古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第284話

 宮廷魔術師として王宮に出仕五日目、昨日模擬戦でマグネグロ殿を殺してしまったのだが周りから避けられる様子は無い。

 それどころか擦れ違う人達の眼差しが友好的で熱い、これはマグネグロ殿は結構嫌われていたのか?

 

「おはようございます、リーンハルト様」

 

「ああ、おはよう」

 

 わざわざ立ち止まり声を掛けて頭を下げる侍女達を見て、昨日迄は廊下の脇に寄り頭を下げるだけだったのだが変化に戸惑う。

 そして擦れ違う侍女が多い、今までは二人組が三組程度だったのに既に十組以上が挨拶をしてくれる、偶然だよね?

 先導の警備兵にお礼を言って自分の執務室に入る……アレ?間違えたか?知らない侍女が二人居る、いやロッテとハンナじゃない。

 

「「おはようございます、リーンハルト様」」

 

「申し訳ない、部屋を間違えたか?」

 

 警備兵に案内されたし見慣れた部屋で間違いないと思ったが席次が変動したから部屋も変わったのかと考える?

 

「いえ、間違ってはおりません。私達はリーンハルト様付きの新しい専属の侍女です」

 

「宮廷魔術師第二席になられたので専属侍女が四人になりました、私はセシリアと申します」

 

 気の強そうな女性だ、金髪碧眼の発育が良く背も僕より少し高いかな?

 

「私はイーリンと申します、宜しくお願い致します」

 

 此方はおっとりとしていて対照的だ、セシリアよりも更に発育が良い。もしかしてハニートラップかもしれないので視線が嫌らしくない様に直ぐに逸らす。

 確かにサリアリス様の所にも侍女は四人居たから間違いではないが、彼女達を送り込んだのは誰なのかが気になる。

 

「ああ、宜しく頼む。それで先任の二人は?」

 

 執務机の上には高級そうな紙を使った親書の束と恋文みたいな華やかな手紙の束、それと祝い品の目録が綺麗に並べられている。

 昨夜は自宅に帰らなかったが向こうも同じ様な事になっているだろう、二日間も放置出来ないしデオドラ男爵の屋敷に寄ったら今日は泊まらずに自宅に帰ろう。

 

「侍従長に呼ばれています、直ぐに戻ると思いますわ」

 

「リーンハルト様、紅茶を御用意致しますか?」

 

 侍従長?新しい情報だが侍従や侍女やメイド達を取り纏めている役職だよな、彼女達は何かしたのか?昨日の練兵場での騒ぎの件かな?

 

「む、そうだな。レモンを添えてくれ」

 

 昨日の午後から今迄で集まった分にしては多くないか?確かに宮廷魔術師の順位変動は滅多に無いらしいので皆が気を使ってくれるのは分かる。

 だが未だ第六席昇格の祝いも貰ってない人も居るんだよな、貰った人は毎週お祝いだから大変だ。

 

 先ずは親書の確認だが、上から公爵四家と侯爵五家から来ている、バニシード公爵と侯爵二家は敵対したと見るべきだな。

 昨夜は自宅に帰っていない、此方に届けたのも情報収集がなされているからか?

 伯爵以下はアシュタルとナナルに押し付ける事にする、恋文は後回しで目録を確認する……流石に祝いの品は殆どが自宅に送られているな、此方に届けられても持ち帰る手間が掛かる。

 僕は空間創造のギフトも持っているが知らない可能性も有る、だから小物類が殆どだが宝石類に古代の金貨とか値が張る物が数点だ。

 

「失礼します」

 

「ん、有難う」

 

 紅茶をカップに注いでスライスしたレモンを添えてくれた、レモンを一枚中に入れて風味を着けたら直ぐに出す。

 砂糖は入れない、バルバドス師の影響か最近糖分の取り過ぎな気がするから。一口飲んで気持ちを仕事に切り替える。

 

 引き出しからペーパーナイフを取り出し、先ずはニーレンス公爵からの親書の封を切る。

手紙を取り出せば僅かに香の匂いがする、麝香(じゃこう)を焚き染めたみたいだな。

 

「む、特に用は無いので控え室で休んでいて良いよ。何か有れば呼ぶから」

 

 近くに二人で並ばれても困る、特に今は仕事優先だから彼女達と会話も質問も無いし。

 

「私達に何か御質問とか御座いませんか?」

 

「新しく専属侍女として配属されたのです、円滑にサポートする為にも少しは会話も必要かと思いますわ」

 

 セシリアは少し拗ねた様に、イーリンは柔らかい口調だが押しが強い。確かに円滑にサポートされるには彼女達の実情を知るべきだろうか?

