バタバタと自分の周囲の人達が敵と味方に別れていく、これが宮廷内の派閥争いって奴なんだな。
だが公爵五家の内、ニーレンス公爵とローラン公爵、そして新たにザスキア公爵の三家が味方となった。
まぁザスキア公爵は微妙で味方に引き込まれたが自分の貞操まで狙われる関係だ。
バニシード公爵とは完全に敵対した、お陰で彼を蹴落としたい周りが僕の味方に着いたのだから感謝するべきか微妙だ。
微妙と言えば、バセット公爵との関係もだ。敵対はしていないが接点も少なく、味方として接して良いのかが分からない。ハンナはバセット公爵の縁者だが良く仕えてくれている、少し腹黒いけど……
「僕が公爵四家をどうこうする事など無理だ、今は味方ならそれで良いか」
何時かは利害の関係で敵対するかもしれない、だが今はお互いに利用価値が有り納得して協力関係を結んでいる。だから今はこのままで良いだろう。
◇◇◇◇◇◇
結局午後一杯は親書の返信書きで終わってしまった、最近の仕事は手紙を書くだけで右手が痛い、腱鞘炎になりそうだ。いや、正確には返信の親書書きは仕事じゃないか……
冒険者ギルド本部によりオールドマン氏にバニシード公爵に協力しない様に頼まなければならない、宮廷魔術師第二席の僕が訪ねたら迷惑なので先触れを出している。
裏口から応接室に直行だろう、もう正面入口から入る事は無いしランク別掲示板も見れない。魔法迷宮の探索と指名依頼だけになると思うと寂しく感じる。
「僕の冒険者生活は実質三ヶ月間か、短くも楽しかったな」
エムデン王国の紋章の付いた馬車が専属で使えるようになった、流石に第三席以上は侯爵扱いだし待遇が違ってくるんだな。
他にも色々と特典というか優遇制度が付いた、流石はエムデン王国でも上位に位置する立場だけはあるのか?
王都の冒険者ギルド本部の裏側の馬車停めに入ると、クラークさんと数人のギルド職員が並んで出迎えてくれた。
「リーンハルト卿、ようこそいらっしゃいました」
知り合いに恭しく扱われると照れるな、クラークさんはラコック村の騒動からの付き合いだし駆け出し冒険者時代からの担当者だしね。
「クラークさん、お世話になります。オールドマン代表は居ますか?」
御者に暫く待つ様に伝えて馬車を降りる。
「はい、既に応接室にてお待ちです」
クラークさんと数人の職員に先導されて応接室に向かう、一番良い応接室に案内されると既にオールドマン代表が待っていた。
擦れ違うギルド職員が妙に多い、王宮と同じ様に通路脇に寄って頭を下げてくれるが物珍しくて見に来てる感じもする。
「これはリーンハルト卿、宮廷魔術師第二席昇格おめでとうございます。凄い早い出世ですな」
既にパトロンのデオドラ男爵を追い抜きましたな、と豪快に笑われた。確かに貴族として身分も立場も抜いたのだろう、だが恩人であり義理の父親には変わりない。
ソファーに座ると、オールドマン代表とクラークさんが向かい側に座る。
「目まぐるしく立場は変わりましたが関係は変わらないモノです、性急な話ですがお願い事が有ります」
この後、デオドラ男爵の屋敷に伺い自宅に帰るので時間が少ない。なので直ぐに本題に入る。
特に慌てる様子も無いし、向こうも大体の予測はしていたのだろうな。下手をすれば既にバニシード公爵から接触が有った筈だ。
「ハイゼルン砦攻略の件ですな、今の王都ではその話題で持ち切りですぞ。若き宮廷魔術師二人が競って彼の砦を落とすそうですな。
ビアレス殿にはバニシード公爵が、リーンハルト卿にはニーレンス公爵とローラン公爵がそれぞれ援助するとか……」
「僕の側には他にもザスキア公爵も付きました、モリエスティ侯爵やラデンブルグ侯爵、エルマー侯爵からも援助の申し出が有りまして調整に苦労しています」
未だ申し込みは受けたが援軍を送って貰うかは決めていない、だがオールドマン代表に王宮内の動きを知らせるのは必要な事だ。
「正直に申しますとバニシード公爵から冒険者ギルド本部に要請が有りました、高レベルの冒険者パーティの派遣要請です。
だが我々もランクB以上のパーティを派遣する事はしません、ですが高い報酬に目が眩みランクD以下の連中は要請に応じそうです」
少しも悩む素振りを見せずにランクB以上は協力させないと言ってくれた、流石にランクC以下まで徹底させるのは無理だし要請を断る事は冒険者ギルド本部の体面も有る。
だがザスキア公爵の噂を聞いた連中が要請に応じるかは微妙だな、金に目が眩んでも無謀な攻城戦をさせられるとなれば及び腰にもなるだろう。
それは戦争に参加し不良な状況で戦わされるんだ、命と金を天秤に掛けたら傾くのは?
