古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第294話

 デオドラ男爵の奥方達により急遽催された晩餐会、これはハイゼルン砦攻略に協力し損ねた貴族達が働きかけた事によるものだ。

 領地持ちの従来貴族男爵であるデオドラ男爵に働き掛ける事が出来るとなれば子爵以上伯爵以下だ、侯爵七家は既にラデンブルグ侯爵とモリエスティ侯爵とエルマー侯爵とは物資の援助で話をつけた、残りは静観の筈。

 兵力を預かる事は公爵二家に配慮する為に丁寧に断る事にした、理由としては十分だから……

 

 だが僕が侯爵三家から物資を援助して貰う事が周りにバレた、なので断り無く送り付けてくる連中も多くて苦慮している。

 軍資金なら良いが食料や武器・防具等は貰っても困るんだ、一応全ては貰ってハイゼルン砦を落とした後に売れる物は売って金に変えて半額程度の品をお礼として贈る。

 彼等にもハイゼルン砦を落とす事に協力した事にはなる、だが今夜集まる連中は直接的な協力もしたい、もっと手柄を分け与えよって連中だと思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「すまんな、リーンハルト殿。待たせたか?」

 

 慌てて書斎に入って来たデオドラ男爵は鎧兜を身に付けないで貴族服だった、バーナム伯爵の催しでは鎧兜だったから新鮮だ。

 向かい側に座ったのを確認して話し始める、時間は十分も無いだろう。

 

「いえ、大丈夫です。急いで相談したかったのはハイゼルン砦を落として、ライル団長達が率いる本隊が来る迄の間の事です。

僕は砦の運用や維持管理は出来ない、公爵二家からの応援も精鋭ですが騎兵部隊です。後続で歩兵部隊を募った方が良いでしょうか?」

 

 敵は二千人、だが戦時下には一万人以上の兵士を収用可能なハイゼルン砦を二百騎程度の兵士で運用出来るかが疑問なんだ。

 幾らリトルキングダムで周囲500mを支配下に置いてゴーレムを操れても跳ね橋の操作や捕虜の監視、砦内の残された資金や物資、重要な書類等の管理が出来るのかが不安なんだ。

 

「ハイゼルン砦を落とした後の事の心配とはな、だが確かに一時的にせよ砦を管理するには人材が足りない。

まさかビアレス殿の配下の、いやバニシード公爵の手の者に任せるのは不味い。歩兵の他にも傭兵団も居たし何をするか分からん」

 

 二千人が立て籠り周辺の街や村からも強奪している物資や財貨、もしかしたら人も強制的に連れ込んでいるかもしれない。

 その場合の保護や治療とか考えれば色々と必要な事は多いな、ポーション類は多目に持ち込むか……

 

「そうですね、物資の横流し位ならまだしも財貨の強奪も考えられますし。ですが一応は味方ですから攻略した砦に招かないのも問題です、外で待ってろとは言えないでしょう」

 

 仮にも同じ宮廷魔術師であり、公爵家から借りた兵士を砦の外で待たせる事は憚(はばか)られる。相手だって奪還しに来るかも知れない敵軍に怯えるなら中に入れろと騒ぐだろう。

 

「そうだな、七百人近い連中の監視まで併せて出来る訳はないな。お前の応援は公爵二家の精鋭騎馬隊だ、下手したら貴族も居るだろうから雑務は無理だ。

仕方無い、バーナム伯爵の派閥から兵を募って後を追わせる。進軍速度が違うから数日は耐えて貰わねば駄目だがな」

 

「それが最良ですね。分かりました、数日なら攻略を控えるなりして調整します。それに今夜の晩餐会の参加者も噛ませますか?」

 

 これはデオドラ男爵への配慮だ、晩餐会に呼ぶ程の連中を手ぶらで返す事は無理だろう。僕はハイゼルン砦の攻略を邪魔されなければ、その後の砦の維持管理については多少の妥協はしよう。

 両手を組んで考え込むデオドラ男爵、何か葛藤が有るんだろうか?まさか自分が行きたいとかは無しでお願いしたい。

 チラリとジゼル嬢を見れば此方も考え込んでいる、戦う前から勝った後の事を悩むとは『獲らぬ狸の皮算用』だったか?

