古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第293話

 ビアレス殿の先発部隊を見送った、バニシード公爵は二線級の歩兵部隊を彼に用意したが、それでも戦力は合計で七百人を越える。

 別に本命の精鋭の本隊と領地からの徴兵部隊を準備している食えない曲者だが、流石は領地持ちの公爵家だけあり財力は凄い。

 セシリアの追加情報によれば全力で八千人位は動員出来るみたいだ、ハイゼルン砦の奪還は聖騎士団と王国軍を合わせれば可能だろう。

 後は時間との戦いだ、時間と言えば一週間の猶予が出来た、歩兵部隊と騎馬部隊では進行速度が違う、多分だが四日遅れ位でハイゼルン砦に着く。

 向こうは徒歩だし大人数だ、一週間は掛かるだろうが僕等は少数で全員が騎馬だから急げば三日位で到着する。

 

「この四日遅れが、どう影響するかだな。本隊到着まで更に十日から二週間の猶予が有る、早目に落とすとハイゼルン砦の維持もしなければならないし……」

 

 そうか!速攻でハイゼルン砦を落とすと今度は防衛もしなければ駄目なんだ、騎兵二百で防衛戦は厳しいぞ。

 やはり後発で歩兵部隊を頼まないと無理だ、僕のゴーレムなら防衛戦自体は可能だが捕虜の管理や砦の維持は無理だろう。

 ならば参加希望者を二陣として募るか、バーナム伯爵の派閥の声掛けとラデンブルグ侯爵やモリエスティ侯爵などの比較的友好な人達の取り込みの為にも有効だ。

 直接的に戦わなくても、ハイゼルン砦攻略に参加した事にはなる。それなりの名声も貰えるが報酬とかって国がくれるのか?それとも僕の持ち出しか?

 

「この手の話に最適な戦い大好きな人種が居たな、今夜にでも寄っていくか……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王都中央広場から王宮に戻る、もう週三日とか言わずに出来るだけ出仕している。

 王宮内での僕の評判は割りと良い、ザスキア公爵の情報操作のお蔭だと思うと地味に借りが増えているので困る。この辺で借りを返さないと不義理だな、だが彼女の希望って何だ?

 

 警備兵に先導され自分の執務室に行く途中で色々考えたが思い浮かばない、お金は向こうの方が持ってるから普通に金銭で手に入る品物では効果は薄いだろう。

 執務室に到着したので警備兵に礼を言って中に入る。

 

「あら、お帰りなさい」

 

「只今帰りました、ザスキア公爵は自分の執務室に居なくて平気なのですか?」

 

 もう所定の場所みたいにソファーに横座りをしているザスキア公爵に嫌味を言ってみた、本人は表情一つ変えないが後ろに控えるイーリンは苦笑している。

 壁際に控える残り三人は諦めた顔だな、僕の立場でも公爵には文句しか言えないから仕方無いか……

 

「どうだったの?ビアレス坊やの部隊は?」

 

 何故かイーリンがソファーを勧めてテーブルに紅茶の用意を始めた、つまりザスキア公爵は僕に話が有るんだな。

 

「予想通り歩兵だけの二線級の部隊でした、だが出陣式はそれなりに盛況でしたよ。師の弔い合戦だそうです、卑劣な罠に私利私欲に走る僕を許さないとか……」

 

 そこまで話して思い出し笑いをしてしまう、どちらが道化となるか勝負だな、ビアレス殿。

 淹れてくれた紅茶に砂糖を二つ入れて一口飲む、今気付いたのだがティーカップも茶葉もザスキア公爵の持ち込みみたいだ……

 

 あれ?珍しいな、ザスキア公爵とイーリンが呆けた顔をしているが?

 

「リーンハルト様もその様な黒い笑みを浮かべるのね、少し驚いたわ」

 

 ザスキア公爵の言葉にコクコクと頷くイーリン、失礼だな、僕はデオドラ男爵みたいな恫喝の笑みや貴女の様な黒い笑みは浮かべられない筈だぞ。両手で顔を擦り筋肉を解す、多分だが見間違いだろう。

 

「気のせいですよ、多分ですが最近疲れ気味だから変な表情に見えたんですよ?」

 

「何故、最後が疑問系なのかしら?でも良かったわね、本当に時間稼ぎ位しか出来ない連中で。それで誹謗中傷にはどう対処するのかしら?」

 

 これは噂を流して対応するか?って聞いてるのだろう、だが噂話は有効だが使い続けるのは危険だと思う。

 所謂(いわゆる)聞いた話によるとって前置きが付くから信憑性が低いんだ、だから直に見た話を広めて貰わなければならない。

 