「それで十分です、高位の冒険者パーティなら万が一の事も有りますし、僕は彼等に先手を譲ったので困っていたのです」
政敵にダメージを与える為には必要な措置だった、相手の出血と失敗を強いるのが目的だから先に戦って負けて欲しいんだ。
その後で僕がハイゼルン砦を落とせば評価は更に上がる、酷い話だが敵対者と協力する事はしない。
「万が一、高位の冒険者が誘いに乗った場合はお知らせしますし我々も説得を試みます。ですが既にランクE以下の何人かは数合わせとして契約してしまいました」
ランクEでも歩兵として考えれば一人前以上だ、それでも数を集めないとハイゼルン砦を攻め切れないぞ。
頑張っても七百人前後だと思う、平地での白兵戦にでも持ち込まない限りは役に立たないだろう。
「正直ランクE以下だと全滅の可能性は有りますが、徴兵された連中よりはマシでしょうね。
分かりました、有難う御座います。御礼は魔法迷宮バンクの攻略を二日間行い希望のドロップアイテムを集めます」
「助かります、詳細はクラークの方で指名依頼という形でお願い致します」
指名依頼ならギルドポイントも貰える、イルメラ達も早くランクアップさせたいので助かる。お互いに利益の有る関係なのを再確認出来て良かった。
◇◇◇◇◇◇
長い一日だが今日の最後の予定であるデオドラ男爵家に到着した、連絡は入れてあるのだが出迎えが大袈裟過ぎると思うのは間違えか?
「「「「お帰りなさいませ、旦那様!」」」」
使用人一同が並んで出迎えてくれて、更に奥にはジゼル嬢とアーシャが控えている。その横にはデオドラ男爵の奥様方まで居るし……
「お帰りなさいませ、旦那様」
「お帰りなさいませ、リーンハルト様」
不安顔のアーシャと少し怒ってるジゼル嬢、奥様方はニコニコしているな。
側室の旦那は宮廷魔術師第二席まで登り詰めた、扱いは侯爵級だから失礼の無い様にって対応だと思う。
それに領地持ちの従来貴族と言えども男爵だから、これを機に僕を通して王宮とのコネクションを強めるとかの打算も有るだろう、それが貴族として当然の考え方だ。
だが使用人達が向ける熱い視線は昼間のアウレール王の発表に関係有るな、戦い大好きな一族の関係者が積年の恨みである旧コトプス帝国の残党と戦う。
しかも難攻不落のハイゼルン砦を陥落させねばならない、同期の宮廷魔術師と競いながら……此方も燃えるシチュエーションだろうね。
「ただいま、二人共。変わりは無いみたいだね」
なるべく優しく穏やかに話し掛ける、アーシャは祈る様に胸の前で手を組み、ジゼル嬢は腰に手を当てて怒ってるアピールだ。
この二人を纏めて軽く抱き締めて良い匂いを胸一杯に吸い込んでから離れる。
「色々と話が有るけれど、取り敢えず熱い紅茶が飲みたいな」
「こんな事では誤魔化されませんよ」
「皆さんの前では、その……少し恥ずかしいです」
二人の腰に手を回して屋敷の中に入る、どうやらデオドラ男爵は不在みたいだな。親書に事細かく書いておいたから、ジゼル嬢に念押しだけしておくか。
デオドラ男爵の執務室か応接室に行くかと思えば、ジゼル嬢の私室に招かれた、思えば初めて入ったな。
「うん、整理整頓されて落ち着いた部屋だね。何だろう、落ち着く感じ?」
無駄な物が殆ど無い、配置された家具は華美ではないが高価な物と分かる。趣味は良いが年頃の令嬢の部屋ではないと思う。
ソファーは皮張りのクッションの利いて座り易いが身体が沈み込む、咄嗟に立ち上がる事が出来ないぞ。
「この部屋に家族以外の殿方を招いたのは初めてですわ」
「それは光栄だね、有難う」
普通は深窓の令嬢の私室に招かれる異性など家族以外なら恋人だけだろう、それ以外を招いたら誤解が生じる問題だ。
四人掛けのソファーセットに向かい側に女性二人、これは質問形式の配置だな。
