古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第296話

 ハイゼルン砦攻略の準備は順調だ、同行するのはニーレンス公爵とローラン公爵の精鋭騎馬隊と物資運搬の荷馬車隊、後続にデオドラ男爵とジゼル嬢が選抜した歩兵部隊。

 五日前に三週間後、つまり二十一日の猶予が有ったが六日経った為に残りは十五日、僕は後五日は王都に滞在しないと駄目だ。

 冷静にウルム王国の行軍日程を考えると向こうでの猶予は三日間の強行軍で行っても七日間しかない、後続の歩兵と攻略前に合流は厳しいな。

 

 余り悠長にしてるとウルム王国軍がハイゼルン砦に到着してしまう、理想は彼等が来る前に砦を落として我等の『戦旗』を立ててエムデン王国の物だと主張しなければならない。

 そして最悪はウルム王国のハイゼルン砦攻略部隊と戦う事になるか、外交で話し合うかどうかだ。まぁアウレール王も絶対に落とせと言ってたから交渉は無理だな。

 

 早朝だが翌日も王宮に行くと話しておいたので僕専用にと用意してくれた馬車が迎えに来てくれた、エムデン王国の紋章が付いている要人専用の高級馬車だ。

 六頭引きで六人乗りの大型馬車の乗り心地は揺れも少ないが、僕の全錬金馬車の方が振動は少ないかな。

 窓から外を見れば他の馬車は道を譲る、エムデン王国の紋章付きの馬車に割り込めるのは公爵家か王族位だろう、それでも覚悟が居る行動だ。

 まだ貴族街だから問題は少ないが、これで商業区に行ったら一寸した騒ぎになるだろう。今の僕は噂の中心人物だから注目を集めるよな、冒険者ギルド本部に行くのも大騒ぎだし……

 

 程なくして王宮に到着、専用の停車位置に馬車を停めると直ぐに警備兵が集合する。彼等の先導により自分の執務室に行く訳だが、防犯上遠慮出来ない。

 

「「「「おはようございます、リーンハルト様」」」」

 

 専属侍女全員に出迎えられるのにも慣れた、挨拶を交わし執務机にすわるとハンナとロッテが親書と贈り物の目録、それに恋文という駆け引き文を机の上に並べる。

 

「本日は親書二通、贈り物は目録に記載した十二個、恋文は三十七通になります」

 

「それと、ユリエル様とアンドレアル様から面会の申し込みが有りました」

 

 ヤバいな、今夜は自分の屋敷に帰って向こうに届いた贈り物の確認をしないと駄目だ。アシュタルとナナルも指示をしなければ対処に困る連中も居るだろうし……

 

 イーリンが紅茶を用意しセシリアが焼き菓子を運んでくれる。

 

「このショートブレッドは私が焼きました」

 

 所謂(いわゆる)バタークッキーだ、サクサクの食感は紅茶との相性が良い。流石は王宮勤めの侍女だけあり本職コック顔負けの出来栄えだ。

 

「そうか、有り難う。美味しそうだね」

 

 イルメラのジンジャークッキーを思い出す、最近会ってないから寂しいな。二日間は魔法迷宮バンクに籠ろう、夜は屋敷で構って貰いたい。

 目録に目を通す、大分落ち着いたので数は減ったが色々な派閥の構成貴族から送られている。今度どの派閥からどれだけ送られているか調べよう、派閥を上げて贈り物をしてくれてるか知りたい。

 それと距離を置いたり敵対している派閥や構成員が分かる、今後の行動の方針決めの参考になるな。

 

 目録をチェックしたが、そのままアシュタル達に任せれば対処出来る内容なので安心した。

 

「次は親書か、バセット公爵とミュレージュ様から?」

 

 まさか王族からの親書に暫く手に持ったまま固まる、王族が親書の形で送ってくる場合は私信だ。公的な場合は勅旨とか別の方法を使うし……

 恐る恐る蝋封を外して中から便箋を取り出して広げる、一枚だけで文字も少なく直ぐに読めてしまう。

 確認の為に三回読んだが内容が変わる訳はないよな、つまり同じ内容だ。

 

「模擬戦の申し込みか、王族に挑まれるとは困ったな。今の僕の立場では勝てないし負けられない、だが出兵を控えているのに負けてしまっては周りに対する影響が悪くなる。

ミュレージュ様は戦争に行く僕の事を考えてくれてるのだろうか?」

 

 だが挑まれたら断る事は出来ない、他人と競い合う事は己の鍛練になると言っているのだ、逃げる事は否定する事になる。

 

