古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第285話

 新しく配属された専属侍女のセシリアとイーリン、共にローラン公爵とザスキア公爵の姪という高貴な立場の令嬢達だが相当の曲者だった。

 情報収集と情報操作、得難い能力を持つ二人だがバニシード公爵を失脚させる為に僕の元に送り込まれて来たんだ、本人も認めて協力を申し込んできた。

 ローラン公爵は良い、最初からサリアリス様絡みで協力する予定だったがザスキア公爵は悩んでいる。

 

 既に情報操作で僕とマグネグロ殿の私闘について周りに僕が有利な様に噂話を広めている、新米宮廷魔術師で未成年の僕としては得難い協力者なんだが……

 

「性的に狙われている相手に借りを作る、どうしたら良いんだ?」

 

「一発ヤッてから考えてはどうでしょうか?男ってそんな生き物だと理解しています」

 

「据え膳食わぬは男の恥だと昔の偉人は伝えております、ザスキア公爵は年上ですが美人ですよ」

 

 独り言に突っ込まれた!

 二人共に淑女の言葉じゃない、いや言葉使いは丁寧だが内容が酷い。

 

「ふぅ、何か疲れたからサリアリス様の所に遊びに行ってくるよ」

 

 魔術師ギルド本部と冒険者ギルド本部に圧力を掛けておかないと危険だな、ハイゼルン砦の攻略は是が非でも僕が達成しなければならないからビアレス殿に協力しない様に頼まなければ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 肩を落としながら部屋を出て行く最年少宮廷魔術師の少年を見送る、普通に王族の居住スペースの有る宮廷魔術師筆頭の部屋に遊びに行ける異常さを理解しているのだろうかと問い詰めたい。

 

「噂通りの扱い辛い殿方だわね、イーリンはどう思った?」

 

 セシリアが聞いて来た、貴女の情報収集能力は立派だけれど得られた情報から学び取る事が不得手みたいね。それが一番大切な事なのよ。

 

「仲間として協力してくれたら心強いわね、我が主が欲しがる才能は認めるけど、情欲に溺れるタイプではないから確かに扱い辛いわね」

 

 公爵本人が交際を望んで来たのに躊躇無く断った、普通は美しい身分上位者の寵愛が受けられるなら喜ぶべき事だが彼は最初から断わると決めていたんだわ。

 自分の立場と権力の範囲を理解しつつも男の欲望に流されずに常識的な面白味の無い対応をした、未だ未成年なのに落ち着いている。

 今の彼の立場なら大抵の無理は通せるのに、普通は情報戦など女々しいと蔑む武闘派に属している割には珍しい対応だわね。

 

「うーん、色々と調べたけれど印象としては中年のおじ様なのよね。若さが無いのよ、落ち着いているって言うか老成してる感じ。

確かに宮廷魔術師団員や先輩宮廷魔術師に挑むのは若さ溢れる無謀さって思うでしょ?でも実際は勝てると確信して事を進めているのよね」

 

 アレが無謀じゃないって確信してるって事?

 

 確かに最初の宮廷魔術師団員との戦いは立会人としてサリアリス様を伴って戦った、彼女は宮廷魔術師団員の弛みに呆れていたから良い引き締めになったと喜んだ。

 二回目のリッパー様との戦いは危なげない勝ち方で、リーンハルト様の存在を周りに知らしめた。

 三回目のマグネグロ様との戦いは、彼の師であるバルバドス様との因縁も絡んでいた。師の敵討ちと自分の配下の宮廷魔術師団員と好き勝手していたマグネグロ様の粛清を行った。

 

「そして宮廷魔術師第二席となり磐石な体制でハイゼルン砦攻略に挑む……若さ故の性急さかと思ったけど落ち着いて考えれば一繋がりの出来事、最短距離で結果を出しているわ」

 

 とんでもない少年だわ、あの若さで此処まで物事を進められるのは誰か後ろで操っているのでは?

 

「リーンハルト様の相談役はデオドラ男爵の愛娘のジゼル様だけよ、最近になって家臣にアシュタルとナナルって女を引き込んだけど才媛と言われていても商才の方だから彼女達では無理よね。

後は探しても探しても本当に居ないのよ、アレだけの魔術師なのにバルバドス様に師事したのも最近。凄く秘密が有りそうな少年よね?」

 

 魔術師として他の追従を許さない独自のゴーレム運用方法と操作精度、アレが独学だなんて信じられないわよ。

 だけどセシリアと彼女のバックの諜報部隊の能力は信頼出来る、それらが総力を上げて調べても何も出なかった……

 

「天才、いや時代を先取る鬼才って同じ宮廷魔術師のユリエル様やアンドレアル様も周りに話しているのよ」

 

 彼の秘密を暴けば、凄い事になるかしら?でも形振り構わず反撃して来た場合のリスクを天秤に掛けると微妙だわ。どうしようかしら?