 でも事前に考え過ぎる事は悪くはない、色々な事を対処する事を予想して準備出来るから……

 

「ウォーレンとケン、それにグレッグも連れて行け。流石に俺は無理だ、行きたくともな。後は参加者を募ればよい、厳選しても三百人位なら直ぐ集まる」

 

 やはり自分が行きたかったのか!でもアウレール王が指名した連中を差し置いて有名人たるデオドラ男爵は出撃不可能だろう、だが戦局が膠着すれば可能性は有る。

 

「そうですわね、人選と調整は私の方で行います。基本的に三十人以下で信用の置ける方々から集めますわ」

 

 む、少数ならば準備にも時間が掛からないし発言力も少なくて済む、ウォーレンさん達なら面識も有るし能力は折り紙付きだ。

 

「分かりました、その案でお願いします。そろそろ時間でしょうか?」

 

「そうだな、アーシャがホールで対応しているが主役不在は不味いか。

今夜の呼ばれた連中は伯爵や子爵で十五人、古い付き合いの連中ばかりだ。それとお前は嫌がるだろうがアルノルト子爵も居る、気を落ち着けろよ」

 

 アルノルト子爵本人がか?直接会うのは何時以来だろう、母上の葬儀の時か?

 落ち着けって?無理だ、アイツが来てるのに冷静になれだって?本当なら直ぐにでも排除したい、だがエルナ嬢が悲しむから放置してるんだぞ!

 

「リーンハルト様、落ち着いて下さい。凄く怖い顔ですわ、その様な顔をしないで下さい」

 

「ちょ、ジゼル様?」

 

 僕の手を掴み自分の胸に押し付けた、柔らかい感触がドス黒い感情を桃色に変えてしまった。ジゼル嬢は結構胸が大きい、多分だがアーシャよりもだ。

 押し付けられた手を動かさずにゆっくりと離す、間違っても握ったり掴んだりしては駄目だ。

 

「もう大丈夫です、落ち着きましたから。でも少し大胆過ぎますよ、一瞬ですが頭の中が真っ白になりました」

 

 真っ白と言うか桃色だったけど、それは言わない。言うとデオドラ男爵が直ぐに子供を作れと騒ぎ出す、本妻が結婚前に妊娠してるのは貴族としては醜聞だ。

 

「そうだな、親の前で大胆だぞ。もう早く子供作れよと言いたくなる」

 

 本妻との結婚は成人後、その時に妊娠してますは駄目なんだ。咳払いを一つして誤魔化す、どうせアルノルト子爵の考えなど排除が無理だから擦り寄って来た程度だ、無視すれば良い。

 これもパトロンで義父のデオドラ男爵の為と思えば我慢出来るだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結果的に晩餐会は擦り寄ってくる貴族達を角が立たない様に曖昧な態度で言質を取られない様にして終わった、この集まった連中の中から信用が出来るのを探すのはジゼル嬢の役目だ。

 僕は変な約束をせず協力を頼まずを通した、流石に伯爵以下では宮廷魔術師第二席の僕には無理強いは出来ない。互いに作り笑いで対応する胃が痛くなる晩餐会を終えた頃には二時間が過ぎていた。

 

 予想通りアルノルト子爵は親族として互いに連携し協力しようと擦り寄って来たが笑みを浮かべたまま一言も喋らなかった、明確な拒絶はしてないが周りは僕等の関係を理解しただろう。

我が娘の子供にバーレイ男爵家を継がせる為に暗躍したが、排除しようとした相手が自分よりも出世してしまった。報復を恐れて擦り寄ったが無視されれば堪えるだろう。

 

 母上を暗殺し自分にまで刺客を仕向けて来たんだ、関係改善など不可能と思え!

 

 最悪アルノルト子爵家が没落してもエルナ嬢一人なら父上や僕でも守る事は出来る、だから問題は少ない筈だ。

 晩餐会が終わり来客が全員帰った頃には既に十時を過ぎていた、今夜はデオドラ男爵家に泊まる事になった。

 晩餐会は爵位を持つ者しか参加出来ない、なので奥様方やアーシャ達とは話が出来なかったので食後のお茶会をする事になった。

 会場は夜の中庭、池の辺りにしたのはライティングの魔法を見せてくれって意味だろう。アーシャを伴って行けば既に全員が席に着いていた、因みにデオドラ男爵は遠慮した、唯一の同性で義父は逃げたんだ。

 

「夜のお茶会とは風情が有りますね、でも少し暗いかな?魔法の灯火(ともしび)よ、辺りを淡く照らせ……ライティング!」

 

 両手を合わせて魔力を込めてから開くと淡い桃色の光の玉がフヨフヨとしかし規則正しく列を成し周囲に漂う、これに奥様方が食い付いた。

 

「凄く綺麗ですわね」

 

「それに珍しい魔法です、今まで見た事も聞いた事もないですわ」

 

