王宮で用意される食事は豪華だ、宮廷魔術師第二席となり更に豪華になった。世話は専属侍女達が甲斐甲斐しくしてくれるが肩肘張ったマナーも必要で疲れる、幾ら周りには専属侍女しか見て居ないと言っても王宮内でマナー無視で食べる事は出来ない。
サンドイッチかナイトバーガーとか簡単な物を食べたいと言っても無駄だ、まぁ王族と昼食会よりはマシだが……
昼食だけでも気を使って食べ終わり食後の紅茶を飲んで漸く落ち着いた、確かに美味しかったが味わう余裕が無かったので勿体無いな。
そしてデザートの季節のフルーツを食べている時にザスキア公爵が来た、午後にでもとは言ったが気が早いですよ。
満面の笑みで部屋に入ってくる三十代前半の淑女に此方も微笑んで迎え入れる、腹芸は苦手なんだけどな……
「リーンハルト様、少し早かったかしら?」
「いえ、大丈夫ですよ。イーリン、彼女にも紅茶の用意をお願い」
無言で恭しく一礼してからザスキア公爵の為に紅茶を用意する、イーリンはザスキア公爵の姪らしいが忠実な配下だと感じる。
デザートの皿を下げて貰い紅茶のお代わりを貰う、少しだけ食後の余韻を味わいながら世間話から入る。
セラス王女は直球で来たがザスキア公爵は余裕が有り会話もそれなりに弾む、多分だが『魔法障壁のブレスレット』の件は伝わっている。効果は分からないが装飾品を贈られると知っているが急かせたりはしない。
「そう言えば、バセット公爵に配慮したみたいね?」
紅茶のお代わりのタイミングで上目遣いに聞いてきた、イーリンも紅茶を注ぎ終わったら僕を見詰めている。
「はい、断り切れない程に真摯で熱い要望でしたから。下手に焦らしても悪影響しかないと思い、明日にでも面会する予定です。悪巧みの仲間は多い方が良いですからね」
バニシード公爵の失脚狙いを敢えて悪巧みと言い換えた、この言葉にザスキア公爵が目を細めた。
「あら、私も悪巧みの一員かしら?」
「お願いが有ります、ザスキア公爵も僕に兵を預けて下さい。僕はセラス王女から頂いた『戦旗』を掲げて出兵します、民衆は思うでしょう。
王家から命を受けたのが誰なのか、しかも公爵四家が揃うならば僕等に正当性が有ると考える、実際に有ります。
だが民衆は分かり易い事を望む、僕は今回の出兵に際して一番貢献してくれたのは貴女だと思っていますから、出兵の行進にザスキア公爵軍が居ないのが嫌なのです」
真面目な顔を心掛けてザスキア公爵を見る、実際に一番貢献してくれたのは彼女だ。そして自分の左手首に嵌めていた『魔法障壁のブレスレット』を外して差し出した。
「あらあら、私ってもしかして口説かれているのかしら?身に付けていた装飾品を渡すのは意味深よ」
「今迄魔力を込めていました、これは今の僕が作れる最高のマジックアイテムです」
差し出されたブレスレットを暫く観察してから左手首に嵌めてくれた、サイズも丁度良さそうだ。
「珍しいし強い力を感じるわ、水晶の中に魔力を閉じ込めた感じかしら?」
目の高さまで手首を掲げてみせてくれた、確かに水晶擬きに魔力を込めた逸品だ、ピンク色の魔力が中で輝いている。
「それは『魔法障壁のブレスレット』と呼んでいます、魔術師のレベル30相当の魔法障壁を自動で展開する防御型マジックアイテムです。物理と魔法の両方の攻撃に自動で対応します。
有効時間は連続で十分程度、魔力が切れても再度補充出来ます。コレは未だ誰にも渡してません。今回の一番の協力者である貴女に最初に贈りたかったからです」
明確に敵対したバニシード公爵が自棄を起こす場合も考えての防御力の強化だ、最初に何を言ってるか分からない顔だったが意味を理解したのか大輪の華の様に笑ってくれた。
「あらあら、リーンハルト様って私を口説いてますわよね?良いでしょう、私には応える気持ちが……」
「色恋沙汰とは違います、純粋な御礼の気持ちと危ない状況に追い込んだお詫びでもあります」
