古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第29話

『デクスター騎士団』の生き残りの女性、デオドラ男爵の娘の幼馴染みの魔術師、確かウィンディアと言ったかな。

 何故、彼女が冒険者養成学校に入学したのか分からないがお互い初めて会った振りをする約束だった筈だ、彼女の態度からして僕が入学するのは知っていた感じだ、驚いたり慌てたりする素振りがなかった。

 人間は突発的な事には直ぐに対処が出来ない、出来にくいのだが僕を見付けた時は落ち着いていたぞ。

 

「えっと……」

 

 詳しい話を聞く前に校長らしい人物を先頭に何人かの大人達が大広間に入ってきた。

 ギルド職員の指示により新入生は特に優劣を付ける訳もなく整列をする、僕は目立たないように一番後ろに並んだ。

 整列状況を確認してから僕等の前に一人の壮年の男性が進み出る、戦士系の鍛えぬかれた肉体を持ち雰囲気からも相当の実力者だと感じた……

 

 

 

「新入生の皆さん、初めまして。私が冒険者ギルドの代表、オールドマンです。

さて、この冒険者養成学校とは……」

 

 

 オールドマン氏の話を纏めると、養成学校と言っても貴族の子弟達が通う学校とはまるで違う。

 最初の二日間は座学だが、その後は自分に合った実地課題をクリアしていく。

 討伐コースなら王都周辺に出没するゴブリンやコボルドを実際に指導者同伴で泊まり掛けでいく、キャンプや捜索、モンスターの痕跡探し等がメインで戦闘なんて一人でも学べる事は二の次だ。

 勿論、武術の実技では連携攻撃とかも学べる。

 素材採取コースも同様に近隣の薬草の採取場所に行って実際に採取する、この時に討伐コースと違うのはエムデン王国周辺の湧水の場所や食べられる野草の区別、季節により変わる自然の猛威についてより詳しく学ぶ事になる。

 パーティを組む場合、非戦闘員になりやすい初期の頃にパーティ内で貢献する術を学ぶのだ。

 勿論、実習を達成出来ればギルドランクの昇進対象に加算してくれる。

 因みにギルドランクをFからEにする為には、討伐か素材採取を10回成功させる事だ。

 

 

「……なので単純に強いだけでは生き抜けないのが冒険者なのです。依頼を受けて達成し無事に報告するまでが任務なので勘違いをして脱落しないように十分に学んで下さい」

 

 

 

 オールドマン氏の演説が終わった。

 今度は各担当教科の責任者の紹介だ、討伐と素材採取コース共に担当一人副担当が四人で全部で十人が教師陣らしい。

 生徒50人程度に多いと思うが、実際にパーティを組むと六人だから各パーティに一人付くには必要な人数なのだろう。長い自己紹介を適当に聞き流しながら考える。

 やはり単純に強くなったからと言って、基礎を疎かにすると簡単に死ぬのが冒険者なんだな。

 平原や山林にモンスターを探しに行って遭難とか他の危険で全滅するパーティも居るのも納得だ。

『デクスター騎士団』が良い例じゃないか、自分の力を過信して自滅した……

 ウィンディアには悪いがリーダーだったグリム子爵の息子の暴走をパーティメンバーが抑えられなかったのが原因だよな、漸く各担当の長い自己紹介が終わり教室に向かう事となった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「何だか長くて退屈な話だったわね」

 

 そういえば整列してる時も隣に居たな、彼女は……

 

「む、確かに十人も居れば一人三分でも三十分だからね。結局一時間くらいは立たされていたから少しだけ疲れたかな」

 

 今も移動する途中も何故かウィンディアが隣を歩いている。彼女にしてみれば唯一の魔術師仲間だし、どうにも他の連中は実戦経験者では無さそうだ。

 だから実戦経験者で顔見知りの僕に纏わり付くのかな?

 だが今度会ったら他人の振りをと……いや、初対面の対応をしてくれたから文句は言えないのか?

 

「新入生に貴族絡みの知り合いは居るのかな?グリム子爵やデオドラ男爵関係のさ。僕が見た限りでは居ないのだが……」

 

 派閥争いに巻き込まれたくないので最初から分かっているなら教えて欲しい。だがパッと見回しても、それらしい貴族っぽい連中は居ないんだけど……

 

「今年の入学生で貴族様はリーンハルト君だけよ。まぁ貴族様なら自前で教育して他には任せないじゃない、見栄とかで……

私が掴んだ情報だと今回は盗賊ギルド絡みの子が多く居るらしいのよ。彼等も自前のギルドで教育してるから冒険者ギルド主催の養成学校に入るのは珍しいのよね」

 

 教室に到着したが席順は自由らしい、特に座席表も指示も無い。

 正面に黒板と教壇、生徒が座るのは五人掛け長机が二列で五段。

 僕は最前列右隅の窓際に座ったが、さも当然そうにウィンディアが隣に座った……何故、積極的に僕に関わるんだ?

