古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第292話

 第一次ハイゼルン砦攻略部隊の出兵式、バニシード公爵は王都の中央広場の使用の許可を取って大々的に行う事にした。

 これは後発の僕に対する当て付けと挑発だろうな、この式典会場の準備だけでも莫大な費用が掛かっているのが分かる。成り立て宮廷魔術師の僕とでは財力が桁違いだ。

 広場全体を飾り付けたりバニシード公爵がスピーチする為の壇上の作成、民衆の気持ちを掴む為に振る舞う食べ物やお酒の数々、やり過ぎだと思うぞ。

 他にも綺麗どころを壇上に並べている、聞けばバニシード公爵はギリギリまで各方面に参加者を募集して何人かのランクD冒険者も参加させた。魔術師ギルドからも数人の加入が有ったらしい。

 だが派閥で抱えている魔術師の参加者は居ない、マグネグロ殿の配下だった宮廷魔術師団員も十人以上抱き込んだが参加はしていない。

 

 ザスキア公爵の調査によれば僕等二人はハイゼルン砦を落とせないで時間切れ、本隊に同行するバニシード公爵の本当の精鋭部隊が騎士団等と協力しハイゼルン砦を落とす。

 つまり僕もビアレス殿も捨て駒で王国軍本隊と協力し成果を上げる事で、アウレール王の叱責を逃れる腹つもりらしい。普通なら七百人の歩兵や二百人の騎兵部隊で落とせる訳がない、出来れば早急にやっている。

 

 壇上の前に整列した部隊はバニシード公爵が言うには精鋭歩兵部隊らしい、だが装備品は貧弱だな。

 先頭に並ぶ隊長クラスは金属製の鎧兜を身に付けているが、後ろに並ぶ一般兵は良くて革鎧だし布の服だけの連中も居る。

 しかも一般兵の武装は全員が槍とショートソードを装備していて弓兵は数える程しかいない、だが列は乱れず綺麗に整列しているとなれば二線級の上位の連中だろうか?

 後ろに控えるのが傭兵団だな、此方は整列も乱れ態度も悪いが中々強そうでは有る。装備品の程度も良く全員が弓を持っているな。

 

「お前の対抗馬はどうだ?余り質は良くなさそうだな」

 

「本当に精鋭かと疑うが、それでも二線級の上位の連中だ。戦争で使う兵としてなら標準以上だぞ、数の暴力は戦いの基本だからな」

 

「全く我が子ながら戦地に向かうのに連絡もせずに親不孝者が!」

 

 デオドラ男爵にライル団長、それと父上から言葉を掛けて貰えたが連絡が最後になった父上には叱られた。好き好んで戦地に向かう事を望んだみたいになっている、実際は嫌々なのだが……

 この中央広場には管理棟も有り二階から見下ろす事も出来る、ざっと六百人の兵力は殆ど歩兵だ。

 見映えの悪い輸送部隊は既に王都の外に待機させられている、だが流石は公爵家の第二位だけあり人はケチっても物資はケチらずに潤沢だな。

 

「僕の掴んだ情報ではビアレス殿と僕ではハイゼルン砦は落とせず時間切れ、そして本当の精鋭部隊が王国軍と同行しハイゼルン砦攻略に協力する。

僕とビアレス殿は大口を叩いただけで結果を残せず信用は失墜、彼の叱責は殆どなくなる……これがバニシード公爵の描いた未来予想図です」

 

 事前にセシリアが掴んだ情報をザスキア公爵が予測し、今日の兵士達を見て確信した。ザスキア公爵の予測は殆ど正しい。

 窓から見下ろす兵士達を取り巻く民衆の熱気も凄い、無料で振る舞われる酒や食べ物の効果と娯楽の少ない彼等からすれば良い見世物だ。

 僕が同じ事をしてもインパクトは殆ど無い、だから違う見せ方を考えなければならない。

 

「バニシード公爵の考え方は普通だな、お前を甘くみている。まさかハイゼルン砦を落とす手立てが単独で有るとは考えていない、普通は俺でも無理だと判断するぞ、攻城戦に騎馬隊が二百騎じゃ無謀でしかない」

 

「ビアレス殿も歩兵だけだが攻城戦は挑まないだろう、何とか平地に誘き寄せる作戦を立てるか略奪部隊を見付けて殲滅させるだろう。

敵も物見や偵察隊は組織してるから如何に敵より早く略奪部隊を見付けるかが肝だ」

 

「ハイゼルン砦攻略は無理でも敵の一部隊でも仕留めれば言い訳にはなる、逆に戦果無しなら立場は無いな」

 

