定権も有った、その違いに戸惑うんだ。

 


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