両手を広げて抱き付いてこようとしたので警戒して否定する、僕は貴女が怖いが有能で利用価値が高い事を理解している。
だから敵対する事は絶対にしたくない、それだけ情報操作とは恐ろしい。武力と言うか魔法力オンリーの僕では敵わない怖い御姉様がザスキア公爵だ。
「ふーん、セラス王女よりも私を優先して大丈夫なのかしら?」
明確な拒絶に少し拗ねたみたいだ、セラス王女を引き合いに出して来たな。
「セラス王女には此方のダウングレードした物を渡す予定ですが、二ヶ月位はレジストストーンの改良だけで終わるでしょう。これは王家秘蔵のマジックアイテムを見せて貰った後の対価としてです」
少し腹黒いかもしれないが、約束通りに王家秘蔵のマジックアイテムを見せて貰ってから渡す予定だ、そして次へと繋げる布石でも有るから。
「リーンハルト様、これも独学なのかしら?貴方にバルバドス様以外の師匠が居ないのは調べたから分かるのですが、独学だけでこれ程のマジックアイテムを作り出せる物なのかしら?」
「既存の手法に囚われず試行錯誤した結果です、少しはレティシア殿……ゼロリックスの森に住むエルフの方ですが、彼女の知恵も借りました。流石は三百五十年以上も生きていた方だけあり、驚くべき知識を持っていましたよ。
エルフの方々は精霊魔法が有名ですが四大属性魔法も使えます、魔法特化種族ですね」
人間じゃなくてエルフの知識ならば、これだけの品も作れると思うだろう。普通はエルフに伝手など無いから確認のしようもないから丁度良い。
仮に問い合わせが行っても彼女なら誤魔化してくれるだろう、それ位の気転と友好度は有る筈だ。
「個人的にエルフの知り合いが居るのね、それは凄い事よ。あの連中は基本的に私達人間を見下しているし距離を置いているわ、それに師事出来るとは……彼女は貴方に何を見出だしたのかしら?」
「分かりません、最初は相手にもされず次は敵視されましたから」
首を振って理由は知らないアピールをする、実際は三百年前の勝負に負けた因縁なんだけど、それを正直に話しても信じては貰えない。
良くて嘘吐き、悪ければ狂人だろう、僕が三百年前の古代魔術師なんてね。
「まぁ良いわ、此処までして貰って詮索は不義理だし……私も他の連中と同じく騎兵部隊を百人送るわよ、武力は高くないけど虎の子の部隊なの。損耗は押さえたいわ」
虎の子、つまり最精鋭部隊って事だな。公爵五家の中で武力が低い彼女が大切に育てている部隊を預けてくれるのを理解しておかないと不味いな。
「直接的な戦闘は多分無いでしょう、逆に手柄を立てるチャンスも少ない。それは言い含めておいて下さい、手柄欲しさに独断で動かれるのは困ります。
彼等にはハイゼルン砦を落とした後の維持と防衛が主な仕事になるでしょう、後は伝令兵ですね。結果を素早く王都中に知らせたいですから……」
地方の出来事だと事実が伝達される前に情報操作や口止め、口封じも有り得る。だから少しでも早く結果を国王に知らせなければ駄目なんだ。
折角ハイゼルン砦を攻略しても味方が手柄を掠め取る事は多い、特にバニシード公爵やビアレス殿は死活問題だ。モラルに期待など出来ない。
「エムデン王国の悲願であるハイゼルン砦の攻略自体は問題にしてなくて、その後の心配なのね。分かったわ、でも最初の二家には言っておかないと不味いわよ。手柄の横取りとは言わないけど取り分が減るわ」
少し困った顔なのはニーレンス公爵とローラン公爵に配慮する為にか、最初から協力を申し出たのは彼等だからな。
僕はそれにザスキア公爵とバセット公爵も一緒にと誘った、彼等にしても面白くはないか……
「はい、指揮官との顔合わせを頼んでるので、その時に話します。成果は五等分で良いと思うのですが、攻略達成後に話し合いましょう」
「そうね、理解したわ。少しイーリンを借りるわよ、相談が有るの」
そう言うとザスキア公爵とイーリンは出て行った、相談って何だろうな?