「大体の流れは手紙を読んで納得はしました、バニシード公爵の件も敵対してしまっては仕方無いでしょう」
「でも今回は戦争なんですよ!ザルツ地方の時はお父様も一緒でしたが今回は、リーンハルト様だけです。私は心配なのです」
ああ、やはりアーシャを泣かせてしまった。分かってはいたが心にクルものが有るな、家族を泣かせるのは本当に辛い。
「確かに断る選択肢も有りました、降格覚悟ならアウレール王の信頼も無くなるけど可能だった。
だが引けばバニシード公爵は追撃をしてきただろう、僕は彼の最大の協力者であるマグネグロ殿を倒したからね。でも後悔はしてないよ、師の敵であり国益を損なう男だった。
それにハイゼルン砦は攻略可能だよ、僕は遠距離から大量のゴーレムを敵の陣地内に召喚出来るから簡単に安全に砦を陥落出来る。でも内緒だよ」
おどけて人差し指を口に当てて内緒アピールをしつつ説明してみたが、二人ともキョトンとした顔をしている。珍しいから記憶に残る様にじっくりと見る。
「ななな、何ですか!難攻不落のハイゼルン砦が簡単に落とせるのですか?」
「本当に近付かないのですね?危なくないのですね?」
「うん、僕の護衛にはニーレンス公爵とローラン公爵が最精鋭部隊を付けてくれるから安心だよ、まさか精鋭騎士団や精鋭騎兵隊を寄越すとは、そっちの対応の方が頭が痛いんだ」
公爵家の最精鋭部隊を援軍として貰えば役に立たなくても手柄の殆どは持ってかれる、だが他に擦り寄る連中への牽制としては最適だ。
後はザスキア公爵の件を言うか言わないかだが……どうせバレるし話してしまおう、隠していた方が嫌がるだろうし。
「後ね、その……ザスキア公爵が味方になってくれたんだ、サリアリス様を説得して殆ど強引にね。ジゼル様なら知ってるよね、彼女の噂話についてさ?」
アーシャは知らないな、単純に味方が増えて良かったですねと言ったが、ジゼル嬢は口元がヒクついている。
あの少年好きの噂話も知ってるんだな、殆ど病気だよ年下の少年が大好きなんて幼女愛好家と変わらないぞ。
「情報操作、民衆扇動に長けた方ですわね。でも悪い噂の方は大丈夫でしょうか?貴族の殿方にとって浮気は甲斐性ですが、あくまでも揉め事は起こさない事が大前提です!」
浮気の心配をされたぞ、しかも貴族になった時に渡された教本の中にも有った『浮気はルールを守って!』みたいな感じになってるし。
「それは無い!サリアリス様に直談判して強引に味方になったんだ、だが主な理由はバニシード公爵を蹴落とす為だ。僕は狙われていない、いや狙われたけど断った!」
半分は嘘だ、断ったけど諦めていないと思う。だが正直に言っても話し合いは平行線なだけだから敢えて言わない。
だが噂通りの年下好きの独身女公爵様なんだな、ジゼル嬢の疑い様で分かる。気を付けて距離を考えないと揉めそうだ。
「ジゼル、浮気って何の事かしら?何故リーンハルト様に浮気の心配などするの?私達の旦那様は浮気などしません、本妻の貴女が信じないで動揺し詰問するなど許しませんわ」
「え?アーシャ姉様?」
初めて彼女が他人に対して怒っている所を見た、普段は大人しくて優しい彼女が珍しく怒気を露わにしている。僕からすれば子犬や子猫がじゃれてる程度だがジゼル嬢は本気で驚いている。
「そこに座りなさい!大体ですね、貴女は……」
えっと、アーシャがジゼル嬢の前に仁王立ちで説教を始めてしまった。内容は僕が浮気する事を前提にした事への怒り、本妻の彼女が僕を信じないでどうするのって怒ってる。
あの深窓の令嬢だった彼女が口調は丁寧だが本気で怒って叱っているのを呆然と見詰める、浮気じゃないがイルメラとウィンディアの件は早目に説明し了解を得ないと駄目だな。
時期を見て二人を紹介して了承を得よう、慎重に早急にだな。