 普通ならそうだろう、アウレール王も本来は略奪部隊をハイゼルン砦に釘付けにする為に先発部隊を募ったんだ。

 ハイゼルン砦に籠る敵を如何に誘き出すかが肝で少しでも敵戦力を減らしたい、だが周辺の街や村に被害が出ないだけでも十分な手柄にはなった。

 

「ビアレス殿を恨むべきか、手柄を立てさせてくれると感謝するべきか。悩むな……」

 

 見下ろす祭壇の上でバニシード公爵が集まった兵士と民衆に向かいスピーチをしている。

 

『……この難局の打破に果敢に名乗り出たのが新人宮廷魔術師であるビアレス殿だ。俺は彼の勇気に此処に集まった我が精鋭の勇者達を託す、必ずやハイゼルン砦を落とすのだ!

援軍として直ぐに第二陣を送る事を確約する……』

 

 ああ、国民に対してまで言ってしまった、その与えた兵力でハイゼルン砦を落とせと。そして第二陣はビアレス殿が時間切れで失敗した時に吸収し王国軍と共に戦う筋書きか。

 

「上手いやり方ですね。あれでは時間切れのビアレス殿は失脚、第二陣でバニシード公爵は王国軍と共に戦い成果をあげる。

仮にも公爵ですし聖騎士団や王国軍では口出しはし辛いから良い所を持って行くでしょうね」

 

「一週間後に出発だろ?移動力の差でビアレス殿に猶予は四日前後しか無いな、果たして戦果を上げられるのか?」

 

「時間切れを嫌い無謀にハイゼルン砦に突撃したりしてな、一回も戦わないのは臆病者の烙印を押されるぞ」

 

「無駄に兵を損なっても面子を重んじるか、可能性は有るが逆に悪戯に兵力を減らした事により無能の烙印を押される」

 

「あの会議で断れば、いや自分から名乗り出なければ良かったんです。功名心に走りバニシード公爵に良い様に使われる、哀れな男ですよ」

 

 次はビアレス殿が民衆に対してスピーチをしてから出陣か……む、あの一団はビアレス殿の個人戦力か?魔術師六人に兵士が三十人前後か、実家の戦力にも頼ったのか。

 バニシード公爵に代わり祭壇の上に立つ、上手く民衆を煽る事が出来れば少しは楽になるぞ。

 

『この戦いは我が師への弔い合戦である!』

 

 おぃおぃ、マグネグロ殿との模擬戦は関係無いだろ!弔い合戦なら直接僕に挑んで宮廷魔術師第二席を奪えよ。

 

『卑劣な罠により我が師は殺された、この国家の難局に私利私欲の為に宮廷魔術師の数を減らす奴を俺は許さない』

 

 私利私欲の為に配下の宮廷魔術師団員と結託し好き勝手して聖騎士団や王国軍との不和を招いたんだろ、何が国益だ!建前にすらなってないじゃないか。

 

『俺の決意にバニシード公爵は感激し君達を預けてくれた。俺は、俺はバニシード公爵に誓う。必ずやハイゼルン砦を落としてみせると!』

 

 腰に差していた杖を引き抜き天にかざした、沸き上がる拍手と歓声。だが民衆を良く見れば全員が全員拍手をしているわけではない、ザスキア公爵の噂の効果だな。真相らしき噂を聞いている人々は素直に歓声を上げられないんだ。

 ザスキア公爵の手際の良さは感謝が必要だ、早い内にお礼をしておかないと不味いぞ。

 

「正当な決闘を卑劣な罠って言い切ったな、これは完全な敵対行為だ。文句を言ってやる!」

 

「父上、嬉しいのですが落ち着いて下さい。あの言葉は民衆にとっては半信半疑ですよ、正当な出兵、卑劣な決闘、でもその真相は真逆な事を噂で流しています。

これで結果を伴わなず帰って来るとどうなるか?笑いが止まりませんね」

 

 あれ?皆さんが信じられない様な顔をして僕を見ているが何か失敗したかな?ああ、笑いが止まらないは駄目だったか。咳払いを一回して誤魔化す、いや誤魔化せないかな?