「仕方ない、出陣に勢いをつける為にも勝つしかないな。今回は手加減が出来ないかもな……」

 

 前回の模擬戦から一月以上経っている、だが僕はレベルアップもしているし負ける要素は無いな。

 気持ちを取り直してバセット公爵の親書を見る、白地に金を使い模様を書いている上品で高価な封書から便箋を取り出す。

 此方は三枚にビッシリと文字が書かれているので丁寧に読み進めて行く、やはり協力要請だ。自分の領地の事だけに既に単独では無理だから是が非でも協力したいんだ。

 

「協力をしてくれたならば、自分の四女を側室に送り出すとか要らないんだよ。もう少し僕が欲する物を調べて欲しい、協力させられた上に側室まで貰ってくれとか舐めてるのか?

いや、これが普通か……公爵家と親戚になるメリットを提示してるんだろう」

 

 派閥への引き込み、親戚付き合い、貴族の柵(しがらみ)だろうが自分がメリットを感じない提案ばかりだから厳しい。

 だがアプローチを続けてくれるバセット公爵に対して無下な態度を続ける事はマイナスだ、明確に敵対してないのだから出来れば中立でお願いしたい。

 

「ハンナ」

 

「はい、リーンハルト様。何かご用でしょうか?」

 

 ご用も何もバセット公爵からの親書を読んでいる時に傍で不安そうな顔をされていては困る、侍女四人の中で彼女の後ろ楯だけと協力関係を結んでないからな。

 

「バセット公爵にも協力を要請する為に話し合う場を設けてくれないか?早い方が良いし出来ればラデンブルグ侯爵も一緒が良いかな」

 

「はい、任せて下さい!」

 

 凄く嬉しそうに元気良く応えてくれた、やはりバセット公爵から強く言われていたのだろう。笑顔のまま部屋を出て行ったのは直ぐに連絡する為か。

 バセット公爵もラデンブルグ侯爵も今は貴族街の自分の屋敷に滞在している、だが話が纏まればラデンブルグ侯爵本人か腹心は僕と同行するだろう。

 アウレール王自らがハイゼルン砦を落とせと命じたんだ、緩い対応は叱責だけでは済まない筈だぞ。

 

「宜しいのですか?リーンハルト様がバセット公爵と組むメリットは少ないと思いますが……」

 

「散々焦らした訳じゃないんだ、此処まで公爵家に配慮されたら受けるしかない。最悪は中立でも良いかとも思ったけどさ。だから、イーリン」

 

「はい、リーンハルト様」

 

「ザスキア公爵にも援軍を頼みたい、折角公爵四家が助力してくれるんだ。民衆にも知らせるべきだろ?」

 

 悪戯っ子みたいに笑いながら協力者は全員一緒だと話す、もはやハイゼルン砦自体を攻略するのは問題なく維持も手を打っている。

 残りは政治的な配慮だ、公爵四家の思惑通りにバニシード公爵は失脚させるが泥を被るのが自分だけは嫌だ。全員満遍なくメリットもデメリットも背負って欲しい。

 協力の対価は……ハイゼルン砦攻略に参加し成功した名誉とバニシード公爵の失脚、ザスキア公爵には他に魔法障壁のブレスレットを渡す。後は王家から報酬が個別に貰えるだろう、領地は増えないから勲章と金品だと思う。

 

「では、ハンナが戻って来たら時間が被らない様に調整します」

 

「そうだね、頼む。えっと、ロッテとセシリアの方は問題無いだろ?二人の黒幕には十分配慮している筈だぞ」

 

 私達には何も無いのですか?的に見詰められても困る、既に援軍も頼んで指揮官との事前顔合わせも準備中なんだぞ。

 黙って無言で無表情に頭を下げられたが、この四人には変な対抗心が生まれた気がする。

 

「一時間位一人にしてくれ、やりたい事が有る」

 

「畏まりました、緊急以外の取り次ぎは致しません」

 

 先任のロッテの言葉に合わせて他の二人も頭を下げた、表面上は仲良く……とは言えないが反発はなくなったか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 三人が執務室から出たのを見計らい空間創造から上級魔力石を取り出す、両手で包み込む様に持って魔力を注ぎ込み完成品をイメージする。

 膨大な魔力を制御し構成に従って作り込んでいく、レベル39の恩恵は転生前の四割を切る程度のマジックアイテムの製作を可能とした。

 

