古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第289話

 アーシャの意外な一面を見た、まさかジゼル嬢に説教するとは思わなかった。十分程説教してから解放されたジゼル嬢は少し涙目だったが、最初から浮気を疑う様に言って悪かったですと謝って一件落着にする。

 これ以上突っ込むと薮蛇になりそうだったから……

 

 久し振りに兄弟戦士の言葉を思い出した、曰く『妻は強し』だな。未婚者より結婚した者の方が強いと言う事らしいが納得した。

 泊まっていって欲しいと言われたが自宅にも仕事を残していると説明して帰る事にした、余りの出来事でレレント・フォン・パンデック殿の屋敷の件はバルバドス師に伝手が有り任せた事を言い忘れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アウレール王よりハイゼルン砦の奪還を仰せつかって五日間、慌ただしい毎日だった。流石に週三日しか働かないとか言えず五日間連続出仕だ、国王に指名されて戦争に行くとなれば関連の仕事も多い。

 国から支度金や編成内容の届出、正式な辞令書に各種手続き書類の取り交わしとか多岐に渡る。僕の場合はゴーレム主体で自分一人が行くだけだが、本来は兵を率いての出撃だから必要な物は多い。

 

 ザスキア公爵の情報操作にもよるが新人宮廷魔術師二人が競うのだ。

 しかも公爵五家を交えての戦いともなれば派閥の代理争いとも言える、日和見な連中も多いが目敏い連中も少なからず居る。

 僕とビアレス殿の執務室には連日来客が凄かった、誰でも両方から情報を聞いて有利な方に付きたいから……

 

 そしてバニシード公爵の底力を見せ付けられた、僕等は冒険者ギルド本部と魔術師ギルド本部は押さえたが豊富な資金を力に傭兵団を集めている。

 彼等は戦闘のプロで戦争にも長けている、冒険者達と違い最初から対人戦闘が目的の集団だ。金さえ積めば多少は不利でも仲間になる厄介な連中だ。

 バニシード公爵が集めたのは五十人規模の傭兵団を八組で合計で四百人以上、これにランクE以下の冒険者が約百人、自前の私兵が五百人と戦いを生業(なりわい)にする連中が合計千人を越える。

 これは徴兵された連中よりも強力な部隊だ、もしハイゼルン砦の兵士の質が低ければ五倍の戦力は要らないかも知れない。

 

 因みにこの情報は主にセシリアとイーリンが調査し報告をしてくれた、そしてイーリンの主であるザスキア公爵も毎回報告には参加している。

 つまり何が言いたいかというと『ザスキア公爵は頻繁に僕の執務室を訪れている!』って噂を敢えて広めてくれたんだ。

 

 情報自体は有効だから聞かない訳にはいかない、セシリアの報告を的確に判断しイーリンに情報操作を指示した事により幾つかの傭兵団の参加も防いでいる。

 だから無下には出来ないのだが、僕に取り入ろうと来る連中が彼女の顔を見ると急に用事を思い出すのは……間違いなく彼女の力(情報操作)が怖いからだ。

 

「リーンハルト様、何か他の事を考えてませんか?悩み事なら相談に乗りますわ」

 

 貴女が執務室に入り浸るのが悩みの種なんです!

 

「いえ、参加希望者を角が立たない様に断る事について考えてました」

 

 特に報告が無い時も応接室のソファーに陣取る年上の女性の事は考えずにレジストストーンの錬金に集中する、第一段は回避率25%前後を目標に毒と麻痺の二種類、両方対応する物は回避率20%にする。

 ザスキア公爵の前で行うのは会話が無いのもそうだが初めての錬金に試行錯誤してるのを見せる為だ、簡単にポンポン作れない事を知って貰う保険的な意味を含む。

 

 溜め込んでいた上級魔力石を空間創造から取り出して左の掌に乗せて右の掌を被せる、意識を集中して魔力を流し込み上級魔力石にレジスト能力を上書きしていく……

 

「ふむ、大体分かった。コレで回避率は22%だな。もう少し上げられる」

 

 完成したレジストストーンを執務机の上に置く、これで六個目だ。最初は10%、次に13%と少しずつ上げていき最終的には25%にする。

 今は魔力を込めるだけ込めて最大能力を付加させるのでなく、任意の%に固定出来るかの制御訓練だ。その方が本気でやってるから見られても信憑性が有る。

 

「リーンハルト様、無駄に居座ってる私が言うのも憚(はばから)られるけど集中するのに他人が居ては邪魔じゃないかしら?」

 