 折角気持ちを仕事に切り替えたのだが諦めて手紙を封筒にしまう、親書は会話しながら読む物ではない。

 

「では単刀直入に、先任の二人はニーレンス公爵とバセット公爵の縁者だった。君達はどうかな?」

 

 この時期で僕の専属侍女として押し込んで来たからには、まぁ残りの公爵家だろうな。

 

「あら、噂とは違い性急な殿方ですわね。私はザスキア公爵の姪で、セシリアはローラン公爵の姪ですわ」

 

「私達二人共に独身の十八歳です」

 

 ああ、要らない情報も有ったが今回は若い未婚の女性を押し込んで来たか……

 

 ザスキア公爵が姪を侍女に押し込んで来たのは想定内だ、これから接触する為にも僕の予定は筒抜けになるし伝言がしやすいから来ると思っていた。

 ローラン公爵は枠を埋めた意味では有難い、知った相手の方が安心だしね。

 

「そうか、公爵四家が揃い踏みとは驚いたよ。先任の二人とは仲良くやってくれると助かる」

 

 義理で質問したが切り上げるみたいな纏めの言葉を言ってしまったかな?

 

「他に質問は無いのですか?例えば私達個人の事でも構いませんわ」

 

「会話はお互いを知り得る最高の方法です、早々に切り上げるのは悲しいですわ」

 

 会話を切り上げようとしたと受け取られたか……だが引き伸ばしてしまったのも困ったな、初めて会う女性と長話など慣れてないのだが……

 深く知り合う必要もないだろうとか言うのは失策なのは分かる、だが都合良く会話のネタが思い浮かぶ訳もない。

 蠱惑的な笑みを浮かべる二人を待たせるのも男としての話術が足りないと思われるのが嫌だ、だが迎合して単に喜ばせるのも嫌だ。

 

「ふむ、では二人の得意分野を教えてくれ。仕事を円滑に頼む為にも知っておきたい、君達自身の事だ」

 

 一瞬だがセシリアの表情が険しくなった、つまり最初から見極める為に仕掛けて来ている訳だな。それがバレたら円滑な関係にならないと思うのは間違いか?

 逆にイーリンは柔和な笑みを浮かべたまま変わらない、彼女のポーカーフェイスは凄いな。

 

「私の得意分野は家事全般ですが一番は料理、それと情報収集です」

 

「私の得意分野も家事全般ですが一番は裁縫、それと情報操作よ」

 

 参ったな、セシリアは情報収集でイーリンが情報操作か、諜報員が欲しいとは言ってないのだが役割分担が出来ている。

 つまりローラン公爵とザスキア公爵は繋がっている、だから能力が被らずに役立つ侍女を送って来たのか。

 または最初から繋がっていて今回も協力して人選し送り込んで来たと見るべきかな?

 

「なる程ね、二人一組の諜報員とはローラン公爵もザスキア公爵と繋がってるなら教えて欲しかったよ。それで君達は僕に何をしてくれるんだ?」

 

 貴族社会を生き抜くには単純な戦力よりも情報関連の方が有効的だ、数の暴力は何時の時代も最強の方法だからな。

 僕の言葉にセシリアは僅かに反応したがイーリンの笑みは全く変わらない、扱い辛いのはイーリンの方だ。

 

「ローラン公爵とザスキア公爵は結託してバニシード公爵を蹴落としたいのです」

 

 やはりセシリアは感情的になりやすいから誘導がしやすい、公爵二家の繋がりを認めた。そしてイーリンのポーカーフェイスは凄い、今回も全く感情に揺らぎが無い。

 

「公爵五家の四位と五位が協力し三位を蹴落とすか、そこでバニシード公爵と明確に敵対した僕を利用する訳だね。僕としても助かるから問題は無いのかな?」

 

「利用ではありませんわ、お互いに親密な協力関係を結びたいのです。ハイゼルン砦の攻略にリーンハルト様は自信がお有りみたいなので、我が主も協力したいのです」

 

 ザスキア公爵の協力か……個人的にも貞操を狙われている相手に借りを作る機会を与えるなど回避するのが普通だ。だがニーレンス公爵等と同じ精鋭百人を借り受けても役には立たないだろうな。