 

「何で隣に座るの?」

 

 ストレートに疑問をぶつけて見たのだが……

 

「同じ魔術師なんだから隣同士の方が色々と都合が良くないかしら?」

 

 逆に何故って顔で返されたぞ。

 

 クラスで火力の高い魔術師二人が一緒に居たら実地訓練のパーティ編成上、問題じゃないのかな?

 悩んでいると教師が入ってきて授業が始まった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 初日午前中の授業はエムデン王国を取り巻く世界情勢とか王国貴族の派閥とか冒険者には直接関係が薄いかな、と思う内容だった。

 だが一般では中々見られない地図を用いた隣国の情勢とかは有効な知識だ。

 冒険者ギルドは各国に跨る組織だからエムデン王国所属の僕等が遠征で隣国の国境付近に行った場合、色々と問題が出た場合の判断材料にはなる。

 例えば誤って国境を越えてしまったり、他国の貴族と揉め事になった場合とかだ。

 事前に情報を知っていれば依頼を請ける時にも参考になるだろう。

 貴族の派閥や勢力図は、仕事絡みで貴族達の相手をしなければならないので、関係無いようでも実は必要なんだよね。

 

 

「……で、あるからしてウルム王国との国境には両国の騎士団が派遣され緊張状態が続いています。

依頼を請ける際には注意が必要ですね。

では、時間になりましたので午前中の授業は終了です。午後からはエムデン王国周辺でのモンスター分布と各モンスターの傾向と対策です」

 

 質問等が有るかと聞かれたが誰もしなかったな、まぁ興味の無い連中の半分は居眠りしてたから質問も出来ないだろうし……

 ふむ、だが自分としては中々興味深い話が聞けたから良かった。

 窓際は少しだけ眠気を誘う環境だったが300年の知識を埋めるには十分に役立った。

 国家間の情報など普通は情報統制されて中々聞けないし個人レベルの噂より国を跨いで活動しているギルドの情報は正確だろう。

 勿論、僕等に聞かせても良いレベル迄だろうけど……

 教師に全員で一礼をして退出を見送ってから座りっぱなしで固まった体を解すように体を動かす。さて昼食は何を食べようかな、ギルド本部周辺は商業区の中心に近いので食堂も多いから悩むな。

 

「うーん、真面目に聞いてたけど疲れちゃった。リーンハルト君、一緒に食事に行かない?」

 

 肩を揉みながらナチュラルに話し掛けてくるが、何故そこまで干渉してくるんだ? まさかデオドラ男爵から何か言われているのでは?

 少しだけ疑うような視線を向けてみる。

 

「ウィンディアさん、僕等は別に……」

 

「貴族として紳士として女性からのお誘いに対してどうするの?」

 

 む、確かに貴族として女性に対しての扱い方は学んでいるし、お誘いを受けた場合は相手に恥をかかせない対応をするのだが……

 ここでソレを持ち出すとは卑怯じゃないのか?

 

「分かった、では昼食を一緒に食べようか?」

 

 『デクスター騎士団』の後始末がどうなったかも知りたいし食事の誘いにのってみるか……

 

「私、近くの美味しい店を知ってるの。行きましょう」

 

 ウィンディアとのやり取りの間、それとなく周りを観察していたがクラスメイト達は僕等の様子を窺うだけだった。

 何となくだが僕等の情報って流れてるのかな?

 盗賊系の女子からは熱い視線を向けられてるのは、ポーラさん絡みだと思うけど盗賊系って女子が多いのか?

 イメージは男性の方なんだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「先を越されちゃったわね……」

 

「うーん、確かに……でもあの女魔術師ってデオドラ男爵家絡みの子でしょ?

話に割って入るには一寸ね」

 

「端から『ブレイクフリー』狙いの子達も沢山居るけど身分差は弁えないとね……」

 

 連れ立って教室を出ていった二人を見送ってから今後を相談する。

 ポーラお姉様から盗賊ギルドに持ち込まれた情報は、現役でバンクを攻略中の魔術師が盗賊系の仲間を探す為に冒険者養成学校へ入学する事だった。

 『ブレイクフリー』は魔術師と僧侶、それに召喚されたゴーレムが戦うので安全で効率の良いパーティと見なされている。

 普通はそんな条件の良いパーティには熟達した者しか入れないが、今回は一緒に育つ為に素質が有ればレベルが低くても良いと言う。

 もう一つの条件は若い女の子限定。

 パーティ内でハーレムでも作りたいのかと考えて警戒して様子見していたら、他の女に攫われて行ったけど……

 