 ソファーに横座りで寛ぐ淑女の後ろにはイーリンが控えている、どちらがこの部屋の主か分からないぞ。

 

「うーん、確かに静かな方が集中は出来るとは思いますが差は殆ど無いですよ。

僕のゴーレムは戦闘用ですから戦う時は周りがどんな状況でも集中出来ます、静かにしないと錬成出来ないなんて甘えでしかないですよ」

 

 七個目のレジストストーンを錬金する、話していたせいか制御が甘く25%のつもりが30%になってしまった……

 

「ほら、会心の出来です。このレジストストーンは毒に対して30%の回避率ですよ、今の魔力構成の組立ではこれが最高かな。

一度成功して魔力構成が解れば、同様に麻痺も同じ回避率で作れますよ……ほらね、これが麻痺回避率30%です」

 

 深紅と深緑のレジストストーンを並べる、それなりの出来だな。

 

「作り初めて一時間経ってないわよ、そんなに簡単に出来ちゃうの?」

 

「実際に錬金する前に魔力構成を考えるのに二日間って所です。最終的には回避率35%位までは引き上げられるけど、その5%が大変なんですよ。魔力構成の見直しや組み替えは試行錯誤の繰り返しですからね。

多分一ヶ月とか取り組めば何とかなるかな?」

 

 コテンと首を傾げて考え込んでいるが、動作一つとってもあざといんだよな。今のだって年上の女性の仕草じゃない、親しみ易さや可愛さを押し出している。

 

「セラス王女が『王立錬金術研究所』を立ち上げて王都中の土属性魔術師達を募集したのが七ヶ月前、その成果が出たのが先日よ。

貴方は彼等の半年以上の努力を三日で追い抜いた訳だけど全然普通の対応よね」

 

 七ヶ月前なら僕の覚醒前だ、日にちが近ければ話題にもなっただろうが四ヶ月近くも過ぎれば噂話も沈静化するから、今の僕が知らなくても仕方無いか。

 

「これでも土属性魔術師の中では最上位に居ると自負してます、錬金については誰にも負けるつもりは無いんです。後は『エルフの里』で幾つかのレジストストーンを見ていますし鑑定もしています。

見本が有れば同じ様な物を作るのは難しくはないですよ、そこからの工夫が大切なのです」

 

 いくらセラス王女が王都中から土属性魔術師を募ったとしても、宮廷魔術師団員にもなれなかった連中だ。それなりに有能だとは思うが失われた技術を甦らせるには力不足だろう。

 だがこの質問のやり取りは失敗したのだろう、彼女と接している内に大体の事は分かった。彼女は未だ追撃してくるぞ。

 

「流石は最年少宮廷魔術師の第二席様ね、でも彼等だってそれなりの魔術師達で見本も用意されてるわ。それを貴方は魔力構成だけ思い描いて作り込んだ」

 

「独学故の弊害でしょう、僕に常識は当て嵌まらないそうですよ?」

 

 お互いニッコリと笑い合う、流石のイーリンも苦笑しているな、こんなやり取りを毎回していればね。

 

「そのレジストストーンは売値で一個金貨五百枚、二つで金貨一千枚よ。その失敗作だって全部捨て値でも合計金貨二百枚は軽く越えるわ」

 

「金銭感覚が狂いますよね、宮廷魔術師の年俸だけでも世界が変わりました」

 

 何たって金貨三十万枚以上をポンって渡されたんだ、普通なら人生が狂う金額だぞ。僕は転生前の資産が桁違いだから慣れてて慌てないけどね。

 成功した二つのレジストストーンをブレスレットに加工する、銀製で蔦を絡めた模様にしてレジストストーンに絡み付く様に包み込む。綺麗な箱に納めて完成だ。

 

「リーンハルト様からは大金を手に入れたのに浮わついた気持ちが全く感じ無いわ、コレって凄く異常な事なのよ」

 

 未成年が何十万枚の金貨を手に入れても平然としている、確かに周りからは変だと思われるよな。でも大金を手に入れて浮わついた演技をするのも嫌だ。

 

「僕も古代ルトライン帝国時代のお宝を貰えるなら狂喜乱舞するでしょうね、でも金貨では其処までは……

勿論嬉しくは思ってますが、どうせ貴族街に買う予定の屋敷と維持費で殆ど消えます。全く出世はしたけど苦労は何倍も増えました」

 

 苦笑いをするが騙し切れてはないな、ザスキア公爵の目には疑いの色が濃い。これについては後で一悶着有るだろうな、ヤレヤレだ。

 執務机の上に置いてある呼び鈴を鳴らす、澄んだ音が響き渡る。

 

「失礼致します。リーンハルト様、お呼びでしょうか?」

 

 直ぐにロッテが部屋にやってくる、彼女は後任の二人とは馴染めなかったみたいで一緒に居る事は少ない。仕事も完全に分業したみたいだ。

 チラリとイーリンを見る目で分かる、軽く敵意の籠った視線を送っているし……専属侍女達の不和は上司の責任ってか?