 僕にメリットは殆ど無いが無下にも断れない、さて困ったな。妥協案を模索するしかないか。

 

 腕を組んで天井を見上げる、身分上位者達が協力するなら活躍は別にして成果は必要以上に盗られる。

 ニーレンス公爵はバセット公爵と、ローラン公爵はザスキア公爵と手を組んだのか。バニシード公爵は一人ハブられた訳だ。

 

「もう増援は不要だよ、ハイゼルン砦攻略に増援の戦力は使わない、騎兵部隊を希望したのは移動力の為だ。本当に要塞を攻略するなら必要なのは歩兵だからね」

 

 少し温くなった紅茶を飲み干す、正直ザスキア公爵とは距離を置きたい。直球で交際を申し込んで来た身分も年齢も上の女性の扱いなど分からない。

 

「つまりハイゼルン砦攻略は御一人で行うのですね?『リトルキングダム』と『雷雨』の組合せなら可能ですね」

 

 流石は情報収集が得意なセシリアだな、僕の根拠を正確に予測した。ローラン公爵も中々有能な御嬢様を押し込んで来たな、本格的に助力して来たと考えよう。

 

「まぁね、その場の流れで断る事は不利だったので仕方無いとは考えたが根拠は有った。無ければ不利にはなるが更なる失策を避けて断ったよ」

 

 あの場で断ればマグネグロ殿の殺害に文句を言われそうだった、今の地位を磐石にする為にも対外的にも実力を示す場が欲しかった。

 報酬その他を公爵達に盗られても問題無い、過程と結果を示す為の戦いだ。

 

 初めてイーリンの表情が変わった、張り付けた笑みを少し感心した的に変えた、僅かにだが……

 

「流石は複数体のドラゴン種を狩りドラゴンスレイヤーの称号を得ただけの事は有りますわね。更に宮廷魔術師団員全員に喧嘩を売り、先任宮廷魔術師第六席と第二席にも喧嘩を売って全てをひれ伏せさせた殿方。痺れますわ」

 

「超脳筋戦闘集団、未成年ながらバーナム伯爵の派閥No.4の地位を奪い取った唯一の魔術師。王都中にリーンハルト様の武勇伝の噂が広まってます、いえ広めました」

 

 思わずイーリンの言葉に反応し見詰める、情報操作を得意とする彼女が噂を広めただと?バニシード公爵を陥れる為に敵対する僕のイメージを上げて来たと見るべきだな。

 これでハイゼルン砦攻略を先行で失敗した彼等の悪い噂を広めた後、僕がハイゼルン砦を攻略したと広める。

 バニシード公爵とビアレス殿の評価は下がり、色々な意味で助力した他の公爵家の利益になる。噂話と侮ると偉い目にあうのは転生前でも実体験で学んださ。

 

「噂の対価は増援の参加許可だけでOKかい?その実績が有れば僕がハイゼルン砦を落とせば利益になるだろう、色々と配慮しなければ駄目な怖い御姉様なのは理解したよ」

 

 敵対はさせられない、ある程度の譲歩も必要な相手と認識した、実際に凄く怖い公爵様だぞ。だが情報と言う強みを持つ彼女が何故公爵五家の最下位に甘んじているのだろうか?

 

 初めてイーリンの表情が変わった、淑女が浮かべては駄目なニタリとした絡み付く様な笑み、彼女の本性は確実に悪女だな。まだ『春風』のフレイナさんの方がマシだ、彼女は更に邪悪な感じがする。

 

「女だからと馬鹿にせず情報操作の怖さを理解出来る生意気な少年、我が主の好みそのものだわ」

 

「イーリンの主に伝えてくれ、協力関係は結ぶが交際は断らせて貰うとね。だが何故それだけの影響力を持ちながら公爵五家の最下位なんだい?」

 

 この話題は失敗だった、イーリンが不機嫌になったけど最初のポーカーフェイスはどうした?

 セシリアも会話に参加出来ずに不機嫌だ、君達は僕の専属侍女の割には仕える主に対して酷くないか?

 

「我が主に足りないのは決定的な力です!ニーレンス公爵の様な財力やローラン公爵の様な武力、バニシード公爵はマグネグロ様と懇意にしていた事による宮廷魔術師への影響力。我が主にはそれが無かったのです……」

 

 いや力説されてもね、その決定的な力を僕に求められても困るぞ。確かに敵対は悪手だが距離を考えないと公爵五家の勢力争いに巻き込まれる、誰と相談したら良いんだ?

 


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