 

「実は自分も結構怒ってまして、こんな大掛かりな事に巻き込みやがってって意味ですよ」

 

「お前って普段は優しいし人当たりも良いけど、敵対すると情けも容赦も無いのな」

 

「ザスキア公爵が執務室に入り浸っている様だけど、影響を受けてないか?アレは酷い毒婦だぞ」

 

 何か本気で心配されている、確かに年下好きで情報操作を好む他人からすれば警戒が必要な御姉様だよな。

 モリエスティ侯爵婦人とは違いスキルを使い警戒心を緩めはしないが、普通に近くに居るし役立つし違う意味で警戒心が緩む。

 

「一筋縄ではいかない御姉様なのは理解しています、警戒はしますが敵対心を煽る様な事は避けるべきですね。彼女の情報操作は怖いです、それは身に染みて分かってますから敵対はしたくない」

 

 窓から見下ろすと馬に乗ったビアレス殿が先頭を歩き、次が徒歩の自分の家臣である魔術師と歩兵、その次にバニシード公爵から遣わされた歩兵達が続く。

 最後に物資を積んだ見栄えの良い馬車が二十台と後方の警戒と馬車の護衛で傭兵部隊が続いた。他の馬車も城外に待機してるだろう。

 全員が王都の中央広場から出るのに二時間近く掛かったが全ての兵士を見送った、やはり二線級の連中だな……

 

「熱心に見ていたな、何か分かったのか?」

 

「または気になった奴でも居たのか?正直に言えば残りの傭兵部隊が三百人位増えてもハイゼルン砦は落とせないだろう。

攻城兵器が何も無い、城壁を登る梯子や援護する弓兵も少ない。途中で用意するにしても絶対数が少ないな」

 

 途中から見下ろすのを飽きた大人三人はソファーに座りワインを飲み始めていた、二時間近く待たせたので仕方無いけど昼間っからお酒を飲むのはどうだろうか?

 空いている席に座ると父上がワインを注ぐ為にボトルを持ったのでグラスを持ち上げる。

 

「あっという間に出世したな、既にエルナの用意した側室や妾候補は役に立たなくなり悲しんでいたぞ。ハイゼルン砦に行く前に実家に顔を出せ」

 

「分かりました、一週間は王都に居ますから伺う前に連絡します」

 

「そうしてくれ、エルナやインゴも喜ぶだろう」

 

 折角探してくれたアシュタルとナナルは家臣として雇ったからな、ベルニー商会とモード商会の二人の娘達、ルカ嬢とマーガレット嬢も無理だけど妙に憧れられたから罪悪感が酷い。

 だがエルナ嬢も僕に釣り合う側室候補には身分的に知り合いはいないだろう、送られて来る恋文は殆どが伯爵か子爵の令嬢だが今の僕なら断れる。

 

「お前も家族には無条件で優しいんだな、俺達の派閥のNo.4で王宮での順位はNo.1のお前がな」

 

「貴族として血を分けた親族は大切にするモノだ、だが何やらバーレイ本家が動き出してると聞いている。気を付けろよ」

 

「バーレイ本家、お祖父様がですか?」

 

 ライル団長の言葉に父上が嫌な顔をした、元々父上とお祖父様の仲は良くない。我が母上が僧侶とはいえ平民の孤児だった事で凄く反対されたらしい。

 僕に着いて来てくれた執事のタイラントは元はと言えばお祖父様の家臣だった、新貴族男爵位を授かった時に何人かの家臣と共に寄越したのだ。

 僕も自分の家を興したから家臣の大切さは十分に理解している、タイラントほど有能な執事を送り込んだのだからお祖父様は父上の事を大切に思っていると思うのだが……

 

 だけどお祖父様の後継者、バーレイ本家の後継者である父上の兄とは仲違いしているらしい。事の発端は結婚に反対した事と、母上を卑しい孤児と蔑んだ事だ。

 その孤児の息子が出世し宮廷魔術師第二席にまで上り詰めた、色々と思う所もあるだろう。だがお祖父様は狭いながらも領地を持った従来貴族の男爵だ。

 自分の血を受け継いだ孫が出世した、無関係を決め込む事は無いとは思うが何を仕掛けてくる?

 

「嫌な予感しかしない、今更お祖父様が僕に絡んでくるのか……」

 

 可愛がられた記憶は無い、既に亡くなった祖母も同じだ。僕は平民の側室の息子だったし正妻の息子のインゴの方が……いや、インゴも余り可愛がられていた記憶は無いな。

 

「リーンハルト、何が有っても下手な約束はするな。父上の領地は今大変らしいのだ、どうせ融資しろとか金策の類いだ。お前はその辺の貴族より権力が有り金も持っている、今更遠縁だった実家の干渉を受ける必要は無いんだ」

 

 ワシワシと頭を撫でられた、父上にとって僕は宮廷魔術師だろうが子供扱いなんだな。少し嬉しくなった。

 

「分かりました、向こうも今迄は距離を置いていたのに今更擦り寄って来られても対応に困りますから。何か有れば連絡します」

 

 貴族にとって血を分けた親族は大切な存在でも有るが全てが円滑で親密な関係な訳じゃない、中には寄生する連中も居る。

 僕にとってのお祖父様は、単に血の繋がった相手と言うだけで愛着は無い。祖母的な意味ならばサリアリス様の方が良いから……


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