「暫くは静観します、後は自分も派手に出陣式はやりますが二番煎じにはしませんよ。本当にハイゼルン砦を落とせる戦力を民衆に見せ付けます」

 

「私の情報操作は不要?やはり最後は力ずくで攻めるのかしら?」

 

 む、不機嫌と言うか悲しそうな顔をしたぞ。彼女の力を否定したからか?彼女が公爵五家の五位に甘んじているのは決定力不足だと聞いているからな。

 その関係だと推測するけど返答を間違えると関係が崩れそうだ……

 

「ザスキア公爵の情報操作の怖さと有効な事は身に染みて分かりました、味方で居て欲しく敵対する事は最悪だと思っています。

でも虚実を混ぜるのが情報操作の肝だと考えています、色々と仕込みをして貰いましたから最後は噂の根拠となるモノを見せる。その後で仕上げの噂を流して欲しいのです」

 

「虚実ね、確かに良い考え方よ。でも民衆が認める程のモノを貴方は見せられるのかしら?確かに騎馬部隊は見応えがあるけど二百騎程度じゃ無理よ」

 

 ふむ、疑わしい感じだな。彼女にはハイゼルン砦攻略の根拠となる『リトルキングダム(瞳の中の王国)』の詳細は話してない、だが調べはついているだろう。

 ふと気付くと空のカップを飲もうとしていたので紅茶のお代わりを貰う、二杯目だから砂糖は入れずにストレートで飲む。

 

「調査済みとは思いますが、僕のハイゼルン砦攻略の切り札はリトルキングダムと呼んでいる遠距離ゴーレム運用です。自分を中心に半径500m以内に大量のゴーレムを錬成し自動で戦わせる事も可能です。

これは僕のゴーレム運用の肝であり秘中の秘です、最大運用数は三百体。ですが戦闘用でなければ数は増やせますよ、三倍位に……」

 

「ふふふ、うふふふふ。貴方って子は本当に変わってるわね。九百体の全身鎧兜のゴーレムが整然と行進する訳ね、確かに壮観だわ。

ビアレス坊やの戦力は精々が皮鎧の歩兵、確かに差は歴然だし希望を見い出せるでしょう」

 

 席を立って近付いて来たザスキア公爵が背後から首に両手を巻き付けて来たぞ。

 

「ちょ、ザスキア公爵?」

 

「それで仕上げの噂話って何かしら?」

 

 耳元で囁くのは勘弁して下さい、ハンナとロッテの蔑む目が堪えるので……

 ゆっくりと身体を離して窓際まで移動する、逃げるのではない、あくまでも窓の外の景色を見る為にだ。

 

「仕上げの噂の内容は単純に敵対派閥の僕が手柄を立てるのが腹立たしいので、ビアレス殿がバニシード公爵と共に邪魔をした……それで良いです」

 

「控え目ね、でも自分達が手柄を掠め取る為に手を出して失敗したとなれば面子は丸潰れよ。分かったわ、秘密を教えてくれた御礼にお願いを聞いてあげるわ。それと女から迫られたのに逃げ出すのは紳士じゃなくてよ」

 

 愛想笑いを浮かべて誤魔化す、協力者として能力は信用出来るのだが、他がイマイチ怪しいんだよな……

 

 僕の貞操狙いと言ってはいるが、仮にも公爵五家の当主がそんな甘い考えで僕に迫って来る訳はない。必ず他にも目的が有っての行動だ。

 今はバニシード公爵を蹴落とす為に利害が一致して公爵三家と足並みを揃えているが、ハイゼルン砦を攻略し旧コトプス帝国の残党を一掃した後は……

 

「今の関係は崩れる、僕だって派閥を越えた付き合いは色々と無い腹を探られるだろうが崩したくはないな」

 

「何か言ったかしら?」

 

「いえ、何でも有りませんよ」

 

 小さいとはいえ声に出して言ってしまった……ザスキア公爵との今の関係を少し楽しいと思い始めているが、しかし何れは所属派閥の為にも距離を置く必要が有るだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 事前に使いを出して夕方に寄る旨を伝えてある為だろう、今回も多くの使用人が出迎えてくれた。

 

「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」

 

 違う、旦那様じゃないと言っても聞かないだろう。正門からフリーパスで正面玄関まで直行、前に馬車を横付け出来るのは来賓か家長位の筈なんだけどな。

 

 馬車を降りて玄関まで歩けばメイドに執事、コックに庭師まで二列に整列して一斉に頭を下げられた。

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 三者三様の呼び方をされた……中央にアーシャとジゼル嬢、少し後ろにニールが控えている。今夜はニールもドレスを着ているが皆が正装だな。

 幾ら宮廷魔術師の第二席である僕の出迎えにしても仰々しいと思うのだが?