「ねぇ?あの魔術師の子も可愛かったけど、彼は嫌がってなかったかな?」

 

「うん、前情報のハーレム願望有りって嘘じゃない?未だ14歳だし何て言うかエロい目じゃなかったわ」

 

 焦らなくても学校生活の初日だし彼が盗賊系を欲してるのは確かな情報、実地訓練の時にアピールすれば良いか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 冒険者養成学校から徒歩二分、目的の店はあった。

 貴族御用達では絶対に無い店構え、つまり高級感がなく何となく汚い……だが……

 

「申し訳ないけど外観が、その……何て言うか油で煤けてないかな?だけど漂う匂いは不思議と香ばしくて美味しそうだ……」

 

 石造りの外壁には暖炉の内側のような煤けた汚れが付いて黒く光っているし、絶えず白い煙が出ている。

 

「リーンハルト君もやっぱり貴族様なのね……料理はね、汚い店の方が美味しい物が多いのよ」

 

「いや貴族って言うより人として綺麗な方が好きなんだって、僕の話を聞いてる?」

 

 ウィンディアが勝手に店の中に入るが何故か扉は開けっ放しだ。慌てて追い掛ける。店の中も凄い煤だらけだが嫌な匂いではないのが不思議だ。妙に落ち着くのは気のせいか?

 

「おじさん、何時もの二人前ね。あと……リーンハルト君はワイン?」

 

「いや、午後も授業だしアルコールは要らない、果汁水とか有る?」

 

「そう?じゃ桃の果汁水二つ貰うね」

 

 なるほど、この店はカウンターで店員に注文して飲み物はセルフサービスか……

 ウィンディアがカウンターの上に並べられた瓶を二つ持って空いているテーブルに座るので向かい側に腰を下ろした。

 因みに瓶は冷えている。樽に氷を入れて中に入れてあったからだ。

 

「あっ、コップ無いけど平気かな?」

 

「む、大丈夫だ。そこまで上品振るつもりは無い」

 

 瓶を軽く胸の高さまで持ち上げて乾杯をする、勿論瓶をぶつけたりはしない。ふむ、果肉も入っていて旨いな……

 

「リーンハルト君、私が冒険者養成学校に入学してたから驚いたでしょ?」

 

 猫みたいに目を細めて此方を伺う彼女を正面から見つめ返す。何故、もう会う事も無いと念を押したのに現れたのかと黙って頷く。

 彼女は瓶から直接果汁水を飲むと口の端を軽く舐めた。

 

「デオドラ男爵様に叱られて罰として入学させられたの。

単純に強くなったからといって冒険者としての基礎も学ばずに危険な行動をするから今回みたいな事になるんだってね。

ルーテシアの罰は社交界デビューの為の礼儀作法の勉強をミッチリと、私は冒険者としての基礎を学びギルドランクがDになるまで帰ってくるなって事よ」

 

『デクスター騎士団』の騒ぎの顛末も教えて貰った。

 リーダーのエリックは謹慎の後でグリム子爵の傘下の地方貴族に婿入り、事実上の継承権争いからの脱落。

 亡くなったビクターは病気の為に田舎で療養中、適当な時期に病没。

 グリム子爵とデオドラ男爵の対立については、バーナム伯爵の仲介で、グリム子爵がデオドラ男爵に対して多額の賠償金を支払う事で事態を鎮火させたらしい。

 とはいえ禍根は残っただろうから今後は大変だと思うよ。

 

「はい、お待ちどう様……

これが鰻の燻製入りサンドウィッチ、それとアール・ズッペという鰻のスープ。

それと蒲焼だよ」

 

 鰻の燻製は食べた事が有る、だがアール・ズッペというスープは……スプーンで一口飲んでみる。

 

「む、酢漬けした鰻の切り身に野菜とハム、それに杏(あんず)を具に白ワインをベースにレモンの風味が……」

 

「意外とリーンハルト君って食通? コレも食べてみて。蒲焼っていって東洋の料理なのよ」

 

 差し出されたタレ焼きの鰻を頬張る……む、脂が乗っているし味も濃いが旨いな。

 差し出されるままに鰻の蒲焼を次々と食べる。

 

「ふふふ、その鰻の蒲焼ってね……東洋では精力増強の為に暑い時期に食べるらしいわ。

リーンハルト君、今夜大変よ」

 

 僕は黙って懐から取り出したナプキンで口を拭いてテーブルから立ち上がる。

 この女の真意が分からないが、本能が関わり合いになると面倒臭いと思ったので支払いを済ます為にカウンターに向かった。


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