「出来た、名前は『魔法障壁のブレスレット』で良いや。僕は名前を考えるセンスは無い、マリエッタにも単純で分かり易いですねと嫌味を言われた。

いや当時は分からなかったが、あの笑顔で言った言葉は絶対に嫌味だった筈だ」

 

 転生前に妹の様に接していた若く美しい女性魔術師は今考えると実は腹黒の毒舌家で、本当に僕の事を思っていてくれたんだと分かる。

 当時は五百人の仲間が居たんだ、でも今は数は少なくとも信頼出来る仲間に恵まれた。僕の二度目の人生は幸せだ、この掴んだ幸せを守る為にも……

 

 『魔法障壁のブレスレット』は透き通った水晶に近い物質で出来ている、丸い輪のシンプルな造形だが透けて見える内部にピンク色の魔力が見える珍しい作りとなっている。

 完成品に念入りに固定化の魔法を重ね掛けをして強度を上げる、これをナックル代わりに握り込んで石を殴っても傷一つ付かない程度に強化して完成だ。

 実際に左腕に嵌めてみて試したが機能は正常に働いている、これならレベル30前後が展開する魔法障壁と同等の防御力が有るな。

 

 この他にセラス王女用のグレードダウンしたレベル20相当の物も作る、此方は無色透明の中にピンク色の魔力が見える物でなく薄い紫色をしている。

 機能重視の為に意匠には拘らなかったのだが試しにレベル20の物をもう一つ作ってみたが同じ薄い紫色になった、込める魔力量により魔力石の色も変わるから問題は無いか……

 

 壁に取り付けられた時計を見れば一時間と言ったのに二時間近く経過していた、集中すると時間が過ぎるのが早い気がする、気がするとお腹も空いた、もう昼前だな。

 ハンドベルを鳴らすとハンナとイーリンが執務室に入って来た、報告込みかな?

 

「何か御用でしょうか?」

 

「お腹が空いたから早目に昼食を貰って良いかな?」

 

 何か優しく生暖かい目を向けるのだが、お腹が空いたってせがむのは子供っぽいってか?

 

「畏まりました、早目に御用意いたします。それとバセット公爵ですが今日と明日は予定を空けるとの事です」

 

「ザスキア公爵も同様ですが、此方は連絡すれば訪ねて来るとの事です」

 

 ふむ、急ぎだし今日か明日には話を纏めて準備をしたいって事だな。ザスキア公爵は王宮に入り浸っているらしいがバセット公爵は自分の屋敷に居るのだろう。

 身分上位者を呼びつける事は出来ないから僕が訪ねるしかないが、大抵は色々と準備万端待ち構えているんだよな。引き合わせたい連中とかが……

 それを考えるとザスキア公爵の友好的さが凄いな、公爵本人が普通に僕の執務室に遊びに来るし入り浸るし。

 

「ザスキア公爵とは午後にでもお会いしたいと連絡をしてくれ。バセット公爵は明日僕の方から伺うので場所と時間を決めて貰ってくれるかな」

 

 バセット公爵はラデンブルグ侯爵と一緒に会いたいと頼んだのだが、流石に連絡したその日は駄目だろ。

 

「畏まりました。その綺麗なブレスレットですわね、無色透明の水晶の内部がピンク色に光ってますわ」

 

「他の二つも綺麗な薄紫色ですわね、シンプルですが凄く気になります」

 

 無造作に置かれた『魔法障壁のブレスレット』に興味を持たれた、仕えし主に質問とは随分と関係が砕けて来たと喜ぶべきかな?

 

「女性への贈り物だよ、僕が錬金した自信作でも有る」

 

 そう微笑んで煙に巻いてみた、だが彼女達の好奇心には火がついたな。数有る恋文も全てお断りをしている僕が装飾品を贈る相手は凄く知りたい情報だろう、常識的に考えれば側室か婚約者だ。

 もし他の女性なら誰かが派閥引き込みに成功したと思うだろう、彼女達の黒幕に伝えねばならない情報だ。

 

「ふむ、凄く知りたいみたいだね。別に恋文をくれた誰かに贈る物じゃないよ、これはザスキア公爵に御礼として渡す物の完成品と試作品さ」

 

 効果さえ分からなければ自作の錬金した装飾品を贈った事だけになる、それでも僕がザスキア公爵を特別扱いしてると周りは思う。

 その情報を知った彼女が、より一層の恩を感じてくれれば儲け物、自分を特別視してくれると感じてくれれば良い。そこに情愛は全く無いのだが下心(敵対せずに協力して欲しい)は満載なんだ。

 


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