 

「イーリンでしょ?侍従長に有る事無い事適当に吹き込んだのは!」

 

「全く無実の罪で叱られた責任を取りなさいな!」

 

 ああ、折角隔離したのに戻って来ちゃったわね。アレだけの殿方の秘密を独占していた罰だわ。

 

 ノックもせずに部屋に飛び込んで来た、ハンナとロッテに冷たい視線を送る。貴女達はリーンハルト様がマグネグロ様に喧嘩を売るのを事前に知っていて秘密にしていた。

 さもなければ直ぐに彼の配下の引き抜き攻勢に出れる訳がない、ニーレンス公爵とバセット公爵は財務系だから直接的な戦力が欲しい。

 昨日の勧誘の手際の良さを考えれば絶対に事前に準備をしていた筈よ、じゃなきゃピンポイントで交渉材料を用意出来ない。

 

「お黙りなさい、抜け駆けは万死に値するのよ。私達は協定を組んだ筈なのに火属性魔術師達の勧誘に必死になって酷い裏切りだわ」

 

「私達は知らなかったわよ、まさか王宮に出仕四日目で宮廷魔術師第二席を倒すなんて誰が予測出来るの!」

 

 予測じゃなくて話を聞いたんじゃないかしら?だってリーンハルト様はマグネグロ様の配下の結束を恐れて分散させた筈。ならば彼女達を通じてニーレンス公爵とバセット公爵に知らせた、それなら辻褄は合う。

 

「それにしては貴女達の実家の動きが妙だわ、状況証拠だけだけど黒ね」

 

「それは……いえ、情報を扱う貴女達が情報戦に負けたのでしょう?私達を責めるのはお門違いだわ」

 

 ぐぬぬ、確かに抜け駆けは当たり前、私達は協力関係にはない敵対派閥。だけど今回はバニシード公爵の失脚の為に手を組みたいし最低でも中立か不干渉が望ましい。

 でもそれを決めてもリーンハルト様が認めなければ意味は無い、彼から得られる情報や行動に意味が有り距離を置かれたら失敗する。

 最悪は侍女交代だけど仕えし主に不要の烙印を押されると今後にも差し支える、最初の出会いは良くは無い。

 でも前情報で好みで人事を決めないと聞いている、私達は公爵家の縁者だから必要とされる筈よね?

 

「まぁ良いわ、今後は協力しましょう。私達の仲が悪いとリーンハルト様も困るわよ」

 

「馴れ合いはしないわ、私達は内政系、貴女達は軍事系と諜報系、そして同じ軍事系のバニシード公爵を失脚させたい。目的は同じですからね」

 

 右手を差し出されたので力強く握手をする、今はこれで良いわ。リーンハルト様も私達より先任のハンナとロッテを信用してるから、今は争っては駄目なの……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 逃げる様に自分の執務室から飛び出してサリアリス様を訪ねる、相変わらずの警備の強固さに感心する。

 そして王族の居住スペースだから鉢合わせも考えられた、これは僕の油断だ。

 

「これはリーンハルト卿、宮廷魔術師第二席昇格おめでとうございます。お祝い申し上げますわ」

 

「有り難きお言葉に感謝が尽きません、リズリット様」

 

 高級侍女二人を引き連れたリズリット王妃に鉢合わせした、直ぐに通路の脇により畏まる、先導の衛士は直立不動だ。

 チラリとリズリット王妃を見れば機嫌は良さそうだな、このまま遣り過ごせれば……

 

「リーンハルト殿、お時間は有りますか?少しお話が有りますのでお茶でも御一緒しましょう」

 

 ぐっ、それは断れない。サリアリス様に訪ねる約束はしてないし優先順位は王妃の方が高い。

 

「有り難う御座います」

 

 余計な事は言えない、その場で来た道を引き返す事になったがリズリット王妃を先頭に高級侍女が続き、その後を僕と衛士が続く。

 幾つかの扉を潜り抜けると開けた中庭に到着した、前回昼食に呼ばれた場所とは違うが同じ様に池が有り花壇には季節の花が咲いている。

 四人掛けの円卓に向かい合って座る、王妃と二人で密室面会は不味いがテラスなら人目も有るし安心なのだろうか?