 

「ロッテ、悪いがウーノに連絡を取ってくれ。セラス王女に頼まれたレジストストーンが完成したって伝えてくれ」

 

「畏まりました、少々お待ち下さい」

 

 一礼して出ていく先任侍女の頑なな態度に溜め息を吐く、仮初めの主として四人の侍女の仲を取り持たないと駄目かな?

 仕事に差し支えは……皆さん有能だし分業しちゃったから出ないんだよな。能力は申し分無いから辞めさせられないし。

 

「イーリン、先任の二人とは仲良く出来ないのか?」

 

「王宮の侍女仲間では有りますが仲良しの友人では有りませんわ、ですがお互い大人ですから主に不利益な行動は致しません」

 

 何と無くだけど同じ公爵家の縁者ってだけでなくてさ、既婚と未婚、年代の差、先任と後任とか色々と入り雑じっている複雑な感情が有ると思うんだ。

 因みに敵意としてはハンナやロッテの方が強い、悪いが若さへの妬みとかも有りそうなんだよな。

 

「僕の専属侍女がギスギスした関係は嫌なんだ、仕事は完璧だけど居たたまれないんだよ。それは理解してくれ」

 

「分かりました、善処致します。リーンハルト様に不快な思いをさせて申し訳有りませんでした」

 

 深々と頭を下げて謝罪された、結局これ以上は言えなくなるんだよな。今度全員で食事にでも行けば仲良くなるかな?いや、派閥絡みだし無理と割り切るしかないのか?

 

「君達は公爵四家から遣わされているのは理解している、今は協力体制を敷いているが何時かは敵対するのだろう。だが今は仲間として接して欲しい、傲慢で我が儘だとは自分でも思っているけどさ」

 

「リーンハルト様は本当に変わってるわね、普通は使用人の事なんて気にしないのよ。僕の前では仲良くしろと命令して終わり、普通はね」

 

 貴女の姪っ子を叱ってるんですよ、もう少し何とか言って欲しいと願うのは間違いなのだろうか?

 

「人の感情にまで命令は出来ないですよ、僕は未熟なので割り切る事を割り切れない。ザスキア公爵みたいに割り切れれば良いとは思いますけど無理だと自覚しています」

 

「それが人間ですわ、感情を押し殺して割り切れるのは薄汚れた大人の特権なのよ。ああ、何て可愛い少年なのでしょう、抱き締めて良いかしら?」

 

 そんな慈愛の籠った瞳で僕を見ないで下さい、母親や姉ってこんな感じなのだろうか?

 

「申し訳有りませんが遠慮致します、本当にご免なさい」

 

 深々と頭を下げる、抱き締められたらそのまま押し倒されそうで怖い。ザスキア公爵は何人もの若いツバメが居るそうだが、母親の様な包容力を持つ美女には抵抗出来ない不思議な魅力が有りそうだ。

 

「本当につれない殿方ね、まぁ良いわ。強引に迫らないって約束だったし……イーリン、セシリアも説得して先任侍女二人と仲良くしなさいな」

 

「分かりました、ですが向こうが拒絶したら不可能です。それは理解して下さい」

 

 少しずつだが侍女四人の仲がよくなる切っ掛けは出来た、後は僕の方からもロッテとハンナに釘を刺せば大丈夫だろうか?

 全く女性の喧嘩の仲立ちなんて僕には荷が重いんだよ勘弁して欲しいのが本音なんだ。

 

「リーンハルト様は優しいですわね、少しだけ嫉妬してしまいますわ」

 

「甘いんですよ、僕は自分でも理解しているけど優しさと甘さが混同している時が有る。分かっているけど直らないんです」

 

 こうやって悩み事とか話してしまうのは少しずつ心を許してしまっているのだろう、諜報に長けた公爵様は扱い辛くて困るよ。

 


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