◇◇◇◇◇◇
「御姉様、何か有りましたか?」
「まだ王宮の通路よ、御姉様じゃなくてザスキア公爵と呼びなさい」
イーリンを伴い自分に宛がわれた部屋へと戻る、直ぐに王都に待機させてる精鋭部隊を呼んで準備をさせなければ駄目ね。
後は物資の調達に荷馬車を押さえないと、私には兵力は求めないと思ったけど利益分配の理由で兵力を寄越せとか変わった子だわ。
「申し訳有りませんでした、ザスキア公爵。しかし展開が急で慌てました、手柄を分ける理由に援軍をくれなんて……彼は欲望が薄いのでしょうか?
それともザスキア公爵に好意を寄せているから便宜を図ったのでしょうか?」
好意?協力者としての好意は有れども肉欲の対象にはならずかしら、デオドラ男爵家に潜り込ませたメイドの報告によれば若い側室と宜しくヤッてるらしいわね。
気が多くないのは良い事だけれども貴族として血縁者を増やす事には消極的らしいわ、だけど本妻と側室がデオドラ男爵の娘だけでは周りは納得しないわよね。
「好意的だけど愛欲ではないわ、協力者としての配慮ね。あの子は視線が高過ぎるのよ」
「視線が高い?つまり上から目線でザスキア公爵を下に見ている、侮っていると?」
「いえ、違うわ。言い回しが難しかったかしら?あの子の考え方は自分の立場がもっと上の時の行動なのよね、イーリンは気にならない?」
部屋に到着したのでソファーに身体を預ける、左手首の『魔法障壁のブレスレット』を眺める、内包されたピンク色の魔力の力強さに見とれるわね。
これを対価として寄越すとなれば、私の情報操作に感謝し重要視しているのね。他の連中には特に配慮してない、単純な戦力なら要らないのだろう。
「先程の視線が高過ぎる事だけど、今回は僅か一週間にも満たない期間で公爵四家が行動している。異常だと思わない?」
普通は利害の調整に時間が掛かるから即日対応は無理なのだけれど、今回は他の連中も文句を言わないから最短で準備が進む。
「異常、ですか?」
「そう、異常なのよ。普通は自分の利益を確保する為に細かい話し合いをするでしょ?でも今回は他家との話し合いや調整は全くしていないのよ」
イーリンも考えが辿り着いたのだろう、私達公爵四家が宮廷魔術師とはいえ少年一人の思惑で動かされていくのよ。此処まで掌の上で踊らされているみたいで信じられないわ。
「確かに言われてみればそうですね、普通は駆け引きや調整に時間が掛かるのに今回は驚く位にスムーズです」
「全て彼が決めて私達は何もしていない。いえ、独自にフォローに動いたからこそ対価としての参戦要求に、このマジックアイテムのブレスレットね」
私達公爵家が何も言えないのは、ハイゼルン砦の攻略自体をあの子が一人で行うから口を挟めない。私達はおこぼれを貰うだけだから……
それでもあの子は私だけを特別に扱う、それは他の公爵連中とは違うから。自分の扱えない力を使える私を優遇しないと敵対する恐れが有るから。
「普通はアウレール王から直接命令されたなら、どんな手を使っても達成しようと動く。普通は周りを見る余裕も無い位に必死になるのにね、だけどあの子は全体を見回して調整している。
本来は宮廷魔術師として単一戦力として派遣されただけなのに、全体を見れるのよ。そしてそれは大将軍とか遠征の総指揮官が行う事をしているの、それも自然にね」
「遠征軍の総指揮官と同じ思考で動いていると言われるのですね、確かに言われて見れば余計な事までしていますね。宮廷魔術師は攻撃の要、一騎当千が求められているのに他の事まで考えて動いている」
本人の資質による物なのか後天的に磨かれた物かは分からないけれど、このハイゼルン砦攻略は必ず成功するだろう。
「全ては最年少宮廷魔術師様の思惑通りになるわね、味方からは誰からも文句が出ない方へと動かされている。全員があの子の掌の上で踊らされている、それはお姉さんとしては悔しくて堪らないわね」
嗚呼、やはり食べたいわ。押し倒して無茶苦茶にしたい、味方側に居ればあの子は油断する。そこが甘いのよ、やはり良く出来ている様でも年相応な部分が有るのよね。