 紅茶と綺麗にカットされたフルーツが用意された、美味しそうだが緊張で味など分からない。

 

「先ずは宮廷魔術師第二席昇格おめでとうございますわ、歴代の宮廷魔術師の中でも最年少で最高位ですわよ」

 

「有り難う御座います、少しでも国家の為になる様に精進致します」

 

 型通りのやり取りを交す、リズリット王妃の目的は単に褒めるだけではない、必ず他に有る筈だ。

 暫くは時事ネタを挟みながらの会話を続ける、彼女の社交性が高い為か会話はそれなりに弾んだ。何回か本心からの笑いも引き出せた感じがする。

 

 会話が一旦止まり暫く無言の状態が続く、少し温くなった紅茶を一口飲む……そろそろ本題かな?

 

「マグネグロ殿に挑んだ意味は旧コトプス帝国との戦いを見据えての事とサリアリス殿から聞きました、宮廷魔術師達の引き締めの為にと」

 

 流石はサリアリス様だ、王族の方にフォローして貰えるとは思わなかった。この気遣いに乗るしかない。

 

「はい、マグネグロ殿は配下の火属性魔術師達と派閥を作り好き勝手していました。戦争とは国家が一丸となって行わなければならないのです、それと我が師であるバルバドス様を貶した事が許せなかったのです。

後は純粋な力比べです、彼の力では戦争で役立つとも思えなかったですね」

 

 建前の中にも本音を少し混ぜた、全て国の為では嘘臭いがそこに師匠への思いを込めたんだ。

 後は倒しても役に立たないから問題無いと付け加えた、我ながらえげつないかな?リズリット王妃が少し考えているが表情は悪くはない、少し心配そうだ。

 

「宮廷魔術師達の引き締めは分かりました、貴方はサリアリス殿とは蜜月ですし上位二人が同じ目的意識を持っているなら私も安心です。

ですが、本当にハイゼルン砦を落とせるのですか?聞けば応援は精鋭ですが騎兵が二百騎だけと聞いています」

 

 心配なのは其処だよな、でもアウレール王は僕がハイゼルン砦を単独で落とせると確信している、だからこそ指名し国内にお触れを出した。

 だがその妻であるリズリット王妃は疑問を抱いている、攻城戦に騎兵は不向きで本来は歩兵が必要だ、しかも二百騎でどうするんだと……

 

 此処は正直に教えて口止めするしかないな、王妃に疑問を持たれては色々と不都合だ。

 

「これは内緒でお願いします」

 

 そう言って一旦言葉を止める、リズリット王妃が頷いたのを確認してから僕の作戦を伝える。

 

「僕には『リトルキングダム(瞳の中の王国)』と呼んでいるゴーレムの運用方法が有ります、制御範囲は半径500m自動制御が可能で最大運用数は三百体です」

 

「リトルキングダム、つまり小さな小さな自分だけの王国ですか?」

 

「はい、視界の中の絶対君主、制御範囲内ならば何処にでも何体でもゴーレムを錬成し運用出来ます。つまりハイゼルン砦の内側に大量にゴーレムを送り込み戦い続ける事が可能です、半日も有ればハイゼルン砦を落としてみせましょう」

 

 二千人が詰めていても全員が戦える訳じゃない、狭い砦内なら余計に制限が有る。ダメージ無視の敵が暴れ続ければ数を減らす事が出来る。

 例え強い奴が生き残っても砦の維持は不可能、数を減らして乗り込んで止めを刺す。これで転生前はゼッヘルン砦と呼ばれていたハイゼルン砦を落としたんだ。

 今回は転生前よりも力は落ちたが敵兵力も少ない、油断しなければ勝てるだろう。

 

「怖い最年少宮廷魔術師様だわ」

 

 む、呼び名が様付に変わったぞ、何かしらの心境に変化が有ったのか?柔らかく微笑まれているのは勝てると思われる根拠を示したからだろうか?

 

「恐れ入ります」

 

 何回か頷いた後に僕と視線を合わせた、心の奥を覗かれた感じがして不安になった。

 

「誰か、セラスを呼んで来て下さい」

 

 リズリット王妃の言葉に侍女が頭を下げて迎えに言ったが、セラス様ってアウレール王の三女で王女じゃないか!

 


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