 

「ただいま、今日も綺麗だけど何時もよりも更に気合いが入ってお洒落をしているね。何処かに出掛けるのかい?」

 

 確かこの前に買い求めた今の流行りの胸元が少し大胆に開いたドレスを着ている、他所に行く時にはショールを羽織って欲しい魅力的な姿だ。

 アーシャとジゼル嬢はお揃いのデザインの色違い、淡い緑と青だ。逆にニールはデザインは控え目だが色は燃える様な赤、似合ってはいるが性格とのギャップが凄い。

 

「お母様達が急遽仲の良い方々を呼んで簡単な晩餐会を催しまして、リーンハルト様が主賓となります」

 

「多忙なのは分かりますが、どうしてもお話したい方々からの要望が多くて……」

 

 困った様な二人を見て理解した、伝手として婚約者や側室の親族を頼った訳だな。そして要求を断り辛い相手も居たんだ、これは子爵以上伯爵以下の直接僕を誘えない連中だな。

 僕に宛てた手紙による誘いの数々は忙しい事を理由に延期ないし断った、ハイゼルン砦攻略に参加したがる連中は直接交渉の場を設けたかった。

 

「それは夫人達に要らぬ迷惑を掛けたみたいだね、そう言う事なら参加するよ。アーシャとジゼル様は僕から離れない様に、ニールは側に控えてくれ」

 

 主賓を遇するのにホスト側から人を出すのは常識、だが婚約者と側室と……ローラン公爵から与えられた女性であるニールを前に、自分達の娘を押し付けられないだろう。

 まぁ今回はハイゼルン砦攻略の援軍ないし援助の話だろうな、奇しくも今日の昼間に対抗馬のビアレス殿が出陣した。彼に協力しなかった連中は僕側に付きたいのだろう、その連中に対する相談に来たのだが……

 

「すみません、旦那様。疲れているのに急に晩餐会などと……」

 

「構わない、だが少し支度をしたいのだが時間は有るかな?」

 

 僕が主賓なら一番最後に到着の筈だ、それに晩餐会と言う場を設けられる事がデオドラ男爵の立場を上げる事が出来る。

 それが最大のパトロンで協力者たるデオドラ男爵に報いる事なんだ、互いに利用する事で恩恵が有る。

 

「未だ少し時間が有りますわ」

 

「ジゼル様、少し晩餐会について相談したいけど良いかな?」

 

「ではお父様の書斎にて、アーシャ姉様は先に会場でお客様のお相手をお願いしますわ。ニールはお父様を呼んで来て下さいな」

 

 流石は本妻の貫禄だろうか、二人も只頷くだけだった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時間は限られているので早目に済ませなければならない、書斎にデオドラ男爵が来る前に考えを纏めなければならない。

 直ぐに晩餐会に参加だから飲み物も不要、ソファーに並んで座りデオドラ男爵を待つ。

 

「今回のハイゼルン砦攻略、巷では公爵四家の代理戦争と思われていますわ。三対一と第二席と第十一席の戦い、勝ち馬に乗りたい連中が今日の参加者となります」

 

 厳しい顔をしている、確かに公爵家から兵が出されればそう思う連中も居るだろう、実際にも一部は事実だ。彼等の協力は打算に基づいている、あくまでもバニシード公爵の失脚が目的だから。

 

「少なくともローラン公爵とザスキア公爵はバニシード公爵の失脚が目的、僕と手を組んだのも互いに打算があったからですよ」

 

「そうですわね、聞けばアウレール王に意見までして割り込んで来たとか。失敗は国王の信頼を損なう最悪の結果、だから周りもリーンハルト様に協力するのでしょう」

 

 肘掛けに置かれた手に彼女の手を重ねられた、最近はスキンシップもしてくれる様になったな。得体が知れなくて最初は怖いと言われたんだ。

 

「そうだよ、だから僕も彼等を利用するんだ。お互いにね」

 

「悪い旦那様ですわ。ならば最大限利用しましょう、私達の幸せの為に」

 

 そう微笑む彼女は引き込まれる程に美しかった……

 




社会人としては少し早目の盆休みを取らせて頂きますので8/16までは此方のサイトに顔を出せないかもです。投稿予約はして有ります。
酷暑の為に避暑の為に山梨県の清里に行ってきます。
80年代以降観光ブームは過ぎ去った感じはしますが今でも避暑地としては有名ですよね?

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