「水面に映り込む分を含めれば二百個以上ですわね、見応えがありますわね」

 

 前回とは少し変えて淡い桃色から青色、そしてオレンジ色と色を変えながら動かし続ける、最後に池の中央に集めて竜巻の様に空へと返した。

 胸に左手を添えて軽く頭を下げると淑女としては少し激しい拍手をしてくれた、これで約束は果たしたので肩の荷が降りた。

 

「旦那様、此方へ」

 

「ん?ああ、分かった」

 

 大きめな円卓に空いている席は一つ、アーシャとジゼル嬢の間だけだ。今夜は本妻殿の他にルーテシア、それと三人の母親が参加している。

 前回は怖い話をされたんだ、貴族の女性達の横の繋がりの凄さを知った。

 ヒルデガードが紅茶を用意してくれたので砂糖を二杯いれてかき混ぜる、甘党に成りつつあるな。一口飲んでカップを置けば本妻殿から話し掛けられた。

 

「前回のお約束通りにマグネグロ様を倒し見事に宮廷魔術師第二席に昇格されましたわね、おめでとうございますわ」

 

「有難う御座います、宣言通りにマグネグロ殿を倒す事が出来てホッとしています」

 

 暫くは他愛の無い世間話から入る、ヒルデガードが下がったのを合図に本題に入る。

 

「しかし次から次へと試練が続きますわね。私達の旦那様からも聞いていますが、ハイゼルン砦の攻略をアウレール王自ら指名したとか?」

 

「その若さで王命を受ける事が出来るとは素晴らしい名誉なのですわ」

 

 ああ、そういう考え方も有りなのか。国王からの勅命を受けられるのは名誉な事には違いない、それだけ国王に近い位置に居て頼られている訳だから面倒臭いとかは不敬だな。

 転生前は王族だったから認識の差が出ている、気を付けないと駄目だ。

 

「そうですね、嬉しく思います。それと最近ですがリズリット王妃に何度かお茶会に誘われまして……」

 

 一旦言葉を切って紅茶を一口含む、この情報は奥様方は知っているのかが知りたい。もし知っていればセラス王女の事も知っている筈だ。

 チラリと見る本妻殿は笑みを浮かべているが、左右の側室殿は少し動揺している。特にジェニファー様は動揺が誤魔化しきれてない。

 

 これは知らないな、前回はミュレージュ様と同席した件は知っていたが今回は情報を掴んでない。

 

「リズリット王妃もそうですが、ザスキア公爵とも仲が宜しいそうですわね?」

 

 チクリと軽い嫌味を返して来た。牽制だと思うが、やはりリズリット王妃の件は知らなかったな。

 

「ザスキア公爵は敵に回すには余りにも恐ろしい人です、巷の噂の嗜好については信憑性は有りません。本心を隠す手段の一つですね」

 

 年下の少年大好きと言う噂の一部は合っているが正しい情報を根拠に、状況に応じて使い分けられるのが彼女の怖さだ、情欲に流される愚かさは無い。

 この辺は噂話だけしか知らない奥様方と実際に何日間か行動を共にした僕との判断基準の差だな、情報操作を得意とする彼女が自分に不利な噂話をそのままにする訳がない。

 

「ザスキア公爵の件は分かりました、但し良い噂話を聞かない女性でも有りますから付き合い方には気を付けて下さい。それで、リズリット王妃からは何か言われているのでしょうか?」

 

 良い噂話を聞かないね、サリアリス様の時も同じ様にいわれたな、僕の関係する異性は曲者ばかりって事だな?

 本題のリズリット王妃との話し合いの件だが、正直にセラス王女と縁が出来て家紋を許された『戦旗』を貰ったと言ったらどうなるかな?

 チラリとジゼル嬢に目をやれば黙って頷かれた、未だ話の進め方は悪くないって事だ。アーシャに目を向ければ微笑むだけだ、彼女は全幅の信頼を僕に向けてくれる。

 愛する二人からの無言の応援を受けて奥様方にセラス王女の件を話す事にした、多分揉めるだろうが……

 

「リズリット王妃との話し合いは……後宮での派閥への取り込みでした。

手段は『王立錬金術研究所』の協力をさせる事により、それを立ち上げた総責任者のセラス王女と縁を結ばせた事。リズリット王妃のお願いであり、しかも錬金術についてなら僕は断る事が出来なかったんです」

 

「貴方は本当に魔法馬鹿ですわね、分かっていましたが油断しましたわ」

 

 錬金絡みの事には歯止めが効かないのだが、また魔法馬鹿と言われてしまった。分かっていたが正面から言われると堪えるな。

 


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